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処刑の館

作者: 森内哲

案内された部屋には窓がなく照明も最低限しかないため、ひどく薄暗かった。壁には装飾品一つなく、部屋というより牢獄のようだ。中央には椅子が4脚並んでいるが、やたら豪華で頑丈なつくりをしていて、この殺風景な部屋にあるのがひどく場違いに感じた。持ち上げるのは俺でも簡単ではないほど重そうだ。


 「こちらにお一人ずつお座りください」


 俺たちをここまで案内した女性は冷たい声でそう言い、一列に並んだ椅子を手で示した。今更抵抗しても何にもならない。この館に入った以上、指示には最後まで従うしかない。ここで暴れでもしたら、一緒に入った3人に迷惑をかけることになる。3人が覚悟を決めているというのに、自分一人が醜態をさらすわけにはいかない。


 3人のうち1人は俺の友達の拓也で、残りの2人は高校生ぐらいの女性だ。高校生なんて年の差がありすぎて自分の恋愛の範囲外だが、それでも女性ではある。ビビっている情けない姿は見せたくない。そう思い俺はなんでもない風を装っていたが、実をいうと膝がさっきから細かく震えている。


 恐怖で震えている俺にとって、椅子に座るよう促されたのは正直ありがたかった。しっかりした肘置きのついた堅牢な椅子は、座ったまま多少暴れても簡単には倒れることがなさそうだ。万が一の事故に備えているのだろう。

 俺たち4人が大人しく座ると、一人ひとりにヘッドホンがつけられていく。耳栓の代わりなのだろうか。その間誰一人声をあげなかったが、やはり皆も緊張しているらしくそれぞれが何度か咳払いをした。その咳払いも、ヘッドホンを装着されるとほとんど聞こえなくなる。何も音楽を流していなくても、外からのノイズをある程度カットするらしい。


 「それでは、照明を落とします。()()()()()()、こちらが再度指示するまで決して立ち上がらないようお願いします」


 俺たちを案内した女性はじれったくなるほどゆっくりとしたしゃべり方だった。女性の高音の声はヘッドホン越しでも容易に聞き取ることができた。白衣を着、前髪を綺麗に切りそろえた彼女は、結局俺たちの前で一度も笑顔を見せることはなかった。俺が今まで見たどんな女性よりも美人だったが、ずっと無表情を通した彼女は、俺にとって畏怖の対象でしかなかった。


 彼女は手をへその前あたりにあげ軽く指を組み、真っすぐ前だけを見て歩いた。曲がるときにはわざわざ一度止まりゆっくり体の向きを変えてから再度歩き出す。表情がないことといい、背筋を伸ばし無駄な所作を極力省いたその佇まいといい、もしかしたら人間ではなくロボットなのではないだろうか。


 ――バカバカしい。そんなことはありえない。しかしそんな愚かな考えが浮かんでしまうのも無理はない。今からされることを思えば当然だ。恐怖からありもしない妄想に(とら)われても仕方がない。これほど恐ろしい場所だと知っていれば、安易に足を踏み入れるようなことはしなかった。


 建物の前まで一緒に来た朋未や琴子はどうしているだろう? 引き留めた彼女たちを振り切り、俺と拓也だけで入ってしまったことを今になって後悔していた。忠告を聞いておくべきだった。拓也だけ行かせて俺は彼女らと一緒に外で待っていればよかった。


 どこかに通風孔でもあるらしく、空気はこもっていない。しかし窓のない部屋にいるかと思うと、それだけで息が詰まるようだった。


 フッと照明が落ちた。部屋が暗黒に包まれる。この部屋へ出入りするドアは俺たちが入ったきたもの一つしかなく、その隙間はしっかり目張りされているらしい。扉の周りから廊下の明かりが漏れ入ってくるようなこともない。


 完全な暗闇だ。この年齢になって暗闇が怖いなどと言いたくないが、明かりを消されると耐え難い不安に襲われ、パニックを起こしそうになった。立ち上がりたくなるのを必死で抑える。生唾をごくりと飲み込んだ。その音が部屋に大きく響いた気がした。視覚と聴覚を同時に奪われるのがこれほど恐ろしいことだと、生まれて初めて知った。


 『お前たち、覚悟はできているな……?』


 ヘッドホンからかすれた声がした。70代か80代、あるいはもっと長生きしてる人間の声に思える。そのおどろおどろしい声は、不気味な人体実験をするマッドサイエンティストかと思わせた。

 覚悟はできているか、だって? できているわけがない。軽い気持ちで入ってしまっただけだ。できることなら今すぐにでも帰してもらいたかった。だがそんなこと、許してもらえるわけがない…………。


 『ではまず、左端の貴様からだ……』


 俺は一番右端の椅子に腰かけている。左から順番にということなら、最後なんだろう。少しほっとするが、遅いか早いかの違いでしかない。最後には俺も…………。


 ヘッドホン内にチェーンソーの音が響いた。まるで真後ろで鳴っているようだ。初め腰より下で鳴っていたブレードの重低音が、首の高さにあがった。思わず息をのむ。そんな、左端からだって言ったじゃないか……。

 半泣きになりながら肘置きの先端をぎゅっと握ると、チェーンソーの音はゆっくりと離れていきほっとする。宣言通り左端の奴から処刑されるらしい。


 チェーンソーの音がうなりをあげながら、何かの切断を始めた。何かの切断……。何を切っている音か、考えるまでもない……、これはきっと…………。


 『うっ』


 誰かのうめき声が聞こえた。と同時にチェーンソーの音がやみ、そして次の瞬間、何か重量のある物体が床に落ち、転がった音がした。肘置きを握る手が震え、じっとりと汗をかく。


 足音が数回鳴り、再びチェーンソーがうなりをあげ始める。さっきよりもその音は、明らかに近くなっていた。並んだ椅子のちょうど一脚分くらいの距離、近くなったようだ。左端の男はもう…………。


 『うげっ』


 再び短いうめき声が聞こえ、同じように何かが床に落ちる。2人目もやられた。次は拓也の番だ。左手を伸ばし、拓也の手を握った。一瞬ぴくりと動いた拓也の手は、しかしそれ以上動かなかった。既に覚悟は決まっているらしい。せめて最後まで、その手を握っていたかった。

 再び足音が聞こえた後、チェーンソーが動き始める。さっきよりもさらも一脚分その音は近づいた。自分のすぐ真横でチェーンソーがうなっている。拓也の手をぎゅっと握った。


 『や、やめて……』


 男の声が聞こえる。恐怖に怯える声だ。しかし、俺にはどうすることもできなかった。朋未と琴子のことを考える。あの2人はこの館の外で、俺たちが無事に帰るのをのんきに待っているのだろう。羨ましかった。俺もそこで一緒に待っていたかった。できるなら2人に伝えたい。たとえ俺たちが戻らなくても、決してここに来てはいけないと。しかし伝える手段はない。スマホは持たされているが、使おうものならたちまちさっきの白衣の女性が止めるだろう。


 『ぐぁっ』


 三度(みたび)短い断末魔が耳に入る。そしてすぐ横で何かが落ちた音がした。拓也はもう…………。俺は拓也の手を離し、自分の肘置きに戻した。いつの間にか泣いていた。俺はどうすることもできなかった。無力な自分を、深く考えずこんなところに足を踏み入れた自分の浅はかさを後悔した。しかしもはや全ては手遅れだ。足音が近づいてくる。


 『次は、お前だ…………』


 すぐ後ろで声がする。最後に一人残った俺は、腰が抜け立ち上がることもできず、ただ覚悟だけを決めた。どうせ暗闇の中では何も見えていないが、目を固くつぶる。つぶらざるをえなかった。

 チェーンソーが真後ろでうなりをあげる。その音がうるさいほど耳に響き、まるで脳内でチェーンソーが動いているようだった。心臓が早鐘を鳴らし始める。いつのまにか喘ぐように口で呼吸していた。

 恐怖のあまりいつしか涙を流していた。泣いたのなど、小5の時担任に怒られて以来だ。チェーンソーの音が近づいてくる。首に近づいてくる。思わず左に座っているはずの拓哉の手をもう一度握った。その手はぴくりとも動かない。頬を流れた涙が顎から一滴落ちた瞬間、チェーンソーの()が首に当たった。



§§§



 「お疲れー。どうだった? 怖かった?」


 「いや、あんまり」


 建物から出た僕と拓也を、同じ班の朋未ちゃんと琴子ちゃんが出迎えた。ずっと暗い部屋にいたので日の光がまぶしい。


 「ウソウソ。こいつメッチャ怖がってたよ」


 一緒に入った拓哉が親指で俺を指した。


 「途中さ、誰かが手握ってきたんだよ。だからすぐそばに脅かし役の人がいるのかと思ってたら、終わってライトついても手握られたままなの。で、横見たら青白くなった裕也が俺の手握りしめてたってオチ」


 「そんなに怖かったの? 大丈夫? 顔真っ青だよ」


 密かに思いを寄せている朋未ちゃんに心配されたのが恥ずかしかった。笑われたほうがまだましだったかもしれない。やっぱり入らなければよかった。


 「私たちなんて怖くて入れもしなかったもん。ね、少し散歩して元気になったら次は口直しにあっちのジェットコースター乗らない?」


 琴子ちゃんが俺の手を握って引っ張っていく。小学校の修学旅行2日目。某テーマーパークでの班ごとの自由行動は、まだ続いていく。

調べてみたら、某テーマパークの処刑の館はもうなくなってしまったようですね。残念。

個人的に病院を探索するお化け屋敷より処刑の館の方がはるかに怖かったです。視覚聴覚奪われたままじっとしてるの辛すぎ。

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