覚悟
その日は、天気がよいので城の仕事を終えたら最近とても忙しく買いに行く暇がなかったので新しい炭を買おうと決めていた。意気揚々と門をでると城に向かって走ってくる人物が見えた。
「若様! 若様!」
「どうしたとらじ」
走ってきたのは細田家に仕える従者の一人で、屋敷で力仕事などをするのでこんなところで会うのは珍しい。それにいつも血色の好い顔をしているのに今は血の気が引き青白いほどである。
「早く屋敷に戻ってくだせぇ! 大旦那が!」
「お爺様になにかあったのですか!」
今朝見たときは、だらしなく顔を緩めてお福の相手をしていたはずである。お福も遊んでもらって非常に嬉しそうであった。
「ことは急ぎです。何があったかは屋敷で!」
時富は、とらじに言われるまま慌てて屋敷へと走り出すのだった。
「時富戻りました!」
息を落ち着かせることなく門をくぐり屋敷へ上がる。常日頃ならば落ち着きなさいというであろう年嵩の家臣でさえどこか慌てていている。その顔は、とらじ同様青白いので確実に何かとても悪いことがあったのだろう。
「時富様こちらです!」
うなずくと声をかけてきた家臣が屋敷で一番広い部屋へと小走りする。たどり着いた部屋には、顔に布を当てられ床に臥せている祖父がいた。その周りには、父と母、お福が座っており、時富に気がついた母が何があったのか語る。
「日課にしている昼の散歩中に相手の馬に蹴られて打ち所が悪くて即死だったらしいわ。まさか体の弱い私よりも、時敏様が亡くなってしまうなんて……」
母の目じりにうっすらと涙が浮かぶ。父に至っては、泣くこともせずただいつも祖父が座っていた辺りを見ていた。
「じーじおっきしないの?」
お福が時富の袖を引っ張って聞いてくる。もう二度と祖父と合うことなどできなくなってしまった。
「じーじはね。遠いところにお出かけしちゃったんだ」
「どこ? お福迎えに行く!」
「お福、だめだよ。たぶんじーじは、ばーばと仲良ししてるから邪魔しちゃだめ」
「あい」
祖父は、舌足らずに返事をする小さなかわいい妹の成長を見ることも出来なくなってしまった。絶対にお福が嫁に行くまで生きているものだと思っていたのに……。
「時富……」
「はい、父上」
「お爺様が亡くなってしまったからには、これから私が細田家の当主だ。私もまだまだ元気でいるつもりだが父上と同じことが起きない可能性もない。だから肝に銘じておくように……」
「わかって、おります父上」
だがこのときは、祖父が亡くなったことによる影響力をわかっていなかった。