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疑問

片付けが終わったので連載再開します。3連休分として本日3話投稿したいと思います

「まいどあり~」


 商人の調子の良い声とともに菓子袋を渡され時富の顔に笑みが浮かぶ。今日寄った店に母上が好きな菓子が置いてあったので、今後もなにかあれば買いに行こうとふわふわした気分でいると女の悲鳴が聞こえた。


「きゃー!」


 見ると母上と同じかそれより下の女が顔を真っ青にさせて立っていた。その目線の先には、立派な着物の侍がおり、どうやら女が侍に何か粗相をしたらしい。


「銭の亡者が御上に仕える私に水をかけるとはどういうことだ!」


 女は、暑いので涼のために打ち水をしてかけてしまったのだろう。


「もっ、申し訳ございませんっ!」


 天下の往来で土下座をする女子の顔は、青を通り過ぎ白くなっている。あわてて地に手をつき土下座した。侍が許さないと女に刀を振り下ろしたが、店から男が出てきて女を突き飛ばし首を切られた。首が離れた胴からは黒に見える大量の血が流れる。


「あんた!」


 着物が血で汚れるのも構わず男の体を抱きしめ女が泣いている。侍は、何を思ったのか泣く女の首さえも撥ねた。びちゃっと音がして女の首が落ちる。そしてなんの因果か時富とその目と合わさってしまった。血走った目が見開かれ、口は叫んだままとても醜悪な顔である。この顔が『死んだ者の顔』だというのか。他人事のような感覚といいしれない恐怖に視線を外すことが出来ない。もう流されることのない女の最後の涙が乾いた地面に落ちて染みた。侍は、一言呟いて気が済んだらしくどこかへいってしまった。そして縁起悪いからか周辺の店が次々と店じまいする。


「あの奥さん、赤子がいたのに死んじまうとはかわいそうにねぇ」

「でもお侍さんにあたっちゃったらあぁなるのは仕方ないよ。金があれども力がないのが商売人。位だけいえば農民の方が高いしねぇ」

「私らも気をつけんと明日は我が身かもしれんしね」


 町民の話が耳にこびりつく。こういうことが起きるのは知っていたが実際に見たのははじめてだった。たまたま粗相してしまったから許して欲しい商人と無礼をはたらかれたから切る侍。これは、死人が出るほどことだろうか?


「……わからん」


 胸にしこりが残るような感覚のまま時富は、家路についた。




 屋敷にたどり着いたがなにやら騒がしいが気にせず、母上の元に買ってきた菓子を渡そうと向かった。母上の部屋は、東南の一番いい部屋で年中暖かく風通しの良い場所だ。


「母上、時富戻りました」

「時富? いいときに戻ってきましたね。いらっしゃい」


 障子を開け中へ入ると布団の中でとても機嫌が良さそうな母上がいた。それに具合もいいようで時富は、一安心する。


「母上、母上が好きな菓子を買ってまいりました。いくら食欲がなくとも少しは食べてください」

「あら、ありがとう時富。そうね、私だけの体じゃないからしっかり食べねばなりませんね」


 最近、体の不調から塞ぎこみがちだった母の表情が明るい。


「母上……?」

「あと半年もすれば時富に兄弟ができますよ」

「ほんとうでございますか! 私に弟か妹ができると」


 他の子たちから兄弟についての楽しそうな話を聞いて少しうらやましかったのだ。


「お爺様が奮発して鯛を買ってくれるそうですよ。屋敷中のものでお祝いをしますからね」

「はい!」


 時富は、嬉しさからか頬が赤く染まり声も高くなっている。


「人が生まれ育つのはことのほか早いと、時富あなたを見ると思いますよ。死ぬ気で産んだ時富がこんなに大きく健やかに育ってくれた。私は、そのことがとても幸せです」

「母上……」


 父から自分が生まれたことは奇跡だと言われていた。子が出来ず、そして子が出来ても体調を崩し危篤にまで追い込まれた母。その母の腹には、新たな命があるという。


「時富、この子をお爺様や父上と共に愛でて大切にしてくださいね。この子は、もしかしたらあなたの希望になるやもしれませんから」


「希望?」

「えぇ、そうです。私はそうなることを願います。どんな選択をするのかは、時富とこの子次第ですけどね」


 母は、そういって大事そうに腹を撫でた。まだ中にいるのがよくわからない赤ちゃんはどんな顔をしているのだろう。


「命というものは、とても尊いものです。そんな存在がもう一度我が身にいるとは光栄なことですね」


 時富は、菓子屋の店前での出来事を思い出していた。あの夫婦には、母と同じようにお腹に子がいたと町民が噂していた。たしかに水をかけられるというのは無礼だが、三人分の命をとるほどのことなのだろうか。侍の体面は、三人分の命より重いのだろうか。


「時富」


 母が時富を呼んだので考えることを止め顔を上げた。見えないなにかを見るように母の目が細められた。普段穏やかな母が一変して鋭い雰囲気をだしているので背を伸ばす。


「母には言えない悩みですか」

「えっ」

「あなたは時行さまと同じように考えていることがわかりやすいのですよ。ただ今は何か壁にぶつかっていると母は考えました。時富は頭がよいわ。でも……」


 母は、時富の頭を撫でてから胸元を突いた。


「心はまだまだ育っていないわ。だから元服を迎える前までは、母として子の力に知識になりたい。私があなたにしてあげられることなんてもうあまりないのですから」

「……武士は、なんなのでしょうか」

「あら、大きい話題ね。適当なこと言えないわ。そうね……私は、守る人だと思うわ。主上を守り、民を守る。母様の父も、時行さまもお爺様もそういう方だと見てわかるわ。自分より立場が下のものにもやさしいもの」

「優しいですか?」

「えぇ、でもただ優しいわけではないの。どんな人も仕事も誇り対等に褒め伸ばす。それはとても立派なことだと思うわ」


 聞きたかったこととどこか違うような気がする。でもすぐに答えをださなくてもいいのだと思った。それに自分にとっての武士という考えを持っていていいのではないだろうか。強さ、優しさ、賢さ、逞しさ、義理堅さ、公平さなどさまざまだが自分が信じる武士になればいい。


「ありがとうございます母上」

「なにかわかったならよかったわ」


 不思議そうな笑みをうかべてから母上は、満足げに微笑むのだった。

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