関係
「先生! こんなのを描いてみました」
「清市よく描けていますよ。ただこちらは、この色ではなくこちらがよいでしょう。男達の顔がよく見える」
「たしかにそうですね。楽しそうな絵なのでこの色にします」
家治様が亡くなられたのち時富は、一切とっていなかった弟子をとるようになっていた。町人や武家など構わず弟子にとり絵の手解きを行っている。そして清市は、以前時富の屋敷に弟子にして欲しいと言っていた少年で、悪阻の騒ぎ以降も弟子にと来ていたので許可したのだった。
「ほーほー、少年うまいなぁ。あっしが描くならここはこうさね」
「ここをこうですか。構図が大胆ですね」
「出すとこは出さないと印象が薄くなるからな」
絵筆を片手に喜多川歌麿が自慢げに言うがここは、時富の屋敷なので勝手に上がられては困る。そもそも当主の座を譲ったとはいえ武家の家へ無断に上がり込むこと事態ありえなかった。だがおしゃべりな遊女の話を聞き、文竜斎に酒を奢って時富の場所を話してしまったのが運の尽きだった。
「喜多川殿、なぜまたここにいるのですか」
「そりゃあ、ここの菓子がうまいから食べに。りよの分貰ってく」
喜多川は、饅頭を二つ懐に入れ満面の笑みを浮かべた。時富が持って行くなと言う前に実に鮮やかな手捌きで饅頭を入れるので実は、この男絵師ではなく掏りなのではと思ってしまう。
「またあなたですか。師匠に食べてもらおうと思ってたのに」
「信次怒るなよ。今度」
「私の名は信保です! まったく師匠と双璧をなす人物がこんな粗忽者など」
信保は、八百石の家の当主だったが他に譲り絵師と狂歌を志したので経歴故に弟子の中では一番歳が上である。
「師匠、やっぱりここですか! 毎回探しに行くこちらの身にもなってくださいよ」
「おう、市太郎。ほい、饅頭」
喜多川は、市太郎の口の中に饅頭を押し込んだ。市太郎も口の中に饅頭があっては、怒れないがすぐに食べてしまうのも勿体ないらしく味わっている。
「市太郎殿、喜多川殿を連れて帰ってください」
「はっ、はい! 行きますよ。師匠」
「しゃあねぇな。帰るか」
喜多川は立ち上がると軽く礼をして出ていきその後ろを市太郎が追いかけ世話をやくのだった。
「本当にせわしない方ですね。それに常識破りときました」
「だから江戸っ子に人気なんだと思います。江戸っ子は新しくて面白いものが好きだから」
確かに喜多川歌麿の作品は、江戸の庶民に人気があるがあまりの奇抜さと世の影響に幕府から目をつけられてもいた。非常に危ない立場ながら飄々とした態度でのらりくらりと立ち回っていた。
「ほどほどにしていただきたいものです。早くに死ぬつもりなのですかねぇ」
「ただひたすら絵を描いているだけでしょう」
時富は、信保の言葉に同意するように頷いた。喜多川は、己の影響力を考えておらずひたすら己を研鑽し絵を向上させる。一族のことや弟子、染み付いた武士としての志がある時富にはとてもできない所業であった。だからこそ喜多川が時に羨ましい。
「あれが絵師として正しい姿なのやもしれません」
「俺は先生の絵好きだぞ! だから正しいもないと思う。先生は先生だ」
清一の言いたいことを噛み砕くと時富らしい絵を描き続けて欲しいと言ったところか。だが確かに自分が喜多川になることも、喜多川が自分になることも出来ない。
「もちろんですよ。さぁ、絵を描く準備を手伝ってください」
「はい、先生!」




