出産
「あと二月くらいすぎればこの子が生まれてくるのですね……」
「はい、前と比べてずいぶんお腹も大きくなられました。ところでお兄様、生まれてくる子のために産着を縫ってみましたの」
お福は肌触りのよさそうな白い肌着を取り出した。肌着には、ところどころ赤い刺繍なぞして可愛らしいく、とくに背中の部分を頑張ったのか我が家の家紋が刺繍されている。
「三軒となりのおば様に聞いたのですが、赤子の成長を祈るならこれが一番だと仰っておりました。なんでも魔除けの意味があるといいますから頑張って縫いましたわ」
「ありがとうお福。確かにそうね、これならお父様やお母様、お祖父様も守ってくれるでしょう」
何度も何度も家紋の刺繍をなぞり生まれてくる子をお守りくださいと祈った。
それから二月が経ち陣痛が始まった。事情を知らない産婆に任せるわけにはいかないので古山先生に来てもらっている。腹から全身に伝わる身が裂けるような痛みに身を捩ったが、痛みは治まらず手を強く握りしめる。握りしめ過ぎて冷たくなった手に、お福の手が重なった。その温かさは、今いない愛しい人を思い出して頑張る気力をくれる。
「うあぁあ!」
一際激しい痛みが襲い手を握る。そしてすぐにお福の嬉しそうな声が聞こえた。
「赤ちゃんが出たわ!」
荒い息ばかりが出て疲れで動かない体を叱咤し赤子に目を向ける。小さくてしわしわで真っ赤な赤子がお福に抱かれていた。よく見ようと顔を近づけたが古山先生が困惑した表情でお福から赤子を受け取り隠す。
「古山先生……」
そして古山先生は、大きく手を振り上げて赤子を叩きだした。何度も何度も叩く。
「先生! 赤子が死んでしまいます」
「馬鹿ヤロウ! 止めるんじゃねぇ。赤ん坊が息してねぇから叩いてんだよ。普通産声あげるのにねぇんだ。このままだとこいつは死ぬ!」
驚いているうちに古山先生は、背を叩くばかりか足を掴んで上下に振ったりお湯をかけて体を擦ったりする。
「頼むから泣いてくれ!」
だが赤ちゃんは、鳴く気配などなくうっすらと口を開いたまま言葉を発する様子などない。泣かなけれ赤ちゃんが死ぬのだと知った。どうやったら赤ちゃんが泣くのかわからないから御先祖様と愛しい人にただ祈るのみ。
「お願い……お願い……泣いてぇ、私の赤ちゃん!」
生まれてきた赤ん坊は、産声をあげることがなかった。死んでしまった赤ん坊を抱き締めて声もあげずに泣く。ただただ苦しくて辛い。お父様やお母様が亡くなったときも辛かったがそれ以上に辛いとは思いもしなかった。
「無事に産んであげられなくてごめんね」
生まれたばかりで本当に小さいのに死んでしまった。なぜこの子が死ななければいけなかったのか。お腹から出る前まではすぐに出たいと蹴るほど元気な子だったのに。
「何が悪かったというの……」
その問に答える者はいない。つい先ほど全員出ていけと追い出したばかりで今は赤子と二人きり。
「男の子なら時治、女の子ならお吉と家治様と決めていた。一度でいい。お前の声を聞かせておくれ」
閉じたままの瞳を覆うように撫でるがその小さな瞳が開かれることはなかった。
「お兄様」
障子の向こうからお福が話しかける。
「私は……せめてお兄様が生きてくれてよかったと思います。甥っ子を抱き上げることが出来なかったのは残念でした。でも甥っ子とお兄様が二人ともいなくなったら私は、ひとりぼっちになってしまいます」
「あなたには和三郎がいるでしょう」
「確かに和三郎さんは、大事な方です。でも血を分けた家族は、唯一お兄様だけですわ。私のお兄様は、細田時富ただ一人です。それとお兄様、可愛い甥っ子があちらで苦労しないように地蔵菩薩にお祈りしましょう」
「地蔵菩薩……」
地蔵菩薩は、親よりも先に死に三途の川で苦行を強いられる子を守り救うという。腕の中の我が子もいま恐ろしい鬼に邪魔されながら石を積んでいるのだろう。
「そのためには、まず供養しなければなりません。出てきて一緒に供養いたしましょう?」
私は、怠い体を叱咤して障子を開けると暗い部屋に慣れた目が痛みを覚えるほど光に溢れている。光に慣れると目元に涙の後が見えるお福が見えた。
「お福、心配をかけてすまない」
「ふふっ、家族に心配をかけさせないで誰に心配をかけさせるおつもりですの。さぁ、参りましょう」
まだまだ我が子を亡くした苦しみはつらい。けれどその我が子の為に私が出来ることをしなければと時富は、決意したのであった。




