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自覚

「お主、まことに男か」


 小納戸役になり出仕し、家治様が人払いされたと思ったらいきなり核心をついてきた。いままで女のような顔だと言われたが男ではないと疑われたことはない。


「私は男でございます。私は細田家当主、当主になれるのは直系の男と決められたのは家治様と聞いております」

「そうであったな。ちこうよれ」

「失礼いたします」


 家治様に寄ると扇子で顔を上げさせられた。ご尊顔がとても近くにあり言い様のない焦りで、下を向きたいが扇子に阻まれ叶わない。


「うむ、ここまで見目麗しいと妙な気を持つ輩がいるのも頷けるの」

「妙な気……?」


 時富が眉間に皺をよせるとそれをさも楽しそうに家治様が見る。口角があがり最初の時のように目が輝いていた。


「常日頃冷静沈着で真面目かつ努力家な武士の鏡。されどその容姿は、百合の如く控え目かつ清廉な高嶺の花。男としれど恋慕するものが多いと聞くぞ」

「そんなわけございませぬ!」


 初耳のことであり場所もわきまえず大声で答えてしまい背筋が凍った。家治様の御前でなんたる失態。


「すまぬ、そのように固くなるでない。軽い戯れだ。表情がちとも変わらぬので驚かせたかっただけよ」


 お戯れが過ぎると言いたいが逆に喜ばせる結果になりそうなのでやめた。言い返したくとも年季が違うので丸め込まれかねない。それに家治様は、祖父にあたる吉宗様が見いだし直々に教育なさっていたと聞く優秀な方。


「して、絵を教えてくれるか。そなたの絵は、実に優美だと狩野から聞いておる」

「畏れ多いことでございます。私が必要なればいくらでもお教えしましょう」


 やっと通常の絵の話になり気が楽になる。色恋や時富の生い立ちに関することは非常に答え難い。


「うむ、期待しておる」




 城を歩いてふと視線を感じて振り向くと逃げる人物がいる。いままでは、時富の態度が気に入らないので睨み付けているのかと思っていたがもしかしたら違うのかもしれない。家治様が言う通り時富に恋慕して見ているかもしれぬと考えれば、冷水を浴びせられたような心地になる。裸に剥かれてしまえばさすがに女だとばれてしまう。だから貞操の危機も視野に入れて備えなければ我が家系は断絶の危機に陥ると言ってよい。


「ただでさえ問題が多いというのにまたも増えるのか」

「よぉ、久々にあったと思ったらどうした。ため息なんてついて」

「橘殿お久しぶりにございます」


 部所が変わったために久しく橘殿と会っていなかったが、もしかすると橘ならば恋慕云々を知っているかもしれない。


「橘殿、お聞きしたいことがございます」

「うん? 珍しいな。このお兄さんに聞いてみろ」

「私に恋慕の情をもつ者が……にいるとは本当でしょうか」


一番重要なところをぼかしたがうまく伝わったらしく聞いた途端に橘の足が止まる。振り向けば目を見開きおかしなものを見たという視線を向けられた。


「今日はお前さんは、もう帰るだけだよな」

「はい。どうかいたしましたか」

「ここじゃ不味いから日本町の梅屋に行こう。いいな」

「……はい?」


うむを言わさぬ気迫で言われあっという間に日本町の梅屋に着いた。初めて来たこの梅屋という店は、季節の甘味を出してくれるらしい。品川餅というこし餡に胡桃が入った菓子を出された。


「それでだな。お前の質問についてだが」

「はい」

「俺が知っている限りお前を……好いているやつは五人いる。もしかしたらもっと多いかもしれねぇがな。ところでお前がこれに自分で気がつく訳がない。誰に言われた」

「誰と申されましても……」


 家治様だと言ってしまいたいが橘殿がどんな態度をとるかわからない。あけっぴろげだが本心を悟らせない人物なので嘘だと糾弾されるか、驚かれるか、呆れられるか。


「根岸か」

「なぜ根岸殿が出てくるのですか」

「違うのか」

「違います。根岸殿には、ここしばらくお会いしておりません」


 そもそも根岸殿は、管轄の場所が代わったのでお会いすることがなくなった。いたずらも同じ頃になくなったと思う。


「そうか、だが気をつけておけ。根岸もその一人」

「何を申されるのですか。根岸殿は、私がお嫌いでしょう」

「本当に気づいていない? 時富殿には、好きな相手についつい悪戯したくなった覚えがないのか。そういえば時富殿に浮いた噂がまったくなかったな」


 好きな相手に悪戯をというのは、学舎の折に聞いた覚えがあり許嫁がいたが会うと過剰に構いたくなると言っていた。結果的に泣かせてしまいなぜか時富に相談してきている。


「人の心とはわからぬものでございますね」

「お前がそれを言うのか」

「なぜでございましょう?」

「うん、もういいよ。甘いもの好きだろやる」


 橘殿が自分の分の菓子を時富に渡してきたが貰ってよいのだろうか。


「ただいただくわけには……」

「いいから、いいから」

「では、いただきます」


 菓子を貰ったあとは、自然と解散となり橘殿に聞いて家治様が言っていたことが真実だと確認できた。だが店を出た時に慌てて出ていった連中はなんなのだろうか。

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