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子納戸役

 なぜこのような場にいるのだろうかと問いかけても誰も答えられない。

 時富は、下げた頭を余すところなく使い考えるがまったく思い当たる節がなくいつものように仕事をしていると書状を渡された。その中身は、家治様の御前に参内せよとのお側付の名が書かれていた。天上人である殿に御目見することになろうとは何が起きたとのか。とりあえず召喚されわけが解らぬままに待ち続けている。


「上様のおなーりー」


 衣擦れの音が響き殿の到着がわかった。しかし許可されていないのでそのご尊顔を拝むことはできない。


「面を上げよ」


 一度目で顔を上げてはならないのは、暗黙の了解で上げてよいのは二回目。


「面を上げよ」


 ここでやっと顔をあげてよいので顔をあげると、目元に皺を刻んだ男がいた。若い頃は、精悍でとても男らしかったであろう。その男の目は、気になることでもあるのかまっすぐ時富に向けられる。いや、そんなわけがないだろうが。


「細田時富」

「はっ!」

「小納戸役となり上様に筆の使い方をお教えするのだ。あい、わかったな」

「……はっ」


 小納戸役? しかも筆の使い方をお教えするとなれば殿のお近くに侍ることとなる。気に入られれば一気に出世も可能で我が師は、殿の覚えが良かったため出世出来たとも言われている。


「念を入て勤い」

「ありがたき幸せでございます」


 それだけは言いきり拝命した。




 チー……ン


「お爺様、父上、母上。私、小納戸役絵の具方を勤めることとなりました。生きていらっしゃったらお褒めいただけるでしょうか。……それと家治様に初めてお会いしました。とても恐れ多いです。しかし明日からは、誠心誠意お仕えするつもりです」


 時富は、仏壇の前で本日の出来事を語っていた。なんとなく話を聞いてくれるような気がして少し心強い。


「おね……お兄様」

「お福、どうしたんだい」

「夕の準備が出来ましたので一緒に食べましょう。今日は、お祝いに赤飯を炊いてお魚を焼きましたわ」

「それは美味しそうだね」


 時富が笑うとお福の頬に朱が混じる。年頃の娘らしい喜び方でこういう時にお福が大きくなったのだとしみじみ思う。


「お福、喜ぶのは良いけれど先ほどお姉上と呼びかけていましたね。いままでならば我が家でそのように呼んでも良いと言っていました。しかし今度からは、私の失脚を狙うものが出てくるはずですから気をつけてください。忍の者は、他人の屋敷であろうと入り込んでいる時がありますからね」


「はい、お兄様」

「お福は賢くて可愛らしいね。自慢の妹ですよ」


 本来ならば着物を選びあったり恋の話をしたり色々して仲の良い姉妹になれたかもしれない。


「ふふっ、さぁいきましょう。お兄様」

「そうだね」


 最後に残されたこの妹を守るためにも自分が頑張らねばならぬと刻みながら。

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