時雨の弟
なかなか、月は現れなかった。
僕は、時雨の弟に話しかける事に決めた。
「拝藤時雨さんのご家族ですか?」
僕の声に顔をあげた。
「はい、拝藤氷雨と言います。」
「初めまして、月の山高校で同じクラスだった矢吹星といいます。」
「どうも、初めまして。今日は、兄さんに会いにきてくれたんですか?」
「はい。」
氷雨君の顔が、パァーと明るくなった。
「よかった。兄さんに、素敵な友達がいて」
「だいぶ、会ってなかったんですか?」
「兄さんが、高校を卒業して家を出てからなので12年は会っていません。」
「そうだったんですね。」
僕は、うつむいた。
「僕と兄さんは、3歳離れています。物心ついた頃から兄さんは両親に虐待を受けていました。」
僕が顔をあげると、氷雨君は口を押さえた。
「氷風呂ですか?」
そう言った僕の言葉に頷いた。
「僕も自分が可愛かったから、わざと兄さんを悪く言ったりもしました。あの人達がしてる事が、怖くてたまらなかった。」
手が震えている。
「兄さんは、ずっと耐えてきました。罵倒され、罵られ、殴られ、蹴られ、そして嘘をつくと氷風呂にいれられる」
氷雨君の目から涙が溢れてきた。
「今日、病院から電話がきた時に死なないで欲しいと思った。あんなに苦しんだ兄さんの人生は、ハッピーエンドじゃなきゃ困るんだよ。こんな終わり方は、困るんだよ。」
「そんなに時雨への虐待は、ひどかったの?」
「はい、酷かったですよ。気に入らない事があるとご飯も食べさせてもらえなかった。家族旅行は留守番、外食も家にいた。兄さんは、家族の中になんて一度もいれてもらえなかった。」
氷雨君は、泣いてる。
「僕、来月結婚するんです。兄さんに来てもらいたいんです。」
「氷雨君は、時雨の事が大好きなんだね。」
「はい、兄さんはきっと僕を好きではないと思います。でも、僕は兄さんが大好きです。」
そう言って笑ってる。
「兄さんにも幸せになって欲しい。兄さんの事をまるごと受け止めてくれる人と一緒にいて欲しい。」
「そうだね。」僕も笑った。
「あの、兄さんに彼女はいたのでしょうか?」
「さぁ、そんな話しはしなかったから…。」
「そうですか、そうですよね。」氷雨君は、何かを考えている。
「何か気になる事があるの?」
そう言った僕に
「目が覚めても兄さんに秘密にしてもらえますか?」
「うん。」
「兄さんが、高校生の頃、月の山高校の制服を着た男の子と手を繋いで歩いてるのを一度見た事があるんです。」
それは、きっと僕だ。
「その時から、兄さんの恋愛対象は女の子ではないんじゃないかと思っています。」
「もし、そうだったら嫌?」
「いいえ、仕方ないと思います。母親からもあれだけの虐待を受けていましたから…。女性を嫌いになってしまう事は仕方ないと思います。」
そう言って、下を向いて
「ただ、誰でもいいから一緒に人生を歩いてくれる人を見つけて欲しいんです。だから、目を覚まして欲しい。」
そう言って泣いてる。
「明日も来てくれませんか?」
「うん。」
「兄さんもきっと喜びます。」
氷雨君が、そう言ったのと同時にお母さんがやってきた。
「氷雨、帰るよ。」
「母さん、兄さんには?」
「会ったって、話せないから意味ないだろ」
「わかった。」
そう言って氷雨君は、僕にお辞儀をした。
氷河の両親がやってきた。すごく泣いている。
時雨の母親とは、正反対だ。
「お父さん、意識がもどらなかったらどうしよう」
「そんな事言うな。氷河は頑張ってるんだ。」
「そうね。あの子がいなくなったら私は生きていけない」
「私だって同じだ。帰るよ」
そう言って歩いていく。
時雨を幸せに出来るのは、氷河だと感じた。
どうか、二人ともの意識がもどりますように…。
僕は、祈りながら月を待っていた。




