真矢匠馬と時雨
僕の胸は、不安で張り裂けそうだった。
「それは、いつ殺るって言っていたの?」
「ごめん。日にちまでは、わからない」
そう言って、真矢は頭を下げた。
「そっか…。」月を守る為には、
僕はこの仕事を辞めるべきじゃないんだ。
「矢吹、泣いてる?」
「あっ、ごめん。なんだろう…」ポタポタ涙が落ちてきて、止めようがない。
「こんな話して、ごめん。」
「ううん。」違うよ。
こんな嫌な思いをして、お金を稼いだのに結局は逃げられないなんてそう思ったら涙が止まらなかった。
「明日香は、とにかくヤバイ。俺は、矢吹を助けてあげたい。力になりたいんだ。」
そう言って真矢は、僕の手を握る。
「殺らない限り、無理だよ。」
僕の言葉に真矢は、驚いた顔をした。
「そんなに、橘月が好きなんだな?」
「どうして?」
「そんな言葉が、矢吹の口から出てくるなんて思わなかった。でも、殺ったら橘月には会えなくなるよ。それ以外の方法を考えよう。」
「無理だよ。辞めさせてくれないのに…。」
僕の言葉に真矢は、少し考えていた。
「明日、また来るよ。少し、美子に相談してみるよ。明日香の弱みがないか聞いてみるから、それまで待てる?」僕は、頷いた。
「じゃあ、帰るね。」
「気をつけてね。」
僕は、真矢を見送った。
月に会いたい。
スマホを握りしめて、月の番号を見つめる。
ダメ、掛けたら迷惑になる。
僕は、時雨に電話した。
「はい」
「今どこ?」
「星の家の近所のファミレス」
「何してるの?」
「まやたくに襲われたらいけないからスタンバってた。」
「なにそれ」僕は、笑った。
「どうした?急用」
「今から、来てくれる?」
「まやたくは?」
「帰った。」
「わかった。いくよ」そう言って時雨は、5分でやってきた。
「どうした?」優しい笑顔を向ける。
「明日香が、月を殺るって」
「は?なんで?」
「お金を稼ぐために、僕を離さないって」
僕の目から涙が落ちていく。
「こんな思いしてるのに、辞められないんだよ。」
時雨は、僕の頭を撫でる。
「俺が、絶対辞めさせるから」
「無理だよ。明日香を殺るしか方法はないよ。」
そう言った僕の言葉に時雨も、驚いた顔をしてる。
「橘月の事、愛してるんだな。」
「なんで?」
「そんな事、星の口からでてくると思わなかった。」
「真矢にも言われたよ。」
「だろう?星は、平和主義だと思ってたよ。」
そう言って時雨は、煙草に火をつける。
僕は、窓を開けに行く。
「平和主義って殴られんのが好きだったのに?」
僕は、笑った。
「そうかもしれないけど、俺が知ってる星は誰かを殺めたいって思う人間ではなかったから」
「そうなのかな。」
そう言った僕の顔を覗き込みながら時雨が
「星の覚悟は充分わかったから。俺と氷河に任せてくれない?」
「うん。でも、真矢もなんとかするって」
「まやたくには無理だよ。俺と氷河で、何とかするから。約束」
そう言って時雨は、小指を差し出してきた。
「約束」
「なぁ、酒飲まない?」
「いいよ。今日さ、近藤さん来たの」
「ああ、あの話すだけのおばちゃん?」
「そうそう、ワインくれたんだけど飲まない?」
「いいね。」
そう言って、立ち上がってワインとグラスを用意した。
「チーズもくれた。やめちゃうからって」
時雨は、ワインの栓を抜いてグラスに注いでくれる。
「あのおばちゃん、最初から星が好きだよな。高いお金払って喋るだけってな。乾杯」
時雨は、チーズを食べてる。
「お金持ちなんでしょ?」
「そうだと思うよ。いつもスマートにお金払っていくから」
「すごく救われるんだよね。僕は、あの人」
「求めてこないもんな。」
「うん。もう会えないのは少し残念かな」
「一週間に一回は、来てただろ?」
「うん。そうそう」
僕もチーズを食べる。
こんな他愛もない話をするだけで、胸の奥のざわめきが静まるのを感じていた。




