竜のお世話係7
「よく晴れてよかった~」
リズは空を見上げて微笑んだ。隣ではマーシャルもうなずいて微笑んでいる。
今日は竜騎士隊とお世話係も交えての演習の日だ。
野外での戦闘を想定しており、大規模な訓練になる予定だ。
今回は新人が騎士とお世話係含めて4名いることもありまずは一泊二日の予定である。
数日前まであれやこれやと荷物にいらないものを詰める娘の姿を見て仕事には口を出さない主義だと言っていた父カジミールの荷物チェックが入った。
そのためリズが背負っている荷物は必要最低限に収まっている。
「見て、お父さんに荷物の検査させられてこれしか持ってこれなかったの」
小さいリュックにマーシャルは呆れた目を向ける。
「持ってくるものなんてほとんど無いでしょう?ほとんどここにあるものしか使わないわよ。ごはんも出るし。パンツとタオルぐらいでしょ」
「だって夜に読む本でしょ、空き時間は刺繍したりしたいし」
マーシャルは深くため息を吐いた。
「そんな暇あるわけないでしょ。コゼット爺さんの授業で言ってたじゃない。戦時において常に動き回るのは先頭に立つものだけではない。わしら裏方が一番しっかと動かんと勝利はないのじゃフォッフォッって」
コセット爺さんの物まねをしながら言うマーシャルにリズは噴き出した。
「似てないわよ、フォッフォッなんて笑ったことないじゃない。そんな爺さんみたいな話し方しないし」
「脚色よ。下手したら私たち一番忙しくて一番重労働よ」
「え~・・・」
不安になったリズが前のほうで整列している竜騎士を眺めると睨みを利かせている父親と目が合った。
あれは怒っている顔だ。
慌てて口をつぐんで背を正す。
「お父さんが見てる。めっちゃ怒っているから静かにしましょ」
「そうね。あんたのせいで私まで怒られるわよ」
城の演習場にずらりと並んだ竜騎士とその後ろに竜が並んでおりその姿は圧巻だ。
毎日訓練はしているが、一斉に竜が出るのは野外演習時ぐらいのため見物人がちらほらと見られた。
城の窓からも珍しそうに見ている者が居る。
どこぞの騎士服を着ている集団も集まって見に来ているぐらいなのだからきっと珍しい光景なのだろうとリズは思った。
竜騎士の一員として誇らしくなり口角を上げた。
竜騎士たちの前には軍服に身を包んだ元帥があいさつをしてるのを眺める。
挨拶も終わり、ザール団長が大きな声を出す。
「お前ら、一泊二日の楽しいキャンプの始まりだ。今年は新人がいるから、フォローをするように!ではグループごとに第一ポイントへ移動開始!」
それを合図に竜騎士たちが一斉に竜に搭乗し順番に飛び立っていく。
「わぁすごぉーい」
いつもは家でぐーたらしている父親が真面目な顔をして竜に乗って飛び立っていく。
感動しているリズに少し誇らしい顔をして片手をあげて挨拶をしているのでリズも手を挙げた。
そのすぐ後ろから団長の竜が羽ばたいてリズたちに手を振ってくれている。
「わぁー団長の竜すごい大きいね」
「団長だからね」
リズとマーシャルは他のお世話係と混じって手を振って見送りをする。
「あ、あれ、ウォルフじゃない?」
マーシャルが指さす先に確かに団長にも負けない筋肉質は大きな体のウォルフの姿。
しっかりと竜に乗っている姿からは、女言葉が出てくることは想像できないほど男らしい。
そして横にはセドリスの姿。
相変わらず無表情な顔をしてリズ達をちらりとも見ないで飛び立っていった。
「セドリスさん顔だけはいいわよね~。今年期待のイケメン新人らしいわよ。将来が楽しみだって女性から人気らしいわよ」
マーシャルがにやりとして言うとリズは顔をしかめた。
「無表情で無感情な人なのに?顔はいいけどね」
二人の後ろからエレノアが声をかけてきた。
「はぁ~い。新人ちゃん達。仕事をしてちょうだいね。今日の野営の位置まで荷物を運ぶわよ」
「あれエレノアさん今日はズボンなんですね」
いつもは短いスカート姿でセクシーなエレノアだが、今日は騎士服と変わらぬ姿だ。
「そうよ。今日は私も同行するから。さぁ移動よ。各班ごとに馬車に乗って頂戴」
あらかじめ配られている地図を広げながらリズは頷いた。
野営のポイントまで竜のお世話道具や餌などを運ばねばならないのだ。
「はい」
エレノアの合図で、竜のお世話係のメンバーが動き出す。
竜の世話道具や餌、人、備品などそれぞれ馬車で移動になる。
リズとマーシャルは同じグループだったので同じ馬車に乗り込む。
「お疲れさま」
竜の世話係の仲間たちがすでに乗っており、リズたちのために座る場所を開けてくれた。
「お疲れ様です」
馬車の中にはリズの父の竜のお世話係のジョンとその妻マロンも乗っている。
どちらも竜のお世話係で、今年で40歳の夫婦だ。子供も二人おりどちらも城に奉公にあがっている。
マロンがリズとマーシャルに袋に入ったクッキーを渡してくれる。
「リズちゃん、マーシャルちゃんもほらこれ食べなー」
「ありがとうございます。でも食べてて大丈夫なんですか?」
今は野外訓練中であり、お茶などしていていいのだろうか。
物々しい雰囲気の中飛んでいく竜騎士たちを思い出してリズは申し訳なさそうに言うとマロンは豪快に笑った。
「大丈夫よ~。本当に戦闘中じゃないし。騎士様たちはこんなことしてられないだろうけど、私たちはただ移動しているだけだからね。休憩、休憩」
そう言いながらクッキーを頬張るマロンにリズとマーシャルも顔を見合わせてクッキーを口に含んだ。
バターたっぷりの甘いクッキーに笑顔になる。
「おいしいー」
「そりゃよかったわ。それより、仕事はどう?辛くない?」
事ある毎に新人二人を心配してくれるお世話係の先輩たちの中でもマロン夫婦は会うたびに同じことを聞いてくれる。
リズは笑みを浮かべてうなずいた。
「はい、みんな優しいので。それに竜とずっと一緒はうれしいわ」
「そりゃよかった。竜が好きな人しかお世話できないからねぇ。その喜びはよくわかるよ。
でもさぁ、あのセドリスって子はどうなの?上手くいってる?」
「いってると思います~?全然話してないみたいですよ」
リズが答えるより先にマーシャルがクッキーを口に入れたまま言った。
マロンも神妙な顔をして頷く。
「そうよねぇ。あの子愛想ないものね。まぁ、竜騎士とお世話係は相性が悪いっていうのは聞いたことないから少しずつ仲良くなっていけばいいわよ」
「でも、あんまりにも無口すぎて一緒にいる時間が苦痛になってきてるんですよね」
リズもたまらなく言う。
「あらあら、まぁ無口よねぇ。でも竜騎士のなかでも美形だから将来期待されているのよねぇ女子たちに」
「へぇ、そうなんですか」
「城の騎士たちは人気だけど、その中でも竜騎士は人気が高いから、今15歳だっけ?あの子。
あと5年後ぐらいがたのしみねぇー」
「いいなぁ、リズは美形のセドリスさんと一緒に仕事できてそれこそ将来結婚したりして」
「えー確かに顔はいいけど、コミュニケーションがねぇ・・・」
あんなに話さない人と結婚なんてと、リズが顔をしかめるとマロンが笑った。
「まぁ、そんな伝説みたいな話そうそうないから。そのうちいい人が現れるわよ。
そろそろ、野営ポイントに着くわよ。テントの準備と竜を迎える準備に入るからね」
「はーい」
返事をするとすぐに馬車が止まる。
馬車にかかっていた幌を持ち上げて外に出ると森の中だった。
今晩の野営ポイントだ。
外に出るとすでに先に着いていた馬車から荷物降ろしが始まっていた。
リズも荷下ろしをし、竜が休めるように各ブースを整える。
騎士たちは今頃戦闘訓練をしており戻ってくるのは夕方になる予定だ。
リズたちは野営の準備に取り掛かった。