竜のお世話係6
リズが竜のお世話係になってから一か月経った。
リズが思っていたよりも朝が早すぎることもなく、父親のカジミールと一緒に出て、夕方には帰れるため想像よりは辛い仕事ではなかった。
大好きな竜の生態を学ぶべく、朝のお世話が終わった後数時間昼間に座学がある。
生徒はリズとマーシャルの新人二人だ。
二人が勉強している間、竜と騎士は訓練に出かけている。
先生は伝説のお世話係と呼ばれているコゼット爺さん90歳。
何代かの竜のお世話をしているそうだ。
何体もの竜に好かれることすらめずらしいという伝説のコゼット爺さんは竜の先生とも呼ばれるぐらい生態に詳しいらしい。
リズはワクワクしながら毎回授業を受けていた。
「竜はとても希少な動物である。世界でも保有している国は数少ない。竜が盗まれることもあるのでべらべらと他国のものにこの知識を話してはならんぞ」
コゼット爺さんが教科書を置いて二人の顔を交互に見ながら言う。
リズもマーシャルもうなずいたのを見て先生は満足そうにうなずいた。
「はい、今日はおしまい。お昼を食べてまた竜のお世話に励むように」
「ありがとうございました」
去っていく先生の背中を見ながらマーシャルが小声でリズに耳打ちする。
「知識を他国に話してはならんぞって毎回言うわよね」
「私たちの耳にタコができるぐらい言うほど重要なことなんじゃないの」
「毎回聞くといい加減うんざりするわよね」
二人は教科書をしまうと、歩きながら竜がいる小屋へと向かった。
途中、大きな男が手を振りながら歩いてくる。
「おつかれー。あたしも、今訓練から帰ったところよ」
筋肉質な体から似合わない言葉遣いのウォルフに、リズは会うたびに少し笑ってしまう。
「そうなんだ。じゃ、ルーメロスも小屋に帰っているかしら」
小屋を気にするリズにウォルフは頷いた。
「一緒に帰ってきたからもう小屋にいるわよ。色男と」
語尾にハートマークがつきそうな言い方に、マーシャルは顔をしかめた。
「やだ。ウォルフ。狙っているの?好み?」
「それこそ、いやぁーよ。顔はいいけどねぇ。私の趣味じゃないわよ。私はもっとがっちりしているのが好み。体はザール団長で顔はもう少しハンサムなほうがいいわー」
「へぇ、よかった。私と男の子の好みはかぶらないわ」
ほっとしたように言うマーシャルにウォルフも笑った。
初日こそ、女言葉のウォルフにショックで倒れたマーシャルだったが、運命の人はきっとこの城の中で出会うはずと決心し、ウォルフとは仕事仲間としていい関係を築いているようだ。
「で、リズちゃんはセドリスとはちょっとは仲良くやっているの?」
何気なく言ったウォルフのお腹をマーシャルが軽く突いた。
「仲良くやっていると思う?リズとあのセドリスさんが」
小声で言うマーシャルにウォルフはあらぁーとため息をついてかわいらしく頬に片手を当てた。
「まぁ、ちょっと無口だけど悪い子じゃないと思うのよね。根気よく話しかけてあげて。私は嫌われているんだけどぉ。少しは関係性はよくなった気がするのよ」
「へぇ、あのセドリスさんがねぇ。でも私たちにはすごい冷たいわよね」
リズが頷くとウォルフが困ったようにため息をついた。
「まぁ仕方ないわよね。そういう性格なのよ。きっと。根気よく頑張って頂戴ね。リズちゃん」
「がんばるわ。じゃ、私はこっちだから」
そう言って心配そうにしてくれてるウォルフとマーシャルに笑みを向けてリズは歩き出した。
竜のお世話をするのはとても楽しい。
大好きな竜のそばにいられるのもとてもうれしい。
ただ、竜の相棒であるセドリスが全く愛想がなくて少し困っているのだ。
ルーメロスの小屋に行くと、黒い騎士服のセドリスの背中が見えた。
「お疲れ様です」
「・・・お疲れ」
挨拶をするリズをちらりと見て、返事は返してくれたもののそのままルーメロスの世話を始めるセドリス。
これ以上の会話があまり続かないのがリズの悩みだった。
何か話しかけても、「そう」「あぁ」「わかった」だいたいこれだけだ。
ほかの人とは話しているのは見たことがあるので、リズにだけ冷たい気がしているのでなんとなく一歩踏み込めないでいるのだ。
「ルーメロスもお疲れ様」
リズは竜のルーメロスの鼻先を撫でるとクゥと鳴いて挨拶を返してくれる。
基本、セドリスから話しかけられることはない。
会話がないことが苦痛なリズは何気なく、彼とセドリスの予定を確認しようと思った。
「訓練はこれで終わりですか?」
「そうだけど、予定ぐらいみんなに配られているんだから頭に入れておけば。今日は夜間訓練ないから」
ちらりと、青い瞳に見つめられてリズは愛想笑いを浮かべた。
会話がないから無理に聞いているのに、会話が続かない。
「それはすいませんね。ルーメロスは訓練中変化はありませんでした?」
訓練中、勉強しているため彼らの姿を見ることはできない。
特に怪我などはしている様子はないが一応聞いてみる。
「無いけど」
短く答える、セドリスにリズはため息を吐きたいのを抑えて笑顔でうなずいた。
「それは良かったです。では、これからブラッシングしますね」
いくら顔がよくても、これだけ話が続かないと一緒にいるだけで苦痛である。
一か月しか共に竜のお世話をしていないが、リズからいえば一か月も!一緒にいるのである。
セドリスがこれだけ話さない人だと同じ空間にいるだけで苦痛である。
さっさと騎士の詰め所に戻ればいいのに、なぜかしばらく一緒に世話をしてくれている。
この1時間少しの時間が大変苦痛なリズは小さくため息を吐いた。
大好きな竜と二人だけの空間になればとても幸せになれるのに。
竜のブラッシングは少し硬めのブラシを使う。
ルーメロスの背中から始めようとリズは柄の長いブラシを手に取った。
「ルーメロス、背中からブラッシングしていくね」
リズが声をかけると、ルーメロスは可愛く鳴いた後少しだけ身をかがめてブラッシングしやすいようにしてくれる。
なんて竜は賢いのかしら。
感動しながらリズは竜の背中をゆっくりとブラッシングし始めた。
訓練で着いたであろう土埃が落ちていく。
ルーメロスの甘えたような鳴き声に見ると、セドリスが竜の顔をブラッシングしているところだった。
セドリスに嬉しそうに甘えているルーメロスの姿。
リズには絶対に見せない甘えた顔と鳴き声にイラっとして手に持つブラシに力がこもる。
私にも甘えてほしいのに!
口には出さずブラシに力を入れて背中を擦っていると、珍しくセドリスから話しかけられた。
「ねぇ、もう少し力弱くしたら」
「えっ?」
「ルーメロスが痛がっているんだけど。なぁ、痛いよなルーメロス」
リズには冷たい声でルーメロスには少し甘い声で言うセドリスにも腹が立つ。
「きゅー」
ルーメロスもワザとらしくしゅんとして、背中に乗っているリズを見上げている。
「ほら、痛いって。バカ力で大切な竜に傷をつけないでもらいたいね」
「そんなことしませんけど!」
竜のうろこは固いとコゼット爺さんが言っていたのになぜデッキブラシを女の力で擦っただけで怒られないといけないのか。
リズは口を尖らせてデッキブラシを持つ手を止めた。
「じゃぁ、会議に行くから。痛かったらちゃんと言えよ」
「きゅー」
また甘えた声を出すルーメロスは名残惜しそうに去っていくセドリスに別れを告げている。
「私にも挨拶もなしに行くってセドリスさんってば失礼じゃない?」
デッキブラシを片手に呟くと、ルーメロスが馬鹿にした目で見上げてきた。
フンっと口から空気を出してリズの顔にかける。
そして首をクイッと動かした。
「なに、早くブラシをかけろっていうの?セドリスさんがいなくなると、あなた態度変えるわよね」
リズの言葉にルーメロスはまた馬鹿にしたように歯を出してフンと鼻息を荒く出した。
仕方なくリズは手を動かし竜の背中を今度は優しく擦っていく。
「フン!」
不満そうにしているルーメロスにリズは冷めた目を送る。
「ほら、この力だと満足しないんでしょ」
力を入れてデッキブラシをかけ始めるとルーメロスは満足そうにうなずいて目をつぶり始めた。
「何が、竜に傷をつけないでもらいたいねよ。竜の鱗は固いのよねー特別な刃物じぁゃないと傷つけられないんだからねー」
リズが学んだことを言うとルーメロスもフンと鼻息で返事をする。
「ルーメロスはこれぐらいの力でブラシをかけられるのが気持ちいいのよね」
まんざらでもなさそうな竜はちらりと目を開けて気持ちよさそうに目を閉じた。
「気持ちいでしょールーメロス。私のほうがよく知っているんだから私にちょっとは甘えてよね」
リズの言葉にルーメロスが片目を開けてまた馬鹿にしたように鼻息を顔にかけてくる。
「ぺっ、ちょっと。鼻水を飛ばしたわね」
竜は可愛いけど、性格はちょっとかわいくないとリズは思った。