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青い鳥の棲むところ  作者: のんきや
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第二章 打ち上げ停止(2)

 抜き足、差し足、忍び足。そろり、そろりと近づいて・・・

「わっっ」

大声が響き渡る。夢中で苗の世話をしていたアヴィは、飛び上がった。

「うわっ、びっくりした」

「へっへ、大成功!」

企みが上手く行き、気を良くしたリュッカが上機嫌で笑う。アヴィも笑った。

「もう、心臓が飛び出るかと思った」

「カーサ君だね。仕事熱心で大変よろしい」

エッヘン、リュッカが高校時代の校長の真似をし、二人で笑い転げる。

「ちょっと、似すぎ!・・・もう、笑わせないで。苦しい!」

 リュッカは、高校時代からの気の置けない友人である。

「なかなか素敵なところじゃない」

リュッカは、うーん、と一つ伸びをしながら言った。

「でしょう?」

とアヴィ。

「ちょっと待って、手を洗ってくる」

 アヴィが小走りに水道へと向かう。リュッカは、待つ間、ぶらぶらと辺りを見回ってみた。柵の向こうの鶏をからかってみたり、道具置き場を覗いてみたり。

「ねえ、アヴィ、これ、何?」

もさもさとしたものが大きな袋に押し込んであるのを見つけて、リュッカが尋ねた。

「んー?ああ、それ?それは、羊毛」

「これが?」

「うん」

アヴィは、手を拭きながら戻って来、説明した。

「昨日マルカートさんのところでもらって来たんだ。羊毛として商品にならない部分なんだけど、肥料に使おうかと思って」

「羊の毛が肥料になるの?」

「うん。一部保水用に鋤き込むのに使って、後は、堆肥かな。分解されて、いい肥料になる」

「はー、いろいろ使えるものなんだねえ」

リュッカは、感心してそんなことを言った。

 家の中へと移動し、アヴィがお茶を淹れにかかる。リュッカは、きょろきょろと辺りを見回した。折しも、呑気に家へ戻ってきたフェリシティと目が合う。

「猫じゃない。おいで」

リュッカは、声をかけたが、フェリシティは、じりじりと後ずさりし、そして脱兎のごとく逃げて行ってしまった。

「フェル、お腹がすいたの?」

アヴィが声をかける。リュッカは、笑って言った。

「また飛び出して行っちゃった。フェルっていうの?」

「本当は、フェリシティなんだけど、フェルの方が呼びやすいから。本人は、気にしていないみたいだし?」

「なるほど」

リュッカは、カウンター席に腰を下ろしながら言った。

「それにしても、なかなか素敵な家じゃない。広いし。暖炉もあるし。いいなあ、暖炉」

「いいよね、暖炉って。実は、ここが欲しかったのは、その暖炉が気に入ったのもあるんだ」

「分かる。でも、思い切ったよねえ」

リュッカは、荷物から菓子の箱を引っ張り出し、アヴィに渡した。

「まさか、本当に買っちゃうなんて」

「おじいちゃんとおばあちゃんが、私が一人でもやって行けるようにって手配しておいてくれたから・・・それに、買ったのは、半分だけだし」

いくら祖父母がいくばくかのものを残してくれていたとはいえ、この土地にその資金を投入した、というのは、リュッカから見れば、なかなかに「チャレンジング」な話である。

「ああ、折半したって言ってたっけ」

「うん。初めは、びっくりしたけど、今は感謝してる。農園で収入が得られるようになるまでには、まだ当分かかるし、それに、フェナータさんが、場所を貸してくれてるから、広く使えるし」

アヴィは、お茶の入ったマグカップを渡しながら言った。

「フェナータさんって、折半の相手?」

とリュッカ。

「うん。パウゼ・フェナータっていうんだけど、いい人だよ。実は、フェリシティもフェナータさんの猫なんだ」

「待って、パウゼって・・・男性?」

「大丈夫。無愛想だけど、悪い人じゃないから」

「いや、でも、それは、分からないじゃない?」

「んー、まあ、大丈夫なんじゃない?女性に興味がないって言ってたし」

「あ・・・ああ、そういう系統」

リュッカは、少し安心したらしかった。

「まあ、分からないけど。女性云々というより、人間自体が苦手なのかも。だから、ちょっと悪いなあって思ってる」

「でも、本人が自分で決めたんでしょ。なら、いいんじゃない?」

「・・・だと思いたいけど。まあ、実際、ほとんど顔を合わせないんだよね。私は、朝早くから外で作業するじゃない?で、あちらさんは、知らないうちに、仕事に出かけて、いつの間にか、戻って来てる。休みもあるはずだけど、部屋からほとんど出て来ないし、いるんだか、いないんだか、分からない感じ」

「そっかあ。一回会ってみたいけど、やめた方がよさそうだね」

話が切りに来たところで、リュッカは、そうだ、と思い出し、袋を今ひとつ、カウンターに置いた。

「ラヴーニのテイクアウトを買ってきたんだ。外で食べようよ」


 今のところ、これといった問題は、見当たらない。パウゼは、神経をとがらせながら、数値を一つ一つ確認していた。

 有人宇宙船、フレイヤ号の打ち上げまで、後一週間を切った。準備も大詰めである。

 フレイヤ号の打ち上げは、遅延を繰り返し、もう既にかなりスケジュールが遅れていた。一度目は、電気系統に問題が見つかった。次は、燃料タンクに。三度目は、与圧システムがエラーを吐き出し、四度目は、天候に問題が。今回は、三度目の正直ならぬ、五度目の正直である。

 今回、これで飛ばすことができなければ、エフィスタイン宇宙局は、責任を問われることになるだろう。大幅な規模縮小、あるいは、場合によっては、完全な民間委託に切り替えられる可能性もある。お陰で、局内の空気は、始終ピリピリと殺気立っている。何がなんでも、打ち上げる---その強い意気込みは、局内全域を覆い尽くして余りある。

 けれども。

 パウゼは、一抹の不安を抱いていた。

 問題が起こる機体というのは、どういうわけか、繰り返し問題が起こりやすい。かてて加えて、コストの問題で製造業者や部品納入業者の大部分が変更になっているのも、不安要因だった。おまけに、新たに描き起こされた設計図は、パウゼの目からすれば、安全係数があまりにも低く設定されすぎている。

 宇宙船の打ち上げ自体は、これが初めてではない。「これまでに十全なデータが得られている」という理由で、今回の「改善」が実行された。

 だが、本当に、そうだろうか?十全なデータと呼べるほど、十分なデータだろうか?「今まで問題がなかったので、この先も問題がないと思われる」程度の感覚で、上層(うえ)は、この大規模なコストカットを行ったように思えてならない。

 安全係数が低くなっている以上、今まで以上に、念入りにチェックを行い、準備を行わなくてはならない。なんといっても、フレイヤ号は、有人宇宙船なのだから。

「これ以上の遅れは許されない。分かっているな」

わざわざ分かりきったことを言いに、上司のカドロスがやって来る。無視したかったが、返事をしないとしつこい上、すぐにヒートアップする。パウゼは、短く、ええ、とだけ答えた。

 出来れば、来ないで欲しい。パウゼは、思った。いちいちあれを見せろ、これを見せろ、と余計な手間ばかり増やし、それでいて、彼の言葉や指摘が何かの役に立ったことなど、一度もない。

 今回のコストカットについても、彼は、一枚噛んでいる。今まで製作していた会社の仕事が、「無駄に高すぎる」と言い出したのは、彼なのである。

---もっと安い業者は、いくらでもあります。ええ、分かっています、別にぼったくりだとか、そういうつもりは、ありません。ですが、材質等、少々過剰な部分が目につきます---

云々、云々。

 技術陣は、概ねカドロスの意見に反対だったが、ただ一人、ウェスターだけは、カドロスに賛意を示した。カドロスが上層に「技術的知見」として伝えたのは、ほとんどこのウェスターの意見である。

「ハァーイ、パウゼ」

カドロスとほぼ入れ替わりに、シュートスター社のベラムが入って来た。

「調子はどう?問題なく動いてる?」

全くどいつもこいつも。パウゼは、思ったが、口には出さなかった。シュートスター社は、前回まで宇宙船の電気系統を主に担当していた。外壁を担当していたグラックストン社が、言われた条件では、十分な性能のものを納品できない、として手を引いた時、一緒に撤退している。

 その、本来外れたはずのシュートスター社の人間が、こんなところをうろうろしているのには、理由がある。シュートスター社の後に電気系統を担当することになった会社では、一回目の打ち上げ延期の原因となった、電気系統の問題を解決できなかったのである。

 結局、問題を解決したのは、シュートスター社だった。だが、宇宙局は、「あくまで会社同士の問題」であるとして、シュートスター社に報酬を払うことはしなかった。しなかった、というより、契約の仕組み上、できなかった、という方が近いが。

 本来なら、フレイヤ号の電気系統を担った会社がシュートスター社に報酬を支払うべきだが、この会社、「シュートスター社が勝手に好きでアドバイスしただけだ」として、ほとんど支払わなかった。それどころか、「産業スパイとして訴える」とまで言い出し、お陰で、シュートスター社は、「ほぼただ働き」状態になった。

 とはいえ、一枚噛んだ以上、「後は知らんぷり」もできない。そういうわけで、時折様子を見たり、アドバイスを出したりしにやって来る。

 自身の奥の方で黒いもやが塊のようにむくむくと育ち、湧き上がってくるのを感じる。仕事中にまずい、と思うが、あの黒いもやを思うようにコントロールできたためしがない。やり過ごせたためしもない。早く帰ってくれ---パウゼは、そう念じながら、ベラムの相手をした。

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