第二章 打ち上げ停止(1)
何やら焦げ臭い匂いが漂ってくる。パウゼは、はっとして飛び起きた。火事か?
慌てて部屋を出ると、煙が立ちこめていた。袖で鼻と口を押さえつつ、キッチンを見やると、コンロの前で、アヴィがぶつぶつ言いながら、フライパンと格闘している。火は出ていないようだ。
「おい」
声をかけると、アヴィは、曖昧な笑みを浮かべた。
「ああ、ごめんなさい。ちょっと焦がしちゃって」
「ちょっと?」
フライパンの中身は、表面が、半ば炭と化している。パウゼは、鼻と口を覆ったまま、換気扇に手を伸ばした。
「あ、そっか、換気扇。忘れてた」
今度から気をつける。アヴィが口の中でもぞもぞとそんなことを言っている。まあ、火事でないならいい。パウゼは、思った。それにしても、なかなか大雑把そうな人間だと思っていたが、これほどとは。
アヴィは、フライパンの中身を皿へとひっくり返した。完全黒焦げの表面に対し、裏面は、それほど焦げてはいないが、中心部分は、多分生焼けだろう。フライパンの方は、ガビガビに焦げ付いている。
「ごめんなさい、フライパン、後できれいにしておくね。それとも、今使いたい?」
アヴィが尋ねる。
「いや」
パウゼは、短く答えた。
「そう」
アヴィは、焦げ焦げ生焼け料理をカウンターに運んだ。
「おい・・・」
食べるのか、ソレ。パウゼは、思わず言いそうになったが、いや、余計な世話だな、と思い直した。
「うん?何?」
「なんでもない」
何か作って食べようかと思ったが、すっかり食欲をなくしてしまった。出勤時間までは、まだ間がある。パウゼは、少しニュースでもチェックしようと部屋へと戻った。
「やれ、少し遅れちまったかい」
不動産屋のゲマンは、汗をふきふき入って来ながら言った。
「大丈夫、これから始めるところだよ」
とレダ。レダは、この村で園芸店を開いている。
ここは、ガトヴィック村の雑貨屋兼宿屋兼飯屋兼茶屋「銀の匙」亭。そして、今日は、恒例、「ガドヴィックお節介会議」の日である。場所が「銀の匙」亭であるため、パチェッタの夫にして「銀の匙」亭の主、レットも片足を突っ込んでいる。
「それで、どうなってるんだい?例の、ホラ、マルベリーの・・・」
勢い込んでパチェッタが尋ねた。
「ああ、その話ね。あ、レット、コーヒー一つ」
ゲマンは、コーヒーを注文すると、席に着いた。
「思いがけなく、もう一人、あの土地が欲しいってのが来てね・・・」
ゲマンの言葉に、うんうん、とレダとパチェッタが頷く。
「これが、また、年頃の男でさ」
おお、レダとパチェッタは、面白がる表情になった。
「年頃が二人も。いいね」
とパチェッタ。ガドヴィック村は、若年層の流出が続いている。クライトンまで電車で20分強、空気と景色の美しい村だが、若者たちには、不人気である。
「ただ、問題があって・・・」
乗り出すレダとパチェッタを見ながら、ゲマンは、出されたコーヒーを受け取った。
「アヴィもその男も、どうしてもあのマルベリー2番でないと嫌だっていうんだ」
「ボロ屋つきのあんな辺鄙な荒れ地が、そんなにいいものかねえ」
とパチェッタ。ゲマンは、むっとして言い返した。
「ボロ屋で悪かったね。ちゃんと管理はしてきたよ」
「ああ、いや、別にくさしたわけじゃないんだ。そこまでこだわらなくても、いい場所がたくさんあると思ってね」
「まあ、それは、わたしもそう思うけどさ。本人たちが、頑として譲らないんだから、仕方がない」
「アヴィか、若い男か・・・」
パチェッタは、腕組みをした。
「アヴィには、是非この村にいて欲しいけど、若い男も捨てがたい」
「で、どうしたんだい?」
なかなか話が進まないのを見て、レダが先を促す。事もなげにゲマンが言った。
「うん、だから、二人に売った」
「二人に!?」
レダとパチェッタ、カウンターの向こうで聞いていたレットが同時に驚きの声を上げる。
「ちょっと、ゲマン、さすがにそれは・・・」
「いいんだよ」
ゲマンは、言い、ゆっくりとコーヒーを啜った。
「なんだかんだで、二人とも資金に余裕がない。まあ、アヴィなら、少し融通してやってもいいかな、と思ったんだけど、二人で割れば、余裕ができる。どの道、あの土地は、広すぎるしね。アヴィが余程の腕前で、人を雇って農場をやるようになれば、また話は別だけど、当分無理だろう。それに、もしそれをやるなら、逆にあの土地では、不十分だ。どっちにしても、中途半端なんだよ」
「なるほど、折半したのか」
とレット。
「そういうこと。こっちは、取りっぱぐれの心配も減るし、二人は、借金が少なくてすむ。三方良しのいいアイディアだろ」
「でもねえ、年頃の男と女だろ。いいのかねえ」
レダが、少々心配そうに言った。
「まあ、下手なちょっかいをかけるような甲斐性はないと見た」
とゲマン。
「男は男だけどな」
ぼそっとレットが言う。
「一緒に祭りに誘っといて手の一つもつないで来なかった男もいたけどねえ」
とパチェッタ。
「そりゃ子どもの頃の話だろ。言っておくが、クライトンの町じゃ、ちょっとした色男で名が通ってたんだぜ」
「そりゃ良かったねーえ」
完全に脱線しかけている。レダは、それで、再び話を引き戻した。
「住処は一つだろう。それはどうしたんだい?」
「ちょいと改装してね、二人各々用に個室とバスルームをこさえた。
「まあ、それなら大丈夫かねえ・・・」
「大丈夫だって。大して問題なんか起こりゃしないよ。まあ、お互い気に入ってくれれば僥倖だけど、さて、どうかね・・・」
ゲマンは、アヴィとパウゼが初めて顔を合わせた日のことを思い返しながら、そんなことを言った。






