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青い鳥の棲むところ  作者: のんきや
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第一章 思わぬ同居(3)

「へえ、それで、同居」

笑いをかみ殺すようにして、ミュゼが言う。ミュゼ・バウマン。パウゼの母方の従兄弟で、バイオリニストである。時々、思い出したようにパウゼを飲みに誘ってくる。それで、二人は、クライトンの路地裏にある小さなバルに来ていた。クライトンは、このエフィスタイン王国第二の都市であり、古くは、首都でもあった。芸術の町としても有名である。

「同居じゃない、シェアハウスだ」

「似たようなものじゃないか」

「全然違う」

パウゼの声が怒気を含みかけてくる。ミュゼは、慌てて話を逸らした。

「分かった、分かった。シェアハウス。で、相手はどんな?」

「どうって・・・別に。農園を開くらしい」

「へえ、農園を。今時」

少々あきれた風に聞こえたのだろう。ミュゼに言葉に、ほんの一瞬、かすかにパウゼが眉を上げた。それは、すぐにいつもの無表情の奥へと消えたが、ミュゼは、見逃さなかった。

 おや。

 こうした反応は、パウゼにしては、珍しい。一瞬、ミュゼの言葉をパウゼが不愉快だと感じたのは、間違いない。

 パウゼは、基本的に、あまり人のことは気にしない。良くも悪くも、無関心である。ミュゼが誘えば、こうして出てくるが、向こうから誘ってくることは、ない。聞けば答えるが、自分から話すようなことは、ほぼない。

 今回、引っ越しをすることも、ミュゼが気づいて水を向けなければ、多分、知らせても来なかっただろう。

「それにしても、」

ミュゼは、軽くグラスを指先ではじいて言った。

「引っ越すなら引っ越すって知らせてくれても良かったのに」

ミュゼは、パウゼの数少ない身内である。普通に行き来があるのは、恐らくミュゼ一人だろう。その自分にさえ、伝えず引っ越そうとしていたとは。そのつもりはなかったが、つい、言葉がなじるような色を帯びてしまう。

 けれども、パウゼの返しは、思わぬものだった。

「何故?」

聞き返され、逆にミュゼの方が面食らってしまう。どうやら、パウゼの方は、ほんの欠片ほども、連絡を入れる必要性を感じていなかったらしい。

「いや、普通、周囲の人間には、知らせるだろう?」

ミュゼの言葉に、パウゼは、心底理解できない、といった様子になった。

「今まで住所が必要だったことなど、一度だってないだろう」

言われてみれば、その通りである。郵便物のやりとりをするようなことはないし、訪問したのは、一度だけ。連絡は、電話なりメッセージなりのやりとりで済ませられるし、会う時は、いつもこうしたバルやパブを使う。

「まあ、そう、なんだけどさ」

どこか曖昧なミュゼの様子をパウゼはじっと見ていたが、ややあって、分かった、と言った。

「引っ越した時の新住所を知りたい、というなら、次からは、連絡する。それでいいか」

「悪いね」

「別に」

パウゼは、そっけなく言って、グラスの中身を空にした。


 数日後。

 家の周りを掃除していたアヴィは、人の気配に振り向いた。パウゼである。左手にボストンバッグ、右手には、ゲージとおぼしきものを下げている。パウゼは、アヴィに気づかぬ様子で、家へと入って行った。

 猫だ。

 構うな、と言われたことも忘れ、アヴィは、すぐに後を追った。きっとあのゲージには、猫のフェリシティが入っているに違いない。

「さあ、フェリシティ、ここが新しい家だ」

パウゼは、ゲージをそっと下ろし、扉を開けた。そろりそろり、警戒気味にフェリシティが出てくる。

「しばらく落ち着かないだろうが、きっと・・・」

パウゼが言った時、不意に声が飛んできた。

「その子がフェリシティね!なんてきれいなの」

悪夢だ。パウゼは、思った。あれほどこちらに構うなと言いおいたのに。

「アヴァンティ・カーサ!」

パウゼは、怒りを込め、アヴィをフルネームで呼ばわった。

「言ったはずだ、私に構うな、と」

「ええ、あなたには、でしょ。でも猫ちゃんは別。ね、フェリシティ。私たちは、仲良くしましょうね」

アヴィは言い、しゃがみ込むと、フェリシティにそっと手を差し出した。フェリシティがふんふんと匂いを嗅ぐ。そして、アヴィを見上げ、小さくにゃあ、と鳴いた。

「わたしは、アヴィ。よろしくね」

差し出された手にフェリシティが身体をすり寄せる。パウゼは、少しばかり驚いて、フェリシティに声をかけた。

「フェリシティ、彼女は、ただの同居人で、私たちには・・・」

だが、フェリシティもアヴィも聞いてなどいない。

「いらっしゃい、フェリシティ」

アヴィが両の腕を差し出し、フェリシティは、ためらいもせず、そこへ飛びついた。

「可愛い」

アヴィが、フェリシティをなでる。

---嘘だろう---

パウゼは、思った。フェリシティが自分以外の人間にこうも簡単に懐くとは。

「私の猫だぞ」

「猫は、自分が誰かのものだなんて思ってないよ。ねー、フェリシティ。いい子ね。そうだ、農場を案内するね。鶏たちがいるの。仲良くできるといいのだけれど」

フェリシティを抱いたまま、アヴィが裏の農場へと降りて行く。パウゼは、仕方なく一人と一匹に続いた。

 鶏小屋に野菜とハーブの畑。果樹とベリーの苗木が少し。土地は、以前下見に来た時とは、打って変わった風景になっていた。初めてこの土地を見た時は、酷く荒れ果てていたものだが。

 この土地には、元々小ぶりの農場があったという。住人が町へと引っ越してしまい、何年もそのままになっていた。パウゼが下見に来た時から、かれこれ三月ばかり。土地の折半購入の話が決まってから1ヶ月ほどだから、その一月ほどの間に彼女が整備しなおしたのだろう。

「鶏が気になるでしょうけれど、捕っちゃ駄目だからね」

アヴィは、茶色い雌鶏を見せながら、フェリシティに言い、パウゼに目を向けた。

「ベリーの向こう側があなたの土地。一応ざっと下草だけは刈っておいたけど、本当にあれだけのスペースでいいの?」

完全に折半で購入したので、裏手の土地も、本来、半分はパウゼのものである。

「畑として使う分には、構わない。今のところは、そこまで広さは必要ない。こちらが必要になった時に返してくれればいい」

「それはいいけど、半年くらい前には言ってよね。折角育てた野菜を廃棄なんてことになりかねない」

「了解した」

興味が失せた。フェリシティも特に問題はなさそうである。パウゼは、それで、自室に引き上げることにした。


 少し寝坊してしまった。時間が足りない。アヴィは、シリアルを取り出し、牛乳を注いだ。後は、スライスしたパンにチーズ、ミニトマト。

 カウンターで食べていると、パウゼが部屋から出てきた。アヴィには、見向きもしない。まっすぐに冷蔵庫へ向かい、残り物を取り出すと、温めもせず、部屋へ戻って行った。

 カウンターには、もう一つちゃんと椅子が置いてある。ひょっとして自分がいるから、気を遣っているのかもしれない。アヴィは、それで、パウゼの部屋をノックした。返事がない。

「あの、パウゼ・・・?」

そっと押し開けると、パウゼは、ベッドに腰掛けて食べていた。

 何もそんなところで食べなくても。そう思う。パウゼの部屋には、きちんと机と椅子がある。

「何だ?」

不機嫌そうに、パウゼが言った。

「ごめんなさい。あの、カウンター、一緒に使ってくれてもいいんだけど・・・。わたしは、気にしないから」

「だから?」

「え?ああ、ええと・・・その、ごめんなさい」

何か良く分からないが、ここは、退散した方がいいだろう。アヴィは、それで、そそくさと、キッチンに戻った。自分の馬鹿さ加減が、嫌になる。パウゼが声をかけられるのを嫌うのは、分かっていたはずなのに。

 パウゼのあの様子だと、嫌なら嫌とはっきり言うだろう。言わない、ということは、多分、気にしないか、もしくは、そのことであれこれやりとりしたくない、ということ。だから、彼がどういう行動をするとしても、声は、かけない方がいい。

 いらぬお節介が過ぎる、うっとうしい---昔、言われたことがある。あの時は、親切で声をかけただけなのに、と酷く傷ついたが、やはり、自分は、人を構い過ぎるのかもしれない。

---ああ、自己嫌悪---

アヴィがどっぷりと落ち込んでいると、足下をする感触があった。パウゼのところにいたはずのフェリシティである。

「慰めてくれるの?」

アヴィは、フェリシティを抱き上げた。パウゼがどうあれ、フェリシティがいてくれて良かった、そう思う。

「多少打ち解ける日も、いつか来るのかな?」

アヴィがつぶやくように言うと、フェリシティは、小さな声でにゃー、と鳴いた。


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