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青い鳥の棲むところ  作者: のんきや
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第一章 思わぬ同居(2)

「おばさん」

ゲマンの姿に気がついたアヴィが、身を起こし、手を振って来る。

「せいが出るね」

ゲマンは、歩み寄りながら言った。

 物件の正式な引き渡しは今日だが、アヴィは、それより一足先に、敷地内の整備を開始している。おかげで、半ば森に食われかけていた敷地も、今は、見違えるほどきれいになった。

「そろそろ時間ですか?」

汗をふきふき、アヴィが尋ねる。

「そうだね、後10分ってところかね」

 春の陽がうらうらと降り注ぐ、気持ちのいい日である。二人は、何ということもなく、空を見上げた。高く鳶が舞い、ピーヒョロロ、と鳴いている。

「おばさん、」

アヴィが言った。

「ありがとうございます」

視線ゲマンに向け、そんなことを言う。

「さあ、礼を言うのは、早いんじゃないかい?」

ゲマンも、アヴィに目を向けた。

「これからが、大変だよ」

「ええ」

アヴィは、にこっと笑い、頑張ります、とそんなことを言った。

「まあ、困ったら、何でも相談しておくれよ。『シェアハウス』の相方のことでもね。『お節介会議』が手伝うよ」

「お節介会議」の言葉に、アヴィが笑う。このガドヴィック村には、「お節介会議」なるおかしなものがある。もっとも、「会議」といっても、主要なメンバーは、不動産屋のゲマン、雑貨屋兼宿屋兼飯屋兼茶屋「銀の匙」亭のパチェッタ、園芸店のレダの三人だけで、単なる「友人同士のお茶会」なのだが。この茶会にご大層な名前をつけたのは、さあ、パチェッタの夫レットだったか、ゲマンの夫のゲゼルだったか---

「頼りにしてます」

とアヴィ。

「さて、準備をするかね。そろそろ彼も来るだろう」

ゲマンは、言い、アヴィを促して、家へと入った。

 人気と火の気のない家の中は、外気温の割にひんやりと少し肌寒い。

「お茶を淹れますね」

アヴィは、湯を沸かしにかかった。

 パウゼが来たのは、指定の時間きっかりだった。上手い具合に、茶が入り、アヴィが各々に茶を配る。

「ああ、ありがとう」

ゲマンは、礼を述べると、二人を座らせ、細かい説明に取りかかった。

「向かって左側がフェナータさんの部屋。洗面はその奥。右側は、アヴィだ。こっちも奥に洗面があるからね。キッチンとリビングは、共同。一部屋余分があるけど、まあ、話し合って決めるといい。それから、これが、玄関の鍵」

パウゼに、部屋の鍵と玄関の鍵を渡す。アヴィの方は、一足先に使い始めているので、もう引き渡し済みである。

「各々返済のことや引き落とし日は、きちんと理解しているね?」

念のためそう確認する。二人は、こくりと頷いた。

「では、この最終確認だ。この書類の内容を良く読んで、問題がなければ、最後にサインをして、引き渡しは完了だよ」

ゲマンは、タブレットをパウゼにまず回した。この書類は、土地の登記にまつわるもので、登記所へと送信される。これが完了して、やっと、完全に土地が自分のものになる。

「後は、水道光熱費の類いの分担だ」

この辺りのことは、本来、ゲマンが口を出す類いのものではない。が、ここまでは、自分が介入しておいた方が良いだろう、とゲマンは、思った。

「あ、水道代は、わたしが払います。農園の方で使うのがほとんどだから・・・」

とアヴィ。水道のメーターは、屋外用と屋内用の二つに分けてあるので、屋外用をアヴィが分担すれば、屋内用については、折半で構わないのだが、ゲマンがそれを説明するより先に、パウゼが言った。

「なら、電気代とガス代は、私が支払おう」

「待って、それじゃ、あなたの負担が大きくなりすぎる。そこは、折半でいいと思う」

慌ててアヴィが反対したが、パウゼは、素っ気なかった。

「面倒だ」

「面倒って・・・」

「毎回折半するとなると、いちいちやりとりが必要になるだろう。それをやるくらいなら、少し余分になってでも、支払う方がいい」

「いや、待って、それ、おかしいから」

「私がいいと言っている。こちらが余分に支払うのに、何の文句がある?」

「別に文句を言っているわけじゃない。あなたにそこまで余分の負担をさせるわけには行かないって言ってるだけ。計算が面倒なら、わたしがやる」

「誰が計算が面倒だと言った。半分にする作業の何が面倒だ。私は、こういう下らないやりとりをしたくないんだ」

パウゼは、登録最終確認書を全て読み終わり、サインをしながら言った。

「それに、」

タブレットをゲマンに渡す。

「借りは、作らないことにしている」

「水道代のことなら、別に貸しだとは思ってない」

アヴィが言い返した。

「心配するな。私も、これが貸しだとは、考えない。後で返せだとか、払ってやっただとか、そういう主張をするつもりはない」

「そうじゃなくて・・・」

 アヴィがなおも反対しようとするのをゲマンは、袖を引いて引き留めた。

「本人がそれでいいと言っているんだ、そうおしよ」

「でも・・・」

「それより、あんたもこれを良く読んで、問題がなければ、サインをしておくれ」

ゲマンが、タブレットを回す。アヴィは、ざっと流すと、そのままさらさらとサインした。

 良く読んでと言ったのに。ゲマンは、思ったが、口にはしなかった。まあ、大抵の人間は、こんなものである。私が悪人だったら、どうするつもりなんだろうねえ?少々意地悪くそんなことを考えてみる。無論、人を騙すような卑劣な真似をするつもりは、全くないが。

 アヴィがゲマンにタブレットを返し、そして、ゲマンは、二人が見ている前で、自身もサインを行い、登記所へ送信を行った。程なくして、アヴィとパウゼの携帯端末に受け付け完了の案内が届く。

「これで手続きは、全て完了。何かあれば、遠慮なく相談してくれていい。遠慮はいらない。下手に遠慮されて問題が大きくなるより、ずっといいからね」

ゲマンは、カップの中身を空にすると、ごちそうさま、とアヴィに言い、去って行った。

「ええと、それじゃ、あと一つの部屋をどうする?」

これから、新生活だ・・・思いつつ、アヴィは、パウゼに尋ねた。

「私に構うなと言ったはずだ」

「でも、決めておかないともめる元になるでしょう?」

「必要なのか?」

「え?」

「あの部屋が必要なのかと聞いている」

何もそんな風に突っかかるように言わなくても。アヴィは思ったが、ともあれ言わずにおいた。

「別にそうじゃないけど」

「なら、空けておけばいい」

パウゼは言い、玄関へと向かった。まだ、話は終わっていないのに。アヴィは、慌てて捕まえた。

「ちょっと待って、一体どこへ行くつもり?」

「私がどこへ行こうと、君には、関係のない話だ」

パウゼは、ぶっきらぼうに言ってから、一瞬考え、そして更に言葉を継いだ。

「君は、すぐに忘れるようだし、良く分かっていないようだから、今一度言っておく。私に構うな。後、勝手に私のエリアに入らないでくれたまえ」

「入るわけないでしょ、あなたの部屋なんか。あなたこそ、私の部屋に入らないでよね」

「話は、決まったな。では、失礼する」

パウゼは、素っ気なく言うと、出て行ってしまった。

 バタン、玄関の扉が閉まる。細々と決めたいこともあったのに。アヴィは、大きく息をついた。どうやら、パウゼは、余程の人間嫌いらしい。あの仏頂面をこの先日々見ることになるのかと思うと、今からうんざりとしてしまう。

 あれは、壁よ、壁。いや、あんなの、そこいらの石でいい。アヴィは、心の内にそうつぶやいた。一応同居人なのだし、多少のやりとりは必要だろうと思ったが、どうやら、相手は、そんな気はさらさらないらしい。ならば、こちらも無視するまでのこと。あんな奴を気にして、折角の新生活を惨めな気分で過ごすのは、つまらない。

「よーし、やるぞー!」

アヴィは、気合いを入れるべく、拳を突き上げた。

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