勇者の秘め事
「今行くぞ!魔王!!ハアアァァァ!!!」
「ついに我の下に来る気になったか!!勇者よ!!さぁ我の胸に飛び込んで・・・グッッッフゥゥゥゥゥ!!な・・・なぜ?」
元々は堅牢でありながらも豪奢な大広間であったこの場所も、2人が、異世界から召喚された勇者と世界征服を目論んだ魔王の数時間にも及ぶ戦いにより廃墟のごとく荒れ果ててしまった。
黒色の大きな瞳が印象的な儚げな顔つきの華奢で小柄な体つきの勇者。身に着けている白銀に輝く鎧も、光り輝く刀身に美麗な装飾の鍔を持つ聖剣も神々しさを持ちながらも勇者の魅力を数段引き上げている。
対する魔王は魔族の頂点に立つに相応しい威厳と風格を備えた男だ。こめかみからは漆黒の角が天へと伸びており、鍛えられた肉体は190近くはあるだろう。手には漆黒の刀身を持つ禍々しい剣を持ち、鎧などは身に着けておらず仕立てのいい豪華な服を着ている。
だがそれもついに決着の時が来た。2人とも既に体力・魔力・気力の底が見えた頃、勇者の捨て身の一撃が、何故か両手を広げとてもいい笑顔の魔王の胴体を貫いた。自身を貫いた剣を見て満面の笑顔から一転して「えっ?」という何とも間の抜けた顔をしている。
「ま、マコトが・・ついに・・・魔王に・・・致命傷を。」
「さすがは・・・僕の・・・マコトだね。」
「お黙りなさい・・・誰の・・・お姉さま・・・ですか・・・。」
息も絶え絶えでそんな会話をしているのは3人の人間。熊のような毛むくじゃらの大男、線の細い優男、ねじくれた杖を抱えた小柄な少女の3人だ。この3人は勇者の仲間として数々の冒険を繰り広げここまでたどり着いた者たちだ。
しかし魔王城の謁見の間・・・つまりこの場で始まった最後の戦い。魔王の最初の魔法攻撃で三人は纏めてノックアウトされてしまったのだった。そのまま二人の戦いを傷の回復も忘れて見続けていた。
3人が見ている前で魔王から剣が引き抜かれ、そのまま魔王は地面に倒れると同時に勇者の周りに強烈な光が現れる。びっくりしている3人に勇者の焦ったような声が届く。
「3人共、今までありがとう!今まで黙ってたけど僕は実は・・・実は!!」
そのまま光は消えそこには倒れ伏した魔王だけが残されていた。
魔王を倒した後、突然強烈な光に包まれた勇者、「紫櫻 真」は仲間に向けて言葉を残そうとしたが言い終わる前に目の前の景色が変わっていたことに気づく。
一面真っ白でいまいち遠近感がつかめないその場所にその存在はいた。どこか胡散臭い顔つきの優男といった風体に真っ白な布を巻いただけの何とも言えないファッションをしている。
真はその顔を何とも嫌そうな顔で見た後、刺々しい声で問いかけた。自分を異世界に送り込んだ地球の神を名乗るこの男に。
「あれで良かったのかい?確かに魔王の心臓は貫いたと思うけど。・・・まあいいや。さっさと僕を地球に返してくれ。」
「相変わらず見た目に反してつっけんどんな態度をとるよね、君は。そんな目で見なくても約束は守るとも。」
胡散臭そうな顔付きのまま肩を軽くすくめる男。口調も少しうんざりしたような疲れたような声音だが、真は一切気にせず話を続ける。
「あんたの見た目が胡散臭いのが悪いんだよ。・・・最後に一つ聞いてもいいか?」
「神に対すること言葉使いじゃないよね、それ。まあいいよ。一つと言わず何個でもどうぞ。」
「じゃあ遠慮なく。・・・あんたの力のおかげで魔王を倒すことができたのは確かだけど、神の力を貸す条件としてなんで“あんな条件”にしたんだ?」
「言わずもがな・・・その方が“見ている方が面白いから”だよ。勇者と魔王の戦いなんて暇に暇を持て余した僕たちにはいい娯楽だからね。君たちの旅は八百万よりも多い神々に観覧されていたよ。面白ければ面白いほど一目置かれるようになるんだ。」
その言葉に顔を顰める真。いくら神から力を与えられたと言っても命がけの旅だった。死闘に次ぐ死闘、それを神々の娯楽に使うと言い放たれたのだから当然だろう。
「最初に聞いたけど・・・やっぱり悪趣味だな。もっと地球を良くしようとか思わないわけ?」
「はっはっは。環境を破壊しまくっている君たち人間のいう事とは思えんな。さらに言えば私を信じる者が減ったせいで昔よりも弱くなってしまっている。そんな大それたことはもう出来ないな。それならまだ魔王の一匹や二匹、戦いの素人でも楽勝で勝たせる方がまだ楽だ。」
「・・・で?なんであんな条件に?」
その言葉に心底分からないといった顔を浮かべる自称神。
「?・・・その方が面白くなると思ったからだといっただろう?実際僕の思った通りの展開になって最終的に君の鎧はあんなデザインになったしね。」
「もういい、もうあの鎧の事は思い出したくない。転移直後は楽だと思ってたのに、あんな面倒な旅になるとは思わなかったよ。じゃ、そろそろ日本に返してくれ。」
「その前に、君への報酬だけどどうする?私へのお願いを3回聞き届けるとかでいいかい?君今望みとかないだろ?」
そう言いながらも真の足元に複雑怪奇な魔法陣を発生させる自称神。返事は頷くだけにして真は3年ぶりに日本へと帰還した。
帰ってきた真を出迎えたのは「自分が3年間行方不明だった」という事と、「母親が既にこの世にいない」という訃報だった。
真が異世界で頑張ってこれたのは幼い頃から女手一つで育ててくれた母の存在があったからだ。それが既に亡くなっていたと知り、絶望する真。その場で「母を蘇らせる事」「3年間の時間遡行」を願った真だがいずれも不可能だといわれ泣き崩れた。
・・・1週間後、旅装を整えた真は3つ目の願いを使う。真が願ったのは「自分が救った世界に再び行くこと、強さもそのままに。」というものだった。母の死を知り蘇生も無理だと知った時死のうと真は思った。
だがいざ死のうとした時、脳裏に仲間たちの姿が浮かび上がり思ってしまったのだ。「あの勘違いをそのままにして死ぬのは・・・嫌だなぁ。」と。これから死ぬ自分、しかも異世界の存在の勘違いだから関係ないといえば関係ないが・・・死ぬ前に正そうと。
「じゃあ、行ってきます。母さん。異世界の仲間に『実は僕男なんだ』って言いに。」
神の出した条件、それは『自身の性別に対する言及の禁止』。そのせいで会う人すべてに女に間違えられた真の2度目の旅が今始まる。
リハビリ用に書いてみましたが、意外に時間がかかりましたね・・・。
もう一本一話打ち切り書いてからメインの3作品を書きたいなぁ。