黒山羊
斎場を出た時から
真っ黒な雲が
西の空を覆っていた。
駅に辿り付く前に
ざーっと降り出した。
山田純一は
傘を持っていなかった。
ずぶ濡れになる前に
視界に入った
黒いガラスの扉を開けた。
「喫茶スナック 紫苑」
店の名前は見ていない。
……いらっしゃいませ。
か細い声を聞いたような
聞かなかったような。
照明が暗い。
カウンターにテーブルが2つ
テーブルの一席に、
子どもの後ろ姿。
髪の長い女の子だ。
他に人が居ない。
「すみません」
遠くへ呼びかける。
カウンターの陰か
トイレか
或いは2階に
居るのであろうスタッフに、大人に
呼びかける。
すると
「も・お・う・いいよ」
と。
聞こえた、
気がした。
……変な店
……疲れた。
随分歩いたので
疲れたていた。
知り合いが一人も居ない葬式で
気疲れもしていた。
一番近いカウンターの椅子に座る。
と、
「み・い・つ・け・た」
唱えながら
子どもが一歩ずつ
こっちに寄ってくる。
「何?」
「……」
女の子は答えない。
胸の前に抱いている人形しか見ていない。
「いい人形だね。お母さんの手作りかな?」
ずいぶん綺麗な人形だ。
女の子は、ちっとも可愛くない。
妙なところに皺が有るのか
顔面に変な筋。
ノースリーブの黄色いワンピースは汚れている。
「……お母さんは何処?」
靴を履いていない。
この店の子だろう。
「まあだだよ」
答えないで、
子どもは
後ずさる。
子どもは
人形をカウンターテーブルの
酒瓶の横に置く。
そしてカウンターの
内側に行き
しゃがんだ。
「もう・い・い・よ」
……かくれんぼ?
丸見えなのに隠れているつもり?
……無理矢理、俺がオニってことか
面倒くさい。
さっさと終わらせるか。
「みつけた」
山田純一は人形を手に取る
「みつけた、よ」
次に子どもを指差した。
「すみませーん。アイスコーヒーください」
さっきより大きな声で
呼ぶ。
誰か大人は居ないのか。
「も・う・いいかい」
子どもが言う。
薄暗い店内の
ひときわ暗い
壁にくっついて
背中を向けている
「え、まだやるの?……おじさん、コーヒーを飲みに……」
「……もういいかい」
子どもは繰り返す。
その声が
耳障りだ。
子どもなのに可愛らしい声じゃ無い。
「いや、だからさ、『かくれんぼ』は、もういいよ」
言ってみた。
子どもは、こっちをむく。
「みいつけた」
と。
まだ<かくれんぼ>は続いている。
子どもは、次に
何かを探し始める。
人形を探しているのか?
俺が
左手に掴んだままの人形を
やってられない
ウザイ。
こんな気味悪い子の
相手なんかしたくないさ。
とっとと出ていこう
雨は上がっていた。
空気は清々しい
道行く人々の顔も涼しげ
にわか雨で冷えたアスファルト
駅へ向かう皆の足取りも軽い。
明るい日常的な喧噪のなかで
深呼吸する。
そして呟いた。
「ああ、気味悪かった」
と。
「アンタ、確か、駅裏の寂れた商店街って、言ってたわね……、なんて店?」
ユカが、聞く。
「何の話?」
「先週大阪に行ったとき、変な店に入ったと、言ってたじゃない。大学の友達の葬式だっけ」
「……あれか。店の名前は覚えてないよ。ドアが黒いガラス。中も暗かった」
「黒いガラス? 本当に?」
重要であるかのような口調。
「黒いガラスに白で書いていたよ。ちらっと見ただけ。漢字で……昭和な感じだった気がする」
「ねえ、スマホやめて見て」
「何を?」
「テレビよ」
「……ニュースを?」
「今、映ってる、空き店舗で子どもの遺体、って」
「……へっ?」
「大阪環状線の、……この駅でしょ」
「うん。……あ、やばい。感じが似てる。……黒いガラス、じゃん」
うそ
まさか
空店舗?
俺が行ったの?
「行方不明の子どもがね、遺体で見つかったのよ……女の子と、『かくれんぼ』、したんだよね?」
「したよ……だけど……変な子で……うわー」
「叫ばないでよ」
「だ、だって、ヤバイよ……マジで、幽霊? ね、ね、俺、本物の幽霊、見たのか?」
「興奮しないで」
「するだろ、普通。偶然雨宿りで入った喫茶店が実は廃屋で、そこにいた子が幽霊だったんだぞ。まるでホラー映画じゃないか。くそっ。写真撮っとけば良かった」
「幽霊じゃ無いわ……死後、数時間から2日だって」
「へっ? だったら俺が会った後じゃないか。……幽霊じゃ無いじゃん。良かった」
「ちっとも、良くないわよ、」
「……なんで?」
「しっかりネットの記事も見てよ」
ユカは目を吊り上げ、スマホの画面を睨んでいる。
「冷蔵庫の中で、見付かった、って書いてあるのよ」
前日から行方不明で捜索願が出ていた
星田カンナちゃん(小学一年)
郵便配達員が、<紫苑>に入るのを見たという
空屋なので不思議に思い声を掛けると
<かくれんぼ>と、答えたという。
この通報を元に、店内を捜索。
冷蔵庫の中で遺体を発見
「冷蔵庫?」
それがどうした?
なんで俺を責めるんだ。
偶然雨宿りに入った店に
子どもだけが居て
無理矢理、<かくれんぼ>
ウザくてすぐに出た。
ただそれだけ。
ニュースがなんだって言うんだ。
俺は店の名前を覚えていない
似たような黒いドアの別の店かも知れない。
もし同じ店だとしても
俺が会った子と
遺体で見付かった子が
同じ子だと
なんで決めつけるんだ。
空屋だったんだろ。
近所の子どもが自由に出入りしてたかも。
「子どもの顔、見覚えないの?」
……可愛い子だ。
俺が、会ったのは。
全く可愛くない子だった。
だが、
見覚えが無いとは言い切れない。
どこかで、最近見た顔なのだ。
「あんた、ホントにバカじゃ無いの? もし同じ子なら、アンタのせいで死んだってことになるのよ。『かくれんぼ』していたんでしょ。この子は冷蔵庫に隠れて、アンタが見つけてくれるのを待っていた。でもアンタは勝手に『かくれんぼ』を抜けて、置き去りにして……大変な事よ。全く、それもわからないなんて」
いや、
違うって、
確かに『かくれんぼ』
を抜けたけど
あの子がオニだった。
あの子が隠れる番じゃ無かった。
……反論したけどユカは全く聞いていない。
怖い顔だ。
冷たい目だ。
俺の事が憎いみたいな。
どうしてだろ?
最近、急に、ユカは、こんな顔になった。
そろそろ入籍してよと、
毎夜、甘えた声で囁いた女が
俺にメチャ惚れている女が
急に、
よそよそしく、
冷たくなった。
俺が何をした?
「何をしたって……全部よ。アンタのやる事全て。アンタの全てが、嫌い」
俺はピザを食べていたが、
彼女の言葉が衝撃過ぎて
もう食えない。
腹が減っているのに味がしない。
「耐えられないの。アンタの側に居たくない」
ユカは、言葉通りに
視界から消えた。
隣の部屋で荷造りの気配。
1時間後には
俺のマンションからも消えてしまった。
俺が何をした?
同じ問いを一人呟く。
更衣室のロッカーの前で
呟いている。
4年勤めているファミリーレストランの、
更衣室で、
小さな鏡に向かって呟いている。
「急に皆に嫌われるなんて、俺が何を……」
ある日、スタッフ全員が急に、よそよそしくなった。
次の日には、俺と接触するのを避けだした。
スタッフだけじゃ無い。
どうも、客にまで嫌われている。
俺は30年近く生きてきて
ここまで人に嫌われた経験が無い。
虐められた覚えも
仲間はずれにされた記憶も無い
リーダタイプでは無いが
楽天的な性質と
小動物みたいに可愛いと言われる顔のおかげで
人気者だった。
接客業は天職と疑わなかった。
それがこの疎まれ方はどうだ?
通勤電車の中でさえ、不快な顔をされている気がする。
「俺は、どうしたんだ?」
つくづく自分の顔を眺める。
俺の顔に大きな変化は無い。
目も鼻も口も
変わりない。
だが、自信を持っていた、この顔が
見るに堪えない不快な姿に見える。
得体の知れない不気味なオーラが
俺を包んでいる。
皆が顔を背けるのも当然だ。
ユカが逃げ出すのも当然だ。
俺は人前に顔を晒してはいけないのだ。
山田純一が無断欠勤してから
はや二ヶ月
店長は彼について何も語らなかった。
まるで初めから存在しなかったように。
彼の名を口にしない。
彼のロッカーは新人の名札に替わっている。
そして彼の私物は
汚物のように黒いゴミ袋に入れて
調理場の隅にあった。
誰もソレに触れないが
調理スタッフの
汐見浅子だけは、気がかりに感じていた。
「山田さんのアレ、私、届けましょうか」
浅子は店長に聞いた。
「あ、そっか。アサちゃん家近いんだ。おんなじ五反田じゃんか。悪いね。そうしてくれる?」
私物を勝手に処分も出来ない。
だが、山田に連絡したくなかった。
ラインで済むのに。
関わりたくない。
顔を思い出すだけで気分が落ち込む。
クビにする正当な理由をどう捏造するか
考えていた位、嫌だった。
自ら消えてくれた。
有り難い。
私物を渡せば綺麗さっぱり縁は切れる。
店長は浅子の申し出が好都合だった。
「何か伝言、あります?」
「いいよ、ないよ、そこは適当に、社交辞令、しといて」
「……はい」
「頼んだから。あれ、時間過ぎてるよ。早く交替して、あがって」
「はい」
浅子はゆっくりした動作で、調理場に戻った。
かなり太っているせいか、機敏に動くことが出来ない。
でもバイトの中では一番優秀で人柄も良かった。
……そういえば、あの子は山田に惚れてたんだ。
……彼女と同棲中と知っても、バレンタインにチョコ渡したと、誰かが言ってた。
(山田君、イケメンで良い奴だからね)
(アサちゃん、友達で充分幸せだって。自分は男に相手にされないからって。顔は美形なのに。それが自分でわかってないね)
スタッフが喋っていた光景が蘇る
イケメンで、良い奴だった山田
今はどうしても、<昔の山田>を思い出せないが。
確か大阪に友達の葬式に行った、あの頃だ
面変わりしたのは。
(ゾンビみたいで怖いって、お客さんが)
アイツが目当てのママ友ランチグループもあったのに。
汐見浅子は、その日
山田のマンションを訪問した。
「山田さん、浅子です」
インターホンに呼びかける。
「まあだだよ」
と、山田の声。
「は?……まだって、何が」
返事は無い
しばらくして
「もういいよ」
と、
……入ってもいいて事かしら?
……そうだよね。
「開けますよ」
鍵は掛かっていない。
ゆっくり開ける。
「もういいよ」
山田がどこかで言っている。
姿は見えない。
室内は暗い。
「何処ですか。明かり付けますよ」
照明のスイッチを捜し
手当たり次第にONにする。
衣類や布団が床に散乱し
異様に散らかっている有様に
山田が普通の状態ではないと分かる。
「もういいよ」
声は奥の部屋から聞こえる。
ベッドの横に
大きな段ボール箱が有る。
「もう、いいよ」
声は、そこら辺りから聞こえてくる。
「……これは『かくれんぼ』なんですか?」
……気が変になっている。
……かわいそうに
かさりと音がする
段ボールの中から、聞こえた。
半分開いた蓋から覗く
山田は居ない。
箱の中には、人形が入っていた。
「……きれい」
浅子は無意識に人形に手を伸ばしていた。
「どこですか?」
カーテンの裏を捜す
クローゼットを開ける
トイレ
風呂場
居ない。
隠れられる処は他に無い
「もういいよ」
また声。
どこ?
……ベッドの下?
狭すぎる
だが、確かに気配がする
覗いてみると
居た。
山田純一がいた。
どうやってこんな狭い隙間に?
疑問は、すぐに恐怖に替わる
山田は20センチ程の隙間に収まるほど
やせこけていた。
とても自力では出られまい。
浅子は救急車を呼んだ。
山田は救急病院に搬送され
マンションの管理人を通じて家族に連絡が取れた。
両親が車で静岡からかけつけた。
夜明け前に、ようやく浅子は付き添いから解放された。
山田は餓死寸前のところで、助かった。
おそらく精神の病。
事件性は無い。
第三者の介入も無い。
と、医師は言った。
「あんた、もういいから」
山田の父は浅子に冷たかった。
「タクシー代、ね。はい、コレで充分でしょ」
山田の母は、浅子の顔を見ずに1万円札を出した。
「そんな、近くですから歩いて……」
話の途中で、両親は背中を向けた。
待合室の椅子に1万円置いて、浅子の前から去った。
「アンタ、時間外なんだから、さっさと出てよ」
警備員が何故か、怒っている。
私、嫌われている?
どうして?
病院前にタクシーが一台停まっていた。
お金を貰ってしまったのでと、
なんとなく乗り込んだ。
座って、バックミラーが目に入った。
初老の運転手と目が合う。
運転手は露骨に嫌な顔。
(とんでもないのが乗ってきた)
口の中で呟いている。
……まただ。
……この人も。
私を汚いかのように
気味が悪いかのように
コレって
山田さんと同じじゃない?
アパートに帰って
一番に鏡を見た。
「うわっつ……チョー不気味」
見慣れた自分では無い
気味の悪い女が映っている。
「どこが、変なんだ?」
浅子は凝視した。
顔立ちが急に変化する筈は無い。
不気味の原因は
まずは顔色だと分かる。
紫、グレー?
とにかく変
……山田さんと同じ。
左の目から右の下唇にかけて
不気味な色の帯が
影のように張り付いている。
そして、それは
動いている。
見ていると
とても不安になる。
「これって病気? 感染かも」
病院で診て貰えば良かったかも。
でも、ドクターは何も言わなかった。
病気の症状なら放っておくかしら?
山田さんも同じ症状が出ていたのだし……。
病気なのは間違い無い。
ベッドに横になり、ノートパソコンを開く。
<顔に出る病気の症状>
を検索する。
画像検索してみるが
該当する症状がヒットしない。
「そんな筈ないよ」
言葉を換えて検索を続ける
時間を忘れて。
食べることも
水を飲むことも忘れて
「……かくれんぼ……しようよ………」
可愛らしい声に指が止まる。
「……そうだね」
「まあだだよ」
また可愛らしい声
<あの子>の声、だと
思った。
(あの子、って?)
「もういいかい」
かわいい、あの子とかくれんぼ
急に幸せな気分になる。
ネット検索なんて、どうでもいい
様々な病気の顔が
びっしりの画像を閉じようとした。
寸前に
一番下に
不気味な顔。
紫とグレーの筋が入った男の顔。
下に、<霊障>の文字。
「霊障」
浅子は大きな声を出した。
同時に立ち上がった。
「もういいよ」
声が聞こえる。
可愛らしい、あのこの、声だと
心は感じている。
だが、理性は<霊障>に釘付け。
「しっかりしろ、浅子、考えろ、あの子、って誰だ?」
自分に問いかける。
「もういいよ」
声は足下の鞄の中から聞こえる。
「あ、山田さんの人形」
見覚えはあった。
鞄に入れた覚えは無い。
「あ、あなた、喋ったわね……ただの人形じゃ無いわね………ちょっと調べさせてね」
人形は綺麗で可愛らしい。
魅力的だ。
可愛い声で喋ってほしい。
望みがあるなら何でも聞いてあげたい。
手に取っただけで甘美な薫りが鼻の奥までしみてくる。
それは現実感を麻痺させる。
誘惑に
理性で打ち勝つ。
「あなたと『かくれんぼ』したいのよ。……でも、その前にあなたを知りたいの」
丁寧に人形の全てを見る。
触る。
服を脱がせる。
(黒いベルベットのドレス)
胸に文字が刺繍してある。
<紫苑>と。
肌色のボディと同じ色の
真珠に似た石のネックレスを
している。
「何の石?」
よく見る。
「これは……うわ、歯じゃないの?……小さな子どもの」
もしかして
ある予感に
人形の髪を触る。
漆黒の髪。
綺麗な子どもの
人毛、に違いない。
「……死んだ子の髪と歯だったりして……かなり怖いよ」
<紫苑、死亡>
で検索してみる。
まず、喫茶店「紫苑」(空屋)での事件がヒットする。
「山田さんが大阪に行った頃だわ」
大学時代の友人から
大阪の実家に戻った友人が急死したとラインが来たと話していた。
急に休みを取るので、スタッフに事情を説明していた。
……あの時は、皆、山田さんを避けていなかった。
……変わったのは、あの後だ。
そして
もう一件
<紫苑ちゃん事件>が現れた。
「嘘……やだ、コレ」
10年も前の子どもの事故死。
何故、それが、複数ヒットするかというと
特別な事故だったのと、
死んだ子が
喫茶「紫苑」のオーナーの娘だったから。
「紫苑」が繋ぐ
2つの「恐怖のかくれんぼ」
と、オカルトサイトにあった。
10年前の夏休み
小学2年の紫苑ちゃんは
母親と、家の中でかくれんぼをしていた。
それが忽然と消えた。
一人で家から出たと思われた。
雨の中。付近一帯、捜索したが
その日は見付からなかった。
2日後、紫苑ちゃんは家の中で見つかった
2階、子供部屋の本棚と床の隙間奥で。
心肺圧迫による衰弱死だった。
自ら狭い空間に入り込み、出られなくなった。
「かくれんぼ」中の事故であった。
「だからね、二人の女の子が『かくれんぼ』で死んだんです。……それでね、かくれんぼ、しようって、人形が言うんです、本当です。……引き取って下さい」
浅子は電話の相手に懇願した。
ネットで探した拝屋だ。
「引き取れ?……あなた感じが悪い方ですね。まずは人形供養料金、振り込んで下さい。話はそれからです」
ぷつん、と切られた。
次に電話を架けた人形供養寺でも話の途中で、
「結構でございます」
と、切られた。
セールス電話のような対応だ。
……もしかしたら
……電話で話すだけでも、私、嫌われた?
手当たり次第に電話したが
誰一人
話を最後まで聞いてくれない。
「霊感剥製士……剥製屋さん?……宅配可、料金後払い、って書いてある」
浅子は
その奈良県の剥製屋には電話は架けなかった。
電話で話して断られたら、もう後が無い。
事情を手紙に書いて
送ってしまおう。
その、
奈良県の剥製屋は、
いくつかの心霊現象の相談をうけた事から
ネット上で霊感剥製士と呼ばれていた。
30前の男で、人づきあいを嫌い、
辺鄙な山奥で犬と暮らしている。
「恐ろしいのが届いてるぞ」
家の前に置便された荷物を一瞥して、感じた。
犬も
荷物に向かって吠え続けている。
「まあ、中身を見ないとな」
荷物を抱え、中に、住居兼剥製工房に入ろうとドアを開けた。
その瞬間、1羽のカラスが腕に飛んできた。
馴染みのある老カラスだ。
「があがあ」
警戒せよ、と鳴いている。
「コレを、家の中に入れちゃ、駄目って?」
そうとう危険な物らしい。
「じゃ、河原で開けるとするか」
剥製工房は
渓流に面して建っていた。
小さな吊り橋があるのだが、
いつの間にかカラスに、鳶
ほかの鳥も、そこに集まっている。
「汐見浅子……知らない人だな。手紙が入っている。すごく慌てて書いたようだな」
まずは、読んでみるから。
じわりと寄ってきている
森の鳥達、に
少し待ってと声を掛ける。
(バスタオルで巻いたうえからビニールテープで ぐるぐる巻にしている)
厳重に封印された
禍々しいオーラの本体を
拝むのは、少し待ってと。
「これって……呪いの人形なの?」
なになに、と
また鳥たちが一歩近づく。
「この人形を手にした人は、何故か人に嫌われるんだ。
この人形は、『かくれんぼ』に誘うらしい。
子どもが一人死んで、手紙を書いた人の友人は、死にかけていたらしい
でね、人形の名前は紫苑。
それは10年前に、『かくれんぼ』で怪死した子の名前なんだ」
汐見浅子は
山田純一が「紫苑」に行き
人形を持ち帰ったと推理していた。
「不明なのは誰が人形を作ったのかって、それかな」
紫苑とボディに刺繍が有り
子どもの歯のネックレスを付けて
人毛を使っている、
と、手紙にある。
「綺麗な人形、と手紙に書いてあった。ちょっと楽しみかも」
綺麗な剥製を作りたいと常々心がけているので
綺麗な人形、に興味はあった。
だが、梱包を解いた人形は……、
「どこが、綺麗? 不細工だよ。なんで、これが綺麗で可愛い?」
ど素人が
安物の布と
綿で作ったボディ。
着せてある黒い服も、荒い手縫いで不格好。
それに、
手紙には
「紫苑」と刺繍と書いていたが
実際は、赤茶の染料で汚い字で書いていた。
「送り主はコレの力でまやかしの姿を見せられたのか?」
どういう力か分からない。
だが、見ていると、気分が悪くなる人形だ。
強いマイナスオーラを放っている。
「ネックレス、……確かに歯だな。乳歯を削っているのか。髪は人毛?……コレは違うだろ」
触れば、獣の毛だと分かる。
「これは山羊の毛だ。黒山羊だよ」
山羊、と口に出してみれば
人形の顔立ちも
パーツの配置が、山羊に近いと気付く。
足も……おおざっぱな形だが、かかとが無い風にみえる。
「これで角があったら……ヤバイか」
人形の頭部を弄ろうとした。
それが合図のようにカラスたちが一斉に泣き出した。
いつ集まったのかコウモリの集団が、そこらを飛んでいる。
夕焼け空を背景に、壮絶な光景になってきた。
黒山羊
カラス
コウモリ
こいつら、共通の主人がいるんじゃなかったっけ?
言い伝えか
神話か
物語か
……聖書か。
「お前達、この山で育ったんだ……遠くから来た悪い奴の手下になんかならないよな。コレは敵だ。やっつけるんだ」
剥製屋は、人形を河原に投げ捨てた。
すぐに、
カラス他が
群がった。
たかが人形を
皆で奪い合う。
結局、どいつが、人形をゲットしたのか分からない。
一斉に
人形もろとも
鳥たちは森の中へ飛んで行った。
禍々しい空気は
河原から
辺りから
消えた。
剥製屋は家に入り
<呪いの人形>について
ネットで調べてみた。
汐見浅子の手紙に書かれた事件は事実かと。
10年前に小学2年の紫苑が
2ヶ月前に小学1年のカンナが、
喫茶スナック紫苑の建物内で事故死している。
紫苑が<かくれんぼ>中の事故であると報道されたのは
母親の証言からだ。
母一人子一人。
店を開けている、娘を構えない時間
<かくれんぼ>をしていた。
母がオニの時間を、わざと長くした。
家の中のどこかに隠れている娘を
接客の間に捜した。
夏休みのある日、母は娘を見つけられなかった。
それで、
外に出て行ったのかと思い込んだ。
実際は2階、子供部屋の本棚と床の隙間に隠れていたのだ。
紫苑は娘が死んだときから閉業している。
(事故物件サイトにデータが載っている)
母のその後は分からない。
星田カンナは紫苑から200メートルの、近い処にあるアパートに
両親、中学生の兄と暮らしていた。
遺体発見前日から行方不明。
この子は入学式に出ただけで、1日も小学校に通学していなかった。
不登校で友達は居なかったらしい。
共働きの両親はカンナの行動を把握しておらず
娘が普段から紫苑に出入りしていたかどうか答えられなかった。
「なるほど、そういう事か」
剥製屋は、もう自分がやるべき事は無いと思う。
足下で、愛犬が首を傾げている。
……なに? どゆこと?
問うように
黒い瞳で見つめている。
「おそらく、だけどね。紫苑ちゃんの母親は娘の死を受け入れられなかったんだ」
自身の過失で娘が死んでしまった。
有り得ない。
あの子が死ぬなんて。
なにかの大きな間違い。
訂正すべき。
神様、助けて下さい。
娘を生き返らせて。
仏様、お願いです。
娘は、これから中学生になって
高校生になって大学生になって
それが、普通でしょう?
なぜ?
なぜ、あの子はいないの?
違うでしょ
返して。
神でも仏でも何でも良いから
あの子を返して。
母の願いが
強い思いが
邪悪なモノに届いてしまったのだ。
母は、答える声に導かれるままに
人形を作った。
人形は娘の幻を見せ
娘の声で
語りかけたに違いない。
「死んだ子どもが蘇って話も出来る。奇跡だよ。だけどさ、蘇った子どもの口から出る言葉は限られていた。……死んだときの反芻だよ。最後の記憶をたどるだけ。エンドレスに」
もういいかい
まあだだよ
もういいよ
母にとっては地獄だったに違いない。
地獄の主と契約した結果なんだが。
「母親は娘と同じ名前の店を手放し、人形も手放した。だけど、人形は役目を終えてはいなかった」
母は娘の再生を願った。
叶えられたが、
望んでいた形では無かった。
母は人形を捨てた。
自分が何者と契約を交わしたのか
考えようともしないで。
置き去りにされた人形は
<かくれんぼ>の相手を
待ち続ける。
「かくれんぼに誘い、あの世に、地獄に、呼び寄せるのか。おっかない」
人形はカラス達に与えた。
あいつらが
おもちゃにして
ボロボロにしてくれたら
形をなくせば
邪悪な力も消えるに違いない。
鳥たちが
人形を空中で奪い合ううちに
人形は地上に落ちるかもしれない。
もし落下地点が川だったなら
下流の広い河原まで
行き着くかも知れない。
今、
町から大勢の子ども連れが
やってきている
キャンプ場まで。
剥製屋の頭に、最悪の可能性も浮かんだが
否、大丈夫
確率が低い、と
考えないことにした。