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だから翌日、私はお父様の手紙を持って学院に着くなり意気揚々と生徒会室に向かったのである。
だってアルバン様との婚約を早く終わらせてしまいたかったから。
もちろん婚約破棄として。
なのに……
後、少しで生徒会室というところで待ち伏せしていたつかまってしまったのである。
「やあ、フィーネ」
私は小さく溜め息を吐いた。
「何でしょうか?」
少し険がこもった表情が出てしまったがアルバン様は気づいていない様子で仰ってくる。
「今日の放課後だけど美味い紅茶とケーキを出すお店があるんだ。だから、一緒に行こうかとね」
「……申し訳ございませんが今日は予定がございまして」
「誰とだい?」
「両親とです」
「ということはホ、ホイット子爵も……」
「ええ、もちろんです。ご一緒にどうですか?」
「い、いや、僕は家族水入らずの仲を邪魔しないように家でゆっくりしてるよ」
難しい話をしてくる父が苦手なアルバン様は首を横に大きく振りながら後ずさる。
もちろん引き留める気はないので私は気づかないふりをした。
「残念ですね。父が色々と話を聞きたがっていたのに」
「はははっ、ぼ、僕も話はしたいとは思っているけど急に調子が悪くなってね。最近頑張っていたから疲れが出たのかもね」
私は昨日のことを思い出しながら頷く。
「きっとそうですよ。でも、頑張りすぎるのは良くないと思いますよ」
するとアルバン様は嬉しそうな表情を浮かべて仰ってきたのだ。
「フィーネはやっぱり優しいね」
「そうですか?」
「だって、いつも僕を労ってくれるし」
「……でも今日はクッキーを持ってきていませんけれど」
「クッキー? どうしてクッキーなの?」
「甘いものは疲労には良いとされてますからね。特に激しい運動後は……」
「えっ、そうだったんだ。じゃあ今度、フィーネに作ってきてもらおうかなあ」
「……いいですけれど、どの味がよろしいですかね?」
「あ、味ね。ええと何があったっけかな……」
アルバン様は私が思っていた通りの反応をする。思わず眉間に皺がよってしまった。
だって私があげたクッキーを食べてないことを理解したから。
もちろん私もあげて満足していただけだから人の事は言えないとすぐ気持ちを切り替えたが。
「ああ、お気になさらないで下さい。最近、蜜入り林檎が輸入できなくて林檎入りクッキーが作れなくなったんですよ」
「な、なんだ、それなら気にしないでよ。僕はどんな味でも構わないからさ」
「そうですか。じゃあ次から適当に入れようと思います」
そして、もう話は終わりと時計に目を向けたのだ。
「アルバン様、もう授業が始まりますのでお戻りになられたらいかがでしょう? そろそろ生徒会長が生徒会室から出てくるでしょうから」
「えっ、あ、そ、そうだね」
アルバン様は何度も頷くと逃げるように走り出した。
もちろんそんなアルバン様を見送ることなく私は背を向けると教室に戻るのだった。
◇
放課後、私は第三王子にお父様の手紙を渡しに生徒会室に向かっていた。
ちなみにアルバン様とダーマル男爵家令嬢は早退したらしい。
なので現在、ホイット子爵家の者が二人の行動を追跡している。父もやはり自分で証拠を掴んでおきたいとのことだったから。
まあ、お父様のことだから他にも調べているのでしょうけれど。
だってダナトフ子爵家は財政難だからお金の回収は難しいと踏んでいるだろうから。
私はお金の無心をするアルバン様を思いだし顔を顰めるが、すぐに気持ちを切り替えると生徒会室の扉をノックした。
「すみません、フィーネ・ホイットです」
すぐに第三王子が出てきて驚いた顔を浮かべた。
「……どうしてここへ?」
私はそう言われ自分の考えがあまりにも浅はかだった事に気づき慌てて頭を下げた。
「申し訳ございません。学院内に駐在している騎士にと言われてましたがお父様の手紙を直接と思ったのです。でも、浅はかな考えでした」
「いや、違うんだ。むしろ、直接来てくれたのはありがたかった。ただ……」
「ただ?」
「……大丈夫なのか?」
私は質問の意味が分からず首を傾げると第三王子は俯きながら仰ってきた。
「俺とはなるべく関わりたくないかと……」
「えっ、なぜそう思われるのですか?」
「疑問やわだかまりは解けたが、お前を怖がらせたのは事実だ。だから、俺とはなるべく接したくないだろうとな……」
「……ああ、その事なら気にしてませんよ。むしろ味方としていてくださることに心強いと思ってますから」
すると第三王子は顔を勢いよくあげた。
「ほ、本当か?」
「ええ」
「そうか。良かった」
第三王子はあからさまにほっとした顔になる。
しかし、すぐに私が持つ手紙に視線を向けると真面目な表情を向けてきたのだ。
「その手紙……例の件絡みか?」
「はい、父がお会いして話がしたいと」
「確かにその方が良いだろうな。わかった。必ず時間を作ると伝えておいて欲しい」
「わかりました。必ず父に伝えます。ああ、それとこれを……」
私は手紙と一緒に、洗濯したハンカチと栞にブックカバーが入った袋をお渡しする。第三王子は袋を不思議そうに見つめた。
「これは?」
「ハンカチと籠をお持ち頂いたお礼です」
「見てもいいだろうか?」
「ええ。でも、お気に召さなければお捨て下さい」
しかし、そう答えた後になぜか心が締め付けられてしまったのだ。本当に捨てられたらどうしようと。
だからすぐに慌てて言い直したのである。
「あの、やはりそのお礼に渡したものですが、王族の方に対して私如きがそういうものを渡すのは失礼ですよね。捨ててまいりますのでお返し頂ければ……」
しかし私は最後まで言うことができなかった。第三王子が誰もが見惚れるような笑顔で栞とブックカバーを見つめたから。
「銀糸で縫った銀狼の栞に、革のブックカバーか。しかも、これには牙の柄がある。ふふ、俺のあだ名をイメージしたものか。最高の宝物だよ」
しかも、あろうことか私にその笑顔を向けてきて。
だから見惚れてしまったのだ。
まあ、なんとか声を振り絞ることはできたが。
「き、気に入っていただけて良かったです。第三王子に似合うと思っていましたので」
すると第三王子は優しげな表情を浮かべ、ゆっくりと近づいてくると耳元で囁いてきたのだ。
「ホイット子爵令嬢、無事終わったら俺にチャンスをくれないだろうか?」
「えっ、そ、それは……」
思わず見つめてしまうと第三王子は顔を近づけてくる。
「言葉通りの意味だ。もちろん断ってくれても構わない」
「わ、私は……」
しかし、それ以上は言えずに俯いてしまう。だって第三王子を見ていたら心臓が早鐘のように鳴り響いてしまったから。
もちろん理由なんてわからない。
けれども。
この気持ちは大切にしないといけないと感じてしまったのだ。心の底から。
だから顔を上げると第三王子の目を見て頷いたのである。
「はい」
第三王子は安堵した表情を浮かべる。
「良かった。では、後はこの手紙を見て動く時期を考えておく」
「わかりました」
私は頷き視線を扉に向ける。第三王子はすぐ私の隣に並んできた。
「馬車まで送っていこう」
「よ、よろしいのですか?」
「もちろんだ。送るぐらいなら問題なかろう」
「あ、ありがとうございます」
それからはお互い無言で歩き出した。まあ私は幸せな気分だったが。
けれども馬車に着いてしまうと急に悲しくなってしまったのだ。第三王子と別れたくないと。もっと一緒にいたいと。
だから思わず見つめてしまったのだが第三王子が急に私の髪を一房掴むとそこに口付けし切なげな表情を浮かべたのだ。
「そんな顔をされたら我慢できなくなる。だから、今のは許せ」
しかも、そんな言葉まで。
だから私は笑顔を作り頷いたのである。
「はい……」
すると第三王子は馬車内に私をエスコートし目を見つめながら仰ってきた。
「あのクズからお前を必ず救う。だから、待ってろ」
そして、私が何か答える前に名残り惜しそうに馬車の扉を閉じるのだった。