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 著名な料理研究家の本にはこう書いてあった。

 料理はつくる側も食べる側も両方幸せにすると。

 だからタウンハウスに戻るとすぐに着替えて私は厨房へと向かったのである。


「お邪魔するわね」

「お嬢様、もしかしてクッキー作りですか?」


 料理長が手を止め笑顔を向けてくる。私も笑顔で頷いた。


「ええ、だからいつものように隅を使わせてもらうわ」

「どうぞどうぞ」


 料理長は何度も頷き再び自分の仕事へと戻っていった。私はその光景を見て目を細めてしまう。

 ただ、すぐに我にかえると隅に移動し手早く材料を用意していったのだ。何せ遅れた分の勉強もしなければいけないのでクッキー作りだけに時間はかけれないから。

 だからクッキーを配る人数を確認して手早く分量を測っていったのだ。

 ああ、ちなみに今回クッキーを渡す人リストにアルバン様の名前は入っていない。当然である。あんな事があったのだから。

 なのに私はいつもの分量でクッキー生地を作っていったのだ。

 何せ渡すリストにはある方の名前が追加されていたから。

 第三王子と。


 だって美味しいと仰ってくれたから。


 だから目的はわからなくてもハンカチをお返しする際に一緒にクッキーを渡そうと思ったのである。

 ただし、しばらくして手を止め首を傾げてしまったが。王族ならもっと美味しいクッキーを食べているはずと。


「私なんかが作るより遥かに美味しい……あっ」


 呟いた直後、ある考えが浮かんだ。

 あの言葉はお世辞だったと。

 思わず苦笑してしまう。自分の馬鹿さ加減に。

 

 でも、それでも何かはお渡ししないと失礼よね。


 まあ、第三王子の好みなんて知らないので何を渡せば良いのかさっぱりわからなかったが。


「うーーん」


 唸りながらダージリンの茶葉を混ぜ込み型を抜いていく。いくつも。そのうち型を抜く作業に夢中になっていた。

 父が厨房に父が入ってきたのも気づかずに。


「フィーネ、クッキー作りかい? もちろん私の分もあるよね?」


 私は一瞬驚いてしまったが笑顔で頷く。


「もちろんですわ。お父様やお母様、それにユリ達のために作ってるんです」


 すると父は嬉しそうに手を合わせた。


「いやあ、フィーネが数日、寝込んでたから手作りクッキーが食べられなくて辛かったんだよ」

「ふふふ。じゃあ、お父様には特別に多めに作りますわね」

「ほ、本当かい⁉︎ 約束だよ!」

「もちろんですわ」

「やった!」


 父は心から嬉しそうに喜ぶ。ただ、しばらくして手を打つと真顔で尋ねてこられたのだ。


「そういえば、そろそろダナトフ子爵令息から融資の話をされてないかな?」

「えっ、どうして……」


 私が驚いてしまうと父は少し苦笑しながら仰ってきた。


「あそこは経営が下手だから、どのタイミングで融資が必要になるのかわかりやすいんだよ。だから、そろそろ話が来るかと思ったんだ。で、どうなのかな?」


 父の問いに私は唇を噛み締めて頷く。


「ごめんなさい。いつも私の所為で無理をさせてしまって……」

「フィーネの所為じゃないよ。私が好きでやってるんだ。それにこう見えても、私はやり手の子爵だから融資してるお金なんて端金なんだよ」

「でも、それでもお父様や領民が汗水流して稼いでくれたお金です。なのに私は……」


 思わず拳を握りしめてしまった。

 思い出したから。

 お金を作るのは決して簡単なことではない。うちが裕福なのはお父様の手腕に領民が頑張ってくれたからであって湧水のようにお金が勝手に出てきてるわけではないことを。


 最低ね……


 自分の愚かさに腹が立っていると父が私の肩に手を置いてきた。


「……フィーネ、やはり何かあったのかい?」


 私は悩んでしまった。

 この際、アルバン様が私の事を金蔓と言っていた事を話そうかと。第三王子の件も含めて。

 だって、こんなに頼れる父ならもしかしたら解決策を提示してくれるかと思ったから。


 でも……


 結局、先ほどの件を思い出し相談するのは躊躇してしまったのだ。アルバン様のあの態度だと絶対に否定するし言い逃れするから。

 それになにより証拠が何もないからだ。


 金蔓と仰ったことも。そして彼女のことも……


 私はアルバン様の幼馴染であるダーマル男爵令嬢のことを思い出す。

 ちなみに全く知らない存在だった。

 何せ今までアルバン様の周りで見かけなかったし話にも出なかったからだ。

 要は隠していたということなのだろう。

 だって、あの関係を知っていたら私は引き下がるだろうし両親は婚約を認めなかっただろうから。

 絶対にである。

 だから必死になって今まで隠していたのだろう。お金目当てのダナトフ子爵家ぐるみで。

 正直許せなかった。許せなかったのだが。

 私は父を一瞥する。

 既に令嬢一人で抱え込める問題ではなくなっているのはわかるのだが王族が関わっている以上やはり相談することができなかったのだ。


 まあ、ただしその障害さえ取り除けば可能になるけど。


 なので第三王子にお礼も兼ねてハンカチを返した際、私をどう思っているのか探ってみようとも考えているのだ。

 それでもしも問題がなければアルバン様との事は切り離して考えようと。


 決まりね。


 私は考えがまとまったので父に微笑む。


「……いえ、大丈夫ですよ。それより、学院で失くしたと思っていた籠を第三王子が届けて下さったんです。だから、お礼をしたいと思うのですが何か良い案はありませんか?」

「ふむ、それなら栞なんかどうかな?」

「えっ? 栞……」


 私はあの第三王子と栞が結びつかず首を傾げてしまう。

 すると父が説明してくれたのだ。


「ランドール・ウルフイット第三王子はああ見えて読書家として、一部の者に知られているんだよ」

「……そうだったのですか」


 私はそう呟いた後に思わず読書家としての第三王子を想像する。すぐにびりびりに本を破いてる第三王子のイメージが映った。

 なので、やはり違うものを考えてしまったのである。

 まあ、結局は何も思いつかずに私は父の案に乗るしかなかったのだが。


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