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第三王子はそんな中、ゆっくりと前に出て男を睨んだ。
「貴様だけは絶対に許さん」
そして素早く動くとそのまま目に追えない速さで連続突をしたのだ。
「ぐはっ!」
血飛沫が飛び男の胸辺りにまるで大型の獣が噛み付いた様な傷ができる。
でも致命症は回避したのか笑みを浮かべ後ずさる。そして突然走り出しダーマル男爵家の馬車に飛び乗ったのだ。
「逃げるのか!」
第三王子の言葉に男は馬車から液体が入った瓶を取り出すと見せつけるように掲げてきた。
「逃げるわけないだろう。これを取りにいっていただけだ」
「毒か……」
「ああ、気化性のな。だから喜べよ。全員道連れにしてやる! はははっ!」
しかし、すぐに笑っていた表情は消えていく。
そして馬車の中の荷を漁り出したのだ。
「これも違う。これも……なぜ、用意した毒が一つもないんだ⁉︎」
すると突然誰かの大声が聞こえてくる。
「俺の庭にそんなもん入れさせるわけないだろうが!」
更には大柄の騎士と沢山の騎士がこちらに向かってきたのだ。しかもこちらに向かってモルドール王国とラングモンド辺境伯の紋章が入った盾を見せつけるように。
だから私は先頭に立つ大柄の騎士が誰だか気づいたのだ。まあ、それは男もだったが。
「な、なぜ、ここにいる⁉︎ 王都に行ったのは確認したはずなのに……」
怯えた表情の男がそう言うと大柄の騎士が笑いながらこちらに歩いてくる。
「がはははっ! あんなのお前らを騙す為に行ったふりをしたんだよ!」
「な、なんだと……こ、この俺が騙されただと? う、嘘だ! 俺は天才と呼ばれた存在だぞ!」
「天才ねえ。そりゃ、間違いだな。だってよお、鏡を見てみろよ。一番の馬鹿が映るはずだぞ」
大柄の騎士はそう言うと素早い動きで男の頭を鷲掴みにすると地面に叩きつけた。
「後は頼むわ」
そして引き連れてきた部下に男を拘束させると私達の方に大股でやってきたのだ。
「がはははっ! お前ら不法侵入だな!」
「モルドール王国の盾であり矛、レズール・ラングモンド辺境伯……まずいな」
第三王子の言葉に私は激しく同意するように頷いた。何せ辺境伯は王国領の外れに領地を持つ事で他国と戦うことがもっとも多い貴族、つまりはその国で最も腕が立つ存在。
その辺境伯が私達を不法侵入者と認識しているのだからまずいに決まっているのだ。
まあ、当の本人は笑いながら剣も抜かずにこっちに歩いてきているが。
しかも第三王子が剣を構えるが一向に気にする様子もなく。
だからなのか第三王子はしばらくして剣を鞘にしまったのだ。
「話がしたい」
ラングモンド辺境伯は満足そうに頷く。
「一応、頭は働くようだな」
「ということは最初から戦う意志はないと?」
「まあ、事情はわかってるからな」
「えっ……」
私が驚いているとラングモンド辺境伯は腕を組み笑顔で頷く。
「こっちにも裏で動くやつがいるってことだ」
「な、なるほど」
私が納得していると第三王子が前に出てラングモンド辺境伯に頭を下げる。
「勝手に他国の領土に侵入したのは悪かった。すまない」
「もう一度言うが事情はわかっている」
ラングモンド辺境伯は頷くと取り押さえられている男達を指差す。
「こいつらはブラクール帝国の者で両国を争わせて疲弊したら一気に攻め込む計画をしていてな。それで、色々と証拠が欲しかったから泳がせていたんだ。まあ、だからってよ、隣国から人を連れてくるとは思わなかったがな」
「とんだ醜態を晒してしまった……」
「気にするな。こうして無事解決したしな。がはははっ!」
ラングモンド辺境伯が豪快に笑うと第三王子はなんともいえない表情をする。
「それで、どうするんだ?」
「このブラクール帝国の馬鹿達はわしらが預かるからお前達はさっさと帰れ。ただ、後でモルドール王国抜きで内密に連絡を入れて話をしたい」
「……わかった」
第三王子は頷くとすぐに私の側にきて縛っていた縄を解いた。
「痛むところはないか?」
「いいえ、大丈夫です。ありがとうございました」
「そうか……」
第三王子は心底ほっとしたような表情を浮かべるとダーマル男爵達を睨んだ。
「さてと、どうするか……」
私は第三王子からダーマル男爵に視線を移す。
「ウルフイット王国とモルドール王国はどうなるのですか?」
「内密と言ってたから今回の件は揉み消してなかった事にするだろうな」
「向こうの問題もあるからですか?」
「ああ。腐敗した自分達の国の問題で手一杯だろうからな」
「そうなると、噂通り近いうちに反乱が起きるのですね……」
「おそらく。そして、その反乱にはラングモンド辺境伯も一枚噛んでるだろう。だから、今回は内密にしたいのだろうな。下手にモルドール王国の王族連中に介入されたくないのだろうから」
私は納得してラングモンド辺境伯に視線を向ける。
するとをラングモンド辺境伯は満面の笑みを見せながら去っていった。
だから私は第三王子の方を向いたのだ。確認するために。案の定、第三王子は頷いてきた。
「やはり近いうちに何か起きるな」
「まあ、あの方を見ているとそういう風には見えませんけれど……」
「見た目や態度に惑わされない方がいい。辺境伯の名を持つ者は王族より頭が回る連中が多いからな」
第三王子はそう言って俯くので私は頭を振った。
「第三王子、今回、貴方様やウルフイット王国騎士団が来てくれたから私達は死なずに済みましたし問題になる前に解決できたのですよ。だから自信を持って下さい!」
すると第三王子は驚いた表情をする。そして私の側に更にくると大きく手を広げたのだ。すぐにハッとすると残念そうな顔で下がったが。
「すまない。お前自身の名誉の為に抱きしめるのは婚約を解消した後だと決めている」
だから私は笑顔で頷いたのである。
「お待ちしてます」
第三王子は目を細める。
それから今度は真顔になると騎士に連れられたレンゲル様の方に顔を向けたのだ。
「レンゲル……」
「すみません第三王子、罪は必ず償います。それからホイット子爵令嬢、無事で良かった。それと本当に申し訳なかった」
私は首を横に振る。
「レンゲル様こそご無事で安心しましたよ」
「ふっ、貴女という方は」
レンゲル様は晴れやかに微笑む。
しかしすぐに真顔になると頭を深々と下げてきたのだ。
「レンゲル様……」
私の言葉にレンゲル様は少しだけ顔を上げるとそのまま無言で離れていく。
でも、私はそれ以上何も言えなかったのだ。あるものを見てしまったから。第三王子は涙で濡れた地面を無念そうな表情で見つめる。
「あいつは雁字搦めになっていたのだろうな。もっと、しっかり目を向けてやれば良かった……」
だから私はレンゲル様とした会話を第三王子に話したのだ。きっと誰が目を向けていても難しかっただろうという言葉を添えて。第三王子は噛み締める様に頷いた。
「そうか……」
「何かをして欲しいとは言いません。ただ、知っておいて欲しかったのです」
「ああ……きっとあいつもそんな事は望んでいないだろう」
「はい……」
私は頷く。そしてレンゲル様の背中を見つめながら先ほどの晴れやかに微笑む表情を思い出すのだった。




