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しかし、しばらくすると思い出したように振り返る。私に声をかけてこられたのだ。
「少し話がしたい。移動するぞ」
私はすぐに頷く。
そして一緒に歩き始めたのだが、なぜかアルバン様の怒鳴り声が後ろから聞こえてきたのだ。
「フィーネ! なんで、第三王子と一緒に歩いてるんだ! それに近いから離れろ!」
私は振り返ると溜め息を吐きながら説明する。
「……ここは学院だから一緒に歩くのは問題ないですよ。それに、ちゃんと節度ある距離は取ってます。だからアルバン様にとやかく言われる筋合いはありません」
するとアルバン様は口を開けてワナワナさせる。
しかし、すぐにはっとすると再び怒鳴ってきたのだ。
「だ、だからって婚約者の前で男と一緒に並ぶなんておかしいだろ!」
「……アルバン様は婚約者である私の前でダーマル男爵令嬢と近い距離で接していましたよね?」
「あ、あれは幼馴染だから良いんだよ!」
「そんな言い訳通じません。それに幼馴染でも普通はあそこまで近づきませんよ。ああ、お二人は特別な幼馴染だからしょうがないですね」
「な、何を言ってるんだ? 僕達はただの幼馴染だ……」
アルバン様は挙動不審な動きで言い訳をしてくる。隣で静かに聞いていた第三王子が冷たい目でアルバン様を睨んだ。
「それ以上は醜態を晒すなアルバン」
「えっ……」
「もう、お前とあの女の関係はわかっている」
第三王子がそう仰った直後アルバン様は大量の汗をかき始めた。
そして縋るような目で私を見つめてきたのだ。もちろん蔑んだ目で見つめ返すとアルバン様は力無くへたり込んでしまった。
「フィーネ……」
私はもう話すことはないと視線を逸らす。第三王子はそんな私を一瞥した後、アルバン様を睨んだ。
「アルバン、それとお前には国家反逆罪の容疑がかかっている」
「な、な、なんだって⁉︎」
へたり込んでいたアルバン様は驚いて飛び上がる。ただ、いつの間にか側にいた騎士によって押さえ込まれ、あっという間にどこかへと連れてかれてしまったのだ。
きっと尋問が始まるのだろう。
まあ、どうせアルバン様からは何も出てこないだろうけれど。
私はそう思いながら第三王子の方に顔を向ける。
「あの、もう隠さなくてよろしかったのですか?」
「ああ、それを踏まえて話そうと思っていたんだ」
第三王子はそう仰ると談話室の一室に私を案内してくれた。中にはなぜか父がいて私に手を振ってくる。
「やあ、フィーネ」
「お父様? どうしてこちらに?」
「ああ、ダーマル男爵家とモルドール王国との繋がりの証拠を見つけたからそれを第三王子に報告しにね。それと、フィーネの喜ぶ顔が見たくて寄ったんだ」
「まあっ、それじゃあ……」
父はすぐに頷いてくる。
「ダナトフ子爵令息とはすぐに縁を切れるよ」
「お父様、ありがとうございます……」
涙ぐみながら頭を下げると父は私を抱きしめ頭を撫でる。
「お礼を言うなら第三王子にしなさい。私が動きやすいように色々と手伝ってくださったんだ」
第三王子はすぐさま首を横に振ってきた。
「ほとんど俺は何もしてない。むしろこれからだ」
「これからですか?」
私の問いに第三王子は頷く。
「ダナトフ子爵家とダーマル男爵家に今から騎士団を向かわせる。ちなみにホイット子爵には繋がりや帳簿関係などで手伝ってもらう事になっている」
「お父様ならそういうの得意ですものね」
「ああ、絶対に証拠を見つけるよ。だから、しばらく帰れないかもしれないんだ。アマンダにそのことを伝えてくれるかい?」
「もちろんですわ。凱旋して戻ると伝えておきます」
「ふふ、頼むよ。では、行ってくる」
お父様は最後に私の頭をひと撫ですると名残り惜しそうに離れていく。その様子を見ていた第三王子は優しげに微笑んできた。
「良い父親だな」
私はすぐさま頷く。
「はい、最高の父です」
「ふっ、では俺はもっと頑張らないとな」
しかし決意するように拳を握りしめる第三王子に私は首を横に振ったのだ。
「貴方様はそのままで良いのですよ」
すると第三王子は目を瞑りゆっくりと俯く。
「……ありがとう。すまないがこれ以上ここにいると我慢できなくなりそうだ」
そして颯爽と歩きだしたのだ。全てを解決するために。
だから去っていく二人に私は小さく手を振ったのである。
「お二人とも本当にお気をつけて……」
更に必ず証拠が見つかりこの国とホイット子爵が安泰になるよう祈りながら。
◇
あれから授業も終わり私は馬車で屋敷に向かっていた。
でも、しばらくすると本来止まらない場所で馬車が急に止まってしまったのである。しかも勢いよく。
だから何事かと御者台に顔を向けようとしたのだけれど、その前に扉が開き顔を布で隠した男女が入ってきたのだ。刃物を見せながら。
「騒ぐな! 殺すぞ!」
「ちょっと! 殺したら意味ないでしょ!」
「うるさい! 脅してるだけだ!」
「だったら、そう言いなさいよ!」
まあ、男女は入ってくるなり喧嘩を始めてしまったのだが。
もちろん私は黙って見ているつもりはなかった。チャンスとばかりにもう片側の扉から逃げ出そうとしたのだ。残念ながら男の方が私の行動に気づいてしまったが。
「逃げたら顔に傷を付ける。それなら問題ないだろう。へへへっ」
顔の近くに刃物を突き付けられる。更には男が下品な笑みを浮かべると女も笑いながら頷く。
「ええ、邪魔をしてくれたお礼に娘にはそうしてあげましょうか」
そして刃物を出し馬車内の壁に傷をつけたのである。次はお前をこうするという表情で。
でも私は恐怖感よりも女の言った言葉の方が気になってしまったのだ。
邪魔をしてくれたお礼? 娘は? 何の話なの?
私は必死に考える。そして、ある考えが浮かびつい呟いてしまったのだ。
「ダーマル男爵……」
二人の動きがぴたりと止まる。それで私は確信した。この男女はダーマル男爵家の関係者だろう、そして王家が動いているのがわかって私を人質にして隣国に逃げようとしていると。
間違いない、そう判断していると扉が開き顔に布を巻いたもう一人の女が現れたのだ。
「パパ、護衛と御者は縛っておいたわ。これで馬車を奪って逃げれる」
すると男は急に慌てだす。
「マニー、今はパパって呼ぶんじゃない! バレるだろう!」
更には焦りながら女の口を塞ごうとしたのだ。
もちろんもう遅かった。確信したからだ。最初に入ってきた男女はデルフ・ダーマル男爵とマミヤス・ダーマル男爵夫人で、後から来たのが二女のマニー・ダーマル男爵令嬢であると。
どうやら、騎士団が自分達を捕まえに来るのを知って家族で逃げ出したというところだろう。
でも、どうやって逃げるつもりなのだろうと私は首を傾げる。国家反逆罪で逃亡するのに、たかが子爵令嬢を人質にしたって無理に決まってるのに。
徐々に状況に体が理解し震えだしているとマニー嬢が楽しげな表情を向けてきた。
「良いじゃない。モルドール王国に逃げたらその女は娼館に売っちゃえば良いのよ」
「マニー、そういう問題じゃ……」
「そういう問題よ、パパ。さあ、レンゲル行くわよ」
「ああ……」
マニー嬢の声かけに誰かが答える。ただ姿は見えなかった。
まあ、名前とその声で誰かは理解してしまったのだが。アルバン様の弟のレンゲル様であると。
でも、どうして?
私は驚きながらも頭の中が疑問だらけになる。だってレンゲル様はウルフイット王国を支えたいと言って騎士を目指し、頑張っていたはずだから。
なのにどうして裏切るような事を……
学院で汗を流しながら剣を振るっていたレンゲル様を思いだす。将来のことを楽しく仲間達と語っていた姿も。
ただ、先ほどの声を思い出すとその姿は掻き消えていってしまうのだった。
 




