10
しかし目を覚ますと全て終わっているどころか自室のベッドの上だったのだ。しかも着替えまでして。
だからいつ寝ていたのだろうと首を傾げてしまったのである。
まあ、しばらくして思い出すことはできたが。
昨日、父の帰りをずっと待っていたが帰ってこなかったので仕方なく自分の部屋に戻ったことを。それにそのまま横になっているうちに寝てしまったということも。
なので、私は慌ててベッドから飛び起きたのだ。父が帰ってきているか気になったから。
しかも無事に。
もう私とアルバン様の問題ではなく国同士の問題だもの。
だからはやる気持ちを抑えられず飛び出してしまったのである。なぜか部屋の外に立っていた第三王子の目の前に。
もちろん驚いてしまったのは言うまでもない。ただし夢の中にいるのだとすぐ理解し胸を撫でおろしたが。
だって有り得ないからだ。第三王子がこの場所にいることが。
しかも私の部屋の前に。
なのでこの状況をすんなりと受け入れ安心することができたのである。夢の中の第三王子は顔を背けながら否定してきたが。
「ち、違う。現実だ」
もちろん第三王子の存在こそが夢の中であると確信している私は首を横に振る。
「いいえ、それはあり得ません。だって王族であるあなた様がこんな場所におられるはずはございませんから。きっと私の願望が叶って夢の中に出てしまったのですよ」
「お、お前は俺に夢の中で会いたいと思ってくれていたのか?」
第三王子は顔を勢いよく上げてくる。私は夢の中なので本音で答えた。
「はい、当たり前ですよ」
すぐに恥ずかしくなり俯いてしまったが。
でも……
更に欲が続けて出てしまったのだ。夢の中だから何をしても許されるだろうと。第三王子のお顔をもっと間近で見てしまおうと。
なのに顔を上げるとなぜか目の前には怒った表情のユリが立っており、更には私に詰め寄ってきたのだ。
「お嬢様……」
「あらっ? 今度はユリが怒った顔をして立っているわ。なぜかしら?」
私が首を傾げるとユリの眉間に皺が寄っていく。
「怒るのは当たり前です。なぜ、その様なお姿で部屋から出られているのですか?」
「えっ……」
私はユリに言われて自分がまだネグリジェだということを思い出す。
まあ、すぐそれがなんだというのだろうと鼻を鳴らしたが。
だって今は夢の中だからだ。
しかも私の。
するとユリが呆れた表情で私の肩をがっちり掴んで揺すってきたのである。
「夢ではなく現実です!」
「えっ、現実?」
「はい! さっさと寝ぼけてないで目をしっかり覚ましてください」
「目を覚ます……」
目を白黒させているとユリは憐れんだ瞳で私の肩からゆっくりと手を離す。手の温もりが離れていくのを感じた。
そして、これは夢の中ではなく現実であるという理解も。
「そうなると……」
私は辺りを見回す。そして離れた場所でこちらを見ないようにしている第三王子の姿に気づく。卒倒してしまうのだった。
◇
なんとか意識を取り戻し今は応接間で第三王子と一緒にいる。
別にアルバン様とダーマル男爵令嬢みたいにイチャイチャしているわけではない。真剣な話をこれからしようとしているのだ。
この国の未来を憂いながら。
「第三王子が来られたのはやはり昨日お父様が王宮にお話しに行ったからでしょうか?」
「ああ、隣国の件を話してくれてな。それで情報共有や今後のことを話し合うためホイット子爵は二、三日王宮に泊まることを伝えにきたんだ」
「そうだったのですか。でも、なぜわざわざ貴方様が来られたのですか?」
「それはお前に……いや、俺なら伝令より早く動けると思ってな。ホイット子爵が無事かを知りたかったのだろう?」
「はい。でも、わざわざお手数をおかけして……」
申し訳なく思っていると第三王子は首を横に振る。
「俺が勝手に動いてるだけだ。それよりも厄介な事に巻き込まれたな。大丈夫か?」
「父に貴方様がいらっしゃいますからもう心配はしていませんよ」
心から笑顔を向けると第三王子は目を細めながら頷く。
「任せろ。今、王家が全力で動いている。だからお前は普段通りにしていればいい」
「普段通りですか……。そうなるとアルバン様との事はどうしたら?」
「残念だが隣国との繋がりが取れるまでは刺激をしないで欲しい。誰と誰が繋がっているかわからないからな」
「やっぱり、そうなりますか……」
せっかくアルバン様との婚約を取り消せると思っていたのに落胆する。第三王子が頭を下げてきた。
「すまないな……」
「頭をお上げ下さい。悪いのはダナトフ子爵家とダーマル男爵家です」
「ああ、そうだな。だから早く終わらせたいと言いたいところだが」
「わかっております」
私が頷くと第三王子は勢いよく立ち上がった。
「俺はそろそろ戻る。少し調べたいことができた」
「あまり無理をなさらないで下さいね」
「ああ、わかったよ」
第三王子は嬉しそうに頷く。更に続けて仰ってきた。
「出かける時にこうやって毎回言われたいものだな」
だから精一杯、勇気を振り絞って言ったのだ。
「……それならば何度でも言いますわ。その時が来たら」
第三王子は目を見開く。
しかし、すぐに目を瞑りゆっくりと開けると優しげに微笑んできたのであった。
 




