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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

義賊な騎士

作者: Unaf

 やってしまった……。目の前に倒れている小太りの男。その首からは大量の血が噴き出している。眼だけがいつも通りの日常を謳歌していて、死んだことに気づいていなかった。


 


 俺は、数々の事件を明るみへとさらけ出してきた、義賊だ。今回は、領主が悪政をしいているという噂を聞きつけ、その街にきていた。


 検門所を通っても、楽しそうに談笑する声や、屋台の宣伝文句はまるで聞こえてこない。そのかわりに、怒声や泣き声ばかりが響いている。なんとも不快な街だ。


「とりあえず、宿を探すとするかな」


 ほどなくして宿が見つかる。そうだな。泊まるついでに、この町の明らかにおかしいことについて、受付の人に少し聞いておくか。


「すいません」

「――はい。お泊りですか、それとも、食事のみですか?」


 抑揚のない声で、機械のように返事をしてくる。


「泊まりだ。それと、この街について、一つだけ聞いていいか?」

「はい」

「なぜこの街には警備兵がいないんだ?」

「さあ? でも、領主の館にはたくさんいるみたいですよ」

「そうか」


 ただの勘だが、この街の問題はかなり深いような気がする。調べるのに苦労しそうだ。


 次の日の朝、俺は街の探索に出かけることにした。


 昨日はそこまで注意深く見なかった。だから、まだ気づけていなかったこの街の、想定以上の惨状。クソがっ! ここまで見てて胸糞悪いものはない。


 閉店して看板を下げた後の店が建ち並んでいる商店街。そこには、いたる所にゴミが散らばっている。


 少し裏道を通ると、死体が放置されていた。それなのに、それを見ても通りすがりの人は、なんの感傷も示さない。


 さらに、盗みが横行していて、俺から盗もうとした奴の数は、今日だけで三人以上だ。


 本当に終わっていた。ここまで深刻だと俺一人ではどうしようもないな。やれるだけのことはするが。


「マジかよ」


 心身共に疲れて宿へ帰ろうとしていた俺は、見てはいけないものを見てしまったような気分になった。まあ、予想はしていたが、信じたくはなかったな。


 薄汚れた段ボールのなか。そこには、赤ん坊がいた。ここの住人とは違って、綺麗で純粋さが感じられるような水色の瞳。この汚らしい街のなかで、この子だけが輝いて見える。


 絶対に救ってやる。俺はそう思って、赤子をおぶり、宿に戻った。


 




 たった一ヶ月で、俺はこの街の情報をあらかた調べ尽くした。なぜこんな街になってしまったのか。それは、間違いなく領主が先のことも考えず、住民から金を搾り取っているせいだろう。


 税がとてつもなく重く、種類が多すぎる。ここまで清々しいほどの悪政は聞いたことがない。なぜこんな領主を国が放置しているんだ? 


 しかたねえな。もう強硬手段に出るしかない。はぁ……。結局いつもどおりか。いい加減やめるか、こんなこと。俺がいくらやったって、結局変わるのは世界全体から見れば微々たるもんだ。そうだな、この件が終わったら、密かに隠居しよう。


「そうしたら、お前と一緒に過ごせるしな」


「あーぅ、あー」


 なにいってるかわからんが、笑ってくれてるから良しとしよう。最近は、赤子の世話をすることだけが、俺の楽しみだ。笑うようになってくれてからもう可愛くて仕方ない。まさか俺に親バカの素質があったとはな。


「俺は、少し出かける。本当に一緒にいてやれなくてすまない。だが、絶対帰ってくるから安心して待っててくれ」


「うーぅ」


 やっぱりわからん。まあいいか。それじゃ、最後の仕事にいってくるかね。


 宿をこっそりと抜け出し、激しい風雨の中、夜の街を早足で進む。領主の館が見えてきた。


 時折轟音と共に光る窓ガラス。それに、なにかが映っていたような気がして、とても恐ろしい。館そのものが、俺の侵入を大口を開けて待ち構えているようにもみえる。


 館の灯りが全て消えているので、誰も起きている者はいないだろう。確か、領主の部屋は三階――最上階だったな。


変身トランスフォーム黒鳥ブラックウィング


 俺は黒い鳥となって、領主の部屋についている小窓の淵に降り立った。なかの様子を窺う。誰もいないようだな。


影移動シャドームーヴ


 無事に侵入できたか。危機察知のスキルが反応していない。罠はないのか、不用心だな。俺としては助かるが。


 部屋は広いが、家具が少なく、簡素だった。なぜだ? ここの領主のうわさからして、無駄に豪華な部屋に住んでいると思っていたんだがな。


 俺の勘が、クローゼットが怪しいとささやいている。調べてみると、案の定、なにやら証拠になりそうな書類がでてきた。だが読んでみても、犯罪ではあるが、そこまで大きいことではなさそうだ。おかしい。この街の状況と、領主の悪評。それと数々の情報を合わせると、もっとやらかしていなければ辻褄があわない。


 とはいってもこれだけの量だ。一つ一つは小さくても、国の中枢の人物に書類を渡せば、確実に視察ができる。とりあえず今日は、退職金だけ頂いて帰るとするか。


 宝物庫ならどうせ地下だろうな。さっさと盗んでとんずらだ。


 予想通り、一階には壁が防音になっている倉庫があり、そのなかには地下へと続く階段があった。金があるのはまず間違いなくこの先だろう。しかし、想定外の事実が発覚する。階段が隠されておらず、さらに壁についているキャンドルが全て灯っていた。


「ギャァッ、や、め」


 男の悲鳴を聞き、無意識に足音を消しながら階段を下りていった俺。そこで見たのは、悲劇が今もなお続いている凄惨な光景だった。


 武骨なコンクリートで作られている、広々とした地下室。その壁には、様々な種類の拷問器具が取り付けられていた。その拷問器具のいくつかは、今まさに使われている。そして、血塗られた床に散乱する、魔獣や動物、人の死体。生命力の強い魔獣は生き残っているやつもいるようだ。死んだほうがましだろうに。


「ガフッ」


 奥の方に、重厚な金属の扉がみえた。どうやら、男の悲鳴はそこかららしい。俺は、拷問器具に捕まっている動物たちを解放してから扉の方へ向かった。


 ガチャリ


 ブチィ


 サッ


 ズシャァ


 気がつくと、俺の目の前には、笑顔のまま倒れている領主の姿があった。記憶はないが、俺がやってしまったのだろうな。


 全身の皮を鈍い刃物で剥がれている青年を、愛用のナイフで楽にしてやる。一度やってしまったら二度も大して変わらんだろう。そのあとにも、さきほどの部屋にいる動物たちを皆殺しにしてから、俺はその場を後にした。



 


 こらえきれず、一筋の雫が頬に垂れる。俺は、今まで一度たりとも殺しなどしてこなかった。


 どんなに絶望しているものだろうと、その眼に光を取り戻すために努力してきた。なのに、現実を直視できず、彼らに死を与えてしまった。


 どんなに悪人だろうと、法の裁きに任せてきた。なのに、怒りに我を忘れて領主を殺してしまった。


「あー、いぅ」


 俺がこんな状態だというのに、無邪気に笑っている。いつでもその笑顔で、癒しをくれる。でも俺は、癒されてはいけないんだ。罪を償わなければならないんだ。もう、お前とは一緒にいられない。今日で最後さ。


 俺は、自首することに決めた。




 


 なぜ? どうしてお前がここにいるんだ、双国!


 次の日、投獄所に陰鬱な気持ちで出向くと、信じられない光景を目にした。ここにいるはずのない、かつての戦友が、どうしてか、貴族の服を着て部下らしき者に指示を出している。


 俺は、もう少しだけ生きなければいけないようだ。




 あれから一週間がたった。俺はまだ捕まっていない。痕跡すら残していないからだ。だが、双国はわかっているだろう。あんなやり方ができるのは俺だけだということを。












「ああ? なんでこんな所に人が来るんだ?」

「それは、僕のセリフですよ。罠にかかったら、まさか落ちた先に先客がいらっしゃるとは」


 気の合わなそうなやつだ。俺が双国に対して最初に抱いた感想は、それだった。


「あなたはお一人ですか?」

「まあな」

「危ないですよ、こんなダンジョンの深層に一人で来るなんて」

「お前もじゃねえか」

「僕は強いですから」


 最初に思ったことはやはり当たっていて、言動がいちいち癇にさわった。


「他にあと一人でもいれば脱出できるかもと思ったんですけどね」

「なにいってんだ?」

「ほら、肩車して、三人目が高いところからジャンプすれば、ギリギリ届きそうじゃないですか」

「一番下が支えきれないだろ」

「僕は力持ちですから、貴方と違って」

「あー、そうかい、俺は分身なら作れるぞ、お前と違って」


 俺もあいつも、自分以外誰も来ることのできないと思っていた深層で人に出くわしたのが悔しくて、なにかあればすぐに張り合った。


「無事、登り切れましたね」

「感謝しろよ、俺がロープを持っていなかったら、お前は一人で寂しく餓死するところだったんだからよ」

「僕が後から来てくれなかったら、貴方はスケルトンとなっていたでしょう。感謝するのは貴方の方です」


 本当はこの時点であいつの力を認めていた。あいつもそうだっただろう。けれど、素直に褒めるのはなんとなく嫌で、いつもこんな感じになってしまっていた。


 それからは、一人の限界を感じていたこともあって、二人でダンジョンを攻略していった。きっと、あいつから誘ってきたはずだ。


「おい、この牛野郎、お前より力ありそうだぞ」

「舐めないでください、僕が牛ごときに力で劣るなど、ありえません」


 そういって、一人で階層ボスに立ち向かっていったときは、さすがに焦った。だが、その心配をよそに、あいつは一人でボスの剣撃を真っ向から受け止めていたっけか。その隙に俺が、牛の首をかっ捌いてやったことを覚えている。


「ちっ、ジリ貧だな」

「ちょっとは信用してくださいよ、ここまで共に戦ってきた仲じゃないですか」


 一年近くかけて、やっとのことでたどり着いたダンジョンの最下層。そこで待ち構えていたダンジョンマスターの悪魔は、闇魔法の使い手で、俺の影魔法と拮抗するほどだった。司の、闇魔法に対して特攻のある光魔法がなければ、俺はそこで敗れていたかもしれない。なにせ魔法職のくせに、肉体能力が司くらい高かったからな。


「これは、魔導書ですね、しかも、最上級の物のように見えます」


 ダンジョンの最奥にある宝箱のなかには、俺が求めてやまないものが本当にあった。才能のない俺でも、治癒の魔法が使えるようになるという代物。


「ちょうど三冊ずつだな」

「ええ、どれがいいですか? 僕はどれも欲しいのですが」

「それってどれでもいいってことか?」

「ええ、まあ」

「じゃあ、俺は、風と水、治癒が欲しい」

「いいでしょう。では残りは貰います」


 ダンジョンを踏破したからには、もう司といる意味はない。これでまた一人になれると思ったが、そこまで嬉しいことでもなかった。


「なぁ、お前はこれからどうするんだ?」

「僕は、この功績をもって、騎士になります」

「そうか……。じゃあもう会うことはないだろうな、まあ、今まで楽しかった、ありがとよ」

「そうですね、僕もそれなりに楽しめました、感謝します――」

「じゃあな」

「では、さようなら」


 ダンジョンの出口へと続く転移門ワープゲートを通り抜けると、そこにはもう司の姿はなかった。そりゃそうだ。あのダンジョンの出口は大量にあるのだから。


 俺の出た所はもちろん、入ってきたところと同じ、見渡す限りの草原だ。通り抜ける風は心地よく、空気は澄んでいて美味しかったな。中央にある池には、ゆらゆらと揺れる満月と、寂しげな男が映っていたことを、まるで昨日の記憶のように思い出せる。










 どうやら双国は、この領地の悪政のうわさを聞きつけ、調査していたらしい。それから俺が領主を殺したことで、そのままこの殺人事件の担当になったようだ。


 あいつはただの騎士から、順調に功を重ね、騎士団長になり、その後にも大きな事件を解決したことで爵位を貰っていた。俺の見立てでは、この事件を解決すればあいつは昇爵する。そして、領地を貰うことになるだろう。


「今度こそ、お別れだ」

「んぁーあ?」


 なにも理解していなさそうな綺麗な眼だ。この二カ月、俺はこいつに救われ続けてわかったことがある。こいつはいつか、俺がなれなかったものに手が届くだろうということだ。こいつの人生はこいつが決めるものだが、あわよくば俺の意思を継いでほしい。そう願うからこそ、俺はこいつを育てることはできない。


「じゃあな」


 そういって、宿を飛び出す。この街にしてはやたらうるさい喧噪すら、頭に残らない。もう二度と見ることのできない笑顔を思い出し、柄にもなく泣き出しそうになる。それでも俺は、綺麗な満月が浮かぶ空の下、未練を振り切るように走って、双国が待つ場所に向かった。




「よお、久しぶりだな」

「久しぶりですね、殺人鬼さん」


 相変わらず、憎たらしい笑顔だ。うちの天使とは大違いだな。


「それで、僕になんの用です?」

「頼みが……あるんだ」

「貴方が僕に? 冗談ですよね」


 まあ、そうだよな……。俺とこいつが共に戦っていたのは、互いの目的が一致していたからだ。頼みを聞き合う仲じゃねえ。だが、俺にはこいつしか頼れるやつがいないことも確かだ。


「冗談じゃねえよ」

「僕は、貴方を証拠が挙がり次第捕まえなくてはならない立場なんですが、それをおわかりで?」

「わかっているさ」

「だったら――」

「頼みは、俺を捕縛してくれ、だ」


 双国は、面食らったような顔をしていた。こいつのこんな間抜けな面をみたのは初めてだな。


「今……なんて?」

「俺を捕まえろといったが」

「一体何を考えているんですか。捕縛されたら間違いなく死刑ですよ? ただの一般人が高位貴族を殺害したんですからね。どんな悪事をあの領主がしていたとしても、絶対に判決は覆らないことくらい、貴方も知っているでしょう?」

「ああ」


 そんなことはわかっている。だが、俺に残された手段はそれしかないんだ。


「だったら、なんで」

「自分を許せないからだ」


 死を望んでいたやつらでも、どんな屑でも、殺してしまったことに変わりはない。俺は、罰を甘んじて受け入れると決意している。


「あんな屑、死んで当然です。あいつは、重税で町を殺し、警備兵を身を守るためだけに使って犯罪を横行させ、一般市民を殺し、ましてや調査に行った僕の部下を暗殺した」

「それでもだ……。そして俺が死んだ後、赤ん坊を一人面倒をみてやってほしい。もちろん対価はある。俺が長年の人生で手に入れた宝と、数々のダンジョンの情報をまとめた本だ」

「そうですか。戦友が死んだ時、僕がどう思うか考えましたか?」

「本当に、すまないと思っている」


 口は悪いが優しく強い、まさに騎士にふさわしい男だ。俺はそんなやつが、俺の死を悲しんでくれるということに、大きな罪悪感と少しの嬉しさを感じた。


「僕は、他人の決意には水を差さないことにしている。だからその頼み、引き受けてやるさ……。感謝しなさい」

「ああ、本当に、ありがとう」

「――やめてくださいよ。気持ち悪いです」


 司なら、そういってくれることを分かっていた。俺は狡い。


「で、赤ん坊の名前は?」


 ずっと考えていたんだが、結局決まらなかったんだよな。だったら、たった二カ月しか一緒にいてやれなかった俺ではなく、司に名付けてもらうべきだろう。


「そうだな、天のように高い誇りと、悪に立ち向かう勇気を持っていてほしい。そして、女の子だからな。周りから大切に扱われて、人生を楽しんでもらいたいな」











 僕が領主になってから数年。休む暇もなく改革をしていき、やっと民に笑顔が戻りました。あの子も今では友達ができて、楽しそうに過ごしています。


 貴方は、あの事件を僕が解決できれば、晴れて領主になれることを知っていてあの選択をしたんでしょうね。全て貴方の思い描くとおりに事は進みましたよ。


 やっとわかりました。貴方も騎士だったんですね。騎士とは、誇り高き己の正義を、貫く者のことですから……。







  



 

 

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