35話 かくて老婆は話を始める
「それにしたってエルフ耳で溢れてんなぁ」
アルバニアスを歩くロビンの口から、そんな言葉がこぼれる。
実際のところアルバニアスに占めるエルフの割合はその半分と言ったところなので、溢れるというほどではない。
だが普通は見かけることのないエルフが沢山いると、まるで溢れるほどいるように思えるのも仕方がないことなのだろう。
アルバニアスは村である。
しかし山都とも称されるほどその面積は広く、山の奥深くであることを忘れるほどに賑わう。
「あ、ロビンさんあれ見てください」
そうユナが指し示したのは魚であった。
しかも魚は魚でも海の魚である。
「なんでこんなところにあるんだー?」
アルマも不思議そうに眺める。
こんな山奥にも関わらず海の魚が、しかも干物ではなく生で売られているのだ。
「ふっふっふっ、気になるかい嬢ちゃんたち」
「し、知っているのか! ……えと誰?」
「俺ぁ、魚屋ソーゴローさ。よろぴくな!」
ロビンたちがずっと立ち止まっているのを見て、なんだか軽い感じの魚屋が声をかけてきた。
ちゃっかりロビンを抜いてお嬢ちゃんでまとめるあたりよく分かっている。
「ソ〜ゴロ〜さん! これはどういうわけなんですか〜?」
「私も知りたいです!」
「ん? なんか俺の名前不自然だったような……まあいいか。これはな、冷凍保存された魚なんだ」
リリーの若干気になる名前の呼び方に違和感を覚えつつもソーゴローは続ける。
「レイトウホゾン? なんだその新しい魔法は」
「いや魔法は使うけど、魔法じゃないんだよ旦那ぁ。これは釣った魚を魔法で凍らせることで鮮度を保つ方法なんだ」
「凍らせると鮮度が保たれるのかー?」
質問に答えるソーゴローの話に一番興味を持ったのはアルマであった。
冷凍保存という保存法は、ヨシザワという男が魔法使いと共に開発した方法だそうだ。
なにせ最近開発されたばかりで、まだ多く流通していないそうだが、これからどんどん需要が増えていくことだろう。
そんな話だった。
「為になったー、ありがとうー」
「いやいいんだ。ところで嬢ちゃんたちは観光にでもきたのかい?」
「ああそうだ。ソーゴロー、この辺りにソーファというエルフはいないか?」
ロビンがそう聞くと、ソーゴローは目を丸くして、驚くように言った。
「なんだソーファに会いにきたのか。ソーファは俺の母さんだぞ」
……………
「おーい、母さん! 来客だよ!」
「まあ、こんなところまで。珍しいわね」
「何ボケたこと言ってんだよ。今日は来てないけど、いっつもいろんな奴が来てるだろ?」
「そうだっけねぇ」
ソーゴローは肩を竦める。
「まあ今お茶でも出すから、そこらへんに座っててくれや」
アルバニアスの中でもとりわけ高いくて太い木に作られたツリーハウスに、ロビンたちはソーゴローに連れられ入った。
「え? ミーシャってお嬢様口調だったけど、ガチのお嬢様なのか?」
「いやいや、魚屋さんとお金持ちってなかなか結び付けられないんですけど私」
「でもすごい豪邸? ですよ〜?」
「この村の豪邸の基準が木の大きさならなー」
議論が飛び交う。
だがお金持ちと魚屋がどうしても結びつけられずうんうんと唸ることになる。
「それで? お嬢ちゃんたちは何しに来たんだい?」
「そのミーシャから……」
「ミーシャ! そうかミーシャの知り合いかぁ! こりゃ嬉しいな!」
ミーシャの名前を聞いた瞬間に嬉しそうな表情をするソーゴロー。
そしてロビンは少し気になっていたことを聞いた。
「あの、ソーゴローってミーシャの父親なのか?」
「いや? 俺ぁ、ミーシャの叔父だ」
「あいつ叔父さんもいたんだなー」
そういえばミーシャの親族関係については何も知らなかったと、アルマは思った。
まあそもそもユナやリリーに関しても家庭環境はよく知らなかったのだが。
「俺だけじゃねえぞ。叔父どころか、伯父も叔母も伯母もあと100人ぐらいいるぞ」
「「「「100人!?」」」」
未知というかなんというか。
エルフの事情は知らないが、そんなに親族ができるものなのだろうかと、ロビンたちは思った。
「母さんは長生きだからなぁ……俺も自分の兄弟で知らない奴はいっぱいいるしな」
「でも人間の旦那さんなんですよね?」
「そりゃ夫に先立たれて何十年もすりゃ、次の恋だってするわな。母さん、恋多き女だから」
「あー」
エルフの生きる時間は長い。
だいたい100歳で成人を迎え、900歳までは子供を産めるという。
美魔女と言っては失礼かもしれないが、900歳になるまではそれは活力に溢れていたのだろう。
まあ若気の至りという奴だ。
「で、今はおいくつなんですか?」
「まあ、レディの年齢を聞くなんてよくないわ」
そこへミーシャのおばあさん、ソーファが現れた。
まだまだハリのある肌に、健康的な体。端正な顔立ちにはまだシワも少なかった。
「うちの母さんはだいたい1800歳くらいだったかな。まあ引き継ぐ度に曖昧になってくんだろうけど」
「1800!?」
「すごいです〜」
「もう、勝手に言わないでよ」
1800歳には到底思えない喋り方でプンプン怒るソーファ。
それをどんな気持ちで見ればいいのか分からないロビンたち。
「てか思ったんだけどあんた幾つだよ?」
「362歳かな」
「あれー? エルフって確か900歳くらいまでしか子供産めないんじゃー?」
ソーゴローの返答に対し、アルマが疑問を呈する。
そう考えてみると、ソーファはソーゴローのことを1438歳で産んだということになる。
「あー、うちの母さんは1600歳まで子供産んでたんだ。こりゃ義父さんから聞いた話だが……とんでもない性欲お化けだったそうだぜ」
全員が一斉にソーファの方を向いた。
「てへっ☆」
「「「「てへっ、じゃねぇぇぇぇえ!」」」」
この日、アルバニアスにツッコミの声が響いたとか、響いてないとか。
……………
「で、ミーシャってお金持ちのお嬢さんなのか?」
気を取り直してロビンがソーゴローに聞いた。
「え? そうだぜ? ここだって随分大金持ちの家だしな」
「でも魚屋だろ?」
そんなロビンの言葉に対し、ソーゴローは意外そうな顔をする。
「魚屋ってそんな貧しいイメージなのか? こっちじゃ珍しいものだし高値で売れるけど」
「ああ、そうか」
つまるところ、他の町ではそれほど珍しくない魚も、ここに来てみればなかなかの高級品になる。
それを扱っているのだから、ソーゴローが金持ちでないはずがない。
「そんなことを聞きに来たのか?」
「あ、いや、そうだったな」
なんだか色々驚くことがありすぎて、どうにも本題を忘れてしまっていたが、ロビンはここにポーションの話を聞きに来ているのだ。
「ソーファさん、ミーシャからあなたがポーションの創始者であると聞いたんですが、それは本当なんですか?」
「ええ、そうよ?」
「その、私たち、美味しいポーションを作るために今頑張ってるんですが、ミーシャからあなたが『昔のポーションは全然違った』と言っていたと聞いたので、詳しい話を聞きに来たんです」
ユナが聞いたことに対し、ソーファは頷いた。
「そうなのね。事情は分かったわ」
そういうとソーファは椅子に座り直した。
「では話しましょうか。私がポーションを作ったときの話を」




