19話 かくておっさんは落ちる
温泉でリフレッシュした次の日。
ロビンはリリーとユナを集め、次のロビンの計画について話すことにした。
「な、なんだい?」
「いや別に?」
そこに面白くなってきたら参加する、と言っていたアルマがいることをロビンは不思議に思う。
何も面白い展開になってはいないと思うのだが。
「それでロビンさん。次の計画とは?」
「気になります〜」
もちろんあのロビンがまともなことを言うはずはない。
なまじ苦労を知っているだけまだまともに見えるが、基本的にこの男の頭の中はお花畑なのだから。
「俺は……ポーション職人になろうと思う」
「「「はぁぁぁぁあ!?」」」
3人の声がリトレイアの町にこだまする。
久々にロビンの話に叫んだような気がするユナたちであった。
……………
ポーション職人になる。
どこぞの異世界からやってきた勇者なんかが聞けばまともに聞こえるのかもしれないが、ここの人間にとっては全くありえない話だった。
ポーション職人というのは、例外なくポーション作成組合に所属する。
逆に言えば、ポーション作成組合に所属していれば、誰でもポーション職人になれるのだ。
かつてリリーが言った通り、ポーション作成組合というのは文字通りの終身雇用。
つまり死ぬまで永遠にポーションから離れることはできない。
さらに旧態依然の縦割り組織であり、新しい風など全く受け付ける気がない年功序列、規則徹底の2つをモットーとしていることは有名な話である。
「そ、それってまさか、ロビンさんポーション作成組合に入るんですか〜!?」
「そういうことだ」
「あそこは上は頭の固くて頑固で旧世代の遺物のようなお爺さま方しかいませんよ〜!? 下には機械のように徹底されて特徴も独自性も何もない凡百の方々がいるだけですし〜! 絶対ロビンさんではやっていけません!」
「うっ………」
ポーション作成組合の上層部を貶し、働く人たちを貶し、ついでにロビンも若干貶すリリー。
ロビンは大ダメージをくらった。
ポーション作成組合は自由と奔放を許さない組織である。
サノハラという男が書いた本にドクターⅥというフリーランスの医術師の話があるが、あんな者がいようものなら、即闇に葬られてしまうような組織であった。
そこにロビンのような頭に自由と奔放しか詰まってないような男が入れるわけがなく、奇跡的に入ったとしても5日と保たずに抹殺されるのがオチだった。
「あのですね、ロビンさん。ポーション作成組合といえば終身雇用ですよ? いいんですか? 自由なんてものはそこにはないんですよ?」
「いや、大丈夫だ! 俺が中から変えていくからな」
「あーこれ絶対聞かないやつ……」
ユナは諦めモードに入る。
ロビンはやると言ったらやる男。
そんないいところをもっとこう、カッコいいところで使って欲しいと切実に願うユナだった。
「ろ、ロビン! ポーション職人になったら住居も結婚も自由はないんだぞ!? そ、そんなの困る!」
「いや困るのは俺だろ」
「あ、そ、そうだ………! 困るだろうー?」
変な言い間違いをするやつだ、とロビンは思う。
もちろん言い間違いではないのだが、見事な空振りをアルマはロビンの言葉に便乗して言い間違いにしてしまった。
「いやまあもう結婚なんて諦めてるしなあ……」
「じゃ、じゃあ僕がもらっ………」
「ともかくっ! どうしてもなりたいというのであれば止めませんが、しっかり考えてください!」
遠い目をするロビンにたいし、積極的に出ようとするアルマ。
流石にそれは先んじさせるわけにはいかない、とユナは言葉で遮った。
「そうですよ〜……それに入れなくても落ち込む必要ないですからね〜」
そんな中リリーは最後まで天然でロビンを貶すのだった。
……………
そして、ちゃんと考えたのか考えてないのかは分からないがその日の翌日、ロビンはリトレイアのポーション作成組合支部に来ていた。
「どうも、面接を担当させていただく、グラハム・アーセリアです。あなたのお名前は?」
「ロビン・ステッパーです」
眼鏡をかけた男、グラハムがロビンの対応をする。
「前職は何をやっていたのですか?」
「冒険者ギルドでマッパーをしておりました」
「ほう、あなたがあの……」
グラハムは眼鏡をくいと押し上げる。
「お噂はかねがね。それで、なぜポーション職人になろうと思ったのですか?」
グラハムが本題に入る。
実はこの時点でグラハムの中ではロビンの不合格がほぼ確定していた。
ポーションが不味いという理由でギルドをやめ、ポーション職人になろうと言うのであれば、その目的は1つしかない。
「ポーションの味を改善するためです」
だが、ポーション作成組合はそのようなものは求めてはいない。
「そうですか。ありがとうございました。面接は終了です」
「え、これだけですか!?」
ロビンは驚く。
もっと何か質問されるものかと思い、たくさんの準備をしてきたせいでひどく空振った気分であった。
「はい。ロビン様、残念ながら当方とはご縁がなかったようです」
「え、いや、ちょっと待っ……」
「では失礼します」
グラハムは出て行く。
こうしてたった数分でロビンの面接は終わった。
……………
「でしょうね」
「そうだと思いました〜」
「だよねー」
落胆して帰ってきたロビンは、3人の冷たい言葉に迎えられた。
ロビンの肩がさらに落ちる。
「だから言ったじゃないですか! ポーション作成組合には入れないって!」
「そうだけどさー」
「そうだけどじゃないですよ、全部私たちの予想通りじゃないですか!」
しかるユナに抗議しようとするが正直なところぐうの音も出ないロビン。
それでも少しは取り合ってくれると思っていたのだが、現実はそう甘くはないと実感するロビン。
「しかしまあ……」
本当にポーション作成組合は味の開発を求めていないのだろうことが今回でわかってしまった。
これでは本当に冒険者たちの味覚に未来はない。
「どうにかしなきゃな……」
「今度は何を企んでいるんですか〜?」
リリーがロビンの顔を覗き込む。
もうこの3人にはロビンの考えなどほとんど筒抜けであった。
「企むってひどくないか!?」
「正当な評価だと思うー」
さらに追撃をかけるアルマ。
もはやロビンを救うものはこの場にはいない。
「拗ねるぞ」
「どうぞ」
「ご自由に〜」
「好きにしてー」
ロビンの最後通告もさらりと受け流される始末。
残念ながらロビンはポーション作成組合に入るどころか3人の信用を取り戻さねばならないようだった。
……………
「それで、だ」
後日、次の作戦を発表するためにロビンは3人を集めた。
「もうこうなったらポーション作成組合に忍び込んで、ポーションの製造方法を盗み出そうと思う」
「「「…………」」」
場に沈黙が訪れた。
誰もが息を呑み、そして
「「「いいんじゃないですか?」」」
「これはいいんだ!?」
賛成を勝ち得たのだった。
温泉回はそのうち閑話で……