10話 かくて受付嬢は参戦する
「やっと第一歩を踏み出しましたね」
「まあ、そうだな。いろいろ頑張ったけど、ここに来てやっと材料が分かっただけだしな」
「それでもすごいです〜」
ポーションの材料が分かった翌日のことである。
とりあえず、これからの方針について話をするためにまたロビンの家に集まった3人。
「ん? 3人?」
「ん? 3人?」
「ん? 3人?」
人数の違和感に3人は揃って首をかしげる。
そしてロビンとユナはハッと気付いた。
「「なんでいるの!?」」
「だって、ロビンさんのお力になりたくて〜」
受付嬢リリー、参戦である。
……………
「リリーさん!? 仕事はいいんですか? 帰った方がいいですよ!」
「冒険者ギルドならやめてきました〜」
「はぁっ!?」
昨日の夜、ロビンたちが去ったあとの冒険者ギルドは大混乱に陥っていた。
「ポーションって甘くなるのか………っじゃなくて、リリーさんがやめる、だとっ!?」
「なんでだ、おかしいだろ!」
「あいつかぁ………またあいつなのかぁ………!」
受付嬢リリーがギルド長に辞表を出したのだ。
当然ミシュレは却下する。
「リリー、よく考えてみろ。その感情は一時的なものだ、そのうち冷める。ちゃんと考えて判断してくれ………でないと後悔するぞ」
主に俺が、とミシュレは思う。
正直言ってリリーの恋は、多分一過性のものではない……もとい一過性のものであっても終わりがくることはない。
あのハーレム製造マシンは、何故か(無意識に)仕留めた女を手放さないのだ。
女性の方が、そろそろ諦めようかな、と思う時期にかかると、何故かタイミングよく現れて、また恋の谷に突き落として去っていくのである。
これにはどんな対策も意味をなさず、なんらかの補正が働いているとしか考えられない。
おそらくリリーもそのラヴィン・スパイラルにハマり、二度と戻っては来れないだろう。
ギルド長としても、職員が底のない恋の沼にハマるのを止めてやりたいが、それが不可能である以上、もはやリリーは見捨てるしかない。
ミシュレが危惧するのは、もはや1つだけ。
リリーがやめたら、冒険者ギルドで反乱が起こる。
リリーがここ数年で培ってきた冒険者ギルドでの人気は凄まじいものである。
彼女は冒険者に対する献身的な姿勢を崩さず、しかも人気取りのためにそれをやるのではなく、純粋に冒険者たちを想ってやっているのだ。
もちろん、サービスを受ける側はそれがよく伝わるため、自然とリリーの人気が上がるのだった。
結果、ミシュレが泣いて土下座してまで頼み込んで、ロビンのポーションが完成したらとりあえず一回冒険者ギルドに戻ってくる、という誓約書を書かせることでその場は収まった。
なお、ミシュレの人気が冒険者の間でだいぶ高まったのは言うまでもない。
「と、言うことがありまして〜」
「………何やってるんですか」
「ま、まあ、人手が増えるのはいいことだ?」
「最後、疑問形になってますよ………」
ロビンは思考を放棄しようとする。
実際のところ、リリーは使えない人材ではない。
受付嬢は馬鹿ではできないのだ。
それはユナも理解できていた。
「まあ……やめちゃったものはしょうがないし、いんじゃない?」
「そ、う、で、す、ね!」
「ええー……」
結果、ユナは拗ねることしか出来なかった。
さっさとロビンが2人の気持ちに気付いて、バッサリ決断してしまえばいいのだが、それをロビンに求めるのは無理な話だろう。
実際、今のロビンの心情としては、急に受付嬢はくるわ、しょうがないから受け入れたらユナは拗ねるわで、散々なのだ。
まさか自分のために女たちが熾烈な争いをしているとは夢にも思っていない。
「はぁ、勘弁してくれよ………」
はやくポーション研究に取り掛かりたいのだ。
……………
「それで、だ。材料は分かったが、ここからどうするべきだと思う?」
とりあえずロビンは家を出て、女2人にして話し合いを任せた。
こういうときはもう、当事者に投げる。
ロビンが長年で培った経験であった。
戻ってきたら落ち着いていたので、とりあえず今日の議題を提示する。
ここまでで1日の半分が過ぎていた。
「そうですね、ポーションがなんで不味くなるかについてもっと掘り下げてみてはどうですか?」
「新規にポーションを開発してみるのはどうでしょうか〜」
2人の意見が食い違う。
睨み合う2人を置いておき、ロビンは腕を組んで考える。
「ユナ、ポーションについて掘り下げるとしたらどこから取り掛かる?」
「えっ、と……そうですね。まずはポーションの作り方を調べるべきかと」
まあ現実的だ。
調べる手立ては今度考えてみればいいか。
「なるほどな、じゃあリリーさん。ポーション開発をするって言っても勝手にしたら犯罪だけど、いいのか?」
「私もリリーでお願いします〜。まあいいんじゃないですか〜? よく考えてみたら、ポーションを故意に不味く作ってるようなものですし〜。誰も咎めませんよ〜」
リリーの考えが予想以上にぶっ飛んでいて驚くロビンとユナ。
冒険者ギルドを速攻でやめてきた辺りから分かっていたことだが、この受付嬢、結構考えなしでやらかすタイプである。
まだ故意に不味く作っているという確信はなく、故意と分かればロビンも犯罪を犯してでもポーションの改良に努める所存であるが、現時点で犯罪に踏み切るほどロビンは勇気がなかった。
「まあ、流石にこれは言い過ぎですね〜。でも私はその前準備くらいならしてもいいと思います〜」
流石に自分の発言が過激過ぎたのに気付いたのか、リリーが訂正を加える。
「そうだな。じゃあ今後の方針だが、ポーションについて掘り下げつつ、ポーション作成の前準備に取り掛かる、ということで行こう」
「はい!」
「はい〜」
1つ増えた返事にロビンは満足にうなずいた。
……………
「それでですね〜。私にこれからのことについて考えがあるんです〜」
「お、おう」
「な、なんですか?」
「そんなに警戒しないでください〜」
リリーの提案に、次はどんなぶっ飛んだ話が来るのか、と身構える2人。
警戒するなと言われてももはや無理である。
「アルマさんを頼ってみてはどうでしょう〜」
「「アルマ?」」
意外に普通な感じの提案に一瞬ボーッとする2人。
「って誰ですか?」
「アルマさんは、錬金術師です〜」
「アルマかーーーーー………」
ユナの疑問にリリーが答える。
ロビンは頭を抱えて悩み出した。
「確かにこのあと進むとしたら、アルマしかねえよなあ………リリー、ポーション作成組合をやめてフリーになった人っていないのか?」
「うーん……多分いないです〜。あそこ、本当の意味で終身雇用ですから〜」
本当の意味で終身雇用、つまり本当に死ぬまで組合をやめることはできないということである。
情報漏洩がないよう徹底されていた。
「となるとやっぱアルマなのかぁーーーー」
「なんでそんなに悩んでるんですか?」
ユナが先程から悩み続けるロビンに対してその理由を尋ねる。
「アルマはなあ、Sランクの超がつくほどの凄腕国家錬金術師なんだよ」
「いいじゃないですか」
「超がつくほどマッドな、な」