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 「何もそこまでしなくたって…」

 明日香が呆れた声でわたしを責める。

 それでも!!アレはわたしが書いたものじゃない!

 アレを書いた記憶がない。

 『或いは』の課題で悩んでいる間に、自動的に手が動いていたとでもいうのだろうか?

 わたしの意思とは関係なく?

 そんなわけがないことはわかっている。

 何か理由が欲しくて探す。

 それがどんなにアホらしい理由だとしても、だ。

 そうじゃないと気味が悪くて仕方ない。

 授業の終わりを知らせるチャイムが鳴ると、係の人がプリントを集めて出ていった。

 わたしと明日香の分は手元に残ったままだけど。


 「祥子!保健室に行こ!」

 「何で?」

 「体調が悪いんだよ!顔色も悪いし!」

 「平気だよ」

 「とにかく、行くの!これ、決定」

 気分はめちゃくちゃ悪い。

 それは、さっきのことを引きずっているからだ。

 明日香に気づかれるとは思っていなかったんだけどな。

 「うん…じゃあ、そうしようかな」

 少しだけでもいいから眠りたかった。

 それで解決するとは思わないけれど、取り合えず落ち着かせることはできそう。

 ただ、保健の先生が休むことに対して「はい、いいですよ」と言ってくれるかだ。

 あの先生はかなり厳しい。

 よっぽど具合の悪い人じゃない限り休ませてくれない。

 追い返される可能性の方が大きいだろうな。

 そうだとしても、わたしは眠りたかった。

 もし、追い返されたら別の休める場所を探そう。

 これ以上、頭を使って考えていたくなかった。

 さっきの解答欄のことで混乱したくなかった。

 

 「じゃあ、早く行こー♪」

 「…明日香、あなたは次の授業をただサボりたいだけじゃないの?」

 「そんなわけないよ!失礼な!それにあの保健の先生が簡単にサボらせてくれるわけないじゃん!わたしはついて行くだけだよ!」

 「花崎(はなさき)、いるー?」

 明日香を呼ぶ声がする。

 二人揃って視線を向けると、教室の出入り口に生徒が立っていた。

 「明日香、放送部の部長さんじゃないの?」

 「シッ!!いないフリをして!今日の昼放送のBGM係りだったの忘れてさー。何も持ってきていないのっ!だからっ」

 フリも何も明日香の大きな声は、騒がしい教室の中でも浮いている。

 必然的に部長さんに見つかり連行されていく。

 それを見て、わたしを含めた数人が笑った。

 たぶん、部長さんから逃げる為の口実にわたしを保健室に誘ったんだろうな。

 全く心配されていなかった…なんてことではないだろうけど。


 東校舎の奥まった場所にある保健室は、相変わらず閑散としていた。

 ドアには【退出中】と書かれたプラカードがぶら下がっている。

 もしかしたら、鍵がかかっていて入れないかもしれない。

 そんな予想は外れ、簡単に中に入ることができた。

 「…失礼します」

 念の為に声をかけてみるけれど、室内に気配はない。

 取り合えず、入ってすぐ横に置かれてある机に向かった。

 その上に無造作に開かれたままのノートにクラス名と自分の名前を記入する。

 窓際のベッドで寝ようかな。

 静かな空間も手伝ってか、横になると自然な流れで眠りにつくことができた。

 

 どのぐらい眠ったのだろうか。

 時間を確認する為に起き上がる。

 ベッドを囲んでいたカーテンを開けた。

 時計を見る前に、隣のベッドのカーテンが閉めきっていることに気がついた。

 他にも休んでいる人がいたんだ。

 ボンヤリとした頭でそう思いながら、保健室の先生を探したけれど見当たらなかった。

 上履きを履いて立ち上がった時、微かな音が聞こえた。

 それは隣のベッドから聞こえているようだった。

 何故だか気になって声をかけてみた。

 「あの、大丈夫ですか?」

 返事はない。

 失礼なことと知りながら、カーテンを少しだけ開けて覗いてみた。

 そこには誰もいなかった。

 ただ、無数の小バエが渦を巻くように枕の上を飛んでいた。

 それはまるで蚊柱のように見えた。

 それらが少しずつわたしの方へと移動してくる。

 そして、とうとう頭上を飛び交い始めた。

 あまりにも鬱陶しくてわたしは手で払おうとした。

 「え?」

 そこで初めて、わたしの右手がないことに気がついた。

 咄嗟に左手も確認するとそちらもなくなっていた。

 わたしの両手は透明にでもなったかのように消えてなくなっていた。

 「やっ、えっ?!なっ」

 相変わらず小バエが飛び交い、時々わたしにぶつかってくる。

 払おうとして、手がないことを思い戸惑うばかりだ。


 この世界に存在する『わたし』は『考える』という行為をしています。

 「やっ!」

 なので、すぐに或いはの答えを『人間』だと思いました。

 「手…手…」

 ですが、思考力を持つものが人間だけとは限りません。

 「わたし、手、」

 そう考えた時、わたしはこうも思いました。

 自身が人間であるという確固たる理由はどこに存在しているのでしょうか?

 「…わ…たし…は…?」


 チャイムが鳴っている。

 そこでハッと気がつき、わたしは目を覚ました。

 背中が汗で湿っていて気持ち悪い。

 わたしは額にもたまっている汗を手で拭った。

 手は…大丈夫。ちゃんと、両方ともある。

 隣のベッドのカーテンは全開になっていた。

 当然のことだけど、わたしは何一つ失っていなかった。

 「嫌な夢」

 眠ったことでかえって気分が悪くなってしまったようだ。

 だからって、一日中授業をサボるわけにはいかない。

 二度目のチャイムが鳴ったことで、さっきのは予鈴だと知る。

 次の授業は何だっただろうか?

 もし、化学なら実験だったような気がする。

 三階に移動しないとだ。

 わたしは急いでベッドを整えてから離れた。

 明日香は待っていてくれるだろうか。

 保健室を出る時、無数の羽音が頭の中で鳴り響いた。

 ーーーような気がした。


 「祥子!どこに行っていたのー?」

 教室に入ってすぐに、明日香に声をかけられる。

 必要以上に大きな声のせいで、視線が一瞬だけわたしたちに集中した。

 この感覚はついさっきも味わったばかりなのに…まただなんて。

 明日香と話していると、こんなのは日常茶飯事だけど恥ずかしいものは恥ずかしい。

 「本当にその声の大きさはどうにかならないの?」

 「えー?そんなに大きいかな?」

 わたしはうなずく。

 「そんなことよりさ。祥子の早歩き、ウケた!!って、どうしたの?ボンヤリしちゃってさ」

 そういえば、もう授業は始まっているはずなのに、先生の姿が見当たらない。

 かわりに見えた黒板に書かれた文字に固まる。

 さっきと同じ字で『自習』と書かれている。

 きっと、当番の人が消し忘れたんだよね?

 そうは思っても嫌な予感は消えるどころか色濃くなっていく。


 「ね、ねえ、明日香。今は何の授業だっけ?」

 「へ?自習だよ。ラッキーだよね」

 「そうじゃなくて!何の自習の時間なの?」

 少しきつめの言い方になってしまった。彼女が怯む。

 だけど、労る気持ちよりも自分が安心できる状態にもっていくことを優先した。

 化学でも数Ⅱでも苦手な英語でもいい。

 早くわたしを安心させて欲しかった。

 「現国だよ。忘れたの?三竹はまた自習だってさ」

 明日香の言葉に視界がぐらついた。

 「…、さっき、どこに行っていたか聞いたよね?」

 「え?あ、うん」

 「さっきの時間も現国の自習でわたしは課題がわからなくて、少しおかしな状態になって……心配した明日香が保健室に行こうって言ってくれたんだよ?だから、わたしーー」

 「ちょ、ストープッ!一体、何の話をしているの?!」

 早口で捲し立てていた言葉は、明日香の表情と共にゆっくりとなっていった。

 本当に何も知らない、そんな表情だ。

 「明日香は放送部の部長に連れて行かれたんだよ」

 「何それ?!やめてよ!本当になりそうじゃん!今日のお昼に流すBGMの係だって忘れていてさ。もう、最悪だよ!部長、キレるよー」

 「そう…だね」


 三竹先生の授業はずっと自習ばかりだった。

 でも、それは一体いつから?

 いつからわたしは、三竹先生を見ていないの?

 「祥子?本当に大丈夫?」

 「…わからない」

 「わからないって!!自分のことなのにウケる!」

 明日香は何がおかしいのか、わたしの肩をバシバシと叩きながら大爆笑している。

 「本当にわからないの」

 まだ爆笑している彼女をそのままにして、教壇に向かった。

 黒板に書かれた『自習』という文字。

 その下から矢印がまっすぐに伸びている。

 ソレをモヤモヤとした気持ちで、暫く眺めた。

 「はあ」

 三枚組のプリントを手に取る。

 デカデカと印刷された『或いは』という文字と三竹先生の字。

 わたしの指先は微かに震えていた。

 また、あの文章が書かれていたら…。

 恐る恐る一枚目を捲ろうとしたら、明日香の声が一番後ろの席から聞こえた。

 「あー!祥子ー、わたしのもお願ーい!!」

 周りからの視線がわたしにまた同じ感覚を与える。

 胃の辺りから酸っぱいものが込み上げてくるのを、何とか我慢する。

 明日香の分も手に取ると、席へと急いだ。

 そうでもしないと、ナニかが追いかけてきそうな気がした。


 戻ると、明日香はスマホゲームに夢中になっていた。

 だけど、わたしはそれを見なかったことにしてプリントだけを彼女の机の上に置いた。

 「プリント、サンキュー!祥子さ、お菓子食べる?」

 これ以上、混乱したくないのに。

 落ち着かせたいのに。

 明日香のその言葉がわたしを深い謎の底へと叩きつけた。

 「いらない」

 「新発売のお菓子なんだけどさー、これがウケるの!!キノコ味なんて…」

 「いらないって言っているでしょう!!」

 叫びにも近いわたしの声に何度目になるかわからない視線が突き刺さる。

 「っ!!ごめん」

 明日香はそう言うと、背を向けてしまった。

 彼女は何も悪くない。

 これは、単なる八つ当たりだ。わたしはヒドイ自己嫌悪におちいる。

 「明日香…その、きつく言ってごめんね」

 「んーん、いいよ。しつこかったわたしが悪いんだから」

 顔を見せないままの言葉が、どれだけ彼女を傷つけてしまったのかを物語っている。

 何かもっと良い謝罪の言葉がないかと探す。

 だけど、険悪になってしまった空気を和らげる言葉は何一つ浮かんでこなかった。

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