その1
まずはジャブ。
これは某温泉旅館にいた時の話。
もう、十年以上前でしょうか。
まだ二十歳そこそこで、何を思ったのか無計画旅行に出ました。
海外をとも考えましたが、私はヘタレな上、当時は9・1・1の影響で海外は危ないと思い、国内を選択しました。
更におバカな事に冬場に出立。『寒いから南』と安直に選択。
大阪のアパートを引き払い。荷物は実家にドーン。
手元には数枚の着替えと、財布に五万円と万が一の予備の二万のみ。
今思うとアホですね。
寝袋もテントも無し。
格好も旅をする格好でありませんでした。
それでも伝を頼って大阪から脱出しました。
そして直ぐに、自分のボカに気付きました。
なんと軍資金の五万や身分証。携帯まで荷物と一緒に実家に送っていたのです。
当時、新品財布に変えたばかりで、現金やその他諸々を移していました。
しかし私はその事を忘れて、新しい財布を実家に送り、古い方の財布を持って旅に出た訳です。
そこで私は、大阪を出て直ぐ近場の温泉地に移動して、日銭を稼ぐ事にしました。
温泉地に着いたら着いたで、中々大変でした。
身分証はない。見た目は怪しい。
格好も平服でしたし。
犯罪者と勘違いされて、警察沙汰に成りかけました(笑)
それが縁で、無事温泉旅館に住み込みで働く事になったのです。
私の業務は、朝食の片付けと清掃がメインでした。
たまに調理場の手伝いもしてました。
結構ハードでしたが、二週間もすると馴れるものです。
調理場の人や中居さんとも、打ち解ける事が出来ました。
そんな時ですかね。
ある噂話を聞きました。
『旧館の風呂場には出る』
と耳にしたのは。
要らぬ好奇心がムクムク湧きますね。
ヘタレでも二十代。
威勢だけは良いです。
という訳で、夜中に若い連中と共に(ヘタレは群れます)旧館の風呂場に向かいました。
旧館と言っても、建物こそ古いですが、中身は改修工事もされているので、不気味さは一切ありません。
もう気軽なものです。
そんな感じで、群れたヘタレ達は、旧館の風呂場に突撃したのです。
流石は温泉旅館です。
出ると噂されている露天風呂も中々趣のある造りをしており、間接照明で薄暗くありましたが、それが又風情を醸し出していました。
私達ヘタレ達は目的を忘れて、夜中の露天風呂を満喫しました。
若い連中が揃うと騒がしいものです。
十分程でしょうか。
騒いでいると露天風呂に人が入って来るのが見えました。
旅館の従業員ですので、直ぐに『マナー良く』入浴している風を装いました。
ぶっちゃけると旧館は混浴でした。
野郎どもの心はウキウキ&緊張で一杯です。
しかし世の中無情なものです。
入って来たのは、オッチャンだったのです。
胸の代わりに腹の出たオッチャンだったのです。
あの残念感と安堵感の入り交じった空気は、何とも言えませんね。
オッチャンもそれを感じたのか、申し訳なさそうにしてました。
まぁ、若い野郎が揃って肩を落としているので、丸わかりです。
それ以来です。
私は旧館の露天風呂が気に入り、夜中の露天風呂が癖になりました。
そのオッチャンとは、滞在客な様で、露天風呂で頻繁に遭遇しては、ポツポツと会話をする様になったのです。
オッチャンとの裸の付き合いは、私の軍資金が貯まる三ヶ月ほど続きました。
寒さも弱まる三月の末に、私は旅館を後にしました。
そして気が付いたのです。
そもそも滞在客なんてのは居ないのです。
いたとしても一週間前後。
三ヶ月もの滞在する客はいません。
外来の受け入れは夜の十時迄。
私の入浴時間は、夜中の零時前後。
例外で受け入れたとしても、新館の方に案内します。
当然、従業員にも見覚えはありません。
さて、頻繁に風呂で遭遇したオッチャンは一体誰なのでしょうか?
何と無く、既に故人である創業者に似ていたのは、私の気のせいでしょうか?
真相は解りません。
因みに、その旅館は今でも営業しています。
因みに、オッチャンとは、怪しい関係ではありません!
私はノンケだ!