超推理コメディ 犯人はヤス
某月某日、有床村の名家である札神家当主、札神侍権(68歳・男性)が自宅の応接室で殺害された。頭部から出血があり、死因は鈍器で殴打されたものと考えられる。一番有力な証拠として、血文字で「ヤス」というダイイング・メッセージが残されていた。
ヤスに該当し、アリバイもないため絞られた容疑者は次の三人。
一人目は、侍権のいとこにあたる安田忠泰(55歳・男性)。通称ヤス。
二人目は、有床村の農家の娘、鑢やすな(24歳・女性)。通称ヤス。
三人目は、札神家と並ぶ名家・夜須家当主、夜須康夫(62歳・男性)。通称ヤス。
事件の捜査にあたるのは、捜査一課に配属されて二十五年のベテラン・緒児刑事と、彼をボスと慕う若手の武加刑事のコンビ。
「それで、返事がないことに気づいて通報をしたわけですな?」
緒児が、血しぶきの着いたエプロンをかけた四十代の家政婦に尋ねる。
「はい。旦那様をご夕食にお呼びしたのですが、お返事がありませんでしたので、屋敷じゅうを家の者と手分けして探したらこのようなことに……」
「ふうむ。この三人がやはり怪しい……」
口ひげを撫でながら呟く緒児。
「鑢くん、君は侍権さんの孫との交際を認めてもらえないから、いっそ侍権さんを殺してしまいたいと喫茶店のマスターにこぼしていたそうじゃないか」
安田が意地悪そうに鑢の動機をあげつらう。
「なっ……! それを言ったら、日頃札神様と村の運営方針で揉めていた夜須様のほうが怪しいでしょう!?」
しかし、それを受けた鑢は夜須の動機を挙げた。
「馬鹿を言わないでくれ。それなら安田さんは事業の失敗で侍権に多額の借金があったそうじゃないか」
夜須も負けじと安田の動機を晒し牽制。三人の間に、激しい火花が散った。激しい鍔迫り合いに、血しぶきの着いたエプロンをかけた家政婦はオロオロと右往左往する。
「祟りじゃあああっ! 落ち武者の祟りじゃあぁっ!!」
突如、捜査現場に謎の老婆が踊りこんできた。
「おばあちゃん! 捜査の邪魔しちゃダメだって!」
現地の巡査が彼女を押し止める。
「札神様は落ち武者塚を取り壊そうとしておられた! これは落ち武者の祟りじゃ! 落ち武者には伝説がある……」
老婆が伝説について語るが、長いので割愛。にわかに空が曇り、雷鳴が轟き稲光が走る。
「あの……だれもツッコんで下さらないので自首していいですか?」
血しぶきの着いたエプロンをかけた家政婦が、グダグダな空気を察して挙手。
「えっ!? そういや、あんた名前は?」
「粕谷かすみです」
「しかしだね。ここにこう、ダイイング・メッセージではっきり『ヤス』と書いてあるじゃないか。あんたのどこがヤスなんだ」
彼女の名乗りに、緒児が怪訝な顔をする。
「……ボス、僕は思うんですがね。ひょっとしてこれ、『ヤス』じゃなくて『カス』なんじゃないですか?」
武加の言葉に、一拍間を置いて「こりゃしまった」とばかりに上司が己の額をぺしっと叩く。
「逮捕だー!!」
緒児の号令で、武加が粕谷に手錠をかける。こうして、恐るべき殺人事件は幕を閉じた。
なお、殺害の動機はついむしゃくしゃして殺した、とのこと。現実の殺人の動機なんてこんなもんである。