序章
生きる為なら仕方ないことは沢山ある。
アタシもそうだ。生きるために手段を選ばなかった。
売春、強盗、殺人。
どんなことをしてでも生きるんだ。
後少し、もう少しで悲願が達成する。
そしたら。
そしたら?
その後はどうしようか。
まぁいいか。殺した後に考えればいい。
ここまで長かったな。
世界はどこまでも平等だ。
時折、世界は不平等だと唱える人間もいる。
しかし、アタシに言わせてみればそんなものは甘えだ。
少なくとも、不平等や理不尽に抗う自由は、皆に等しく与えられているだろう?
だから今、あたしが目の前の男に銃口を突きつけているのも、目の前の男が涙目になり命乞いをしているのも。
――互いの自由を行使した結果だ。
「ひぃぃぃ!か、勘弁してくれ!」
男は失禁するんじゃないかと思うほど怯えている。
「うっせぇ!元々テメェが原因だろうが!」
これがアタシ。
意外かもしれないが女だ。
言いたいことはわかる。自分でも女らしくない口調だとは思う。
そもそも何でアタシが男の額に銃を突きつけ、失禁寸前まで追い詰めているのかと言うと。
こいつはウチの組織から非登録のハンドガンを購入しようとした。
組織『フリークス』に銃の横流しを頼んだのだ。
だがその支払い方法に問題があった。この男は…
「支払いに偽札使うとはいい度胸じゃねぇか、それも、よりによってアタシを騙そうとするたーな」
ということ。
ここでは非合法の取引は珍しくもない。
誰もが他人を騙し、騙されながら日々の生活を送っている。
なんせここは
―――メキシコのスラム街なのだから。
「安心しな、今回の件は支払い詐欺の『未遂』だ。アタシも上からの指示なしでお前を殺したりしない」
「そ、そうか、助かったよ。本当にすまないと思っている」
「でも…」
そう言うとアタシは全力で男の顔面を殴りつけてやった。
「ぶほぉ!」
けたたましい声を上げ、男は後ろに吹き飛んだ。
にしても思いの他いいのが入ったな。
手ごたえからして間違いなく鼻は折れただろう。
男は苦痛にもがき蹲ってしまった。
「無駄骨折らせた報いだ、それとこの偽札は貰ってくよ」
聞こえていないのか、痛みで返答できないのか。男は蹲ったままだ。
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「しっかしよく出来た偽札だな」
先ほど巻き上げた偽札に思わず関心する。
素人目には区別が付かないであろう品質だ。これはこれで使い道があるかもしれない。
「今度適当な雑貨屋で使ってみよう、それはまた今度にしてっと」
アタシはボスに取引失敗の報告をするため、事務所に向かって歩いていた。
別段大きな取引が破綻した訳でもないし、ボスは気にも留めないだろうけど。
形の上でも報告はしなくてはならない。アタシはクソ真面目な性格なのだ。
「おい、見ろよ、ミハエルんとこの狂犬だぜ」
アタシも随分有名になったもんだ。
『狂犬』はここらで囁かれているアタシの二つ名だ。
全く、誰が考えて付けたんだか。
犯人がわかったらアイアンメイデンにぶち込んでやろう。
「うわマジだ、腕にびっしり墨入れちゃって」
「でもあいつ、眼帯なんてしてたか?」
「どうせ喧嘩で失明でもしたんだろ。あれはもう女じゃねぇな」
酷い言われようだ。流石に少し腹が立つ。
荒事にはしたくないが、このままでは気が治まらない。
「うわこっち来た!」
「なんか微妙に笑顔作ってる!え、怖!」
「おい」
殺すとかドストレートに言ったら喧嘩沙汰になりそうだな。
よし。なるべくオブラートに、遠まわしに…。
「狂犬には噛まれないように気をつけろよ?なんせ狂犬病は致死率100%らしいぜ?」
今できる最高の愛想笑いを浮かべていたが、指を鳴らし、額に青筋を立てている時点で無意味だろう。
「あ、あぁ…気をつけるよ、ここじゃ医者にかかるのも難しいしな」
その場を後にした時、背後で安堵の息が聞こえた。
怖いんなら始めから陰口なんかすんなっての。
それと同時に呟きが聞こえた。
「イエローモンキーの女風情が」
「おい馬鹿!」
気が変わった。
コイツはアタシの逆鱗に触れたのだから。
アタシの逆鱗。
アタシを『日本人』だと馬鹿にすること――。
〜10秒後〜
二人とも一発でノックアウトとは。あまりにも情けないだろう。
完全に伸びている大の男二人にため息が出る。
って、ダメだダメだ。一々喧嘩を買ってる場合じゃない。
さっさと事務所に戻って一服キメよう。
もちろんタバコの話だ。
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「遅かったな、プリズナー」
強面で髭を蓄えた中年の男。
こいつがここ『フリークス』のボス、『ミハエル=アンダーソン』
『プリズナー』はアタシの名称。
『囚人』なんてふざけた名前をつけたのもこの男だ。
ミハエルは裏社会でそれなりに名の知れた人物だが、当然偽名だろう。
犯罪組織のボスが実名で商売などしていたらあっという間に豚箱エンドだ。
それに、アンダーソンなんて面でもない。
「これでも最短ルートで帰宅したんですがね」
アタシは嘘は言ってない。
ただ、「ここを通るなら通行料払いな」などとホざいた男を半殺しにしてきただけだ。
まさか一日に四人の鼻を折ることになるとは自分でも思わなかった。
「まだこの町でお前に喧嘩を売る輩がいたのか」
「新参者だ、見ない顔だったし。それに最近、他所からの不法入国者が増えてる」
「そいつらが客として付いてくれれば良いが、縄張りを侵すようなら多少の『躾け』をせねばなるまい」
「自由を求めてやってきたドリーマーたちが、世界のどこよりも厳しい縦社会地域に流れ着くとは、皮肉なもんだ」
「お前にとっても商売チャンスだろう、この町一番の彫師なのだから」
「まぁな、それなりには期待してるよ」
アタシは彫師、つまりタトゥー職人で主に稼いでいる。
巷では腕利きの職人としてそれなりに有名だ。
右腕にびっしり入ったタトゥーも、自分で入れたものだ。
それとアクセサリーを彫刻で加工する商売もしている。
こちらもデザインが良いと評判を貰っている。
それなりに利益が出ているが、大半がこの組織に、ミハエルに持っていかれる。
場所代、だけではない。
アタシはこの男から命を買っている。
金で、自分の命と自由を買っているのだ。
「でも相手は不法入国者だ。それこそ支払いに偽札でも使われたら…」
偽札…?
そういえばすっかり忘れていた。
そもそも仕事の報告のために来たのに、雑談などしている場合じゃない。
アタシは今回の取引が失敗に終わったこと、代わりに鼻をへし折ってきたことを報告した。
「そうか、だが個人相手の取引の利益などたかが知れている。どうでもいいさ」
「そりゃそうだ」
「それにしても、お前もすっかり一人前になったものだな」
「10年以上ここで生活してれば当然だろ」
正確には16年、アタシはここで生活している。
故郷の記憶など、とうに忘れてしまった。
「そんなに経つのか、随分かかったな」
「色々苦労したよ」
「そうか、それで?10年かけてやっと『俺を殺す準備』が整ったのか?」
一気に背筋が凍りついた。
明らかに鼓動が早くなる。
何で知ってる?
いや、まさか…。
ダメだ。視線を泳がせる訳にはいかない!
今はとにかく少しでも誤魔化さないと。
「なんの話だ?」
「とぼけるなよ。まさか気付かれてないとでも思ったのか?」
「話がよくわからないな」
「情報屋から聞いた。お前、最近非登録の銃を個人的に購入したそうじゃないか」
「なんでそれを…!」
「やはり本当だったのか、右目を売り払って銃の資金にでもしたのか?」
やられた。
少し考えればカマをかけていたなんてすぐ分かるのに。
冷や汗が止まらない。
動揺が隠せない。
落ち着け!冷静になるんだ!
「俺を恨むのは至極当然かもしれないが、本当に残念だよ。お前は優秀なメンバーだったのに」
ミハエルが自分の内胸のポケットに手を入れる。
間違いなく銃を取り出す。
目論見がバレた以上仕方がない!
この距離で銃相手なら体術の方が分が良い。
今ここで、殺す!
「くたばれミハエル!!!」
勢いよく走り出し、ミハエルに殴りかかろうとしたとき。
―――パァァァァン!!
乾いた銃声と共にミハエルの背後の窓ガラスが割れた。
「冷静さを欠いたな、お前らしくもない」
撃たれた衝撃で後方に倒れ込んだ。
銃弾が貫いたのは、アタシの腹部だった。
台無しだ。
16年かけて、後一歩だった復讐が、こんなあっさり失敗に終わるなんて。
意識が遠のく。
痛みに耐え、なんとか視線を上げると、逆光でもわかるほどにミハエルは笑っていた。
「だが、お前は本当にいい玩具だったよプリズナー。せめて本名くらいは聞きておきたかったが」
ミハエルは上着から銃を取り出し、アタシの額に突きつけた。
最初の男にしたことをこんな早くやり返されるとは、因果応報ってやつは恐ろしい。
結局、最後までこいつらの玩具だったなぁ。
ごめんね。
―――***
アタシ、約束守れなかった。
「どれ、私を殺すために失った右目でも拝んでやろうか」
薄ら笑いを浮かべながら、ミハエルは私の眼帯を外した。
「なんだこいつ!?」
驚くのも無理ない。
アタシは目など売っていない。
「眼球に…タトゥーを!?」
オシャレだろ?メチャクチャ痛かったけどな。
「気色悪い女だ!そんな目で俺を睨むな!」
強がっているが声が震えてるぞ?
こんな瀕死の女に怯えるなんて、情けない男だ。
あぁ…悔しいな、いいように使われて、あっさり殺される。
悔しいし、憎い。憎い…
憎い。憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い
憎い!!
最後に両目でお前を見られてよかった。
『絶対に殺してやる!』
『お前たちを根絶やしにしてやる!』
最後に抱いた感情は、何よりも薄汚れた、醜い怒りだった。
―――パァン!
乾いたその音と共に、アタシは完全に意識を失った。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
小説的文章は経験がない為読み辛い点も多いと思います。
作者の中に今尚眠る中二心を思いっきり爆発させられればと思います。
次回から本編(?)に入ろうかと思います。