神の気まぐれ
目の前には国王。
下を見下ろせば多くの民衆。
長い道のりだった...
そう、俺は魔王を倒しこの世界を救ったのだ!
「見事、魔王をその手で打ち取った功績を称え国家勲章をここに授与する。
勇者様!あなたのおかげでこの世界は救われました。」
国王が俺を称えている。
「いえ、勇者として自らの使命を果たしたまでです」
民衆の歓声が沸き起こる
「勇者様!」「ありがとう勇者様!」
俺は腰に下げている聖剣を引き抜き空高く掲げた。
さらに歓声は大きくなる
嗚呼、なんて素晴らしい世界だろう...
しょ… しょう…翔!」
鼓膜を殴られるような目覚ましが鳴る。
「あんた今何時だと思ってるの!遅刻するわよ!」
「うるっせーなー起きてるよっ!」
また退屈な一日が始まる。
年は16、男子高校生である。
これといった取り柄もなく、どこにでもいるような人間である事は自分が一番理解しているつもりだ
こんな世界いっそのこと転生してチート能力で異世界無双!
なんてことを考えたりする。
だから、また、あんな夢を見ていたのだろう...
が、異世界転生など現実に起こるはずは無い。
誰もが知っている事実だ。
こんな現実逃避をしても無意味なことはよく分かっている。
嗚呼、馬鹿馬鹿しい。
今日もインターホンが鳴る
「はーい」
母が玄関の扉を開ける
「なつきちゃん、いつも悪いねー」
「おはようございます!」
上村なつき幼馴染だ。
頭脳明晰、見た目もまあ可愛い方だな...
いつも明るくて、人の輪の中心にいる。
謂わば俺とは真逆の人間だ。
「翔!なつきちゃん来てるわよ!」
「あー、先行っといてもらって」
歯ブラシを咥えながらモゴモゴと叫ぶ
「ごめんねー、翔さっき起きたとこで、まだ準備出来てないみたいなの」
「大丈夫です!準備が終わるまで待ちます!」
「そう?悪いわねー…
翔!なつきちゃん待ってくれてるんだから、早くしなさい!」
なつきと話している時とは別人の様に声を荒らげ、俺を呼ぶ。
水に濡れた顔をよれよれの布で拭き取る。
玄関の黒く重たい鞄を手に取り、重たい扉を押す。
「翔!これだけ食べときなさい!」
そういって渡されたクリームパンを鞄に入れる。
「いってらっしゃーい」
また声色を変えて母が言った。いったい何種類の声があるのだろうか。
「翔!おはよう!寝癖すんごいよっ」
俺には眩しすぎる笑顔だ。
こういうのが人を惹きつけるのだろう。
そしてお人好しすぎる。
毎日のように俺を迎えに来ては準備が終わるまでずっと待っているのだ。
俺がやめろと言っても毎日のようにインターホンを鳴らす。
そのせいでなつきは遅刻しかけたことも何度もあった。
「お前が急かすからだろ?」
目線を外して呟く。
「私が来ないとサボるでしょ?」
馬鹿にするように顔を覗き込んでくるなつき。
「...」
まあ、否定はしない。
こいつが家の前でいつまでも待っているから行かざるを得ないのだ。
正直さぼりたい。
なつきが毎日迎えに来るようになったのは
あまりにも退屈すぎる高校生活に疲れ
俺が学校をサボりがちになったことがきっかけだった。
またなつきは俺に笑顔を向ける。
その笑顔が一々眩しい。
「おっはよう!お二人さん今日もお熱いですなー。」
後ろから皮肉たっぷりの女の声が聞こえる。
俺は背後を一瞥し前を向き直す。
「おはよう!」
なつきは振り返り笑顔で応える。
「なつきー、今日もかわいいのう~」
なつきとその女は親しげに話している。
いつもの光景だ。
こいつは占い好きでいつも何かと俺たちを実験台にしている。
正直、苦手なタイプである。
名前は...
「翔?どうしたの?」
女が訪ねてくる。
「ん?いや、別に、なんでもない...」
こいつの名前...何だっけ?
「なんか元気ないねー。そうだ!この私が元気が出るおまじないをかけてやろう!」
やはり、名前が思い出せないなぜだ?
ど忘れなんかとは違う
思い出そうとすると強制的に思考を止められてしまうような不思議な感覚だ
「は?何だよ元気が出るまじないって」
「いいから、いいから。あっ!ついでになつきも一緒にどう?」
笑みを浮かべてなつきを呼ぶ、なつきの笑顔とは別物の笑み。
「じゃあ、私もお願いしようかな」
「オッケー、じゃあ二人共ここに立って!」
促されるまま俺たちは横に並ぶ。
「よし、始めるよ!」
そう言って、女が俺達の背中に手を当てた。
『真の目録』
『選択 転生』
「はい、おしまい!」
その言葉の一文字一文字がまるで頭の中に直接語りかけられている...
そんな違和感を感じた。
それにしても...
ラストリ...何の呪文だ?
「変わったおまじないね?」
なつきが言った。
また女が笑みを浮かべる、
「うん、こないだ憶えたおまじないなんだ!
新しい未来が切り開かれる~みたいな意味だったかな?どう?元気出た?」
「うん!すっごく元気出たかも!」
なつきは、本当にお人好しだ。
こんなまじないで誰でも元気になれるんだったら
そのまじない作った人にノーベル賞を授与してやりたいくらいだ
「あっ!そろそろ行かないと遅刻するよ!」
そう言ってなつき達は歩を進めた。
俺も少し遅れて足を踏み出す。
闇
一瞬にして世界は暗闇に包まれた。視界はゼロ
声は......出ない
体が浮いたように軽い、違う、体が、
無い!?
意識だけが暗闇の中に浮いている
...何が起きた?
ここはどこだ?
死んだ...のか?
あの女のまじないのせいか?
いや、まじないで人が死ぬなんて聞いたことがない。
いったいどうなっているんだ?
声が聞こえる。
あの女の声と、謎の男の声。
「んー、失敗かな?」
「お前また、真の目録を開いたのか?あれほどやめておけと言っただろ?」
「えー、せっかく覚えたスペル使わないとか、もったいないじゃーん」
「リエル、お前のせいでこの子たちは人生をうばわれたんだ。
まだこんなにも若いのに…
いくら神であろうとそれは許されないぞ。」
「大げさだなー、転生できるんだから別にいいじゃん!」
男が大きなため息をつく
「次は無いからな、覚えておけよ」
「ほいほーい」
...ん?あの女今リエルとか呼ばれていたな。
それに神?転生?訳が分からない。
人生を奪われた...やはり死んでしまったのか?
これはもしやあれか?神の気まぐれで異世界に転生するってことか?
ってことは異世界チートで無双する的なあれか!?
そんな事が起こりうるのか?
訳が分からなくなってきた
うん、いったん落ち着け...まず、なつきはどうなった?
二人の会話からするに、おそらくなつきも俺と同じ状態だろう。
男が語りかけてくる
「すまなかったな。詫びと言っては何だがこれは俺からの贈り物だ」
ー『鑑定』を獲得しましたー
意識の中にアナウンスが鳴り響く
!!!なんだ今の声は?!!!
どーなっているんだ??
おちつけ俺、まずは一度状況を整理してみよう。
女のまじないによって
俺となつきは死んだ?そして転生される。
非現実的過ぎて実感が無いが、そういうことだろう。
そして俺はあの男から「鑑定」を授かった
「鑑定」?
そうか、やっぱりそうなんだな?
これはあれだ!この能力はきっとチート級のやつだ!
転生か...ずっと憧れてはきたが、いざ自分に起こると...
やっべー!わくわくが止まらないんですけどー!!!!
おっと、ここで興奮して取り乱してはいけないな。
そうだ!なつき、なつきも転生されるのだろうか?
もし、転生されるとしたら
なつきは何を貰ったのだろうか?
ー転生を開始しますー