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96話「飛ぶ斬撃」


 魔法を発動させて始めに起こったのは使用魔力による光だった。想定内の事なので、隣で目を見開くエーゼさんを放って置いて俺は魔法の構築を続けた。

 周囲への誤魔化しが効くように魔法陣を展開。飽くまで見た目重視なので内容は適当だ。色んな記号やら線やらが複雑に絡まった魔法陣だ。

 大魔法を使う時は今度から偽の魔法陣を演出することにしよう、と俺は決めた。なぜならそっちのほうがカッコイイから。自分のテンションが上がると魔法は発動しやすくなる。そのための一環だ。


 偽の魔法陣を作った後、その中から魔法で作った剣を出現させる。演出が一番の目的だけど、詳しい理由は先に述べた通り。俺がカッコイイと満足とするためだ。

 魔法で作られた剣を握る。俺のイメージ通りなので軽い。全く重さがない。というか実体すら無いに等しい。

 これで事前準備は完了だ。あとはこれを振るってビームを打ち出すだけ。


 エーゼさんが伝えてくれたのか、それともこの目立つ光で悟ったのか知らないけど、ドラゴン相手に時間稼ぎをしてくれていたエドさんと柳瀬さんがドラゴンから離れた。

 良かった。巻き込まない様に調整するには大変だからな。威力不足でドラゴンのHPを削り切れなかったら、そっちのほうが厄介だ。

 これで全ての工程は完了した。残りは結果をイメージし続けながら剣を振り下ろすだけだ。単純でありながら最も重要な作業。失敗は絶対にない。

 さぁ、最後の引き金を引こうじゃないか。



 光が俺の手に握られている剣に収束していく。束ねるは星の息吹……ってこれは不味い。

 光の収束と共に俺の魔力がグングンと減っていくのが視界内に見えるMPゲージで確認できた。エーゼさんが譲ってくれた高位の魔力回復ポーションで全快した魔力が、殆ど全て持っていかれている。


 目分量でざっと八割ってとこかな?転生召喚した直後に比べて何十倍も総量が増えたから正確には分からないが、これほどまでに一回の魔法で魔力を消費したのは始めてではないだろうか?

 ギルドセイバーのレインさんと話していた時に図った魔量総量はSランクを余裕で超えていた。あれから成長していないとも言えるが、同じ魔法を使った時の必要魔力が時間とともに減っていくのを確認済み。

 俺の総魔力量は絶対にSランクを超えている。そんな魔力を八割も使って発動する魔法とは……。

 これで殺せないモンスター居たら是非とも教えて欲しい。

 あ、魔王ですか。そういえば、魔王軍に関する情報って全く調べてないんだよなあ。

 これが終わったら調べ始めるとするか。慎重なのは良いことだけど、魔王よりも遥かに強くなったらこんな場所で呑気に過ごしている時間が勿体ない。

 俺はタスクは早めに終わらせる主義なのだ。早めに終わらせて後はのんびりと過ごす。つまり読書だけをしていたい。……長期休暇の宿題や量が多いものに関しては一日にやる量を決めて、日付変更と共に行って終わらす派。

 一気に行う気力もなければ最後の方になって慌てるのも嫌いだ。だから一日にするべき量を決めてやる。

 ………いやまて、話の趣旨がズレすぎていないか?俺の私生活や行動原理についてはどうだっていい。誰も求めていないのだから、自分が把握していればそれだけで十分だ。わざわざ他人と共有する必要はない。

 そもそも、これは俺の一人称視点であって、誰かが見ているわけではのだからこんな言い訳だって本来ならばする必要性もない。

 うん。ボッチこじらして異世界で憧れの生活をしているせいもあって、頭が壊れているらしい。

 もともと、壊れかけている頭が更に壊れるって……もう元の世界では生きていない頭になちゃった。

 と、いい加減現実に戻ろう。これではまるで妄想癖のある人ではないか。(ブーメラン)


 これだけの時間をかけて決定したことは、これが終わったら魔王軍についても調べ始めないといけないな、と思った事。

 その前に、この魔法を成功させてドラゴンを討伐しなければ明日というものがないのだ。

 しっかりと気合を入れて頑張りたいと思う。

 そこ、魔法は粗方イメージし終えているのだからもう少し前に気合い入れろ突っ込まない。



 などと妄想する事数秒。

 頭の中の思考速度というものは人間が図れるものではないらしい。

 もしかしたら、無意識の内に思考速度上昇とか言う、如何にも主人公が使う異世界魔法のような補助魔法を使っていたのかもしれない。

 まぁそれはどうでもいい。

 分かっていればいいのは、ドラゴン俺に注目してから僅か数秒しか経っていないことだけだ。


 魔力も注ぎ込んだ。

 これ以上は魔力枯渇によって動けなくなる。それだけは避けたい。

 戦場での動けなくなる以上の厄介事はないからな。

 魔力少なくて魔法が使えないだけなら、まだ逃げる足が動くだけマシだ。

 魔力枯渇状態なら以後けなく場合もある。

 なのでこれ以上の待機時間は無意味だ。

 サッサと終わらせよう。


 ターゲットカーソルをドラゴンにセット。これで狙いを外れることはない。

 俺はしっかりとドラゴンに目線を向ける。俺の視線を受けたのか、奴も俺を睨んだ。

 ドラゴンと視線を交わして動けなる、なんて失態はもうしない。

 だって、これから俺に倒されるモンスターの視線なんて、気にしたらダメだと思う。

 そうだ、視線ほど怖いものはない……。




「……『竜殺し 魔剣グラム』」




 魔法名と共に振り下ろした剣からビームが飛び出す。一直線にドラゴンへと向かって伸びる。

 ドラゴンはブレスを吐くつもりだったような気がしたが、それよりも早く俺のドラゴン殺しのビームが直撃。

 耳が引き裂かれそうな程の絶叫が聞こえた。

 魔法に集中していた俺には防ぐすべがない。

 耳が痛い……。


 ドラゴンの全身の約三分の一以上を飲み込んだビームはドラゴンのHPをゴリゴリ削る。

 回復させる暇も与えずに焼き焦がす。

 いや、ドラゴンを殺す概念そのものをビームに載せて飛ばしているから、ただのビームではあそこまで効果がないはずだ。

 残り四分の一あったHPゲージはどんどんと少なくなっていく。

 よし、もっと減ろ。無くなれッ!!

 あと少し。そのままゼロに………。


 ここで俺の魔力が尽きた。

 正確には魔法に込めた魔力がだ。

 ビームが細くなってやがて完全に消滅する。それまでダメージを与え続けていたようだが……た、倒せたのか…。


「お、終わった?」


 誰かが呟いた。

 それは死亡フラグだからやめて欲しい。

 と言っても、俺には言葉を発する体力がない。


 ドラゴンは数秒待っても動かない。

 目を閉じてビームを受けた体制のまま固まっている。

 あれ?本当に倒し切ったのか?


 そう考えると気が抜けて膝を地面についてしまう。

 肌をさらけ出している訳ではないから回復魔法を使い程じゃないが、少しだけ痛い。

 せめてお尻から倒れ込めば良かった…。


「大丈夫ですの!!?急いで回復魔法かポーションを…」

「だ、大丈夫です。そこまでじゃ……」

「お手柄だね。君は安静にしてると良い。残りの事は俺たちが引き受けよう」


 隣で倒れた(膝ついて起き上がる気力がないだけ)の俺を介抱してくれるエーゼさんに、笑顔で後のことは任せて、と言い放って来るエドさん。

 二人の協力者を前に俺は流されるままになっていた。


 お陰で少しだけ冷静になれた。いや、何時も冷静だけどね?

 気になった事は二つある。

 一つ、俺が倒れた(何度でも復唱するが地面に膝をついているだけである)のに近寄って来ない柳瀬さんの存在。

 視界に映る仲間のHPゲージを見たらそれなりに減っているが、瀕死状態まで追い込まれていないことは分かる。

 では何故柳瀬さんは俺には声を描けない?

 エーゼさんとエドさんが近くに居るかな?

 それはないな。柳瀬さんはこんな陽キャの中でもすいすいと入っていける真の陽キャだ。

 もしかして怪我でもして動けないのか?

 それなら一番近くに居たはずのエドさんが気づかないはずがない。

 数回の数時間レベルの付き合いだが、それだけでもあの二人がかなりのお人好しだと言う事は十分に分かる。

 そんなお人好しの人が怪我人を放っておくことはないだろう。

 柳瀬さんが怪我を隠しているならエドさんとエーゼさんが気づかないもの納得だけど………それでも疑問に思う。

 そもそも怪我を隠す必要性が分からない。

 心配されない様に…と気を使っているのかもしれないが、それなら俺も納得でお手上げだ。

 まさか、柳瀬さんの声を聞かないだけでここまで思考を割くとは思いもよらなかった。

 それだけ柳瀬さんが隣にいる生活に慣れてきた、と言うわけだ。


 そしてもう一つの気になった事。

 それは、


「ドラゴンってホントに死んだか?」


 それだ。

 俺が最後に見た時は確かに動かなかった。

 だけど、動かないだけで死んだと判断できるほど優しくない。

 死体に擬態するモンスターも存在すると本で読んだ事がある。

 知能の高いはずのドラゴンが死んだふりをして機会を伺っていたら?

 第一、モンスターが死んだ時に消えるはずのマップの赤点とHPゲージは消えていたのか?


 不味い。

 視点を視界の隅に移せばマップが見える。

 確認をしてみれば………案の定赤点は表示されているままだった。

 不味い、不味い。

 急速に身体の体温が下がっていく気がした。

 これが血の気が引く感覚か………。

 そう思っている場合じゃないっ!!



「ガァァァァァ!!!」


「まだ、動くというのか!!」

「え、エド!!如何にかしなさい!!」

「クソッ!!エーゼとツカサ君は僕の後ろに……」


 まさにそうだった。

 俺が完全に油断した状態から警戒し始める前にかたを付けようとでも思ったのだろう。

 ドラゴンは動いた。

 俺の攻撃を受ける前に吐くつもりだったブレスを今の今まで溜めていたのだろう。

 まさしく最後の悪あがきとでも言うべき信念。

 回復に体内魔力を回していればある程度回復していただろうに、それをブレス溜めの継続に使いやがった。

 それだけ俺に一泡吹かせたかったのだろうか?

 それとも本当に死ぬ直前最後の行動だったのかもしれない。

 ドラゴンの心情は分からない。


 気力を振り絞って顔を上げると、ドラゴンがブレスを吐く予備行動に入っていた。

 俺は顔を上げる以外はできない。

 魔力が回復しきっていないから、魔法障壁すらも発動できないだろう。

 発動出来たとしてもブレスを防げる強度は無理だな。

 エドさんとエーゼさんは急な危機に焦っている。

 始めは警戒していたかもしれないのだろうけど、時間と共に緩めて終いにはなくなっていた。

 討伐完了したと安心しきっていたところに、実は生きてましたと攻撃を繰り出されると誰だって驚いててんやわんやになるいだろう。

 俺だってビックリしている。

 それでもエドさんはエーゼさんと俺を守ろうと一歩前に出て剣を構えてくれる。

 身を挺した防御。

 ドラゴンのブレスにどれだけ効果があるか分からない。


 ……ここまで来たのに終わるのか?

 最後の最後で油断して呆気ない死。

 異世界の冒険者にはよくあることだ、と元の世界に居た頃から嗤っていた。

 失敗したら死ぬだけ。

 失敗しても死ぬことはなく、責任を取らされるだけの元の世界の仕事よりもこっちの方が断然楽だと何度も嗤った。

 でも、実際にその場面が訪れてしまうと「死にたくない」と思ってしまう。

 嗤っていたのに酷い掌返しだな……。

 そう思うところはある。

 それでも死ぬのは怖いことだ。

 元の世界で死んだときは、本を読んでいて殆ど分からなかった。

 気が付いたら倒れていて、気が遠くなっていく感覚だったからさ。

 それに、死んだら異世界に転生できるかもしれないと信じていた節がある。

 しかし、今回はどうだ?

 ドラゴンブレスを目の前に自分は動けないでそれを見ている。

 死を意識しているのだ。

 元の世界では異世界召喚を信じていたが、一度異世界召喚に遭ってその世界で死ぬとどうなるか分からない。

 小説でも転生したら主人公が死ぬわけない。

 中には何度も死ぬ系も存在しているが、最初の死というものは主人王にとっても耐え難い経験として書かれている。

 つまり、俺は俺と言う存在が消えてしまうかもしれない事が怖いのだ。

 何を今更……そんなもの元の世界から持っていろよ、と言われても仕方がないのは分かる。

 俺だって自覚してから自分が馬鹿みたいに思っているんだから。


 でも、だからといって諦める訳にはいかない。

 まだ沢山の本を読みたいし、この魔法だってもっと使いこなしてみたい。

 せっかく転生した異世界なんだから、魔法に頼ったスローライフを送ってもみたい。

 まだ二度目の人生を楽しんでいない。

 それに、柳瀬さんを元の世界に帰すと言う自分勝手な願いも達成していない。

 何かないか?頭を回転させる。

 が、魔力がないと何もできない俺に出来る事は何もない。

 せめて立ち上がれたら、走って逃げるのになぁ。



 長い思考を経て辿り着いた結果は流れるままに身を任せる、と言うものだった。

 どう足掻いたって俺には何も出来やしないのだ。

 ならば潔く諦めるのが一番いい。

 ん?さっき諦めずに足掻くって言ったばかり?

 足掻いてでも無駄なら、潔く諦める。

 道があるならそうするけど、何処にも続いてないのに歩く意味はない。

 ならば諦めて今を楽しくすればいい。

 今といっても数秒足らずで終わる時間かもしれないけど………。


 死ぬ直前というものは現実がゆっくりに感じてしまう。

 死ぬ直前でなくても思考がフル回転していると認識が遅く感じてしまうあれだ。

 簡単に言い直すと、楽しい時や集中している時の一時間と、嫌な時やバイト早く終わらないかな~と暇な時の十分と同じこと。

 それが今起こているわけだ。

 そのゆっくりとした時間の中でドラゴンが口を開いた。

 見るからに灼熱の炎が吐き出される。

 渾身のブレスだろう。感じ取れる魔力も凄まじい。


 ブレスが俺たちを焼き殺さんと迫って来る。

 心なしか、急激に熱くなってきた。ブレスによって周囲の温度が上昇したのだろう。

 エドさんが苦しい表情をしながら剣を構えてブレスに立ちふさがる。

 そんなエドさんをエーゼさんが見つめていた。泣きそうな顔で、それでも少しでも生き残る可能性を掛けて詠唱を繋いでいる。

 ブレスはもう目前だ。間に合うわけがない。


 後悔はある。

 でも、後腐れはない気もする。

 まだ沢山本を読みたい気持ちは変わらないが、それは生きてることが前提条件。

 死にたくはないけど、死が目の前にあってどうにもならないならそれでいいじゃないか。

 常人とは変わった感性を持つ俺は、ここでも可笑しな感覚で向き合うことしか出来なかった。

 涙なんか流れる訳がない………。



 ブレスが近づいてくる。

 目分量で見積もって二十メートルもない。

 俺たちを焼き殺さんとするブレスによる熱気が直に伝わってきている。

 やっぱり熱いんだろうか?それとも一瞬で感覚は壊れてしまうのだろうか?

 目を瞑った方が楽かな?と死を意識していながらもズレた感覚を作動させている時だった。


「させないッ!!」


 誰かがエドさんの前方、つまるところブレスの目の前に飛び出して来た。

 茶髪に近い赤毛を揺らした小さな剣士。

 言わずとも分かる。俺の転生召喚に巻き込まれてこの世界に来てしまった被害者。

 柳瀬さんだった。


 どうして?と思うよりも先に事態は動いた。

 柳瀬さんは俺たちの前に飛び出すと、鞘に納めていた剣を振り抜いた。

 通常なら何も起こらないはずの行動。しかし、柳瀬さんは俺の予想を遙かに上回った。

 振り抜いた剣先から斬撃が飛び出す。

 『飛ぶ斬撃』元の世界でも漫画やゲーム、小説、アニメと言った創作の類にみられる剣士の業。

 それを柳瀬さんはやってのけたのだ。


 飛ぶ斬撃はブレスを切り、ドラゴンの喉元をザックりと切り裂いた。

 ドラゴンの絶叫が響き渡る。

 既に満身創痍だったのだろう。残り僅かだったHPゲージはあっけなく無くなり、HPゲージとマップの赤点は消え去る。



 これでドラゴン討伐は完遂。

 怒涛の最後だけに、辺りは静まり返る。

 エドさんとエーゼさんは目を見開いて声を出せない状態だった。

 俺も同じだ。まさか柳瀬さんが最後の最後で持って行ってくれるとは思わなかったからな。


 俺たちとは裏腹に、街の防壁付近に退避して戦闘を眺めていた冒険者たちの歓声が聞こえる。

 負けイベントかと思われたドラゴン討伐のその場を目撃したからだろう。

 誰だって興奮するに決まっている。

 俺だって向こう側の人間だったら、多少なりとも興奮して燃えただろう。

 が、俺はこちら側の人間。成果を叩き出した側の人間だ。

 普通なら喜ぶ所なんだろうが、俺には全くその気は起きなかった。

 というか、まだ柳瀬さんの攻撃が目を離れてくれない。


 嬉しいさ2割、ほっとした感情7割、疲労感1割でボケっと見ていた俺に、柳瀬さんは振り返って微笑んだ。

 それを見てようやく、終わったんだな……と思う事が出来た。


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