91話「誰にとっては…」
まさか1万文字も超えるとは思いませんでした……。話的に分けたく無かったのでそのままどうぞ。
これは後から柳瀬さんから聞いた話を、俺が所々想像しながら書いた内容である事を先に記す。
時間は俺と柳瀬さんが2人で戦っている最中まで巻き戻る。
街がドラゴンの襲撃を受けている。そう聞いたのは人懐っこい相棒のオングだった。
「なぁイリ。聞いたかよ!!」
「??何が?」
首を傾げて聞き返すと、オングは物凄く興奮した様子で答えてくれた。
あ、これは面倒ごとの予感だ。そうイリが思ってしまったのも、長い間…冒険者どことろか幼馴染としての付き合いから予想出来たこと。
幼馴染のオング曰く、現在この街は超厳戒態勢でパニックに陥っているらしい。なんでも、普通の冒険者には挑戦権すら無いような化け物モンスター『ドラゴン』が街を襲撃中だと。
ほら、面倒事だ。さらにオングはイリの表情を無視して続ける。
「でさ、その増援に行こうぜ!!」
「……は?」
「いや、だからさ。増援だよ増援。冒険者ギルドだけでなく、街の領主様からも援軍要請が発令しているんだよ!!」
ドラゴンとの戦闘に向かおうぜ!!この言葉にイリが一瞬惚けてしまったのも無理がないだろう。
誰が好き好んで化け物クラスのモンスターとの戦闘に参加しなければならないのだ!!
しかし、こうなったオングが止まらない事もイリは知っている。
オングに引きずられるようにして街の東門前に向かう。そこで現在第二陣までが出撃し、たった二人を除いて全滅していることを知った。
全滅。戦争的意味ではなく、文字通りの全滅。それなのに、たった二人で挑んでドラゴンを食い止めているのは誰?
イリの疑問に答えたのは又してもオングだった。幼馴染なのに正反対な彼は、イリと違ってコミュニケーション力が高い。直ぐにその辺の冒険者には聞き出して、イリにも情報を分け与えてくれる。
「今ドラゴンと戦っているのは、あのツカサとホノカならしいぞ!!」
「ツカサとホノカ………納得」
「あぁ、流石だよなぁ」
「初対面の時、雰囲気が違った」
「俺とイリなんか直ぐに追い越しやがって……よっしゃー!!!この戦いで俺も上に上がれる様に活躍するぜ!!」
「オング、突っ込み過ぎないように注意」
「分かってるって!!」
この時の私はまだ楽観視していた。
ツカサとホノカ。数回だけ一緒に依頼を受けたことのあるコンビ。その名前が出てきて、2人がドラゴンとやり合っていると知り、それが一番の楽観視の原因となったのだろう。
あの二人はどこか他の人とは違った雰囲気を持つ。言葉遣いや動作も一般人とは思えないし、手先や髪の毛も綺麗だ。
あれは生まれからして違う。そう思わせる人達だった。最近も何度か耳にする事件を起こしていたし、Bランクになっても順調に依頼をこなしているときた。
ならば私達も戦えるのではないか?そんな思いがこみ上げてきて、最終的なゴーサインを出してしまった。
この時が間違いだったとは知らずに……。
安心感など得ずに、不安を抱えたままオングを拘束してでも引き返すべきだったのだ。オングは文句を言うだろうが、それくらいなら私はいくらでも聞いてやった。
でも、もう遅い。
後方支援が得意なイリだが、効果範囲はたかが知れている。なので、魔法使いや弓兵よりも遠く離れず、それでいて前衛職のようには前に出過ぎない。
それがイリの立ち位置だった。普通の戦闘ならそれ程距離が空いていないだめ、後衛職と同じ位置でも十分に手持ちの魔道具の効果範囲だが、今回は広範囲に渡る戦闘が余儀なくされるのは事前から分かっていた。
正直って、後方支援のイリが前衛職よりも遠いが後衛職より前に出るのは危険すぎる。しかし、それでもイリは前に出る事をあきらめなかった。
それは、幼馴染のオングを出来るだけ近くで支援したいからなのか、それとも後方で満足に働けない事に不満だったのかは、イリ自身にしか分からない。
しかし、直ぐに助けに入れない距離にイリを置いていく事をオングは嫌った。でも。オングは前衛で思いっきり活躍したい。でもそうなるとイリが無防備で居ることになる。どうしたものか……。そうやってオングが得意ではない頭を使って考えた結果……。
「うふふ。任せて頂戴。私もちょうど前に出たいと思っていた所なのよぉ」
「あ、その辺にしてくださいライカさん。イリちゃんが怖がってますよ」
「べ、別に怖がってません……」
イリの隣には二人の女冒険者が居た。二人共イリと面識がある者だ。
ツカサとホノカと初めて会った依頼の、もう一組のパーティー『鉄壁』の後衛職のライカとクッチである。
オングが考えた結果「俺が守れないなら、守ってくれる者を探せば良いじゃねか!!」と言うものだった。そして探した結果、偶々この街に戻って来ており第三陣の出撃メンバーとして準備を整えていた彼らを見つけた。
時折、護衛依頼を受けて合同になる事が多かったので、簡単にオングのお願いを聞き入れた『鉄壁』のみなさん。後衛職の2人がイリの近くに居て守ると同時に、他の後衛職よりも近い場所でドラゴンへの攻撃を出来ることになる。
臆病な事が多く、後ろに下がっている場合が殆どな後衛職にしては珍しく好戦的だ。
「あらあら、怖がる姿も可愛いわね。それよりも、パートナーの危機に自分の危険を顧みずに前に出る貴女の気持ちのほうが、もっと可愛いかしら」
「………ッ!!そんなんじゃない!!」
ライカの言葉にふるふると首を振るイリ。見事に分かりやすい反応である。
クッチはオロオロとしつつも、楽しそうに笑っている。彼女も女の子。恋バナは好物だった。
『皆さん!!!第三陣の出撃命令が下りましたよ~~!!』
と、ギルド職員の声が響き渡る。いよいよ門が開かれてドラゴンと対峙することになる。
大丈夫。いつも通り引き際を間違えなければ大丈夫。
そうやって、自分に言い聞かせて気持ちを落ち着かせる。と、前の人にならって進行を開始した。
門の外に出ると、地形が滅茶苦茶だった。
地面は抉れ原型をとどめていない。整備するのが大変そうだ……。と一冒険者として領主様に同情すると、気持ちを入れ替える。
ここはすでに戦場。ドラゴンが襲ってきてもおかしくない場所だ。
遠目に二つの人影がドラゴンと戦っているのが分かる。
前衛職と後衛職、そのどちらにも入らない私でも分かるくらい高度な戦闘だった。すれすれで避けて、普通なら意味をなさないだろう魔法障壁で攻撃を受け止める。相方が攻撃して注意を逸らして、もう一方が攻撃の隙を伺う。
理屈としては簡単な戦闘。でもそれをドラゴン相手にも出来るのは一流の冒険者だけだ。
ツカサとホノカは既に一流に相対するんだろうな……。オングがやる気を出すのも頷ける。誰だって同期には置いて行かれたくない。
「さぁ、やるわよ」
「はい!!」
「ん」
「とりあえず、イリヤちゃんの魔道具の効果範囲が前衛組に影響する場所まで出来るだけ近づいて、各々攻撃や支援を開始するってことでいいかしら?」
「私はライカさんの意見でいいと思います。イリヤちゃんはどうですか?」
「問題ない。魔道具の効果範囲と言っても、後衛から少しだけ前に出たら範囲内に入るはずだから……」
私に親密になって考えてくれるライカとクッチはいい人だ。ライカの場合は少しだけお節介な部分もあるが、それでも私を身長通りに見ないでCランク冒険者として扱ってくれる。
他の冒険者だと、私のこの低身長を見て直ぐに「お子様は帰りな」とか「イリヤちゃんは子供だから…」とか言って、煽ってきたり依頼を受けさせてくれなかったりとする。いくら私が小さいからと言って、14歳に対する態度じゃない。
その点、オングには感謝をしている。オングがなりたいからと言って無理やり突き合わされてなった冒険者だけど、非力な私でもちゃんと役には立っている。依頼を受けたりするのはオングに任せているけど……。
いつか大きくなって、オングに頼られる存在になるんだ!!………コミュニケーションはオングの方がすごいけど。
前衛職の後を追って前に出る。
いつの間にかツカサとホノカは攻撃を止めて、三陣と交代するように後ろに下がって行った。
チラッと目にした感じだと、埃や土を被って汚くはなっていたが、特に傷と言う傷は見当たらない。あのドラゴン相手に大怪我をしてないのは、素直に驚く。
一方で三陣の前衛職たち。彼らはドラゴンに特攻していた。ドラゴンの鱗は生物最高度の防御力を誇ると伝わるに相応しく、誰の攻撃を受けても動じていなかった。
大抵の攻撃は弾かれて終わり。だけど、偶に攻撃の通じる者がいた。イリの記憶が正しいなら、全員Bランク以上の冒険者だった。なるほど、一定上の力を持つ者なら攻撃が通ると……それでもかすり傷程度。
ドラゴンが持つ強大な生命エネルギーとも言える魔力で既に止血し始めているけど、傷跡は大きく残って見える。あれだけ大きな傷を残せるなんて……。
ツカサとホノカは一体何者!!?
と、イリも驚いてばかりではいられない。己のやるべきことをやる。そのためにここにいるのだ。
イリは自身の『収納スキル』にしまってある魔道具を取り出していく。普段はあまり人に見せないようにしているのだが、ライカとクッチなら問題ない。彼女達なら信用できる。
「あら、収納スキル持ち……やだわ。欲しくなってきちゃった!!」
「はぁ、詠唱に集中してくださいよ。こんな距離だから、ライカさんの魔法障壁が頼りなんですからね」
「分かってるわよぉ~」
イリの思惑通り、二人はイリの収納スキルに驚きながらも己の出来る事を怠らない。
ライカは直ぐに魔法の詠唱に入り、ライカは背負ていた弓に矢を紡いて狙いを定める。二人共見事な手際だ。
イリの当然負けていられない。収納スキルの中にしまっていた魔法具を次々と取り出してく。
イリはこれまで幸運な人生だったと言えるだろう。
それは、レアスキルである収納スキルを持って生まれた事。それをオング以外の誰にも知られずに成長した事。オングが冒険者に誘ってくれたお陰でバレる前に村から出れた事(バレてしまえば村の為に働かされただろう)。持ってるだけで役に立つ収納スキルでオングの荷物を持って冒険職の役に立ったこ事。これではだめだと思い、非力な自分でもオングの役に立つ様にと勉強した道具師が自分の適正だった事。
イリは幸運に恵まれていた。どれか一つでも起こっていなかったのなら、イリはこの場には居なかったであろう。
その幸運もただの幸運とは思わせない。努力して尚且つつかみ取った運なのだとドラゴンに知らしめる為にここに来た!!
稼いだお金を使って買い込んでいた魔法具を取り出す。高価な物や普通の道具屋でも売ってそうなものまで。
イリは戦場を見極めて、その場その場に適確な道具を使う道具師だ。だから、先ずは魔法適正を持っていなくても魔力さえ注ぎ込めば魔法障壁を張る事が出来る魔法具を地面に設置する。これは微弱な魔力でも発動可能なタイプだ。イリの持っている魔法具の中でも、群を抜いて高価な部類にはいる。
その次は辺りに『怒りの粉』を撒く。同時に緩やかな風を発生させる魔法具を使って広範囲に散らばさせる。
それを見ていたクッチがイリに質問した。目は当然ドラゴンを向いている。
「それって直接飲まないと効果ないんじゃないかな?」
「それは違う。一般的な物はそうだけど、これは空気に紛れて呼吸と同時に入っても効果のある物」
「へ~そんな物もあるんだ」
「それなりに値段するからあまり使わない。……でも、ここは使うべきところ!!!
アイテムに対する説明だからか、イリの口調はいつも以上に滑らかだ。
私も負けてられないなぁ…とクッチは狙いを付けて弦を引きしぼった。
初めは順調だったとも言えるだろう。
攻撃は殆ど入らないにしても、幸い死者が出る程の被害は受けていない。
普通の戦闘なら攻撃力が足りずに倒し切る事が出来ない時点で、振り過ぎる状況だと言える。それは、失敗に限りなく近い。
しかし、この状況では失敗ではなく成功していると言っても間違いではない。
相手は最強生物のドラゴンであり、この場はSランク冒険者の到着を待つ防衛戦。死者が出ずに食い止めていられるもの、成功と言っても間違いじゃない。
「ふ~。これだけやってもかすり傷程度しかダメージを与えられないなんて……ムカつくわねぇ!!」
「し、仕方ないですよ。相手はあのドラゴン。倒しただけでも英雄レベル。それを複数のパーティーと言えども抑えられているんですから」
「それでもよぉ~。ドラゴンはツカサとホノカのお陰で弱っているんだから、余計に嫉妬するのぉ」
「抑え抑えてください!!怒りを攻撃に変換するのも大切ですけど、魔力切れを起こしますよ」
確かにそうだ。とライカとクッチの会話を聞きながらイリは考える。
あれから一時間くらいだろうか?こちらの被害は酷い者で骨折程度。即座に前線から下げられて後方で回復魔法を受けている。
攻撃が全く通じないは相変わらずだけど、ドラゴン相手にここまで引き下がれているのは悪い結果じゃない。
たった二人で相手取るどころか、攻撃すら出来るあの二人が異常なのだ。一体いつの間にこんなにも強くなったのだろう?数か月前でもそれなりに出来る者達だと思っていたけど……。
でも、おかしいと思うことはある。ツカサとホノカがダメージを与えていたからと言っても、それは全体から見たら少ないはず。少なくても、イリが二人の戦闘を見た感じだと、ドラゴンは今よりも活発に動いていた……。
…………ハッ!!もしかしてッ!!
とイリがある可能性に付いて思い至った時だった。
ドラゴンと言う悪意そのものが牙をむいたのは。
「GAAAAAAA!!!!」
とんでもない大きさの咆哮が周囲に響き渡る。とっさのにで耳を塞いでも、頭がガンガンと痛く揺さぶられている。
近くにいたライカとクッチもイリと同じく耳を塞いで耐えている。苦しそうな表情を浮辺ているもの同じだ。
長きに渡る咆哮も終わりを迎えた。同時に、私達の幸運は終わりを迎えた。
「あ、あれ……」
「なんなのよ……」
いち早く回復したライカとクッチ。前の方を指差して固まっている。声までもが何時も通りとは違った。
私も未だに脳が揺さぶられている頭に鞭をふるって前を向いた。そこで、これまで考えがどれ程甘かったかを知ることになる。
ドラゴンは咆哮によって行動不能にした前衛職の冒険者達を尻尾で薙ぎ払う、身体で押し潰す、牙で串刺しにする、などの様々の方法で殺していた。
先ほどまでの行動とは根本からして違う。本気…ではないのだろうが、それでも一冒険者を簡単に殺すことが可能な動きだ。どれも的確に冒険者を狙い、誰も回避出来ない。ギリギリの所で防御に間に合っている者も、その図体から繰り出される圧倒的な攻撃に押しつぶされる。
誰もが圧死し、焼け死に、刺し殺される。ドラゴンと言う名の恐怖による圧倒的な殺戮がそこにはあった。
今の冒険者生活で死というものを見たことはあった。でも、これ程残虐なものではなかっただろうし、それ程死に近づくことはなかった。なぜなら、難易度を見極めていたから……。
アレには近寄ってはダメな部類だった。こんな場所になんか行かずに、真っ先に街から逃げ出しているべきだった。
そう思わせるほどの圧倒的な蹂躙。既に統制などなく、前衛に居る者は我先にと逃げ出そうとしている。
「有り得ない有り得ない!!」
「……だ、ダメです…。私たちはもう…」
「あんた!!それを今更言うの!!あそこにはエスタとシジュマが居るのよ!!」
「で、でも……逃げないと…」
「それが生き残るには正しい判断かもね!!でも、仲間を見捨てて逃げる気!!私はそんことしないわよ!!『吹き荒れろ!!!我が魔力をくれてやるッ!!ファイヤーランス!!!』ほら、喰らいなさイッ」
ライカとクッチが喧嘩している。こんな状況下だから仕方ない内容とも言える。
しかし、イリの耳に入って居なかった。
「あ……お、オング……いや、嫌ッ!!」
考えるのは前線に出ているパートナーでもある幼馴染のこと。
生きてる?それとももう死んでる?
嫌、嫌だよ……。オングは何時でも私を守ってくれて……。
逃げてる。ドラゴンの討伐なんて馬鹿な事は考え直して、逃げてるよね……。
た、確かめに行かなくちゃッ!!
ここでのイリの幸運は、オングの姿を求めて前を向いていたことであろう。
クッチが臆病風に吹かれて逃げようと言い出すことに、怒り狂うライカが感情のままにドラゴンに向かって放った『ファイヤーランス』
それは不幸にもドラゴンに命中した。命中してしまったのだ。
ライカはCランク冒険者。それでも全力を尽くせば一時的にBランクの威力へと昇華することも可能だった。
幸運か不幸か、そのファイヤーランスはBランク級の威力を発揮した。それがドラゴンに当たった。無論、Bランク程度ではドラゴンの強靭な鱗にはかすり傷程度しか効果がない。しかし、それでも気に障る程度の威力は持つ。
ライカの攻撃によって近くにいた前衛職の冒険者いたぶるのをやめ、中距離にポツンと存在する三人の女冒険者の姿が目に入った。
そして、口に魔力を溜めてブレスを放った……。
こちらに向かって放たれるブレス。咄嗟の事で動けないライカとクッチに反して、イリは地面に設置した魔法障壁を張る魔法具に魔力を注ぎ込む。
刹那、ブレスと魔法障壁がぶつかった。が、一瞬にして壊される。
イリの魔力はBランク。Bランク相当の魔法障壁が出現した事になるが、ドラゴンのブレスの前にはただの紙にしか見えない。
過剰攻撃を受けて魔法具が壊れる。それでもまだイリは諦めない。最後の頼みの綱として身に着けている魔法具に魔力を注ぎ込む。
あの壊れた魔法具が設置して範囲的に魔法障壁を展開する物だとすれば、イリが最後の手段として今発動させたのは、身体に密着するタイプの物。自分一人しか守れないが効果は絶大。貴族が緊急時に備えて常に身に付けているタイプの物だ。
ブレスが着弾し、辺りが焼け焦げる。
最後の手段を使ったのにも関わらず、全身が熱くて痛い。やけどを負って全魔力を使ってせいで身体に力が入らない。
それでもイリは生き残った。
まだ、まだ死ねない。オングを見つけて一緒に帰らなきゃ……。
その一心でイリは動く。痛みを無視して前に進む。
が、それでも運命とは理不尽な物である。
ドラゴンはイリの生存を目にすると目の前まで飛んで来た。ドラゴンの飛行速度は物凄く速い。元の世界で例えるなら、飛行機の速度は軽く超えているだろう。
そもそも一キロも離れていない距離だ。ほんの数秒でたどり着く。
ドラゴンが目の前に居る。それだけで並大抵の人間には余りのプレッシャーに身体が動かなくなるだろう。
先まで一冒険者が動けていたのは、ドラゴンがプレッシャーを出さずにのほほんと動いていたからだ。咆哮を行い、雰囲気を切り替える事でプレッシャーを相手に与え続ける。これが普段からモンスターと接近して戦う前衛職ならば少しは動けただろうが、後衛職よりのイリは違う。モンスターと接近することなどまずないし、ましてやそれがドラゴンで負傷している状況だと尚更分が悪い。
目の前に本物のドラゴン。普通の冒険者なら対峙しただけで殺される存在。それが目の前に居た。
殺されるっ!!早く逃げなきゃ!!
そう思うのに……どうして私の体は動かないの!!?
イリの脳は逃げろ!!!と身体に緊急信号を送るが、本能が負けを認めて身体が動かない。
圧倒的強者を目の前にして、イリの反応は正しいものだ。本能が諦めてしまえば抗いようのない事。……それでも抗い続ける者だけが一部の強者として名を残すのだが、イリはそこまでの人物ではなかった。
ガクガクと震えて死を待つだけのイリ。そして、ドラゴンの腕が振り下ろされて……。
「イリィィィ!!!」
温かいものに包まれる。これは何?
ううん。私はこれを知っている。何時でも傍に居てくれた幼馴染だ!!!
ドラゴンの腕に潰されはずだったイリを救ったのは前線に居はずのオングだった。ドラゴンの腕がイリに触れる寸前、走りタックルの方法でイリを抱きかかえ攻撃範囲から抜け出す。地面に転ぶ時もイリのクッションになる様に自分が下だ。オング………。
オングは無事だった。それどころか自分を助けてくれた。その事実だけでイリの心は歓喜に浸る。安心が流れていき涙がぽろぽろと零れていく。
イリはぐしゃぐしゃになりながらもオングに問いかける。どうして?と。
「オング……どうして……?」
「そりゃあ、イリが死にそうだったからな」
「ち、違う。だってオングはあそこで……」
イリの言いたい事は、オングは前線でドラゴンの攻撃を受けて死んだ、もしくは怪我を負っていたのではないか?ということだ。無論、これはイリの想像の範囲なのでオングには「イリってそう思っていたのか…」と珍しく内心を悟る。
オングは苦笑いしながら罰悪そうにイリに言った。
「それがさ……前に出たの良いけど、予想以上にドラゴンが怖くてさ。イリに啖呵きったからには逃げれないのは分かっているんだけど、どうしても攻撃を仕掛ける程近くには寄れなかったんだよ」
「……ぷっ、ふふふ。考えなしにいうから」
「あぁ…それについてはホントに申し訳ない!!」
頭を下げるオング。彼の美点は素直な所だった。感情的に行動する場面も多いが、悪いと思ったら素直に謝る所だ。
そんなオングだからこそ、村でも孤立気味だったイリに声をかけて一緒にいる事が出来た。
だからこそオングは生き残った。前衛から離れてない場所に居るが、ドラゴンに攻撃を与える事は出来なかった。
その微妙な距離間がオングを生き残らせたのである。オングにとっては許し難い現実だったはずだ。
臆病風に吹かれて震えていた結果、一瞬前に隣にいた人が死んで自分は生き残ったのだ。さらにドラゴンが次に狙ったのは幼馴染であるイリ。
震えている暇など無かった。人生の中で一番を込めて走る。足が痛い?限界?そんなものどうでもいいッ!!
そうして間に合った。ギリギリのところでオングは最愛の幼馴染を失わずに済んだ。いや……まだ終わっていない。
イリに止めを刺すつもりで腕を振るったドラゴンだったが、オングに吹き飛ばされたイリを見失っていた。
ドラゴンは魔力感知を持つと言えど、この場はツカサとホノカの圧倒的な魔力によって細かい索敵が困難になっている。
自分のせいで起った土煙のせいで視界は悪く、ドラゴン目線から人間を見付けるのはさらに困難。そのせいで数秒キョロキョロと辺りを見渡していた。
だが、土煙が晴れるとドラゴンは直ぐにイリとオングを見つけて狙いを定める。
「イリ、お前は逃げろ!!!ここは俺が食い止めるからさ!」
「え?…い、嫌ッ!!一緒に逃げよう!!」
「ダメだ!!このままだと一緒には逃げ切れないんだよ!!だから、俺が時間を稼ぐからさ!!ツカサとホノカを連れて来てくれ!!」
「で、でも……」
「イリなら分かるだろ!!」
一周回って冷静になっているオングが、オングと一緒に逃げたいと我儘を言うイリに怒鳴る。
どちらの言い分も正しいことだった。二人して逃げることなど不可能で、ここでオングがドラゴン相手に時間稼ぎをしなければならないことを冷静に考えて判断するオング。それを頭の中で分かっていながらも冷静になれずにオングと一緒に居たいイリ。
どちらが正しいもありもしない。これは答えの無い哲学的な質問でもある。
「分かる……分かるけど、それでも嫌ッ!!」
「嫌って言ったって……危ねぇ!!」
嫌がるイリを突き飛ばすオング。別にイリに嫌気がさしたとかでは無い。
ドラゴンの攻撃が再び襲って来たからだ。イリを突き飛ばして己の剣でドラゴンの攻撃を防ぐオングはイリに向かって叫んだ。
「オング!!」
「良いから早く行けよッ!!」
「……ッ!」
「大丈夫だって。イリがツカサとホノカを連れて来るまで生き残って……」
「…………え?」
目の前の光景にイリは目を大きく開いて呆けるしかなかった。
あれ?どうして生暖かい液体が顔にかかっているんだろう?ねぇ、答えてオング。
「お、オング?」
「………」
「…ねぇ」
イリの声は届かない。
なぜなら、オングは既に死んでいた……。
さっきまでは会話していたのに。元気そうに笑っていたのに。
悲しそうに名前を呟く幼馴染に返答する声は一生返って来ない。
オングは一度はドラゴンの攻撃を防いでいた。しかし、ドラゴンが本気を出していなかっただけであり、本気を出した攻撃に呆気なく殺された。
一瞬の事でオングは痛みすら無かったであろう。残ったのは胴体よりも下の部分だけ。そこから上の遺体は肉片となりその辺に散らばっている。
………イリもオングの血肉が付いていた……。
目の前で一瞬のうちに失った幼馴染にイリの精神は限界だった。
身体の震えが止まらない。動かないといけないのに、頭ではオングとの記憶だけが流れている。
走馬灯と言うやつだろうか?現にドラゴンが三再び腕を振るっている姿が視界に映し出されている。それでもイリは動けない。
そして、イリもオングのように…………
「…うぁ…へ?」
潰されて死ぬ事は無かった。
何故?何が起こったの?イリの頭の中は、死から急激に遠ざかっていた変化について行けれていない。
混乱するイリを置いておいて、ドラゴンの腕が切り裂かれる。イリが見たこともない速度で、深く深く深く傷を着けていく。
「間に合わなくてごめんなさい。……でも、貴女は死なせない!!!!」
遅すぎた救い。
それは後方で回復に勤めていたはずのホノカだった。
次回はツカサ視点に戻ります。




