88話「奇妙な感覚」
新年あけましておめでとうございます。早くも一年が経ちました。今年もよろしくお願いします。
新年早々ですが、何時も通り更新をしていきます。
軽い気持を作って出撃したドラゴンの撃退戦。
だが、門をくぐって街の外に出ると、そこは地獄だった。
「……酷い」
「………」
軽い地獄。そんな言葉がお似合いだと思うのは、この世界では比較的日常茶飯事なモンスターに全滅させられる、魔王軍との戦線を見たことがないからだろう。
所々地面が欠け焦げ、人間だった物がそこら中に散らかっている。
血の臭いが充満していて、その臭いだけでも吐き気がこみ上げてくる。
呆然と死の現場に体を硬直していた俺。そんな俺が我に返ったのは、目の前に巨大な魔力に反応したからだった。
死ぬ!!?
殺気を感じ取り、考えることもなく俺は行動を起こす。
魔力を練り上げ、イメージするのは最強の盾。長々とイメージしていたら間に合わない。盾ッと思った瞬間には魔力を放出して魔法を構築させた。
「『魔法障壁』ッ!!」
俺がトリガーを引くと同時に前方から赤い閃光が飛んできた。その閃光は俺が張った魔法障壁にぶつかると、激しく空気を振動させる。
「ドラゴンブレス……」
誰かが呟いた言葉は、先程の正体不明の攻撃の正体を正確に表していた。
ドラゴンブレス。この世界のドラゴンを知らない俺でも知っている単語。ドラゴンが使うブレスで代名詞とも言える攻撃方法だ。
防ぐには上級の魔法使いが万全の状態で集中しなければならない、最強の攻撃。
そんな攻撃が俺たちに向かって初っ端から放たれた。
「嘘だろ……」
「やっぱりドラゴンなのかよ」
不安が周りに伝染していく。楽観視していた冒険者たちも現実を見始める。
同時に、耳を潰す様な咆哮が襲う。目の前に視線を向けると、奴がいた。
たった一撃。その一撃で何十人と居る冒険者の士気を奪った。
それがドラゴン。この世で最も強い生物。
勝てるのか?こんな場所に出向かなければ良かったッ!!
広がる嘆きの声。しかし、反対の声も出始める。
「で、でも!!ドラゴンブレスを防いでくれた人がいるわ!!」
「こいつだ!!」
「あのチビって、確か最近Bランク冒険者に上がった奴じゃないか」
「確か名前はツカサだ!!」
誰かが俺の魔法障壁を見ていたらしい。いや、後ろの方に居たけど、あんな規格外の攻撃を防いでおいて、誰かが防いだと気づかないわけがない。
運よく(かは分からないが)俺の近くにいた魔法使い風の女の子が俺を指差して叫ぶ。すると、またしても近くに居る冒険者が俺を指さして叫ぶと、俺の事を知ってる奴が反応しだした。
緊急事態だから仕方ないけどさ、あんまり目立ちたくないんだよなぁ。
あと、チビって言った奴出てこい。分からせてやる。
段々と絶望が消えていく。最近一番力を付けていると言われている俺がこの場にいて、つい先ほど不意打ちのドラゴンブレスから身を守ってくれた。ならば、もしかしたら勝てるのではないだろうか?勝てないにしても、時間を稼ぐことくらいは……。と場の士気が戻っていく。
しかし、まだ一歩足りない。
俺が守った事で防御に関する安心感は得た。基本的に動かない魔法使い職ならそれでもいいが、前線に出て実際にドラゴンと向き合う前衛職は?
その勇気が足りない。
ヤバいどうしよう。メリーさんは俺に「好きに動いたら良いです!!」とか言ったけど、この状況でそれはに無理がある。
いつも通り動いても、魔法使いは何とか体制を整えられる可能性があるが、前衛職はどうだ?俺は魔法使いだから後ろからポンポンと魔法を放つしか攻撃方法がない。前衛職の士気が上がらないッ!!!!?
俺がそう悩んでいる時だった。俺たちが全く動かないのを見かねたドラゴンが次の行動に入ったのは。
ゲームの様にターン制ではなく、ドラゴンだって生物だからこちらが動くまで待ってくれるわけがない。
ブレス……ではなく、簡易的な火球を口から放つドラゴン。一個一個の威力が中級魔法を超えている。それが数十個単位で放たれる。
俺がもう一度魔法障壁を張ろうとして……。
「やらせないッ!!やあああぁぁぁ!!!」
一つの影が動いた。固まっている前衛職の冒険者……ではない。
この声、あの目で終えるギリギリのスピード。
降ってくる火球に向かっているのは、紛れもない柳瀬さんだった。
声を上げて全力のスピードで火球向かって飛び上がる。空中で中級以上の威力を持つ火の玉を切り裂き、そのままドラゴンの口元を切り裂いた。
硬い鱗を持ったドラゴンの防御力を貫いてだ。
俺もただ茫然と見ていただけではない。
魔法障壁を張れば済むところを、火球一個一個にダーゲットカーソルを合わせて『ウォーターボール』を放つ。
火には水をぶつける。タイプや属性相性で当たり前な理論にの取って、中級以上の威力を持つ火球を一個一個レジストしていく。
士気を高めるためのパフォーマンスである。通常なら難しい事を遣って退け、それができるほど強い人材がこちらに居る事を冒険者に知らせる。
するとどうだろうか。あれ程に縮こまっていた冒険者たちはみるみるうちに士気を高めていくではないか。
「よっしゃー!あのチビ女剣士に続け!!!」
「俺たちも負けてないぜ!!」
「一人に任せてられるか!!私たちも呪文の詠唱準備よ!!」
「ヒャッハー!!!ドラゴンがなんぼのもんじゃい!!」
などと士気を高めていき、次々と動き出していく。
これで、俺と柳瀬さんの単騎でドラゴンに対応しなければならない状況は解除された。
一人世紀末的な感じのテンションの逝かれた奴がいたが、そんな余裕があるなら初めからそのテンションを維持していただきたかった。
こっからは自由行動だ。あのままでは何も出来ずに壊滅してしまっただろう奴らを鼓舞した後は、俺にも自由に動く権利がある。
というか、元々そんなつもりじゃなかったんだけどさ。指揮者には向いてないんだよ。
俺は適当に中級魔法を放ちながら移動していく。一か所にとどまって魔法を撃つだけではただの的だから。
普通なら一か所にとどまり、後方支援に務めるのが魔法使いのセオリーだけど、俺は違う。
イメージ魔法のお陰で防御にも攻撃にもさほど時間がかからない。ならば、一か所にとどまって側面だけ攻撃するよりは、誰も居ない場所に移動してヘイトを集める。すると、俺に向かったヘイトのおかげで他の冒険者が攻撃しやすくなる。
ドラゴンの硬い鱗を貫くにはある程度の実力と武器の性能が必要になるが、数の暴力に頼って何十回何百回と攻撃を加えればいずれは通る。それまでに何人が犠牲になるか分からないが……俺が考えることではない。
段々と自信を取り戻していった冒険者たち。遠距離攻撃を持つ者が宙を舞うドラゴンを地面に落とし、ひるんだところを前衛職が武器を叩きつける。
だが、遠目から観察していた俺には何かが可笑しい…と思わずにはいられない。
ドラゴンがこっちに向いて攻撃を仕掛けてきた時にだけ、魔法障壁を張って防御して、カウンターの攻撃魔法を叩き込む。あまり行動を起こさない俺に疑問を抱いたのか、柳瀬さんが攻撃を中断してやって来る。
「ツカサ君、あんまり動いてないみたいだけど……何か考え事?」
「いや、思ったよりも対応出来てると思って…」
そうだ。思ったよりも対応出来過ぎているのだ。
これならば、初めのブレスで全滅の可能性があったにしても第一陣が全滅(戦争的ではなく文字通りの意味で)するはずがない。
そう。それが引っかかっていたのだ。
「でも、これで終わらせる事が出来たら良くない?」
「まぁそれが一番なんだけどな。でも、柳瀬さんもそのことを頭の片隅に入れておいて」
「うん分かったッ!」
会話はそこまでで中断された。油断しているわけではないが、油断している様に見えた俺と柳瀬さんに向かってドラゴンがタックルを仕掛けて来たからだ。
持ち前のスピードで余裕で避ける柳瀬さんと、自身に移動速度上昇を掛けて普通の数倍速い速度での移動を可能とすることでギリギリの所で避ける俺。
これも経験によって取得した戦法だ。補助魔法を自身にかける事で通常の魔法使い以上の身体能力を発揮する。前衛で戦える魔法使い。それが俺が目指している目標だ。これもイメージ魔法と言う無詠唱で高速に発動可能なチート能力あってこその戦い方。
まぁ、構成自体は色んな小説を読んできた俺の中には合った。でも、思った通りに動けるようになるなんてどれほどの鍛錬が必要か。最近ようやく形になってきた所だ。
と、俺の考えている戦法についてはついてはこのくらいでいいだろう。
問題はドラゴンだ。余裕の表情でドラゴンのタックル攻撃を避けた柳瀬さんはそのままカウンター攻撃に転じる。硬い鱗を貫き通し、ドラゴンの皮膚を切り裂くが、ドラゴンはちっともきにしていない。
俺も柳瀬さんに負けてはいられない。目立ちたくないのは確かだけど、命よりも優先することではないはずだ。俺は先ほどまでに感じていた不安感を片隅に押し込むと、魔法のイメージを始めた。
数十名の魔法使いの攻撃魔法と前衛職の攻撃を度々その身に受けるドラゴン。それでも奴の頑丈な鱗は破れない。
現状維持を行えているのは、他の冒険者が作った隙を柳瀬さんと俺が活かして攻撃をしているからだ。俺と柳瀬さんがいなければ、ここにいる者たちは既に帰らぬ人となり果てていたであろう。
しかし奇妙だ…。と俺は魔法障壁を発動しながら思った。
現在、奴は魔法使いが集団で集まっている場所に尻尾の薙ぎ払い攻撃を行っていた。普通の魔法使いの数名が集まり、全力で魔法障壁を構築しているが、最強の生物ドラゴンの前ではただの障害物にもなり得ない。
俺はみごろしにする理由もないので、魔法を発動してドラゴンの攻撃を受け止める。
そう。奇妙だ。
今もそうだが、俺の防御にはドラゴンを全く意を示さない。まるで壊れたらラッキーとでも言うかのように俺の張った魔法障壁に尻尾をぶつけている。
しかし、この様にして…
一瞬……までとはいかないが、通常の魔法使いなら有り得ない速度を持ってる完成させた魔法を発動させた。
巨大な土の刃となってドラゴンに向かっている。『ロッククロウ』複数ある刃がまるでクロウ―かぎ爪を振った様な傷跡になるから名づけた上級土属性魔法だ。我ながらネーミングセンス皆無だよなぁ…。カッコイイ名前を考えるのは、ネット検索の出来ないこの世界では俺の量に限界がある。
とそんな事はどうでもいい。今は別の事だ。
俺の発動させた魔法『ロッククロウ』は回転しながらドラゴンへ向かう。そのままドラゴンの鱗を切り裂き……なんてことはなかった。
俺の上級魔法が他の冒険者たちを同じく鱗に弾かれた訳でもない。
回避されたのだ。
体を捻らせてまるで全力で身体を施行して避けたと言わんばかりな、無理な体制の形でだ。同じ攻撃が通る柳瀬さんの斬撃は気にしないのに。
これが俺がこの数分間の攻防で感じた違和感の正体。奇妙な行動だ。
冒険者の攻撃は気にも止めない。されるがままに王者の雰囲気を纏わせて対応する。柳瀬さんの攻撃に関してもかすり傷程度と考えているのだろう。
だが、俺の攻撃は絶対に避ける。さっきの一撃に限った話ではない。初級、中級レベルの魔法に関しては避けるそぶりすら見せないのだが、上級魔法レベルの威力を持った攻撃魔法には絶対に回避してくるのだ。
これは明らかに俺の攻撃だけを的確に避けている。それを確信した。でなければ、辻褄が合わない。
さて、奇妙な謎は一つ溶けた。さてどうすればいいのか……。
俺の攻撃を避けきったドラゴンは俺を一睨みだけすると、別の方向を向いて攻撃を再開した。
ドラゴンの…爬虫類の目は人間とは異なる形状を持つ。目の虹彩と瞳孔が縦に開かれている。人間は通常はまん丸い形状を持ち、爬虫類と目を合わせる機会など皆無な俺には新鮮な光景に思える。
がしかし、ドラゴンの目とは非常に危険性の高いものだと小説で読んだ事がある。 確か、高い体内魔力を有する生物であるがゆえに、その目は魔眼化して視線のあったも者を恐怖に叩き落して行動不能にする。説明文はちがえども、どのような小説にもドラゴンの目線とは交わるな。そう書いてあったはずだ。
それを思い出した時にはもう遅い。既に一瞬視線が交差した後。
不味い!!と思ったものの、思考は普通に働いているし、身体も問題なく動かせる。視界に移る異常状態ステータスを示すアイコン覧には、何も表示されていなかった。
どうやら、一瞬だけだったのが功をなしたのか、それともまた女神的な力が働いたのかは俺には推測しかできないが、幸いだった。何も起こらないならそれに越したことはないからな。
何がしたかったのだろうか?奴は俺に視線を向ける理由など……あったわ。sランクを超えている魔力は経験と時間を積むにつれて段々と膨大な量になってきている気がする。だから現在、俺には膨大な魔力を有している。上級魔法どろこかその上すら何回も執行できそうな魔力量だ。人族が持つ量を遥かに凌駕している。
それこそ、最強の生物ドラゴンの目に留まる位に……。
理由はこれだぁ…。と俺は内心で嘆く。落ち込みたい。異世界に転生召喚されてほのぼのライフを送ろうと思っていたのに、どうしてこう上手く行かないのかな?柳瀬さんの巻き込まれ転生召喚然り、そのせいで魔王討伐なんて面倒な目標を設定されたのも然り、その上最強の生物ドラゴンに目を付けられる。
不幸しかない。いったい俺が何をしたって言うんだよッ!!
このイライラを解消するべく俺はイメージを即座に構築、そのままドラゴンに向かってぶっ放した。
使用した魔法は大型殲滅魔法の分類に勝手に分離している『ヒート・ガトリングレーザー』凡そ数千度の熱線が光線となりドラゴンに降りかかる。
が、やはりドラゴンには当たらない。天から降り注ぐ光線をかいくぐる翼を広げ、空中を自在に移動してのける。
クソッ。やっぱ避けやがる。でも、避けるって事は、当たれば少なからずのダメージを受けると予想しているからドラゴンは回避をするんだろう。
当たるように光線を誘導して……とイメージを構築し始めた所で……。悲鳴にも似た声が聞こえた。
「ツカサ君何やってんの!!!?」
「何って…ドラゴンに攻撃を……」
まるで瞬間移動にも劣らないスピードで俺の隣に現れた柳瀬さん。俺に慌てた様子で「何をしているのか?」と聞かれたので答えると、地面を指さしながら呆れた口調でこう言った。
「近くには他の冒険者さんも居るんだよッ!!?」
「あ…………」
「攻撃が当たらなくてイライラしてたのは分かってるけど、もう少し状況を考えようねl!!」
柳瀬さんに言われて、ようやく他の冒険者を巻き込んでいる事に至った俺はすぐさま魔法を抑えた。
天からドラゴンに向かって放たれた無数の熱線は地面を砕き、幾つもの小さなクレーターを作っていた。
肝心な巻き込まれた冒険者と言えば、咄嗟に身を捻って回避したり、後方からの魔力障壁を張って貰って威力を抑えたりと、元の世界とは作りが違うのだと言わんばかりな頑丈さを見せつけ、死者は出なかった。
俺の魔法では。
俺の魔法でこちらの体制が崩れたのは確かだ。そこを狙わない程、ドラゴンの知性が発達していないはずがない。
俺の魔法を全て避けきったドラゴンはすぐさま地上に目を付ける。スピードは今までの何倍も早い。人間の動体視力限界でやっと認識出来るスピードで地上に突っ込んだ。
俺の魔法で作られたクレーターなどどれだけ小さなものだろうか?そう思わせる程、ドラゴンは地面に突っ込んだ衝撃は凄まじかった。
地面にドラゴンが激突する瞬間、俺は咄嗟に最大出力で魔法障壁を展開し、普段なら触れることすらおこがましい柳瀬さんの手を掴んで自分の後ろに引っ張りこむ。
「ごめん、柳瀬さんッ!!」
「きゃっ」
短い悲鳴が一瞬だけ聞こえた。次の瞬間、衝撃波が周囲を襲い、地面が抉れて土岩が周囲に飛び散る。
最大出力であるはずの魔法障壁がギシギシと嫌な音を立て、土煙が辺りを覆う。
周囲の状況が全く確認出来ない。唯一分かるのは、ドラゴンが遊びを止めて、本気を出した、と言う事だけだ。
連載開始から一年……。まだ始まったばかりなんだぜ。完結までに何年掛かるんだろうな~(白目)




