85話「スカウト」
ギルド内の注目を集めている好青年。対峙する俺と柳瀬さん。
聞き間違いかもしれない。付け入る隙を与えずにさっさと……
「えーっと。私たちに言ってます?」
俺と全く逆の思考回路、性格を持った柳瀬さんが先に動いた。
違いますように、違いますように、違いますように!!という願いも儚く、好青年ははっきりと肯定する。
「もちろん。君がBランク冒険者のツカサさんとホノカさんでしょ?」
「えーっとそうですけど……私とツカサ君に何か用ですか?」
好青年だけでなく、素直な柳瀬さんも肯定する。
ここは面倒ごとに巻き込まれないようにと、噓を言って撤退するのがセオリーなはずだ。それを見事にぶち壊しやがって………柳瀬さんだから仕方ないか。
何故か柳瀬さんには甘い俺だった。
それで、肝心な好青年の面倒事(無条件で確定予想)だが……、
「ここで立ち話もあれだから、場所を変えてもいいかな?」
「私は構いませんけど……」
「……別に問題ないですよ」
「ありがとう。職員さん!!応接室借りられるかな?」
柳瀬さんが俺にも判断を求めて来たので、頷いておく。
ここまで来たら何とやら……って奴だ。この後の予定も特に決まっている訳でもないし、有名な人と変に対立しても良いことは起こらない。
柳瀬さんと俺から了承を取ると、好青年はギルド職員に応接室を借りる手筈を整えた。かなり手慣れている。高ランク冒険者で、何度も同じ様な事をしてきているのだう。
それにしても、今日やっとBランクに上がったばかりの俺たちに何の用だろうか?理由は幾つか思いつくが、どれもハッキリとした伏線は思いつかない。
などと考えている内に好青年に続いてギルドの応接室に入った。
部屋の作りは、初日に倒れた時に使わせて貰った部屋と殆ど変わらない。机があって柔らかそうなソファー、壁にかけられた調度品。ただ、クレーミヤ支部よりも広く………って何処かデジャブを感じると思ったら、ギルドセイバーのレインさんから事情聴取を受けた場所ではないか。
あれから色々あったから既に忘れかけていたよ……。こんなにも早く、同じ部屋を使う事になるとは思わなかった。
俺たちが対峙してソファーに座ると、コンコンとドアがノックされて給仕は入って来る。カップを置き、ポットから飲み物を注ぐ。それからちょっとしたクッキーは入った大皿を中央に置いて退出した。
おい待て。このお茶とクッキーはどうした?応接室を借りると無料で付いてくるのか?
これだけでも安くない経費が掛かっているだろうに……。知らずに食べて、後から料金を請求されるのはごめんだぞ。
と、直ぐに食いついた柳瀬さんと違って、全く手を付けないいる俺の考えを悟ったのか、好青年が口を開いた。
「食べて貰って結構ですよ。この部屋代も全て私が持ちますし……。どうぞ遠慮なく」
あぁそうかい。だったら遠慮なく食べされて貰う。俺だって食欲が無い訳ではないのだ。それよりもお金の方が重要だから買わないだけであって、食欲を抑えているだけだ……。
と俺は目の前の飲み物とクッキーを掴んで口に運んだ。隣で柳瀬さんが、この部屋やこのクッキーってお金かかるんだ!!?と驚いているが、俺は無視して食べる。
というか、元の世界での俺たちの国の様に、おもてなしの物が無料なのが異常なんだからな。って、柳瀬さんに言っても仕方ないか。
目の前に座る好青年は暫く俺と柳瀬さんを観察しているっぽかったが、カップを傾けて飲み物を半分飲み干すとようやく口を開いた。
「さて、少し落ち着いたとこで自己紹介と行きますか。僕だけがあなた方を知っているのはフェアではありませんからね」
それはそうだ。会話というものは、先ずは自己紹介から始めるものだ。
自分の事を相手に知ってもらって、自分も相手の事を知る。それでようやく会話が成立する者だ。
………という事は、俺は他人の事を知ろうとせず、他人に自分の情報を分け与えない。道理で会話ができないわけだ。いや、ボッチなのは好きでやってるだけだけど。
「それでは、簡潔に説明しましょうか。僕はAランク冒険者のトォールです。どうですか?聞いたことがくらいありませんか?」
「トォールさんですか?…………ごめんなさい、ないです。ツカサ君は?」
「いや、俺も名前はちょと…………」
聞いたことが無い名前だった。当然だろう。基本的に俺は人の名前に無関心だ。元の世界でも今はやりの誰々!!って言われても、テレビなんか見ないから知りもしない。精々、小説家の作者さんの名前だったり、有名な声優やアニソンを歌っている人の名前が精一杯。頭の記憶リソースを殆ど小説の内容やら名前を覚えるのに使っているからな。………流石に毎日聞いていたり、重要なら覚えるけど。
それに、トォールさんに悪いけど、名前はゲームみたいな機能を使えば直ぐに分かるんだよなぁ。あまり関心がないから人には使わないけど、これから話す相手の名前くらい表示させる。
それよりもだ。Aランク冒険者って言ったよな。冒険者の中でもほぼトップに君臨するランク。
有名人そうだったから高ランクなんだろうな、と思っていたけど、まさかAランク冒険者とは予想外だ。
そんなトォールさんだけど、名前を名乗っても反応が薄い事に少しショックを受けているみたいだ。
すまんな。人のことに関しては名前を聞いてもすぐには覚えられないんだ。
「そ、そうか……。僕の名前を聞いても分からないか………。でも、『ダンジョンスレイヤーズ』という名前には心当たりがあるはずだよ」
「ダンジョンスレイヤーズ……?」
トォールさんは自信ありげに言ってますが、柳瀬さんは全くピンと来ていない様子。
イケメンが滑っているだけに、少しザマァって気持ちが芽生える。
「あれ?」と首を傾げているトォールさんだが、このままでは可哀想……ではなく、俺たちが世間の情報を全くもっていない人だと思われない為にも、フォローに入りますか。
「ダンジョン攻略を目的としているパーティーの一人だって」
「あっ!メリーちゃんから説明があったあの!!」
「ふぅ~、ようやく僕の凄さが分かったみたいですね」
あのクラン『ダンジョン攻略』での攻略トップパーティー『ダンジョンスレイヤーズ』その一員であることを理解させたトォールさんは、見るからに自慢げな様子だ。
凄い人だというのは分かったが、少々傲慢すぎる気もする。柳瀬さんに至っては、何と無く凄い人だと言うのは理解出来ているらしいが実感が湧かずに、「へ~そうなんだ~」っという感じの目線を送っている。
とは言え、有名どころの看板パーティーの一員なのは間違いない。Aランク冒険者であることも確かみたいだし、それに伴った実力は持ち合わせているに決まっている。
だが、そんな人がどうして俺と柳瀬さんに用事があるんだ?応接室を使っていることから、ちょっとした好奇心で話しかけた。と言う線はない。大事な話なのだろう。
しかし、何故Bランクに上がったばかりな新米に用事があるのだろうか?ダンジョン攻略にも特に思い入れは無い。命のやり取りなのだから真剣に潜っていたのは確かだが、攻略クランの様にガチではない。今まで接点すら無かった存在だ。そもそも、メリーさんに説明されなければ、存在すら知らなかった。
柳瀬さんと俺の反応が思った通りではないのに困惑していたトォールさんだったが、ゴホンと咳払いで区切ると要件に入った。
「単刀直入に要件を述べようか。僕たちのパーティーに入る気はない?」
…………はい!!?
「パーティーに入る?それって、スカウトですか?」
「そうだね。僕たちのパーティー…クランは君たちをスカウトしている」
うん。ますます分からなくなってきたぞぉ!!
俺と柳瀬さんをスカウト?ダンジョン攻略が?訳が分からないよ。
「スカウトって言われても………」
おぉっと!!こちっちを見てもらっても困りますよ、柳瀬さん?
ボッチで今あったばかりの人との話が得意ではない俺を頼っても、なんの成果もあげれないよ?そういうのは柳瀬さんの役割だと思ったんだけど………。
初めての事に戸惑っている柳瀬さんがいる。元の世界でも有り得ない事はないが、ここは小説やアニメで経験を得ている(経験とは言わない)俺が対応するべきか。
「スカウトと言われても、どうして俺たちを?なんてことのないBランク冒険者に上がったばかりのヒヨッコですけど?」
「この年でBランクに上がっただけでも大したことじゃないか!Bランクはそれほど甘くはないよベテランの領域だ」
なるほど、では俺たちよりも少ししか違わない様に見えるトォールさんは、Aランク冒険者なんですけどね!!
「それに、君たちをスカウトしているのも理由はあるよ。この前……と言っても何か月も前のことだけど、格上で尚且つ見たことのない動きをするフロアマスターに勝ったそうじゃないか!!たった二人で!!」
「は、はぁ……」
「そこでクランは君たちに目を付けたという訳さ。こんなにも遅くなったのは仲間内でも色々とあたんだよ」
そういえば、そんなこともあったな~。ってそれだけでスカウトですか!!?
「君たちがBランクに昇格したという情報を掴んでね。そろそろうちに勧誘しても良いだろうということで話が纏まったんだ。どうかな?」
どうかな?と言われえましても……。
「残念ながらお断りします」
「へ、へ~……。一応理由を聞いても?Aランク冒険者パーティーに入れるんだよ?君たちがAランク冒険者になるものそこまで苦労しないと思うんだけど……?」
自信ありげだったのに、自分の思い通りにならないのが嫌いなのか、顔がぴくぴくとしていらっしゃる。
プライドが高いんだろうなぁ。本人は至って普通に接していると思っているのがダメなポイントだ。
良いのは実力と顔、後は知名度くらいじゃない?スカウトをするにしても人選間違えてないか?
とは言え、向こうの方が実力も知名度も上回っているんだ。理由もなしに断るのも良くないだろう。
既に面倒くさい事になって内心疲れているんだけど、柳瀬さんにこんな奴に説明なんか無理だろうし、最悪流されてしまう。
俺はアルバイトで鍛えた接客サービスを使って、表情を出来るだけ笑顔に近づけながら理由の説明を行った。
「先ず、トォールさんはAランク冒険者になるもの早くなるって言いましたが、強いモンスターと戦って経験を積めるのは嬉しいですが、自分達はそこまでランクにこだわっていません」
「ダンジョンの下層に降りたら強いモンスターと戦えるよ?」
「二つ目。自分達には目標があります。それ故にダンジョン攻略に絞る訳にはいかないのです」
「目標?お金の事だったら、クランが幾らか融通出来ると思うよ?」
「お金ではないですし、モンスターのレア素材とかではないので融通は不可能です。唯一無二の目標であり俺たちが成し遂げないといけないので……」
「だったら、尚更さ。クランに入ったらダンジョン攻略に協力はしてもらうけど、その目標に近づける様にサポートする事も出来る。入らない手は……」
「最後に、ダンジョン攻略にそれほど興味はないので」
よし。言い切った。ここまで言えば諦めてくれるだろう。プライド傷付けたせいで暴走しない限りは。
しかし、プライドのせいかクランから言われているのか知らないけど、ここまでしつこいとは思わなかったぞ。
モンスターのレア素材の融通とか、目標へのサポートも出来るとか、どれほど俺たちを引き入れたいんだろうか?
ホントにただの冒険者だぞ?そりゃあ、女神様に選ばれて、魔法チートを持って転生召喚させられたけど?中身はただの壊れた人間さ。
「そうか……分かった。ならばホノカさんはどうかな?」
「わ、私ですかっ!?」
「うん。クランに入れば専門の商会や職人が存在している。もっといい防具や武器、普段着なんかも支給出来るよ」
「あ、え~っと……私は」
「それとも何か条件でもあるのかな?」
俺の言い分に固まっていたトォールだったが、俺がダメだと分かると柳瀬さんを攻略し始めた。
万人……とまでは分からないが、街を歩く女の子が十人中八人は振り返るだろうイケメンだ。その甘いマスクとクランに入ったメリットで柳瀬さんを釣ろうとしている。
俺としてはここで柳瀬さんが抜けても何ら問題ない。柳瀬さんが帰りたいと言ったから始めた魔王討伐の第一歩だが、柳瀬さんが居なくなればやらなくて済むし、俺だけパパッと行って討伐してきて女神様に柳瀬さんを元の世界に還してくれと願うだけでいい。
まぁ、どっちでも良いと言った所なんだけど、柳瀬さんは抜けないで欲しい。自分が言い出したことなんだから、責任は取ってもらいたい。それに、今更柳瀬さんと離れるのは寂しい、嫌だ、そこは俺の居場所だ、そんな事を思っている自分が居た。
「条件も何も……私はツカサ君に着いて行くと決めましたので……その誘いにはお応えできません」
「………そうか」
柳瀬さんは断った。俺について行くって決めた言葉……嬉しいけど恥ずかしいから止めてもらいたい。
柳瀬さんがキッチリと断ったのを聞くと、「そんな!!!有り得ない!!」って顔をしていたが、暴走をすることなく認めてくれた。
認めてくれたトォールさんは「ゆっくりしてから帰ってくれても良いよ」と最後までイケメンで帰って行った。
そしてようやく肩の荷が降りた。緊張の空気が切れたとでもいうべきかな?違う?気にしないで。
「ふ~。めんどくさ」
「ふふふ、ツカサ君お疲れ様」
「ホントに面倒だった……。何で俺たちなんかをスカウトするんだよ」
「やっぱりメリーちゃんが言っていたように、目立っているのかな?」
目立ってるだと?まぁ、確かに結構な速さでの昇格に、異例なフロアマスターを二人で倒した。
……確かに目立つな。でも、目立とうとしている訳ではないんだがな……。
「目立ちたくないんだけどなぁ~」
「仕方ないよ。でも、魔王討伐するんだったら、嫌でも目立つよ?」
「そこなんだよなぁ……。誰か身代わりでも用意するべきか…」
「身代わりって酷い!!?酷いけど……確かに私たちのだけだとちょっと不安があるかな?……ツカサ君が居るだけでもかなり安心出来るんだけどね!!」
急に慌てる柳瀬さん。俺は、俺だけでも不安って言われても別に傷つかないんだけどね!!本当だから。
しかし、身代わり……もとい仲間を募集するのはいい案かもしれないな。もとより魔王討伐には数名もパーティーでも攻略が様式美になっている。それを除いても、現地の…この世界の事を知ってる人を仲間にするのはいい案だ。俺はこの世界の事を知ってる風に見えて、全然知らないからな。
そんな風に、俺と柳瀬さんはトォールさんが払ってくれて出されたクッキーを食べながら雑談するのであった。
この後、ダンジョンか依頼に行く予定だったけど、もういいや。気分が削がれたし、今の時間からはだいぶ遅くなってしまう。
「部屋の片付けに参りました~~!!!」
ほら、メリーさんが部屋の掃除を理由にサボりに来た。早速トォールさんが座っていた場所に座ってクッキーを食べ始めているし……。
自由なメリーさん。こんな感じに楽観的に生きていくのも良いのかもな。
乱入して来たメリーさんを横目に、俺はそう思うのであった。
少し後に、この時の思いつきが実現するもと知らずに……。




