82話「決断」
あれからはたわいもない話ばかりだった。
仕事の愚痴とか、服の事とか、他の冒険者の話とか。
話題はコロコロ変わるけど、どれを取って一つだけ言えることがある。俺の入る隙がありゃしない。
いや、別の入ろうと思っている訳ではないとは言ってはおこう。全部が女の子の会話なのだ。
二人とも二人とも女の子だから当たり前だろ!!と思うかもしれないだろうが、服の話は男でどうでもいいと思っている俺が入る隙も無いのは当然として、他の冒険者の話は俺でも入れそうに思う。
しかし、実際は恋バナ………とは違うけど、入る勇気が試される話の内容。殆ど一日中冒険者ギルドにいる職場を活かし(俺と柳瀬さん以外に数名しか受付嬢をしていないから)だれだれが実績が良くカッコイイのが誰だとか。柳瀬さんを狙っている人が居るだとか……俺が入れる訳もない。
仕事や同郷だから……俺のせいでこんな世界に転生させられたから一緒に行動しているけど、柳瀬さんが拒絶するなら俺は一人でもいい。
メリーさんから誰誰がこんな人、と聞いている柳瀬さんを見ると、そう思ってしまう。
俺に柳瀬さんのプライベートの事までは止めようがない。………向こう側は俺のプライベートにズカズカはいり込んでいる様なきもするが、それはそれ、これはこれだ。俺は迷惑がっていながらも受け入れているから良いのだ。
「ふへ~~お腹いっぱいです~~」
「ホント?なら良かった~。これで恩返しはできたかな?」
「出来ましたよ~。こんな美味しい食べ物をタダで食べさせて貰ってありがとうございます!」
「そっか。なら私も嬉しいな」
終了の時間がやって来た。恐らく、一時間以上はここに居たのではないだろうか?こう言った時に時計が無いのは不便だ。
本をアイテムボックスにしまって、「時計機能追加されないかな~」と思っていると、柳瀬さんが俺に顔を合わせて来た。
「………ツカサ君も美味しかった?」
「まぁ、美味しいかった。ここを選んでくれてありがとう」
「……ッ!?そ、そう!!?だったら、良かった。ツカサ君もご飯を美味しく食べてくれて」
自分が作った訳でもないのに、柳瀬さんは俺が美味しいと言っただけで嬉しがった。
その笑顔を見て、俺は幾度目かの決意を繰り返し行う。今日にしよう。
店員にお会計……というか退出すると伝え店を出る。本当にタダで良かったらしい。
帰り道につくとメリーさんとは分かれる。家が北側にあると言う事だそうだ。
お金がない無いと何時も言っているのに、北側に住んでるとか……。家賃が高すぎるからお金がないのではないでは?
アルケーミは北側に行くほどお金がかかる。最北端に領主の館があるので、北側は高級仕様。南側は安い宿やちょっとした貧民街がある。
行く機会はないと思うが、そう記しておこう。
帰り道もサクサクと進む。
この街に着いた時には、大はしゃぎと言った様子であちこちに目線を動かし、露店の前で立ち止まったりするのが多かった柳瀬さん。
数か月住むと落ち着いたのか、目新しい物がなくなりこの世界に慣れてきたからか、ウロウロしなくなった。
俺としては真っ直ぐに帰れるのはいいことだ。
と、道を進んでいると(宿に帰るだけなので、大通りを進んで適当な場所で裏路地に入るだけ)マップ機能にある表示が映った。
本屋だ。
「柳瀬さん、俺は寄る所が出来たから先に帰っても良いよ?」
勿論寄ってしまおう。
折角午前中と午後の一時間を潰したんだ。帰り道に本屋に寄って本を買い溜めしておいても良いだろう。俺は時間を有効活用できる人間なのだ。
しかし、このままふら~っと消えるたら、柳瀬さんのお怒りを受けてしまう。俺は学習するので、柳瀬さんに一言声をかけたんだけど………。
「寄るって何処に?私はこの後予定無いから付き合うよ?」
と言って着いて来た。
自分の自由時間を削る事をためらいもなく行える柳瀬さん。流石はリア充。友達と予定を合わせるのは得意ですか。
俺は声には出さずに、近くまで着ていた本屋に入る事で柳瀬さんに答えた。
「つ、ツカサ君………毎回こんな感じなの?」
引き攣った様な声は聞こえた。
現在時刻夕方前。実に有意義な時間になったのではいか?と思っているが、柳瀬さんはそうでも無かったらしい。
引き攣った声と同じく、呆れたような表情を見れば分かる。
「こんな感じって、どんな感じ?」
「いや、こんなにも長い時間本屋さんに居るとか、そんな大量に本を買うとか……その辺」
やはりというか柳瀬さんは俺が何時間も本屋で物色を続け、元の世界基準で数万円分の本を購入した事に驚いているらしい。
たったこれだけで驚いているんだ。元の世界にある俺の部屋に入れば、腰の抜かす程驚くに違いない。今買った何十倍もの本が部屋を圧迫しているんだから。
「この世界は通販がないからな。一回の買い物で出来るだけ多くの本を買うのが、効率のいい買い方なんだ」
「へー。ツカサ君がお金にけち臭い理由が分かったよ……。元の世界でもこんなのだったの?」
「基本通販で、毎月の給料を全額本につぎ込んでた」
「ま、毎月!!?全額!!!!?そんなの、何もできないじゃん!」
あぁ、出来ないな。というか、読書以外にやること無かったし……。
毎月5万だとすれば、一年間で60万。一冊千だと平均して考えると、年間600冊の本を買っていたことにある。
そりゃあ、起きてる間ずっと読書していても、中々読み終わらないはずだ。それに加えて、ウェブ小説も同時進行していたら………。
そういえば俺が死んだあとの世界では、部屋にある本はどうなるんだろうな~。捨てられるのは気分が悪いな……。とか思っていると、完結していなかった続きが読みたくなってきた!!
俺が脳内で悶絶していると、柳瀬さんが俺の顔色を伺う様に声をかけてきた。脳内思考が表情に出ていたのだろうか?
「……悔しそうな顔してたけど、何か買えなかったの?」
「買えなかった……。ちょっと元の世界で買えなかった本を思い出してな……」
「元の世界で買えなかった本……あははは。ツカサ君らしいね」
柳瀬さんは笑ってくれた。でも、元の世界と言った時に、悲しそうな表情を一瞬だけ浮かべたのは俺の見間違いなのだろうか?
分からない。……分からないからこそ、分からないままで終わらせるのはダメだ。
あぁ、タイミングもちょうどいいかもしれない。
「柳瀬さんはさ……」
「ん?な~に?」
少し先を歩いていた柳瀬さんは振り返った。
揺れる髪の毛、誰にも優しい笑顔。勘違いしそうになる気持ちを抑えて俺は言った。
言ったら後戻りは出来ない。それでも、俺はやらなくては行けない気がする。
「元の世界に帰りたいと思ってる?」
「元の世界………戻れるなら戻りたいとは思っているよ。……でも、この生活が嫌なわけじゃないから……」
どっちともとれる言葉が帰ってきた。
戻りたい。でも、この生活に不満があるわけではない。どっちなんだ?……戻りたいって言ってるから、戻りたいに決まっている。
なんの覚悟もない。思い入れもない。そんな量産型一般人だった柳瀬さんを巻き込んでしまった。
だから俺は一つの方法に賭ける。柳瀬さんの気持ちが一番だからまだ決まった訳ではないけど、帰りたいと思っている柳瀬さんなら乗って来るはずだ。
だから、俺は提案する。
「元の世界に帰れる方法があるかもしれない……って俺が言ったらどうする?」
「え………?」
前を歩いていた柳瀬さんの足が止まった。俺はそれを追い越して進む。
俺が突然「帰れる方法がある」と言うと、柳瀬さんが硬直するもの折込済み。俺が同じ立場でも、数秒の脳内会議と言う硬直が起こっただろう。俺よりもサブカルチャー疎い柳瀬さんが同じ以上になるのは分かり切っていた事。
俺は、
「このままこの世界で暮らしていきたいなら、さっきの言葉は聞かなかった事にしてくれても構わない。でも、元の世界に帰りたいと思うにしても、この世界でこんな生活を一生送るにしても、落ち着いてから俺の部屋に来てくれ」
と言い残して、宿に戻る道を歩いて行った。
柳瀬さんはどっちを選ぶのだろうか?厳しい道を選んでも元の世界に帰りたいと願うのか、元の世界の未練を断ち切ってこの世界で命を賭ける仕事をしながら一生を終えるのか………。
どちらを選んでも、俺は構わない。俺のせいでこの世界に転生召喚されてしった柳瀬さんの決断なのだから。
宿に帰ってからは部屋で早速本を読んだ。時間的には夕飯の時間なのだが、昼がいつも以上に多すぎたせいか、食べる気にならなかったからだ。
新刊を一冊読んでからお風呂で汗を流す。そこまで行くと、流石にお腹が空いてきた。宿代に食事代も入っているので、食べることにした。
柳瀬さんは見ていない。ただ、宿に居る事はマップ機能で分かっているから、前の時の様な心配はない。多分、俺が言った事を考えてるのだろう。
夕飯は軽めの物にする。肉などの重い物は避け、パンとスープ。これだけで十分だ。一般経営の宿屋なので、料理のレパートリーは少ない。お米もこの世界では見たことが無く、パン、肉、野菜、スープが基本食。中世ヨーロッパ風の世界観によくあるように、小麦粉が主流でパスタなんかもうよく見かける。
と、重たいものは殆どが肉。揚げ物などもあるが、油が高く食べられない。そもそも、塩自体がちょっとした高価なものである。味が薄いのは仕方のないことだ。
俺としては、パンとスープだけでも十分なんだけどな。味が薄くても、パンに浸せばある程度誤魔化せるし……。
柳瀬さんが居ない事を良しとして、本を読みながらスープに浸したパンを食べる。行儀が悪い?気にしない気にしない。
新刊一冊を読んだばかりなので続きが気になってしかたがないのだ。この辺の思いは、誰だって分かるだろ?だから仕方がないのだ。
読書をしながら食べるので細心の注意を払う。さらに、本の世界に夢中になり、食べる速度もさらに遅くなる。
量にしてはかなりの時間を掛けて食べ終わると、食器を洗い場に置いて食堂を出る。
そんな時、俺がいるのに柳瀬さんがまだ食べてないことを心配した従業員の一人が俺を呼び止めた。
「あの、少しいいですか?お時間は取らせません」
「いいですよ」
そんな風に言ってくるのだから、告白!!?とあり得ないバカな考えを思った。
「お連れの方に、もう少しで時間が来るから食べるなら早めに、と伝えてください」
「……困ってるなら部屋に伝えに行けば……」
なぜ俺が伝えなければいけないのか?思ったことをそのまま言うと、
「部屋に居なかったのであなたに言っているのですよ」
と冷たい目線で返答された。何この子怖いんですけど……。
まぁ、部屋にいないならどうしょうもない。俺は「会ったら伝える」と返答して階段を登った。
が、途中で気が付いてしまった。
部屋に柳瀬さんがいない?それはおかしい。マップには柳瀬さんは宿にいると示されてる。
となると、お手洗いに行ってるとか、お風呂に入っているとかが濃厚な線になる。が、柳瀬さんの現在地は二階だ。二階には宿泊客の部屋しかない。
で、自室に居ないとなると……。
いつの間にか着いていた俺の部屋。ドアを開けると……
「あ、ごめんね」
柳瀬さんがベッドに座っていた。
「……部屋に居るのはいいけど、鍵は……」
「開いてたけど?」
「し、閉め忘れか……」
直前まで読んでいた本のことで頭がいっぱいになり、ド忘れしていたらしい。
泥棒が入らなくて……入っても荷物は基本的にアイテムボックスに入れてるから問題ないな。
それで、柳瀬さんが俺の部屋にいる件についてだが、おそらく宿に戻る前に言った事についてだろう。それ以外に部屋に居る理由は思いつかない。
俺は小さく息を吐きだすと、柳瀬さんから少しだけ離れた場所に座った。隣に座るには少しばかり、いやかなり勇気が足りない。
気の利いた言葉なんか思いつかないのは、自分が一番よく知っている。なので、悪いけど早速本題に入らせてもらおう。
「で、柳瀬さんはどうしたい?」
「わ、私は………」
元の世界に帰りたいか、帰る事無くこのまま危険な仕事を続けてこの世界で生きるか。
どちらを選んでも俺は受け止める。柳瀬さんの決断は………
「私は、帰れる方法があるなら帰りたい。この世界も好きな気持ちが芽生えてきたけど、何かと不便だし………」
「そっか……帰りたい。そう思うのは当然だよな」
柳瀬さんは帰る事を選んだ。ならば、巻き込んでしまったせめてもの償いとして、全力でサポートすだけだ。
な~に、俺にはイメージだけで発動できる魔法と言うチート能力がある。油断するつもりはないけど、敵は全て排除する覚悟は出来ている。




