79話「お食事会」
「ツカサ君そっち行ったよ!!」
「分かってる!!『岩槍』!!」
柳瀬さんの声に俺は焦らずに対応する。イメージを構築し、魔力を込めて発動。
すると、俺に向かて突進してきているイノシシみたいなモンスターの横脇の地面から、岩で出来た槍がイノシシみたいなモンスターに飛翔して突き刺さる。
イノシシみたいなモンスターは既に満身創痍。今の一撃で足を完全に殺したみたいで、足を絡ませて地面を滑った。
地面に転がりながらもフゴー!!と鼻息を荒くして俺の強く睨むイノシシみたいなモンスター。
やっとここまで追い詰めれた。しつこいモンスターだったが、こうなったら終わり。俺達の勝ちだ。
俺を睨みながら立ち上がろうとしているイノシシみたいなモンスターに、後ろから柳瀬さんが迫った。
「これで!!っ最後!!」
一閃。
首を狙った一撃は綺麗に決まった。スパッと首を切り落としてイノシシみたいなモンスターのHPゲージはゼロを迎えた。
俺は劣化を防ぐためにすぐさまアイテムボックスに死体を回収する。
「終わった~。お疲れ様」
「柳瀬さんもお疲れ。怪我とは無いよね?」
「うん。それは大丈夫だよ。攻撃パターンは単純だったから避けやすかったし、肝心な場面ではツカサ君が魔法を撃って意識を逸らしてくれたから」
「そっか……。じゃあ休憩?それとも帰る?」
「結構強かったみたいだし、疲れちゃったから少しだけ休めると嬉しいな」
「じゃあそういう方式で」
柳瀬さんが笑みを浮かべながら休憩を所望してきたので、マップでモンスターの反応がない事を確認して腰を下ろした。
二人して水筒から水分を補給すると、柳瀬さんはごろんと転がった。はしたないとかそういう気持ちはないのだろうか?
まぁ、この世界に来てから元の世界の価値観だと、馴染めない事ばかりだから仕方ないのかもしれない。元々陸上部と言うハードな運動部に所属していた事も関係しているのかもしれないが、そこまでの心の内を聞いた事は無いの知る由もないが………。
少し休憩と言ったが、柳瀬さんの少しとはどの位なのか計りきれない俺は、アイテムボックスから本を取り出して続きを読み始める。
現在俺と柳瀬さんは見ての通り、依頼を受けて街から半日程離れた草原にやって来ていた。
依頼内容は『ビックプレーリボアの討伐』Cランクの依頼だ。プレーリボアとはこの辺りに生息しているイノシシみたいなモンスターの事を指し示す。最近個体数が増え、ギルドが討伐を推奨していたところ、ボスのような存在が確認され、依頼として作成され俺と柳瀬さんが受けた形になる。
プレーリと言う部分が何を指しているのかは、英語が皆無な俺は分からないが、ボアと言う部分はイノシシだと小説で視たことがあったので対策は立てやすく、簡単に戦闘パターンを確認して討伐したというわけだ。
ただ、一応通常種の上位個体らしく、生命力が高かったのは意外だった。
柳瀬さんの攻撃を軽く回避すると、俺では絶対に避けられないであろうスピードを持って突進してくるし………魔法障壁で防いだけど。牙を地面に突き立てて土を振り起して視界を遮ってくるし……マップ機能とターゲットカーソルがあるので見失う事はなかった。
柳瀬さんも柳瀬さんで、攻撃を普通に回避して攻撃を与える。ただ唯一これまではと違ったことは、柳瀬さんの攻撃を持っても余り刺さらなかったことだ。斬り付けたことで血は出ているものの、体力ゲージはほんの少ししか減らず、物凄いタフな生命力を持っていたことだろう。
何発魔法をぶつけても突進して来る様子は、軽い恐怖を思い浮かばされた。
まぁ、体力が多いだけのモンスターなので、時間をかけて攻略していったって感じだ。ゲーム風に言えば耐久戦。何気にこの世界に来てから初めてだったな。
マップに気を付けてながら本を読んでいると、柳瀬さんが起き上がった。
俺の近くに立つと、俺が読んでいる本のタイトルを呼んだのか、呆れた様子で声をかけてきた。
「またそんな本読んでる………。そういうのって面白いの?」
「面白くなかったら読んでないよ。この世界の人が書いてるから、元の世界に比べて描写が異世界物がよりリアルなんだ。その辺が新鮮で面白い」
「ふ~ん。ツカサ君がそこまで言うのなら、読んでみよっかな?おすすめの本を教えて?」
単に触発されただけなのか、柳瀬さんは俺におすすめの本を紹介してと言ってきた。
はぁ?一般人に俺のおすすめの本を教えろだと?難しくない?
元の世界なら超人気作やアニメ化作品、一般人でも受け入れられそうな作品を教えられる。だが、この世界は元の世界とまったく環境が違うのだ。
古代文明の『失われた技術道具』というアーティファクトのお陰で、製本は元の世界に似た感じで出来ているが、一番重要な流通が全く整っていない。何せ、街の外では人間を襲うモンスターが闊歩している。流通が発展するわけもない。
なので、人気作とか言われてもその店舗で一番売れてる作品だったりする。さらに言えば、この世界ラノベは、殆どが日常系。日常系なら一般人も受け入れやすいと思うかもしれないが、この世界基準の日常だ。一般人の柳瀬さんには難しかもしれない………。
色々と試行錯誤を繰り返した結果、柳瀬さんが「ツカサ君が気に入っている本でいいから!」と言う言葉を素直に受け取り、「気ままに生きるメイドは世界最強」シリーズを貸した。だってホントに面白い作品だったんだもの!!
柳瀬さんは小声で「ちょっとエッチなのでも良いよ?」とか呟いていたけど、ちょっとした15禁なだけで、18禁な本を持っているわけがない。あってもエロゲーとかしたことなし………。ホントに。
少し思考を働かせ過ぎたが、その後は普通に街に戻る。一日ぶりの帰還だ。
昨日は依頼受けてから目撃地に移動すると日も暮れ、この状況でモンスターと戦うのは下策だと(その前に柳瀬さんが「夜は緊急事態以外は休む」と言っていた)考え、昨日は移動だけで終わった。今日の朝はビックプレーリボアを探し、見つけたのが昼前。そこから戦闘してまた移動に半日程。
すっかりと日も落ちた時間帯に帰還になってしまった。
「お腹空いたね」
「まぁ、流石にな」
「良かった~。これで空いてないとか言われたら、ツカサ君の身体を心配しなくちゃいけない所だったよ」
そこまで俺の身体が出来ているわけがないからな。
例え一日一食だけでも活動可能だとしても、それは学校でも家でも一日中本を読んで過ごしている環境だからこその一食だ。
朝は素早く飲み込んで、ビックプレーリボアとの戦闘があったから昼は抜き。戦闘が終わると少しだけ休憩して帰り道を急ぐ。これでお腹が空かないわけがない。
これ一個だけ食べたら二十四時間はお腹が空かないアイテムでもある訳がないし………。あったら、それでもいいと思ったのは、食事を時間の無駄だと思っている自分がおかしいんだろう。どうせ柳瀬さんに却下されるに決まっているし。
街に帰って来ると、メリーさんに達成の報告をして宿に帰るだけ。
そう思っていたんだけど、今日は少し違った。柳瀬さんとメリーさんがちょっとしたお喋りをするのは何時も通りなのだが、俺にも関係のある話が出てきたからだ。
「あ、そういえば、お食事の件ですけど、明日とかどうですか?やっと休暇が貰えたんですよね~。ホノカさんとツカサさんは予定とかありますか?」
「ううん。明日は休みの予定だから、何時でも大丈夫だよっ!ツカサ君も明日は大丈夫だよね?」
うげぇ。そういえそんな話もあったな。
メリーさんの予定が空かなかったから、今まで行けてなかった。が、ようやくメリーさんの予定が空いたらしい。
「ブラックギルドががが」と悲鳴を上げていたのを覚えている。そのままお流れにならないかなぁ~と思っていたのだが、メリーさんはキッチリと覚えていたらしい。
早速というか、明日を逃したら次はいつになるか分からないので、明日行こう!!と言う流れになっていた。
最後の悪足搔きでもしますか。
「明日は本屋に行きたいから俺はいいよ。二人だけで……」
「なら大丈夫だよね。決定!!」
柳瀬さん?俺の話をしっかりと聞いていましたか?
予定があるって言ったよね?何々?本屋はいつもで行けるから予定に入らない。逃げようとしても無駄だって?
………悪足搔き失敗。俺は明日のお昼に三人でレストランに向かう事になりました。
休日が潰れる。朝だけとか、夜にちょとなら前半か後半に自由時間があるから、半日だけ潰れた気分になる。だけど、お昼に予定が入っていると、一日中ずっと潰れた気分になるのは俺だけだろうか?
俺だけ?そうですか。
見るからに不機嫌になっていたらしい俺を、柳瀬さんが引っ張ってギルドを出る。引っ張るというか、背中を押して。
すっかりと日は沈んで街には灯りが細々と灯っているだけ。
通り過ぎる酒場から聞こえてくる喧騒をBGMに、俺は柳瀬さんの後ろをトボトボと歩いていると、柳瀬さんが急にくるっと後ろを振り向いた。
急な事だったので、ドキッとしたのは秘密だ。
「ねぇツカサ君」
「……何?」
「怒ってるでしょ?」
「怒ってはない………」
「じゃあ不貞腐れてる」
「…………」
「否定しないんだ」
柳瀬さんは嬉しそうに笑った。なぜそこで笑う。笑う要素あったか?
でも、不貞腐れているのは確かだ。それが、自分勝手な気持ちだと言う事も理解しているから、余計に嫌になる。
「ツカサ君は案外と子供だよね」
「………もう子供じゃないっては言わないよ。でも、大人じゃない事は理解している」
「そっか。………私は嬉しいよ。ツカサ君が私に素の表情をいっぱい見せてくれるから」
「まぁ、この世界に飛ばされてから数か月。それだけ一緒にいれば嫌でも素が出るし、柳瀬さんに対して取り繕う気持ちも薄れる」
柳瀬さんは俺の表情が豊かになっていくのが好きならしい。柳瀬さんクラスになると、ボッチで無表情でいる奴よりも、表情豊かでマシンガントークを繰り出す奴の方が好きなのは当然だ。
俺だって初めからボッチだった訳ではない。小学校の頃は普通に話す奴もいたし、近所の人とも遊んだりしていた。だけど、中学に上がって隣りの小学校とも合流したことで環境が変わり、仲の良い友達が作れなかった。そこからボッチが始まったのだろうな。
要するに、慣れてくれば普通の会話も出来る様になる。………でも、約一年殆ど同学年の女の子と接する機会皆無だったことが原因で、家にいるような素は出せないけどな………。
「えへへ」
「何で笑う?」
「だって楽しいから!楽しいと笑うのは、人間の証だよ?ツカサ君だって本を読んでいる時は笑っているもん」
「それは……」
それは、知らなかった。
それは、よく見てるな。
果たしてどちらが言いたかったのだろうか?自分でも分からない。
ただ、自分の事を見てくれてた。と言う事実が嬉しかった。自分では認めたくなかったが………。
柳瀬さんは俺の前を歩く。まるで、道しるべの様に印象的だった。
その時、俺は決意する。柳瀬さんを元の世界に戻そうと。
次の日、深夜遅くまで本を読んでいて惰眠を貪っていた俺を起こしたのは、部屋のドアをノックする音だった。
初めはコンコンと軽いノックだったのだが、俺が寝ぼけて反応しないでいると、次第に強く大きくなってくる。
誰だろうか?オーナーさんや従業員の方なら、初めの数回で止めたりする。それにここまで強く叩かない。
と言うことは、俺がこの部屋に居ると知っている人だ。
………勿論そんな人、俺は一人しか知らない。ッというか、強く叩き過ぎじゃないですか?ドア壊れても弁償はせんぞ。
何て寝起きの頭でぼんやりと考えていると、ドアの向うの人はしびれを切らしたのか、声を上げて更にドアを強く叩いた。
「ツカサ君~~起きてる~!!!?」
こんな感じで俺の呼ぶ人間は一人だけ。隣りの部屋に泊まっている柳瀬さんだ。
俺が部屋に居るのを知っているかのように、柳瀬さんの呼ぶ声は続く。
「私だよ?まだ寝てるの~?昨日の夜遅くまで読書しているからだよ~」
怖っ!!?何で俺が昨日の夜読書をしていたとこを知ってんの!!?
まあl、よく考えたら、休日は殆ど同じパターンで行動しているから、俺が現状どんな状態になているのか、柳瀬さんが知っていても不思議じゃない。
「聞こえてないのか?それとも無視してるとか?………だったら、このドアを破っても弁償代はツカサ君持ちだよね!」
わざと聞こえるように言っているのか分からないが、このままでは本気で柳瀬さんはドアを壊してでも部屋に侵入して来るつもりだ。これまでの数か月で、柳瀬さんは冗談を本気にする場合があると学んでいた俺は、パッと布団から抜け出してドアを開いた。
弁償代だけは勘弁してしてほしい。余りにも痛い出費は嫌だ。
「柳瀬さんおはよう」
「あ、開いた……。うん。ツカサ君おはよう」
ドアを開けると、満面の笑みを浮かべる柳瀬さんがいました。
ドアを破る準備をしていたのか、腰を落として数歩下がっていることに気が付いたが、気にしたらダメだ。
「………で、用事は?」
「寝ているみたいだったから起こしに来たの。もう過ぐお昼になるからね」
やっぱりか。寝坊で食事会をバックレてやろうと考えたのだが、柳瀬さんにはお見通しだったらしい。
そこまでしてメリーさんとのお食事を楽しみにしているのか?
俺も感謝はしている。なので、今回のお食事と同じ位の金額を使ってお礼の品物を差し上げるくらいは問題ない。
では何が嫌なのか。食事だ。時間がとられるし、休日なのに部屋からでなければならない。あと、物にお金を使うと、食べ物にお金を使うを比べたら、圧倒的に前者を選びたいから。まぁ、俺個人の気持ちだから誰かに押し付けたりしないし、今回の件もメリーさんが望んだからと納得できる。
柳瀬さんを部屋に返しながら、二度寝したい気持ちを抑えて外行き用の服に着替える。というか、普通の服でいいや。
普通の場所だったら、このままの服でも俺は問題ないけど、レストランは別だ。ちょっと裕福な街民や商人が行く場所だ。貴族が行く様な高級レストラン程気を付けないといけないわけはないが、寝間着で行くのは違うだろうな。
服を着替えて身なりを軽く整えると、アイテムボックスから本を取り出して読書に入る。時間潰しには持って来い。
時間まで一ページでも読めればそれだけで俺は満足。というか、集合時間とか知らないから、柳瀬さんが再び呼びに来るまで手持ち無沙汰なだけなんだよなぁ。
数分経った。読んだページ数からして、約10分程度だと思う。
本の世界に入りこまない様に気を付けながら読書に入り浸っていると、再びドアがノックされる音が聞こえてきた。
「柳瀬さん?入ってもいいよ」
「ツカサ君?準備終わった?……って本読んでるし!!?」
入ってきたのは柳瀬さんだった。
部屋に入って来るなり、本の活字から目を離さない俺を見てツッコミを入れてくる。
「いや、暇だったから……」
「準備が終わったらなら、私に声をかけたら良かったのに。予約の時間とかもあるから、早く行かないと」
いや、予約してるとか今初めて知ったけど!?報連相って知ってますか~?
などと、脳内で勝手にツッコミを入れながら、本に栞を挟んでアイテムボックスにしまう。
さて、面倒なお食事に行ってきますか。寝起きだからあんまり食べる気が起きないんだけどなぁ。




