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66話「テンプレの前触れ」


 あれから柳瀬さんに殆ど会うことがなかった。

 時々あっても気まずくて何も話せずに、さっさとその場を去ってしまう。

 日に一回、食事をとる時に顔を合わせる程度。それ以外は部屋に引きこもっているからだ。


 というのも、依頼を受ける気力が無くなってしまったからだ。

 元々、冒険者になったのも、お金が欲しかったから。そのお金を、前のワイバーン戦で普通に生活していれば問題ないくらい手に入れてしまった。

 この世界では大人なんだから働いていないと……や、家族を養う為にお金を稼せがないと……なんて思わないし、養う相手もいない俺は、働きたくない。

 折角の異世界なので、時々依頼を受けてチート能力を堪能する以外は、部屋に引きこもって本を読んでいたい。


 堕落の生活。ひきこもりニート。そんな生活をここ二週間続けていた。

 コンビを解散したばかりなので、ギルドに行ってメリーさんに根彫り深掘り質問されるのも嫌だった。だから、宿から出ていない。

 だけど宿から出ない行けない時期がやって来た。そろそろ持っている本を全部読み終えるから、追加で買いに行かないと。




 そう思った翌日。書店が開く10時頃に合わせて宿を出る。

 久しぶりの外出で太陽が眩しい。夜に本を読むときは、光属性の『ライト』という光を放つだけの魔法を発動して読んでいるが、実際の太陽と魔法の光とでは性質が違う。多分、紫外線とかの関係だろう。


 書店に着いて一時間くらい物色。

 興味を持った本や、持っている本の続編を片っ端から買っていく。見つけた端から買っていく、それが真のバイヤーたる者……。と元の世界で知ったネタを呟きながらお会計。

 店員さんは量の多さに、持ち運びとお金を心配していたが、『収納スキル』持ちと銀貨数枚を払うと、快く送り出してくれた。

 やっぱり、識字率が元の世界と比べて低い異世界。本一冊の値段も張るし、買い手が中々現れない。本を読むのは、王侯貴族様か富豪、娯楽に飢えている者のみ。図鑑や資料本ならともかく、ライトノベルまがいの本はまだまだ高い。それ故に、たくさん買ってくれた俺に店員さんは上機嫌なのだろう。



 普通ならさっさと宿に戻るところ。だけど、気分がなんとなくギルドの方に足を向けてしまう。

 ま、依頼を受ける訳じゃなくて、ちょっと覗くだけならいっか。と、そんな思いつきで行動した。

 時刻は昼前。冒険者は仕事に出かけている時間帯なので、通りには混雑するほど人はいない。それでも、休みな者や、夜遅く帰って来て寝ていた者、昼から働き始めるルーズな者と、まばらに人はいる。冒険者以外にも、冒険者を相手にする店の者、はたまた両方を相手取る屋台。あくまでも一番混雑している時に比べては少ないって意味だ。




「ん?あれは……」


 と、なんとなく露店で売っているアクセサリーを眺めていた時だった。

 片っ端からアイテム説明を流し読みしていた俺が、ふと気になったアイテムがあったのは。



『森妖精のお守り』

 どこからか紛れ込んだのか、森妖精が持つお守り。これを持っていると樹海に入った時に迷わないとか……。効果は不明である。



 森妖精……確か、エルフの事だったよな?

 エルフと森妖精。カタカナと漢字の違い。実際はどこか違うのかもしれないが、俺には同じ様に思う。

 と、そんな事はどうでも良くて、どうしてこんな場所に?説明を見る限り、街に住んでいるエルフが作って売った物って訳じゃなさそうだし……。


 分からないなら聞いてみる。コミュ力は高くないが、会話できないほど重症ではない。

 露店を開いている者に聞いてみる。


「すみません、この商品って……」

「ん?兄ちゃんお目が高いね。これは銅貨八枚なんだけど……七枚に負けてやるよ!」


 買うなんて言ってないのに値引きされてしまった!これだから客に物を買わせようとする系の人は嫌いだ。

 って、負けても銅貨七枚か。元の世界基準で七百円。俺からすればラノベ一冊が買える値段、消して安いものではない。

 こんなアクセサリーに本一冊分の値段とか、どうして世の中の人はそんな物を買うのか分からない。


 だけど、このアイテムにはそれだけの価値がりそうなものだった。それは、俺に説明文が見えるお陰だろう。

 元の世界も、物の価値が絶対的システムによって決まっていたら面白いのに。と思いながら、俺は露店店員さんに銅貨七枚を支払った。

 説明文的に持っていても損はないだろうと判断したから。最近、数千万でお金が手に入ったから、ちょっとくらい役に立つかも知れないアイテム買い込んでも、金銭的に余裕が出来たからだ。あまりにも高価な物を爆買いすると直ぐに尽きるが、俺はそんなバカな事はしないと思う。


 「毎度あり!」という声を背に、足を再び動かす。

 手に取って『森妖精のお守り』を観察するが、特に変わった特徴は無い。手に取って「使用する」と思って見ても何も起こらない。

 やっぱり特殊な条件下でしか発動しないアイテムだろうか。エルフに合うまでは、アイテムボックスに仕舞いっぱなしだな。

 忘れない様にしないと、と俺はアイテムボックスにしまう。これが使われるのは、果たして来るのだろうか?






 ギルドにやって来た。久しぶりにこの騒がしい空気を味わう。いや、味わいたくないけど……。

 いつも通りの足取りで掲示板に赴き、貼ってある依頼書を眺めていく。

 「ゴブリン討伐」「カードック捕獲」「リーム鳥の駆除」「実験体募集」「王都行きの護衛任務(往復も可)」

 変わりない依頼書の山。これでも、一日で冒険者が最も多く依頼を受注しに来る時間帯を過ぎているとは思えない。

 流石都会。慣れてきているが根からの田舎者なので、この想いは変わらないだろう。王都に言ったらもっと多くなるんだろうなぁ。例えるなら東京の交雑電車。田舎だとあそこまで混雑するのは一年に数回レベルだし、そもそも俺は電車など数年に一回レベルでしか乗らない。東京に就職とかだったら、絶対に満員電車回避で一向に電車に乗れずに会社は遅刻。結果クビの未来まで見えるぜぜ!……ホントに異世界転生出来て良かったわ。


 などと考えながら一通り掲示板を見ていると、一際デカイ紙が貼ってあった。形式も依頼方式ではない。ギルドからの通達の様なものだ。


『 最近、冒険者の行方不明事件が多数発生しています。つきまして、各自警戒の強化と出先で海賊山賊、泥棒、犯罪者を見つけましまら、確保を出来るだけよろしくお願いします。貴重な情報源ですので、出来るだけ生け捕りで。報奨金もそちらの方が多額になります。何ぞとよろしくお願いいたします。 冒険者ギルドアルケーミ支部 』


 うわぁ、嫌な警告だ。

 街を経営しているお貴族様からではなく、冒険者ギルドのアルケーミ支部が注意張り紙を出していることから、冒険者だけを狙った犯行なのか?

 兎に角、俺も一応冒険者だし、気を付けないと……。


 と思った矢先、何かしら起こるのが小説やゲームでのテンプレ展開。俺もここまで来ると何かしら呪われているんじゃないと疑うレベルで起こる。

 バンッとギルドのドアが勢い良く開かれて、冒険者らしき(冒険者ギルドなので当たり前)人物が入って来た。


「だ、誰か!!?誰かイオを知らねぇか!!一昨日から全く姿を見せねないんだ!!」


 仲間が一人、急に失踪したみたいだ。男は焦っているらしく、大声でギルドで叫び続けて、知り合いらしき者に泣きついている。


「なぁ!!ホントに見てないのか!」

「知らねぇよ。昨日も言っただろが」

「あ~!!!折角上手く行ってきだしたってのに!!」

「はいはい、少し落ち着きましょうね。さぁ、こちらに。事情聴取しますので」


 ギルド職員が出てきて男を鎮火させると、ギルドの奥に引っ張て行く。カウンセラーのようなものだろうか?それにしても手馴れえたな。

 こんな事が多いのだろうか?それにしては初めて遭遇したし………あ、あの張り紙か。

 失踪事件。あの男が言っていたイオという奴も、急に連絡なしに消えたのだろう。一昨日からってことは三日前は一緒にいたということだ。

 まぁ、俺が考えても意味のないことだろう。でも、少しだけでも事情を聞いた方がいいかな?俺も冒険者だし。


 俺はそう思うと、受付カウンターを確認する。いつも通り、メリーさんが暇そうにしていた。

 こんな時、仲が良い……かは分からないが、少なくとも俺を知っていて普通に話せる受付嬢がいると便利だ。

 俺は人の合間を縫ってメリーさんの元に向かう。メリーさん以外は忙しそうにしているのに、ホント何で彼女だけは暇そうにしているんだろうか?仕事はできるのに。


 受付に近づくにつれて、メリーさんの表情が変化する。暇そうにダラ~っとしていた顔が、俺を見つけた途端に笑顔になる。用事があるから向かうのに、笑顔でチョイチョイと手招きをしている姿を見ると、右回転して出口に向かいたくなるのは俺だけではないはず。用事があるからしないけど。

 俺が更に近づくと「待ってました!!根彫り深堀り聞き出しましょう!!」とばかりに顔をニンマリとさせ、ないはずの尻尾をブンブンとフリフリさせる幻影が見える。あれ?メリーさんは犬の獣人族じゃなはすなのに可笑しいなぁ。

 で、真ん前までやってくると、飛び切りの笑顔でお茶を進めてきた。ここ仕事場だよね?


「お久しぶりです!!二週間ぶりじゃないですか?あ、お茶どうぞ。話が長くなると喉が渇いてしまいますので、適度に飲んでください。経費で全部落ちますから!」

「……………」


 経費はそんな感じで使っていいものではない。働いたことない俺でもそれは分かるぞ。経費の横領罪?見つかったら処分が厳しいんじゃないのか?

 まぁ俺が知ったことでない。と貰える物は貰っておく。あぁ、今日初めての飲み物は美味しいなぁ。


「ツカサさんお久しぶりです!!ホノカさんを振ったんですって!?」

「…は?振ったって、そもそも付き合ってないし告白された訳でもないから……」

「そうですか~?私は振られたって聞きましたけど?」


 てか、この人何で知ってるんだよ。あ、柳瀬さんに直接聞いたのか。

 柳瀬さんもよくそんな話を人に出来るよなぁ。女子の会話が尽きないって聞いたことあるし。

 っと、そんなことよりも聞きたいことを聞き出さなければ。上手く行けばギルドの極秘情報も喋ってくれそう。


「メリーさん、さっきの人のことなんですですけど………」

「あぁ!最近話題の失踪事件の話ですね~。私も部署が違うので詳しくは知らないんですが、なんでも冒険者ばかりが失踪するらしいですよ」

「その辺は掲示板で見ました」

「話はここからです!!街の様子は至って普通、この話は冒険者の中だけで事件になっていることなんです。だから、捜査もここの伯爵様主導ではなく、うちのギルドが行っているんです!」


 ひとまず、俺の考えは当たっていたと。犯行対象が一般人に広がるとは今更考えられないが、冒険者だけって言うのも妙だな。何かしら理由があるとみた。

 まぁ、俺は探偵でも古本屋の店主さんでも、大学の教授でもないから謎解きなんか解けないけどな。飽くまでも自分のための情報収集だ。ゲームなんかでも街中歩き回るし、見かけたNPCは必ず話しかけるタイプだ。現実ではできないからしないけど……。


「ギルドとしても本部の上層部には伝わっていますし、長期間続くようならギルドセイバーの派遣も考えているみたいですよ?」

「へ~そうなんですか……………」


 だから、何でこの人は本部上層部の動きを知ってんの!?俺はそこが一番気になるよ!!


「一か月位前から最初の行方不明者が出て、そこから緩やかに増え続けているんです。最近は三日に一人は行方不明になるらしいですし………。ツカサさんも気を付けてくださいね」

「まぁ、そこは分かってます。最近は宿の外にあまり出ませんし……」


 俺の事を気遣ってくれるメリーさんに、俺は気を付けていると答える。

 が、メリーさんはシリアスだけでは生きていくことが不可能ならしい。すぐさま態度を変えて俺にすり寄って来る。


「そうですね~!ツカサさんはBランク依頼も難無くこなせる凄腕魔法使いですもんね!……それで、最近難易度の高い依頼が少々溜まっていまして………」

「煽ててもやりませんからね」

「ちぇ~。ここは三大都市のギルトと言っても、支部は支部。更に南の支部です。強い冒険者なんて王都やもっと北の支部に行ってるですよ~っだ!」


 何か愚痴り始めたぞ。要するに、Cランクの俺でもこのギルドに取っては高ランクでかなりの戦力って事だろう?魔王軍のせいで強い冒険者は王国の北側に流れて行っているから。


 幾ら言われようが、俺は難しい依頼を受けるつもりは毛頭ない。遊んで暮らせるレベルの貯金があるのに働くとか馬鹿じゃないの?

 まぁ、税金とかかかるらしいから出来るだけ早く本に変えてから、また細々と冒険職を続ければいい。クレーミヤに戻るのもいいかもしれない。転移系魔法を覚えたら。


「それでは、今日の依頼は………」

「今日は受けないけど……」

「えぇえ!!!なんですと~~!!ツカサさん私は今、高ランクの冒険者が不足していると言ってましたよね!!?ここは張り切って依頼を受けるべきでしょうが!!」


 笑顔で依頼書を取り出すメリーさんに俺は拒否すると、怒鳴られた。と言っても、同年代の可愛らしい声でだ。擬音語に直すと「プンプン」これでビクつくような俺ではない。元の世界での父さんと比べるまでもない。

 俺が受けないと言っているのに、勝手に依頼書をカウンター下から取り出して「これとかこれとか、あとこれも………」と俺の前に並べ始める。


「ホントに受けるつもりないんですけど……」

「やっぱり!?ぐぬぬ。やっぱりツカサさんの攻略は難しいですね……。何でそんなに受けたくないんですか?少し前まではなんだかんだ言って受けてたじゃないですか」

「………貯金あるから」

「やっぱりお金ですかちくしょう!!」


 本当はお金だけじゃない。ただ働く気分になれないだけだ。

 元々冒険職はあこがれから始めた仕事で、生活に必要なお金が最低限稼げればいいと思っていた。異世界スローライフだ。

 本が欲しいと働く気にはなるけど、面倒な依頼はパス。


「お金もいいですけど、ここまで才能持っているんですから、もっと上を目指そう!!とかSランク冒険者へ!!や俺が魔王軍をぶっ潰してやるぜヒャッハー!!!とか思わないんですか?」

「…思いませんよ」


 って何でそんなネタ知ってるんですかねこの人は。

 この世界言葉でそれに似たニュアンスを言っていて、俺の異世界翻訳機能が勝手に脳内で俺が知っている言葉に変えているだけなのか?

 そう言えば、何で元の世界のネタを知ってるんだよ!!ってなるのも、異世界転生のテンプレートだよなぁ。


「もういいです。今日はツカサさんには頼みませんよ~だ。ホノカさんは真面目に働いていると言うのに……」


 柳瀬さんは今日も真面目に働いているらしい。人生に熱心で結構な事ですな。

 元の世界でも、何故か働かないといけない雰囲気だったよなぁ。いやなのに会社に入ることが正しいという風潮。なのに、面接ではことごとく落とされる矛盾。だったら、そこまでして会社に入る必要性が全く感じられない。多分。、俺の感覚が狂っているからだろう。自覚はある分だけ嫌になる。

 柳瀬さんは何をしているのか気になった俺は、ついついメリーさんに聞いてしまう。


「あの、柳瀬さんは今日は何処に……」

「やっぱり気になっちゃうんじゃないですかやだ~。えっと、今日はダンジョンに行くって言ってましたよ?」

「そうですか……」

「やっぱり気になって追いかけちゃったりします?」

「しませんから。 それじゃあ、今日はこの辺で。情報提供ありがとうございました」


 話題が再び嫌な方向にシフトしようとしたので、俺はお礼述べた後ギルドを出る。久々のギルドで、常設されている食事場所から漂ってくるキツイ酒気で酔いそうだ。


 俺はギルドを後にして宿に戻った。長いというべきか分からないが、それなりの期間この宿のお世話になっているので、入り口に座って店番をしている女の子とも顔見知りになる。

 女の子の「おかえりなさい」と言う言葉に会釈して階段を上った。最近はずっと宿に居るので、数日分のお金は一気に前払いしている。もしも早く出ることになったら、余分なお金は戻ってくるシステムも導入。ホントにこの宿は最先端だ。普通ならチップとして戻ってこないのに。


 受付で受け取った鍵でドアを開けると、外に出ていた緊迫感から解放されてベットに寝転んだ。

 リラックスの体制でそのままアイテムボックスから本を取り出す。先ほど買ったばかりの新刊だ。

 早速読んでいこう。




 この時の俺は、あんな事になるなんて持っても見なかった。だけど、後から考えたら伏線は張られていた。俺が気づいていなかった、気づいてないふりをしていた。

 俺がどうするべきなのか、それはあの時に決まっていたのかもしれない。



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