62話「初めてのワイバーン戦」
ワイバーンというものは、ドラゴンとよく間違わられる。なぜかというと、姿がよく似ているからだ。
ドラゴンの頭にコウモリのような皮膜の翼、鏃のように尖った尾をもつとされる。生物学的にはドラゴン種の亜種に当たる。
見分け方は簡単で、前足と羽が同化しているのがワイバーン。四本で地面を立っており、羽が別部位化しているのがドラゴンだ。
強さとしては小型のドラゴンよりも弱い。ただ、小型のドラゴンがBランクでも戦える者が限られていることから、ワイバーンの戦闘力はBランク相当。ベテランCランクパーティーがやっと戦えるレベルの相手なのだ。
大陸各地に生息しており、地域によっては特殊な形で進化した種も存在するとか。今回俺と柳瀬さんが相手にするのは、至って普通の種。
巣は鳥の巣を大きくしたもので、卵の大きさは大きいもので一抱えするものから、ダチョウの卵程まで。持って帰るのに苦労をかける依頼品だが、アイテムボックスがあるので問題ない。
というのを、朝起きて朝食を食べている最中に話した。
俺自身の確認の為というのもあるが、異世界知識がまだまだ乏しい柳瀬さんの為が主だ。
「う~~ん………。一気に言われても覚えられないよ」
「覚えてもらえるのが一番良いけど、重要な点だけ気にすればいいよ」
「重要な点って?」
「今までよりも強いから慎重に行動するってこと。後は、翼があるから空からの攻撃が中心」
「なら、ツカサ君が魔法で地面に落として私が切る!!だよねっ!!」
空を飛ぶ敵は、俺が魔法で撃ち落として柳瀬さんが切る。
パターン化された戦法だ。
今回も柳瀬さんは張り切っている。
そんな中悪いのだが、一つお知らせがあります。
「あ~うん。その戦法で間違ってはないんだけど……」
「いないけど……?」
「ワイバーンはドラゴンの亜種だから、鱗があって斬撃系の攻撃が通り難いんだよ」
「……えぇ!!」
切るという攻撃方法がワイバーンに通じ難いと説明すると、柳瀬さんは目を大きく開いて驚く。
その後、頭を抱えて落ち込んだ。意気込んでいた分、役に立たないと言われて反動が来たのだろ。
そのままでは可哀想だ。そう思った俺は、その後に話すつもりだった言葉を述べる。
あるゲームでも、鱗があるモンスターには攻撃が通じ難かった。
そういう時はどうするのか?
簡単だ、
「いや、そこまで悲観的にならないで大丈夫だよ」
「……本当に?」
うじうじしている柳瀬さんが、こちらを振り向く。
頭を上げてウルウルとした目を向けて来るのに、ちょっとくらっと来た。っと、そうじゃない。
「本当。鱗と言ってもドラゴンの様にガチガチじゃない。蛇の鱗がちょっと進化したようなものだよ。ボロ剣だと通じないかもしれないけど、柳瀬さんの剣なら大丈夫だと思う」
「……はぁ~良かった~~。もうっ!!不安を煽るような形で言わないでよ!」
怒られた。そこまで不安を煽る言い方だっただろうか?
俺としては柳瀬さんが俺の話を最後まで聞かずに落ち込んだだけなんだけど………。
まぁいいや。柳瀬さんの気分が戻ったなら。
気分が戻ったというより、若干怒っている雰囲気があるが、そこは許容範囲内だろう。
戦闘に持ち込まなければ、俺は何とも言わないからな。他人の気分なんてどうでもいいし。
野営の後片付けを終えると、ワイバーンの巣を探す。とは言え、見えないものを手探りで探すよりは簡単だ。
モンスターの生息地が分かっているので、その他の情報もある程度集まってくる。その中にも、巣の情報も当然あった。
「確か、森の木が密集してない場所にあるって話だよね?」
「そうだったかな。なら、マップ機能で辺りを探索すればある程度場所は調べられる」
「じゃあ私は辺りを警戒しておくね」
俺がマップ機能で森の中にある平地を探す。俺のマップは、ゲームのように簡略化されてなく、行ける場所全てが詳細に表示される。リアル過ぎるのだ。だから、縮図を限界まで狭めると木の一本一本まで詳細にみれる。
今回はそこまで縮小する必要はないので、デフォルトからほんの少しだけ縮小して探す。先ずは平地を探してから、マップを更に縮小してワイバーンの巣が存在するかどうかを調べる。
平地は見つかる。が、巣が中々見つからない。
「あ、やっとあった」
「ホント?どの辺かな?」
マップ機能が表示される範囲をそろそろ全部調べ尽くしたから、移動を考え始めた頃、やっとマップの端の方にある平地に見慣れない表示があらわれた。
初めて見る表示なので、何があるか分からない。だけど、形から巣だと断定する。
「マップで見れるギリギリ範囲。あっちの方向でかなりの距離だと思う」
「じゃあ今すぐに出発しないとね」
「そうだな。違うかも知れないけど、もしワイバーンの巣だったら近づくとワイバーンが襲って来るかもしれないから気を付けて」
「うん。最近は音にも敏感になったんだから!」
何それ凄い。音でモンスターの位置を把握できるって、正しく冒険者じゃん。いや、俺たち冒険者だけどさ。なんかベテランって雰囲気がするスキルだな。
俺の場合はマップ機能に頼り過ぎているから、音や匂いでモンスターの接近を感じるっていうのが出来ない。
ロマンあるけど、どちらというとマップ機能の方がロマンがあるからいいけど……。
柳瀬さんの成長の仕方に驚きを隠せない。柳瀬さんは本当に冒険者に向いているのでは?
一人でもある程度冒険者としてやっていける様になって来た柳瀬さんを見て、俺は改めてそう思った。これでもうこの世界でやっていけるだろう、と。
平地などの見渡しの良い居場所ではいざ知らず、こんな森の中で『移動速度上昇』をつけても効果はあまり期待できない。なので、ペースは落ちるけど慎重にワイバーンの巣と思わしき場所に歩いて向かう。
ジャングルや大森林の奥地みたく、木々が生い茂って迂回するか切り倒して出ないと進めないという事はなく、時折枝が邪魔で進めない程度で進んで行く。
巣に近ずいて森の奥に進んで行けば行くほど、ワイバーンと思わしき影が空を徘徊している。マップでは陸と空の区別が付かないので、余計に慎重になる。
「ま、また鳴き声が聞こえるよぉ」
「やっぱり巣に近づいて来ている証拠だな。マップでも、沢山反応が表示されている」
更に、沢山のワイバーンが生息しているのに、巣が一つと言うはずが無い。移動して近づくにつれて、巣と思わしき表示が増えていく。
生息地と言うだけの事がある数だ。
もしかしたら、これはとんでもなく難易度の高い依頼だったのでは?
元々Bランクの依頼だし………。メリーさんが進めてきたっていうのも怪しい。
もしかしたら、ハズレ依頼なんじゃ………。
そう思い始めた頃、一体のワイバーンがこちらに向かって来た。確実に俺と柳瀬さんを狙っている。
「ぐぎゃぁ!!」
「わ、わ!!ツカサ君こっちに来るよ!!」
「柳瀬さん落ち着て。目で追えない程素早いわけじゃな。対処は簡単だよ」
こちらに向かって飛行してくるワイバーンに、柳瀬さんは少しばかりテンパった。反応が一々大きい柳瀬さんだけど、今回ばかりはいつもと違うモンスターが原因なのか、少し慌て過ぎている。モンスターが空から襲ってくる事に、戸惑いがあるのだろうか?
俺は柳瀬さんに声をかけて落ち着かせると、数秒置いてワイバーンが俺と柳瀬さんを捉えた。
「ぐぎゃ!!ぐぎゃぁ!!」
「おっと。『マジックバリア』」
ギャンッ!!
タイミングを見て回避すると同時に魔法障壁を展開すると、ワイバーンのかぎ爪が魔法障壁に当たる。今まで聞いたことない音が響く。
魔力も多めに込めたのだが、今の一撃で壊れかかっている。
流石Bランクのモンスター。一筋縄では行かないらしい。
「柳瀬さん、空を飛ぶモンスターと一緒だ。俺が先に撃ち落とす!」
「わ、分かった」
俺の号令で柳瀬さんが剣を抜いた。赤黒い刀身が太陽の光に反射して、不気味に光る。
『軽い血の針剣』(ブラッドレイピア)はゴーヴァストさんから譲って貰っていらい、今日までゴブリンロードと言ったボスモンスターを倒して来た名刀だ。この剣なら、ワイバーンの鱗を難無く貫けると思う。
柳瀬さんが剣を構えている間、視界にワイバーンを捉える。地上から数メートルの場所を徘徊し、怒り狂った目で俺を見ている。
ワイバーンを視界にとらえると、ターゲットカーソルが現れて、ワイバーンをロックした。これで外さない。
魔法をイメージする。属性は氷。羽を貫ける様にツララの様に鋭く生成していく。
イメージ完了。魔力を通してイメージ通りにツララを世界に生成していく。その数十本。
俺が攻撃を開始してくると踏んだのか、ワイバーンは俺に向かってもう一度突っ込んで来た。かぎ爪がキラリと光る。
「あの攻撃が当たったら痛そうだなぁ」と、この雰囲気に似合わない事を考えながら、更に魔力を通して、
「『アイスニードル』十連発だ!」
初級氷属性魔法『アイスニードル』を連続で発動させた。
ヒュン!!ヒュン!!と音を立てながらワイバーンに向かって発射されるアイスニードル。
迫りくるアイスニードルの初撃を避けられて、二撃目が翼を貫く。三撃目と四撃目避けられて、残りの全弾が被弾した。
羽はボロボロ。流石のワイバーンもこれでは飛べないのか、真っ逆さまになって落ちてくる。
「今度は私が……!!やぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」
ドスンッと落下したワイバーンの一瞬の隙を突き、柳瀬さんが走り寄る。
落下したワイバーンが地面に衝突し、体制を整える間に柳瀬さんはその体に剣を振るう。
振りかざして一撃。切り返して二撃。ワイバーンが体制を整えるまでの間だからそれだけしか攻撃を与えられなかったが、それでも刃は通った。
「ぐぎゃあ!」
「通ったッ!けど効いているの!!これ!?」
血飛沫が地面を濡らす。柳瀬さんももう血を見ても引かない。それどころか、あまり効いていないワイバーンに不安を口に出す。
ワイバーンは柳瀬さんの攻撃に怯むが、直ぐに柳瀬さんを睨む。今までのモンスターは、大抵これだけで瀕死になっていた。だが、ワイバーンを見るにピンピンしている。柳瀬さんが不安を口に出すのも仕方のない事だ。
俺の魔法と柳瀬さんの斬撃。確かにピンピンしているように見えるワイバーン。だけど俺からすればそんなもの関係ない。
「大丈夫、確かにダメージが通ってないように見えるけど、相手のHPゲージは減っている。油断せずに地道に攻撃し続ければいつかは倒れる」
「そっか、分かった!!援護よろしくね!」
モンスターをハントするゲームの様にいつ終わるか分からない。なんてことはない。
俺には自分や柳瀬さんのHPゲームだけでなく、敵モンスターのHPゲージも分かるのだ。なので、柳瀬さんの不安を吹き飛ばす事ができる。
柳瀬さんは俺の言葉を聞くと、ワイバーンに向かって走る。
ターン制バトルのように、ワイバーンも黙って柳瀬さんの攻撃を受けるだけではない。ワイバーンは軽く飛び上がると、柳瀬さんにかぎ爪を振りかざす。
「右に避けるよ!!」
「分かった。……『ファイヤーランス』」
「ギャァァ!!!」
「ふん!!」
「ぎゃっ、ギャァァ!!」
柳瀬さんがワイバーンの振りかざしたかぎ爪を右側に回避すると、俺は中級炎魔法『ファイヤーランス』を撃った。
柳瀬さんが回避して攻撃が空ぶったワイバーンは、避ける暇もなく俺の魔法の餌食となる。更に、痛みに叫んでいるワイバーンに、柳瀬さんが再び剣を振りかざす。
突き刺さったファイヤーランスで体内を焼かれ、止めとばかりに繰り出した柳瀬さんの連撃を受けて、ワイバーンは先程とは桁違いの叫び声を上げる。
のたうち回るワイバーン。どう見たって瀕死寸前だ。
俺の視界に移るHPゲージも残り僅か。後一撃攻撃を与えるだけで絶命するだろう。
「お、終わり……だよね?」
「…自動回復とか、最後になってHP全回復ギミックとか、そう言った理不尽な設定じゃないならな」
「え?……ギミック?設定?え?ツカサ君何言ってんの?」
俺がゲームなんかで倒したと思ったら、HPが全回復してもう一回倒さなきゃいけない面倒なギミックを思い出しながら、少しふざけ気味に答えると、柳瀬さんは俺を痛い人を見るような目つきで(実際にそう)見てくる。
別にいいだろ。そう思ったんだから。柳瀬さんには共感しづらい言い方で悪かったな!
「別に深く考えなくて良いよ。こっちの話だから。……で、トドメ指すけど?」
「あ、待って!私がするよ。ツカサ君は魔力を温存しておいて」
俺がワイバーンにトドメを指そうとすると、柳瀬さんがストップをかけた。
俺が魔力を削って終わらせるより、柳瀬さんが動いた方がコスト的には低いからだ。
魔力の温存を考えるようになるとは……異世界召喚初期の柳瀬さんとは大違いだな。
俺は柳瀬さんに任せて身を引いた。
柳瀬さんはワイバーンに向かって何かを呟くと、剣を突き刺した。俺の視界でも、ワイバーンのHPゲージは無くなり、ワイバーンは命の灯が搔き消える。
向こうは何も悪くない。ただ、俺と柳瀬さんに襲いかかったから返り討ちにしただけ。襲わなかったら命があったかもしれない。そもそも、ワイバーンは巣に向かってくる人間を追い払おうとしただけ。自分たちの生活を守ろうとしただけだ。
それが分かっているから、柳瀬さん死骸に向かって手を合わせる。弔いだろう。俺には理解できそうで出来ない。
ワイバーンの弔いが終わると、俺のアイテムボックスにしまう。個人ではなくパーティーとして倒したものだし、そもそも柳瀬さんの魔法袋だと入りきらないからだ。
ワイバーンは一応竜種なので亜種とも言えど、その素材の使い道は多種多様だ。武器にしろ防具にしろ、鱗や骨、肉や内臓、血に至るまで使える素材。推奨Bランクのモンスターなので、討伐可能な冒険者も限られている。常時依頼でも報酬金は多い。
持って帰らない理由がない。ただ、翼はボロボロで使い物にならないのが反省点だろう。首を一撃で一刀両断するくらいしか、討伐状態の良い方法はないので、これでもいい方だと思いたい。
ただ、考えるべき事と言えば……。
「売って金にするか、それとも強い武器を作る素材にするか………」
「私はどっちでもいいよ?」
俺の声が聞こえていたみたいで、柳瀬さんはどちらでも良いと意見を述べる。
ま、お金にも困ってないし、いつか素材として必要になるかもしれないので、アイテムボックスにしまっておく。ゲームの様に腐らせたりしたくないものだ。
と、初めてのワイバーン戦は終了。
感想としては、確かに強い。今まで相手にして来たモンスターよりもランクが高いだけはある。が、それまでだ。
ダンジョンで倒したゴブリンロードよりは劣るし、楽に倒せないHPが高い雑魚敵と言ったところだろう。
ワイバーンをしまって再び巣に向けて出発進行。と思ったのも束の間。
僅か数分歩いただけで、ワイバーンの大群と対峙することとなる。とは思いもしなかった。




