61話「オリジナル補助魔法」
見張りとしてマップに気を付けながら本を読む事数時間後。本を一冊と半分位読み終えると、流石に限界を感じてたので、柳瀬さんを起こした。
体感時間で約五時間程。寝足りないと感じているはずだが、柳瀬さんは俺が声を掛けると直ぐに起きてくれた。
俺だったら絶対に起きれないのに頑張ってくれるな。
「ふぁ~あ、おはよう。私は十分だからゆっくりと休んでね」
「いや、普通に日が昇り始めたら起こしてくれればいいから。じゃあおやすみ」
「うん!おやすみ!」
テントに入るとアイテムボックスから毛布を取り出してくるまった。
頑張ればもう少し行けるが、この時間帯が一番眠くなるのか、瞼を閉じると直ぐに夢の世界にいざなわれる。
明日の移動、魔法でその辺を強化出来る様にならないとな。
魔法の使用に付いて課題を決めた後、俺の意識は途切れた。
パッと目が覚めた。
まだ寝足りない。
そう思うが、このまま二度寝に入ると柳瀬さんに迷惑がかかってしまう。
俺は起き上がると、毛布をアイテムボックスの中にしまい込む。
あくびをしながらテントの外に出ると、柳瀬さんが焚き火をぼんやりと眺めていた。
もう直ぐ消えそうなほど弱い。
「あ、おはよう」
「おはよう」
「どう?疲れは取れた?」
「『ファイヤー』……取れたっていうか、寝起きで怠い」
炎を追加で発動しながら柳瀬さんに答える。寝疲れというやつだろうか?というか、寝て疲労が回復している気なんかしたことが無い。
寝起きできついのだが、朝ご飯を食べなければらなない。昨日の残りがあるなら、ここで食べるのだが生憎何も残っていない。
朝に夕飯の様な支度は出来ないので、パンを火で焼いて口に含む。それだけで口の中がぱさぱさになってしまう。
元の世界なら牛乳と言う選択肢があるのだが、ここは異世界。
ミルクも売っているが、基本的に食堂で飲む程度だ。買って持ち歩くほどでない。
水で流し込んで朝ご飯は終了。
朝食べないと動けない。よく聞くが、俺は別にそうでもないので終わりだ。
柳瀬さんがまだ食べているが、俺には関係ない。
朝ご飯を食べ終わると、いつまでもここで時間を潰している暇はない。
テントを片付けて、焚き火の火を消す。まだ使えそうな木を回収して準備完了。
その頃には柳瀬さんも食べ終わって準備を終えている。
それでは出発進行だ。
「じゃあ出発進行!」
あ、柳瀬さんも同じ事考えてた。口に出せるかどうかの違いだけど。
歩く。歩く。歩く。歩く。歩くしかない。
ただの散歩なら景色を眺めながらゆったりとしていればいいのだが、現実は違う。
辺りの警戒をしながら限界速度で移動する。
俺としてはかなりのペースで歩いているつもりなのだが、柳瀬さんは体力があるからか、難無く付いて来る。
柳瀬さんは全く問題なさそうで、問題があるのは俺の方。
俺は何とかできないかと考えた。
歩くペースを早めるにはどうすれば良いんだっけ?小説で何かヒントは無かったか?
体力を常に回復し続ける…………は無駄な魔力を消費するだけだ。多分だけど、体力を回復し続けても意味はない。
回復するならもっと別なものだ。筋肉疲労?が一番近いだろうか?
でも、どうやってイメージすればいい?イメージし辛いので一先ず置いておこう。
別な観点からいこうと思う。
よし、この世界がゲームだったらどうやって移動速度を上げるか?この観点だ。
ゲームだったら、バフだな。
バフをかける方法は主に二つ。補助魔法かポーションだ。
今の場合、ポーションは持ってないから却下。ならば俺に出来るのは魔法をかけることだけ。
補助魔法というのもある。どんな魔法かはそのままの意味、補助系の魔法だ。
補助魔法は、イメージがしづらいのもあって、成功したことはない。いや、長ったらしい詠唱をキチンと唱えれば発動する。
俺が考える魔法、イメージによる発動は出来ないと思い込んでいた。
魔法………イメージが大切。ならばそのイメージは明確でなければダメなのだろうか?
そう思った俺は、早速試してみる。
イメージするのは、『移動速度上昇』。小難しい原理などは吹っ飛ばす。只々移動速度上昇を考える。
すると、魔力が消費されていく感覚が来た。NPゲージもほんの少しだけ減っている。
何か変化が見れないか?俺は探した。
「あれ?ツカサくんペース上げて大丈夫なの?」
「え?……上がってた?」
柳瀬さんに言われて初めて気が付く。そういえば、景色の流れが少しだけ早くなったような……。
と、初めに見るべきだった場所にアイコンが表示されている。
バフやデバフがかかってる時に表示される場所だ。なぜ早くに気付かなかったのか謎だ。あ、ゲームしている時もデバフ見てなくて勿体ない事を何回もした事があったけ……。懐かしい。
と、そんな事で感傷浸っている場合ではない。今はバフがどの様なものなのか調べないと。恐らく移動速度上昇だと思うが、何らかの原因でデバフが掛かっていたら大変だ。
俺は視線をアイコンに集中させて、説明を出した。
『移動速度上昇』
思った通りの効果だった。
伝えなくてもいいのだが、柳瀬さんが横に並びながら顔を覗き込んでくるので、俺は仕方なしに説明を開始する。
「オリジナルの補助魔法を使ったんだよ。移動速度上昇ってやつ。効果は読んで字のごとく」
「あ、だからペースが上がったんだね」
「そういう事。まさか俺も成功するとは思わなかったけど……」
ここで一つ、ある疑問が湧いてきた。それは、自分でなぜ速度上昇に気付かなかったのか?だ。
柳瀬さんも気になるようで、俺は思った仮説を説明していく。
「多分だけど、普通は移動する前の状態にバフを掛けるだろ?で、俺は移動しながらかけたから、同じペースで足を動かし続けたんだ」
「あっ!同じ速度で動かし続けているなら、バフを掛けた後の方が速くなるのは当然だよね」
「そうなる。だから意識して足をもっと早く歩けば……」
試しに足を速めると、一気に加速した。柳瀬さんが後ろに下がり、会話が少しだけ困難な距離になる。
このままでは柳瀬さんが付いてこれない。そう判断して、ペースを落とす。
「わぁ~!!ランニング位の速さだったよ!!」
柳瀬さんが感想を言ってくれる。
それは良かった。歩く程度の運動でランニングの速度になる。それだけでも、体力の少ない俺にとっては大助かりだ。
ただ、一つ気掛かりな事がある。
それは、
「俺以外にも効果はあるのか?」
俺が『速度上昇』を使った時は無詠唱でイメージしただけだった。いや、無詠唱ですらないかもしれない。
単に、自分に『速度上昇』が付け!と思っただけだ。魔力が消費されているので、魔法に間違いは無いと思うが、チートにも程がある。
それがもし自分以外にも影響を与えるとすれば?俺一人だけが強いなら、まだチート野郎で済む。だけど、俺以外にもこう言った補助魔法を思うだけで与えられるなら?
人手さえ集めれば、誰にも敵わない軍団が作ることが可能だ。
正直言って怖い。自分の力に恐れをなしたとか、そんなのじゃない。もし誰かにバレて利用される事に対してだ。
俺はチート能力は好きだけど、それを利用されるのは大嫌いだ。
考えてみろ。自分がしたいことの為に手に入れた力なのに、他人の利益のために自分の意見などないように働かされるのは。
だからか、王道の世界最強系よりも、実はこいつが世界最強っていう方が好きだ。
まぁ、そこは置いておいて。自分の能力が何処まで通用するのかを調べるのは当然として、それを知った後にどう動くかが大事になってくる。
俺としては自慢もせずに今まで通り、宿代と本代を稼げれば後はどうでもいいんだけどな。
と少し気にする程度で考えてた裏腹に、柳瀬さんはただ単純に気になった事を聞いてくる。
「試してみようよ!」
さぁ!!カモン!!とばかりに両手を広げて歓迎のポーズを取る柳瀬さん。
俺は、こんな気楽に生きていける柳瀬さんに、少しだけ羨ましい気持ちを抱きながら了承する。
「分かった。じゃあ、俺と同じペースに合わせて…………よし。かけて見るから」
「うん!『移動速度上昇』ってどんな感じなんのかなぁ?」
走るのが好きだからだろうか?
柳瀬さんは早くも『移動速度上昇』の効果を楽しみにしている様子だ。
俺は自分に掛けた時と同じように、柳瀬さんに向かって「移動速度上昇を付属」と思う。
流石に一回で成功するかは分からないので、数回唱えて数十秒待っているが、
「……………………」
「……………………」
「……………変わらないね?」
「……………そうだな。失敗かな?これは」
いくら待っても柳瀬さんの移動速度は変わらない。
もしかしたら、柳瀬さんが気付かないだけで、バフはかかっているのかも?
俺はそう思い、視界内に見えるゲームの様な機能の一つ。俺よりもコンパクトに表示されている柳瀬さんのゲージを確認するが、バフデバフを示すアイコンは無かった。
失敗というよりも、俺以外には付属不可能だと判断する。
楽しみにしていた柳瀬さんは、少しだけシュンとなるが、直ぐに元気を出して俺の補助魔法取得を讃えてくれた。
「そっか~。仕方ないよね。うん!一先ずバフの取得?おめでとう。ツカサ君!」
「あ、あぁ。ありがとう。でもさ、これ使うと柳瀬さんが付いてこれないでしょ?」
「そんなことないよ!!私は大丈夫。軽いランニングのつもりでついて行けば良いから!ほら、私、体力だけはあるから!!」
「そ、そう?でも幾ら何でも………」
「大丈夫だって!!折角使えるようになったのに使わないのは、それこそ勿体ないよ!」
柳瀬さんにもバフが掛からないなら意味が無い、と使用中止にしようとする俺に、柳瀬さんが食い下がる。
確かに柳瀬さんは陸上部のエースだったから、体力は俺よりもあると思うけど………。
それとこれは話が別ではないか?
流石に悪いと思って引き下がる俺だが、柳瀬さんは譲ってくれない。
変な部分で頑固になる柳瀬さんの気持ちが全く分からないぞ。
このままでは柳瀬さんは絶対に引き下がらない。
何がそこまで思い立たせているのか分からないが、ここは素直に妥協点を見つけるべきだ。
「だから!!私は問題ないから、ツカサ君は遠慮なくバフをかけたら良いよって言っているでしょ!!私は走れるんだから!!」
「あ~もう!!分かった。分かったから喚かないで」
「あっ!うぅ………。ごめんね、私もそこまで強く言うつもりは無かったんだよ?」
俺が鬱陶しそうに承諾すると、柳瀬さんは先ほどまでの自分を振り返って顔を赤くして反省する。
頬を染めて「許してください……」と言う表情を見たら、許すしかほかはない。
と言っても、俺はこれと言って根に持つようなタイプではないので、元々許すつもりも何も無かったのだが。
しかしルールは作っておくべきだ。
「そこまで怒ってないから。…で、幾ら何でも常時バフをかけるつもりはない。今回みたいに、急ぎたい場合や緊急事態以外は普通に歩くよ。逆にそういった時には柳瀬さんは悪いんだけど、バフを使用させてもらう。これでいい?」
「うん。それでオッケーだよ!でも、その場合一時間に一回は小休憩が欲しいかな?自分が言っておいてなんだけど………」
「そこまでは鬼畜じゃないし、俺の脚にも限界があるからな。気を付けるとする」
「ありがと。あ、小休憩って言っても、少し立ち止まるかペースを落として水分補給する程度で大丈夫だからね」
「まぁその辺はモンスターとの戦闘とかもあるから適度にと言う事で」
そんな感じで話し合った。
これが意味のない話し合いになると分かって居ても、柳瀬さんが楽しそうに話す姿を見れば、ついつい俺が決めたことを忘れて付き合っている自分が居る。
数日後に、残酷な決断を柳瀬さんに伝えるはずなのに………………。
それからは順調に進んだ。
昨日の分の遅れを取り戻して、更に今日到着できれば良いと思っていた森には、日が暮れる前には到着出来た。
途中でモンスターとの戦闘もあったが、それでも巻き返すことが可能なペースを維持できた。
『移動速度上昇』このバフは、移動に大きな革命を齎すかのしれないバフだな。
そんな感じで、『ワイバーンの巣から卵を取ってきて!』の依頼二日目は終わった。
と言っても、まだ夜の見張りが残ている。
数日間野営をする時は睡眠時間の兼ね合いも考えて、基本的には一日目と同じ順番にしている。
昨日と同じようにテントを出して夕飯を作り、交代の為に柳瀬さんが早く寝て俺が見張りを兼ねて起きている。
食後の読書に取り出したのは、昨日の夜読んでいた本。ではなく、モンスター図鑑だ。
明日は初めてのワイバーン戦闘。
元の世界で読んだ知識から、大体の事は知っているが、俺の知っている知識と誤差があったら困る。だから、確認を取るだのだ。
本を読む事には変わりないし、確認してて損は起こらないからな。
少しだけワイバーンの情報を確認した後、別な本を取り出してマップに気を配りながら時間を潰す。
本を二冊分読んだところで、見張りを柳瀬さんに変わって寝ることにした。
明日が今回の執念場だ。




