57話「討伐後の後始末」
「貴殿がフロアマスターを討伐したという者か」
強い口調で俺に質問をしてくるのは、フルアーマーの鎧を着ている女性だ。
ギルドの増援なのだろうか、歴戦の猛者と言う雰囲気を醸し出している。
イメージとしてはギルドセイバーを思い浮辺てもらったら一番分かり易いだろうか。
重要な役割を持った登場人物っぽいので、いつもは無視している俺の視界だけに映るカーソルに集中すると、『レイン』と表情される。
名前は確認できた。
クレーミヤの町で出会った名前の表示されない女性よりは重要度が高そうだ。
とりあえず、レインさんと心の中で呼ぶことにする。
厳格そうな雰囲気のレインさんは俺の答えを待ている。
俺は咄嗟にしては上出来な嘘でもない真実を述べた。
「違いますよ?討伐したのはそこにいる柳瀬さんです。その前に、貴方は何処の何方ですか?」
「……?あぁ、済まない。私はギルドより派遣されたギルドセイバーのレインと申す。先に名乗らなかった非礼を詫びる。それと、言い方が悪かったみたいだな。ギルドカードを見ていると良い。モンスターの討伐欄だ」
「は、はぁ」
俺もフロアマスターと戦闘を行ったが、最後にとどめの攻撃をしたのは柳瀬さんだ。
そこをついて言い逃れをした俺に、レインさんはギルドカードのモンスター討伐欄を見るように誘導する。
俺はアイテムボックスからギルドカードを取り出すと、操作を行ってモンスター討伐欄を確認した俺は驚愕した。
「は?『フロアマスター:ゴブリンロード 討伐数1』だと!?」
そこに表示されていたのは思いもよらない事実。
一瞬壊れたんじゃないか?と考えてしまうが、柳瀬さんが自分のギルドカードでモンスター討伐欄を見せてくれると、そこにも俺と同じ内容が表示されていた。
何で?バグ?見えていなかっただけで実は二体いたとか?とギルドカードの故障を疑う。
が、レインさんは落ち着いた様子で理由を教えてくれた。
「その辺の雑魚モンスターと違ってフロアマスターやダンジョンマスター、各地域で見られる大型のモンスター。要するに普通では対処できないモンスターをギルドはボスモンスターと表記しています」
「ボスモンスターだと強いのほかに討伐が複数人で認定されるってことですか?」
柳瀬さんが途中まで説明したレインさんに聞く形で答えを述べた。
レインさんはそれを肯定する。
俺としては宛が外れたので絶賛悶絶中だ。
それで!!
誰が何を基準にモンスターをボスモンスターだと決めているか知らないけど、俺と柳瀬さんはそのギルド公認で普通では対処出来ないモンスターを二人で討伐したということになっている訳ですね!!
嫌だわぁ。
いや、フロアーマスターなんてものを討伐しようと言い出したのはこっちだし、こうなることは目に見えて分かっていたけどさ。
実際に目の前で起こるとめんどくさいと思うのは当然じゃね?
冒険者ランクが早く上がったりするのはゲームしている身としては嬉しいけどさ。
嬉しいけど、なぁ………。
自業自得。
自分が決めたことなのに。
決意したはずなのに。
それでもいざ目の前で起こって見ると面倒だと感じてしまう。
そんな態度を外に出さないでいた俺。
レインさんは俺と柳瀬さんを満足そうに見ると「なるほど」と一人で満足する。
「どうしたんですか?」
「いやな、クレーミヤでSランク相当の魔力を持った者が二人冒険者登録したと報告が上がっていてな。貴殿達がそうだったのか」
既にギルドの上層部にばれてやがる!!
まぁ、そりゃそうだ。
冷静に考えてみると、Sランクというのは一番高いランクの評価で、そんなのがポンポン見つかるはずがない。
それを発見したメリーさんがギルドマスターに報告しないはずがない。
多分、下っ端の受付嬢とかはともかく、各支部のギルドマスターレベルは全員知っていると思ったほうがいいな。
はぁ、憂鬱な気分だ。
誰かに評価されるのは嬉しいが、面倒だとも思う。
こんな矛盾、どうしろってんだ。
俺にはどうすることも出来ない。
なら、そんな事にいつまでもくよくよ悩んでいる必要はない。
だから考えないようにする。
そうやって俺は現実から逃避して、知った事に蓋を閉めた。
「では、貴殿等がフロアーマスターを討伐した者と確認が取れた。ここの後始末はギルドが受け持とう」
後始末とは、今回の戦闘で死んでしまった冒険者の処理やケガをした冒険者の治療のことだ。
俺のせいで死んでしまったので申し訳なさはあるが、俺が殺したという実感はない。
俺が可笑しいのは確かだが、レインさんも特に何も言わなかった。
ギルドセイバーともなると、過酷な現場ばかりに派遣されるらしいので、見慣れているからだろうか。
「それと、一応現場報告を聞かねばならんのでな。同行を願おうか」
「えっと……」
レインさんが同行を願ってくると、柳瀬さんが俺の方を向いた。
柳瀬さんは何でもかんでも俺の顔色を伺ってくる。
そこに何の感情が含まれているのは分からない。
が、俺の顔色ばかり伺わないで欲しいとも思う。
多分、俺とコンビを組んでいるので相方の意見も取り入れようとする体制なのだろう。
誰にでも優しい柳瀬さんらしい考え方だ。
「はい、分かりました」
「協力感謝する。では着いて来たまえ」
俺が柳瀬さんに代わって承諾すると、レインさんが頷いて俺と柳瀬さんを先導する。
部屋を抜けるまでの間に、何人かの部下に指示を出していくレインさん。
現場の後始末は後は勝手に部下が行ってくれるみたいだ。
部屋を出て道を的確に歩いていく。
マップで行き先を何となく予想してみると、転移魔法陣に向かっているみたいだ。
マッピングされている階層と言え、マップを確認せずに目的の場所にたどり着けるのは、単に記憶力がいいのか。
それても、何らかのスキルを持っているのか。
どちらにせよ、只者じゃない人物のようだ。
黙って黙々と歩くレインさん。
普通の人はこういった空気に耐えられず世間話の一つや二つするのだが、俺はそこまで普通ではないしそんな気遣いができるほどのスキルも持っていない。
レインさんもギルドセイバーだけど、厳格な騎士様と言う雰囲気があるので、俺とは逆の意味で世間話なんか出来ないだろう。
一方で普通代表の柳瀬さんはこの場の雰囲気に耐え切れないらしく、先ほどから声を出すのかと思えばそれを飲み込む。
それを繰り返していた。
転移魔法陣がある小部屋に着くと、そこは魔法陣を護衛する為の者であろう冒険者やギルドセイバーとみられる者たちが数名駐在していた。
入り口はともかく、出口の方に駐在員が存在するとは俺が調べた情報では書いていなかったので、今回のフロアマスター対策としてだろう。
レインさんが駐在員と少し話と、道を開けてくれて転移魔法陣を使う事ができた。
早速魔法陣に乗ると、如何やら上に乗るだけで陣が発動するタイプの物らしく、床に描かれた魔法陣が光る。
初めて使う魔法陣の感想は、特になし。
ただ、魔力に包まれて気がついたら駐在員が見えなくなっていた。
ここも小部屋のようで、駐在員が居なくなっていなければ、転移したことも殆ど分からない。
一瞬転移魔法陣が光って視界が遮られたので、普通はそれが一番の目印になるのだろう。
最も、俺の場合はマップを見れば地図が変わっているのと、『アルケーミ』と表示されるので一目瞭然だ。
後、某イギリス魔法学校が舞台の児童書では、転移系の魔法には慣れるまで気持ち悪い描写が度々書かれていたので、ダンジョンに設置されている魔法陣も如何なるものかと思っていたけど、大したことはない。
これ程までに静かな転移魔法の魔法陣が十階層に一回設置されているダンジョンは、謎が多い場所なのだろう。
転移魔法陣は十階層ごとに一つ存在している。
それは、現在六十七階層まで見つかっていることから、六つの魔法陣と今いる地上の魔法陣が繋がっていると言う事だ。
何が言いたいかと言うと、他の階から転移してくる冒険者と鉢合わせになる可能性があるということ。
いつまでもボーッとしている訳にもいかない。
俺は初めて使った転移魔法陣の影響か、未だ目の集点があっていない柳瀬さんに声を掛けた。
「柳瀬さん、大丈夫?」
「……、えっ!あ、うん。待たせて申し訳ございません」
「いや、良い。………………」
俺が声をかけると戻ってきた柳瀬さんは、小部屋の出口で俺と柳瀬さんを待っているレインさんに謝った。
レインさんは柳瀬さんの謝罪を受け取るとが、黙って俺を見ていた。
柳瀬さんが歩ける状態に戻ったのに対し、今度はレインさんが動かなくなってしまう。
「……あの、レインさん?」
「……済まない。私としたことが」
レインさんは俺に対して謝ると、歩き始めた。
俺と柳瀬さんもついて行く。
部屋を出ると直ぐにギルド職員がレインさんに駆け寄ったが、レインさんが二言くらい話すと職員は下がっていった。
多分、簡易的な報告を上げたのだろう。
職員はレインさんに敬礼してから下がると、他の職員を呼びに行った。
レインさんに続いていくつか角を曲がると、初めのダンジョンとも普通の洞窟ともとれる壁がある場所に出た。
右を進めば再び第一階層に、左に進めば入り口の入門検査がある場所に続く。
冒険者の姿は見当たらない。
一組位すれ違ってもいいのに、一向に合わないのはフロアマスターに対する警報が解かれていないからだろう。
ふと、レインさんが俺たちに話しかけてきた。
今まで黙ったままだったのに、どういう吹き回しだろうか?
俺には分からない。
「ツカサ殿は、転移魔方陣による酔いはないのだな」
「酔い、ですか?」
「あぁ。初めて転移魔方陣を使った者は、誰でも魔力酔いを起こすのだ。これは、魔方陣に使われる膨大な魔力を受けているのではないか?というのが研究員が出した仮設である」
魔力酔い。
その個人が持つ魔力量を遥かに越えた魔力を身体に受けると起こる現象だ。
個人差があるが、魔力が少ない人ほど起こりやすく、逆に多い人ほど起こり難く症状は軽い。
そういえば、転移した直後の柳瀬さんがそうだったのかもしれない。
なら俺は………。
「ツカサ殿の魔力量が転移魔法陣よりも上回った、と考えていいでしょう」
「やっぱりツカサ君はすごいんだね!!」
凄いと言われても、実感はない。
目に見えて魔王を倒すとか、高威力の魔法で敵の大群を全滅させるとか、今のはちょっと魔力量が多かったから出来た事だろう。
そう思ってたのだが、
「何を、ホノカ殿も初めてであれだけ軽度の魔力酔いは珍しい。Aランクレベルは確定だろう」
「確かに私も虹色に光りましたけど………。あ、なら。レインさんは魔力酔い起こしてないですよ?」
それだ。
俺が言いたかったのはそれだ。
「私、というよりもこれは大抵の者に当てはまる。単に慣れというものだよ」
あ、デスヨネー。
俺が特別なのか。
まぁそれはいい。
いい加減にそのくらい認めよう。
自分に自身がある意識高い系は嫌いだけど、自分が異世界召喚された普通じゃない人間だってことくらい認めても罰は当たらないはず。
罰を与える側の女神様は俺に特別な事をして欲しいらしいし。
逆にこれくらい認めずに謙虚でいると、かえってそれが卑屈に見えてしまう。
度が過ぎれば問題になるというやつだ。
以外な所で、俺の魔力量が異常なほど多いというのが目に見えて分かったわけだが、正確なランクは分からない。
どうせ大型支部ギルドの個室を使わせてもらうのだから、とレインさんが少し興味深そうに進めてきた。
「大型の魔力測定器で測ってみないかね?」
「え?私たち、一回測りましたけど…?」
「柳瀬さんあれ、中型機」
「あ、そっか。それで、ツカサ君はどうする?」
「折角だから使わせて貰おうかな。いつまでも曖昧なランクだと聞いた方も困るだろうし」
「決まりだな。では、ギルドに着いたら準備しようか」
「「ありがとうございます」」
ひょんなことから、大型魔力測定器で正確な魔力量を図ることとなった。
早く解放されたいとか考えているが、乗り掛かった舟と言う事にする。
そうでもしないと動か居ないのは分かり切ったことだからな。
ダンジョン入り口にある一部屋の小屋を出て北に向かう。
目的地は勿論冒険者ギルドアルケーミ支部だ。
その道中、周りの視線が物凄いことになっている。
これが俺と柳瀬さんだけなら注目されることはないだろうが、先導しているのはギルドセイバーと言う名のある高レベルの実力者だ。
普通に冒険者していたらまずは関わる事がない御仁。
そんな者に先導されている俺と柳瀬さんに視線が集まらない訳ない。
ジロジロとし視線を受けながら、俺と柳瀬さんは冒険者ギルドに入って行った。
そして、ギルド内でも他の冒険者の視線を浴びながら通り過ぎて奥の個室へと向かう。
受付で暇そうにしていたメリーさんからの、ギラギラとした視線は知らない。
俺は見なかった。
というか、大支部でも暇するってどういう神経なんだよ。




