5話「元気のいい受付嬢ってテンプレですか?」
見るからに新人っぽい受付嬢に冒険者登録を頼んだ後、しばらく待つと中世ヨーロッパ風な世界に似合わない機械を持って彼女は帰ってきた。
「大変お待たせ致しました!!何せ新人な者でして、遂に数日前に研修が終わったばかりなんですよ!!」
重そうな機械をカウンターに置くと、受付嬢は平均よりやや大きい胸を張って頑張ったんですよアピールをし始めた。
強調されている胸元には『新人』と書かれているプレート。
そして彼女は聞いてもいないのに喋り出した。
「自己紹介からしますと、私の名前はメリーです!!どうぞよろしくお願いいたします!!それでですね。――――」
へぇー、メリーって名前なのか。
どっかの羊海賊船の名前が思い浮かぶな。
家名がゴーイングとかだったら、色んな意味で大丈夫かな?
メリーさんは如何に研修が大変だったか!と熱烈に語っている中、俺は某海賊漫画を思い出しながら聞き流す。
隣では柳瀬さんが自分とメリーさんを交互に見比べていた。
何をしているのだろう?っと、理由は胸ですか。
俺には関係がないので、こっちを怖い目で見ないでください。
後、メリーさんも睨まないであげて!
HPがゴリゴリと削れていく俺に、不機嫌がどんどんと進む柳瀬さん、それらを無視して喋り続けるメリーさん。
カウンターの片隅はカオスができていた。
あのぉ、そろそろ話を進めてもらいますかねぇ?
でないと、日が暮れてしまいそうな雰囲気ですよ。
こう言った人種は一度話始めると中々中断しないから困ったものだ。
てか、この人仕事中じゃないのか?
なんか、つい最近まで研修生だった理由が分かった気がするぞ。
「――――と言う訳で、やっとこさ数日前に研修が終わったと言う訳なんですよ!!で?何の要件でしたっけ?……あぁ!冒険者登録でしたね!」
言いたい事が全部言えたメリーさんは上機嫌で話を切り上げた。
が、俺達が何の要件で来たのか忘れていたのは受付嬢失格だと思う。
しかし直ぐに目の前の、冒険者登録に必要と思われる機械を見つけると思い出してくれたので、もう一度説明をする羽目にはならずに済んだ。
慌ただしい人だな。
ノリで生きているみたいな感じ。
俺の中でメリーさんの第一印象はそう決まった。
メリーさんはやっと冒険者登録の説明を始めてくれた。
その辺の説明は研修がキチンと終わっているのが功をなして、スラスラと説明できている。
「冒険者ギルド加入に至って、この魔法具で『冒険者カード』を作らせて頂きます!この魔法具のここの部分に指を触れていただくと、後はビビッとカードが作成されます!!それで登録完了となりますので、先にカードの方を作っちゃいましょうか!ギルドの説明は作った後に後回しにしましょう!」
後回しにしましょう!ってそれでいいのか受付嬢。
後でこんな契約がありました、なんて詐欺契約みたいにならなければいいんだけど。
ま、この新人が勝手に進めたことだから、事情を説明したら何とかなる、と思いたい。
「こちらです」とメリーさんが指をさしている魔法具を改めて見ると、何となく見覚えのある形をしている。
俗に言う指紋認証っぽい機械だ。
こんなのってこの世界では当たり前なのか?
テクノロジーがある程度あるとか?
これは聞いてみないと!?
色々と疑問が浮かんできた俺は、メリーさんストップをかける。
流石に説明も受けずに登録をされてもこちらが困るからだ。
こんな機械じみた道具がこの世界にはゴロゴロと常備化されているのか知らないと、この世界の文明が俺の知る小説の中でどれに近いのか判断がつかない。
「ちょっと待ってもらえます?この機械は一体どういう仕組みになっているんですか?」
「あ!?お二人は『失われた技術道具』は見たことがないんですか?」
何か聞きなれない単語が出て来たんですが!?
失われた?
お約束の古代文明ハイテクノロジーあるある系か?
「初めに言った通り、かなりの田舎から出てきた者でして」
俺は再度、テンプレの田舎から出て来たと説明すると、柳瀬さんも俺の話に合わせた方が良いと判断して「そうなんです」と頷いてくれる。
メリーさんは特に何の疑問も持たずに、俺と柳瀬さんの設定に納得してくれた。
珍しくもないことなのか、それとも単にメリーさんが抜けているだけなのかは分からないが、兎に角不信に思われずにすんだ。
「そうなんですか!?ならばその反応も珍しくないですね!実際に私もここで働き初めてから初めて見ましたし!えーっと『失われた技術道具』に付いても説明しておきましょうか?」
メリーさんの申出に俺達は二人揃って「お願いします」と甘えた。
こう言った情報は知っていれば知っている程悪いことにはならないからだ。
特に俺の場合は予備知識があるので、もしかしたらどこかで役立つかもしれない。
「えーっとですね。この機械、『失われた技術道具』は――――」
メリーさんの話を要約するとこうだ。
今から二千年以上も昔に人族の暮らす大陸全土を統一していた国があった。
その国では信じられない程優れた技術を持ち、人々は平和に暮らしていたと言う。
今ではその国は滅んでしまったが、時々その国の遺跡から当時の道具が発見されるそうだ。
それが『失われた技術道具』で、衰退してしまった人族ではその道具の使い道は分かっても、どの様な原理で動くのかさっぱりだそうだ。
それが失われた技術と言われる由来である。
やっぱり、よくある設定だったな。
古代文明は優れた技術を持っていた、どこにでもある小説のテンプレ。
にしても、この登録用の魔法具は俺の知る物に似過ぎなんだがなぁ。
これがメリーさんの話を聞いた俺の感想だった。
一方で柳瀬さんは、どんな感想を抱いているかというと。
「へー!それじゃあ、その道具も遺跡から見つかった物なんだ?」
純粋に「凄い!」って目で魔法具を眺めている。
そんな柳瀬さんの疑問にメリーさんは、よく言ったとばかりに目を輝かさせた。
「そうなんです。この型の魔法具は多数見つかっており、ある程度のギルドになら一つは置いてある物なのですよ!」
「他にはどんなものが?」
気になった俺が尋ねると、メリーさんは少し考えてから答えてくれた。
「そうですねぇ……数はかなり限られていますが、『動く人形』『自動計算器』etc.」
AIロボットに電卓……全部元の世界で似ているものばかりだな。
「…と言ったところでしょうか。あ!これは普及はしています。『印刷機』です」
「っ!!?」
メリーさんが次々と『失われた技術道具』を上げている中、最後に俺がうっすらと望んでいた機械があると述べてくれた。
印刷機械があるだと!
性能はどれくらいだ!?
レーザープリントまではいかない。
せめて、インクジェットプリンターくらいは行けるんじゃないのか!?
俺はメリーさんに詰め寄って詳細を尋ねる。
「『印刷機って!?」
「っと、近いですね。元となる文字や絵を複製出来る道具のことですね!」
急に詰め寄られたメリーさんは少しだけビックリしながらも、俺の問いに答えてくれた。
メリーさんは懐から一冊の本を取り出して俺と柳瀬さんに見せびらかしてくる。
その本は俺達がいた元の世界で売ってるような本。
までとは行かないが、しっかりとした本であった。
表紙には俺の読めない言語で『ギルド極秘!!必勝 受付マニュアル~これであなたもベテランの受付に!~』と書かれていた。
極秘とか書いてあるけど、俺達の前に出しても大丈夫なんだろうか?とは気にしないでおこう。
この人の性格が段々と分かってきた。
何にも考えていない能天気なムードメーカー的存在だ。
しかし、この世界にもきちんとした製本があるとはな。
驚いた。
「と、このようにこれが印刷機を使って製本されたです!」
メリーさんの説明は続く。
曰く、印刷機が見つかるまでは手書きで内容を写していく写本が主であった為、高価だった本。
しかし、ある遺跡から多数の印刷機が見つかった事により、本の数が格段に増えたそうだ。
今では一般庶民にも普及が広まっており、識字率が格段に上がったらしい。
現にギルドの依頼書などもこの『印刷機』で印刷された依頼書を使っている場合があるとのこと。
本が普及しているのか!
異世界だと、本は高価な物と言うイメージがあって半ば諦めていたが、本が普及していると分かったのなら、この世界で生きていこうと思う気持ちが上がってくる。
この世界でも俺の知らない物語が読めると言うことだ。
よし、早く冒険者登録をしてクエストをクリアしまくって、お金を稼ごう!
そのお金で本を買おう。
異世界ってこんなにも都合よく発展してるものなのか!?
最高だ。
俺はこれからの生活を思い浮かべると、やる気が出て来る。
そんな俺の隣では柳瀬さんが顔を赤くして意気込んでいた。
「易波君の―――がた。……そんなのが―――たら。はぅぅぅ!!」
何でか俺の名前を呟いて唸っている。
あ、顔から火が出ると表現するくらい顔が真っ赤になった。
プシュー!と幻聴が聞こえるのは俺だけだろうか?
一体何を思えばそんな風になるやら。
まぁ、こんな事どうでもいい。
今は本のことで頭がいっぱいだ。
何から買おっかな?
話題物からいくか?
それとも、この世界の童話やお伽噺と言った外れの無い物にしようか?
俺は再びこの世界の本を買って読む未来を想像し始めた。
俺と柳瀬さんがそれぞれの世界に入り込んでいると、メリーさんは一人取り残された感じで待っている。
「あの~~!お二人とも、自分の世界に入り込まないで下さいよ~!!」
この後、俺達二人がそれぞれの世界から戻って来るまでの間、メリーさんは何を思ったのか、手を振ってみたり、歌を歌ってみたり、黒歴史を暴露してみたりと試し、最後には堂々とサボっていた。
何故自分の世界に入り込んでいるのに何で分かるかっておもうだろうが、俺クラスになると周りの声を聞きながら妄想が出来る。
バイトの仕事中にも二次創作を妄想しまくって時間を潰していたからな。
子供の頃、冒険者の真似事をして近くの山に遊びに行って帰ってこれなくなったのを、探しに来たお父さんにしこたま怒られたのはメリーさんらしいや。
メリーさんに付き合わされた男友達は災難でしたね。
と、話が聞こえていない振りをしながら、柳瀬さんの回復待ちついでにメリーさんの奇行を眺める俺であった。