47話「休日出勤」
目的地は岩肌が多数存在する山岳地帯だった。
ゴツゴツとした岩が障害物となり、周囲の見通しがかなり悪い。
普通の冒険者だったら、モンスターの奇襲を警戒して気が気ではないはずだ。
そう、普通の冒険者だったら。
生憎と俺は普通の冒険者とは少し違う。
と言っては、何だかラノベによくある系の主人公っぽいのだが、俺にそこまでの強さを持っているとは自意識過剰はしない。
ただちょっとゲームのような視点が見えるだけだ。
殆どのRPGゲームにマップ機能が付いている様に、俺にもマップ機能が見える。
それのお陰で、モンスターや俺に敵意がある者の位置が丸わかり。
なので、今回もそれに頼ることにしよう。
視界の右上に注目してマップを確認すると、所々に赤点が存在している。
全部が全部とまでとは思えないが、殆どがロックヘッジッホクと言うハリネズミだろう。
俺は早速、一番近い位置にある赤点をゴーヴァストさんに教える。
「ゴーヴァストさん、ここから二十メートル位離れた位置にモンスターが一体、見つけました」
「ほう、感知の魔法が使えるのか。なら頼りにしちょるぞ」
初めてデレたゴーヴァストさんに少なからず驚いた。
なぜなら、もっと時間がかかりそうだったからだ。
え?デレてない?知らない。
俺にはデレたように思えたんだよ。
「初めてのモンスターなら、最初の一回は二人で戦闘してみるかの。ほれ、一番近い奴に案内するのじゃ」
「分かりました。と言っても、既に魔法の射程内ですし、あちらから向かって来るので戦闘態勢を整えるだけで十分でしょう」
俺が初めてのモンスターということで、初回戦闘は一緒に戦ってくれるらしい。
もしかしたら、俺が役に立つのかの審査なのかもしれないが。
と、無駄な思考はここまでにする。
俺がゴーヴァストさんに言ったように、一番近いモンスターは俺とゴーヴァストさんをターゲットに定めたようで、一直線で向かってきているのがマップ機能で分かる。
既に普通の視界にも入ってきていて、ロックヘッジッホクの姿形を裸眼で捉える事が出来た。
俺よりも大きい体長はほどんどが岩で覆われている様な体付き、特徴的な針はトゲトゲしく金属で出来ているのでは?と思ってしまうほど。
外見は岩に近い見た目だが、よく見るとハリネズミだと分かる。
元の世界こんなのが居たら、危険指定動物で即討伐されるか、捕獲され指定区域から出ない様に監視されるかのどちらかだろう。
そのくらい、目が俺たちを捕食対象と捉えている目だった。
ロックヘッジホクはそのまま俺に体当たりでもするつもりなのか、一直線に向かって来ている。
スピードもかなり出ていて、柳瀬さんなら対象出来そうな速さだけど、俺には敵わないスピードだ。
かと言って、攻撃ができないわけでない。
俺の魔法攻撃は基本的には視界内にさえ入っていて、ターゲットカーソルさえ表示されれば問題なく当たる仕様だ。
早速魔法の体制に入り、ターゲットカーソルを出現させる。
確か、水系が弱点属性だったよな。
手調べでウォーターバレットで行くか。
ただのウォーターボールなのだが、俺のイメージが魔法に適用されるせいか、スピードがバレット——つまり銃弾の様に飛んでいく見た目から一応俺のオリジナル魔法だ。
別にしなくてもいいんだけど、片手を前に突き出し魔力を込めていく。
と、同時にターゲットカーソルも出現し狙いはバッチリ。
念を込めて三発分の準備を整てから発射。
「ウォーターバレット!!」
癖で技名を唱えながら魔力を発射すると、寸分の狂いもなく水の弾がロックヘッジホクに向かって飛んで行く。
一発目は脚に当たり動きを鈍らせ、二発目が胴体、最後の三発目が止めにと顔面にぶち当たる。
「きゅるるるっ!!!」
「ほう」
「倒れた…のか?」
視界に映るロックヘッジホクのゲージはゼロ。
つまり、倒したということが分かる。
顔面にクリテカルヒットしたというのもあるが、大体ウォーターバレット三発分くらいで倒せるレベルだ。
消費魔力も俺からすれば微々たる差だし、これなら周回もこなせそう。
戦闘音で他のモンスターが集まって来ないか?と心配したが、如何やら気鬱だった。
マップ機能で周りの安全を確認すると、ロックヘッジホクの死体に向かう。
「欠損は脚一本に胴体に穴、顔面が潰れて使い物にならん」
「えーっとダメでした?」
冷静に死体を観察するゴーヴァストさん。
俺のウォーターバレットが当たり、使い物にならなくなった部位を呟くのを聞くと、俺は今回の依頼が素材の回収だという事を思い出す。
そう言えば、ゴーヴァストさんが欲しがっている素材を聞いてなかったな。
俺が使い物にならないようにしてなければいいけど。
怒られ覚悟でゴーヴァストさんにどうです?と言うと、落胆した声ではなく普通の声が返ってきた。
「いいや、今回はテストじゃ。おんしが問題なくロックヘッジホクを討伐できるかどうか試しただけなんでな。部位の欠損は関係無い」
「そうですか。それは良かった」
「さて、解体するでのちと周囲を警戒しておってくれんか?」
「あ、はい」
やはり俺の事をテストしていたらしい。
ナイフで解体をし始めるゴーヴァストさんから離れると、ボーっとしながらマップで敵反応がこちらに来ないかどうか警戒する。
あの反応からすれば、俺は合格であってるのか?
それに、ゴーヴァストさんは俺がロックヘッジホクを倒した時に欠損をしても起こらなかった。
テスト、というのもあるかもしれないが、今解体しているのを見るからには、ゴーヴァストさんが欲しがっている素材は解体して取れる物なのだろうな。
っと、敵反応がこっちに向かってくる。
数はそこまででもないか……なら、遊撃にでもいきますか。
マップから、俺とゴーヴァストさんに向かってくる反応を察知した俺は少しだけ移動して遊撃に入った。
遊撃、と言っても柳瀬さんの様に切り込みに行くわけではない。
所々ある岩が邪魔なので、少しだけ移動すると視界内にロックヘッジホクが映り込む。
今度はまとまって行動していたらしく、複数体の御出ましだ。
複数体か。
ちまちまウォーターバレットで攻撃していたら埒が明かないな。
だったら、水魔法範囲攻撃の出番だ。
先ずは大量の水を出現させるイメージを思い浮かべる。
海の様に大量にはいらない。
複数体のロックヘッジホクが全て飲み込める程の大きさが好ましいだろう。
イメージの中で現れた水の塊を回転させ、渦巻きを作り出す。
発動前のイメージはこれで完成、後はトリガーを引くだけ。
「その渦巻きに飲み込まれろ!スワール!!」
何となく簡易省略で放った魔法は水属性中級魔法のスワール。
簡単に言えば、渦巻きを発生させて敵を飲み込む魔法だ。
元の世界目線で見ると、ただの渦巻きが敵を飲み込んだ程度にしか見えない。
水の勢いで動きを封じるか窒息死させる程度にしか思えないが、異世界であり、攻撃魔法なのでそこは当たるだけでダメージが発生している。
炎や雷と言った、明らかにダメージを負いそうな属性魔法ならともかく、水が攻撃になるのか?
そう思うけど、攻撃魔法で発生した水は普通の水とは違うらしい。
でなけでければ、ウォーターボールとかはただの水かけと変わりなくなる。
込めた魔力も多めにしたおかげか、襲ってきたロックヘッジホクは全てスワールに巻き込まれ、HPゲージを散らしていった。
俺の視界内には、生きているロックヘッジホクはいなくなった。
念の為、マップ機能でも確認を取るが、近くに赤点は存在しない。
取りあえずの脅威は去ったと考えて良いだろう。
俺が倒したモンスターは自動的にアイテムボックスに回収されるので、一々死体の下に行って一つ一つ運ぶなんてことはしなくてもいい。
アイテムボックスに全て回収されているかを確認を取ると、俺はゴーヴァストさんの下に戻る。
「ん?何やら物凄い音が聞こえてきおったが、大丈夫だったのか?」
「はい、ちょっとモンスターが集まって来ていたので対処していただけです」
「これはさっき討伐した分です」とアイテムボックスから十匹以上のロックヘッジホクを取り出すと、大層驚かれた。
派手な戦闘音が聞こえてきたのは分かっていたが、これほど多くのロックヘッジホクが集まっていたとは分からなかったらしい。
そして、敵が大勢いるなら一人で戦うな!とも怒られたと同時に、多数のモンスターを一人であしらえる俺の強さも驚かれる。
普通の魔法使いは長ったらしい詠唱を必要とし、その間の時間を作る前衛と一組なのが普通だ。
更に言うと、中級魔法はAランクの魔法使いでないと省略詠唱は出来ないと言われいる。
自分を守って貰える前衛も無しに、長ったらしい詠唱を唱える必要がある中級魔法を使い複数体のロックヘッジホクを討伐した俺の力は、確かに普通ではない。
「ふむ、短期間でこれだけの数を討伐できるとなると、報酬額を上げるべきかの」
「パーティで挑んだらこれくらい出来ると思いますよ。それに、収納スキルは羨ましいわ。おんし、儂専属の冒険者として契約を結ばぬか?」
「あー、自分はソロじゃないので何とも言えないですね。今日は偶々一人で依頼を受けなくていけないだけだったので」
「………そうか。なら仕方あるまい」
ゴーヴァストさんはそう言って残念そうに首を振る。
悪い事をしたとは思わない。
専属契約を結ぶってことは、契約期間はずっとゴーヴァストさんが欲しいる素材を求めてモンスターと戦わなければいけないはずだ。
その代わり安定した収入を得ることが出来るので、そうやって生計を立てている冒険者も居なくはない。
だが生憎と俺はその様な縛られる冒険者は望んでいないのだ。
しかし、安定した収入を得られるなら柳瀬さんに紹介してもいいかもな。
魔法使い程の殲滅力がある訳でもないただの剣士なのに、持ち前のスピードを活かして時には俺よりもモンスターを倒す時があるからなぁ。
問題は、こんな街に来てまで俺について来ようとする柳瀬さんが、俺から離れて安定した収入を選ぶかどうかなんだけどね。
勘違いしそうになるけど、柳瀬さんが俺とコンビを組んでいるのはただの同じ元の世界だからだ。
それ以上でも以下でもない。
それだけは絶対に忘れてはいけない事だ!
周囲の警戒をしつつ、俺は柳瀬さんに何の勘違いも抱いていなし抱かれてもいないと、考えているとゴーヴァストさんから声が掛かった。
手元には解体されたロックヘッジホクの死体がある。
「まだおんしには言っておらんかったが、儂が求めちょる素材は『血針』と言ってのぉ。体内に稀に生成される血で出来た針なんじゃ。他のモンスターの方が見つかりやすいんじゃが、この辺りではロックヘッジホクしか体内に生成するモンスターがいないんじゃ」
「群生地が近くにあることを幸いに、数打てば当たると言ったところですか?」
「まぁ、そうじゃな。商業ギルドにも掛け合ってみておるんじゃが、何せレア素材じゃからな。出回るなんてことは滅多に無い。金額も儂が許容出来る金額でないしな。何が何でも欲しいわけでもいないし、時間が空いた時にこうやって狩りに出ておるんじゃよ」
なるほどな。
欲しい素材ではあるが、絶対って訳でもない。
金で買うには高すぎるし、高確率で落ちるモンスターは近くにいないから、近くで簡単に倒せるモンスターでドロップ狙いか。
効率は確かに悪いけど、ゲームみたいに上手くいないこの世界では安全で安心出来るやり方だ。
俺も、高確率で落ちるモンスターは強くて倒せなかったり時間がかかり過ぎる場合は、低確率でも自分が安定して倒せるモンスターを周回してたからな。
ゴーヴァストさんの考え方も納得できる。
その後、ゴーヴァストさんよりも安定して大量のロックヘッジホクを倒せて、収納スキルで死体を持ち運び出来る俺が狩りに集中して、ゴーヴァストさんが俺が倒したロックヘッジホクを解体する構図が出来上がった。
マップ機能に頼って赤点を見つけては、遠距離から魔法を撃ちまくる。
死体はアイテムボックスの機能で自動的に回収されるので、視界に敵のHPゲージが見える→魔法を放つ→HPゲージが無くなったのを確認するとマップで次の獲物を探す。
本当にその繰り返しだ。
幾ら群生地と言ってもその他のモンスターがいない訳ではないが、どれも問題なく対象出来た。
「ウォーターバレットッ!!っとこれで最後か?」
途中で休憩を挟んで数時間後、俺のマップ機能に反応するモンスターは居なくなった。
ある程度の範囲のモンスターを全滅させたのだろう。
時間がある程度経てば無限リスポーンするゲームとは違い、ここはモンスター同士が交尾をして繫殖する世界だ。
群生地と言えど数に限りがある。
数を減らし過ぎてギルドに怒られないか?と心配になるが、この世界ではモンスターは討伐推奨なのだから、倒しすぎで怒られる事はないはず。
流石に全滅ともなると、生態環境の問題として怒られるかもしれないが、ロックヘッジホクは人族にとって魔物レベルの害悪ではないから大丈夫だ。
日の傾き具合からして15時過ぎ位。
マップ機能の一つである、縮尺を最大まで広くしたマップ内で赤点が一つもなくなると、俺はゴーヴァストさんの元に戻った。
アイテムボックス内のリストを覗くと、ロックヘッジホクが数十匹、その他のモンスターが二十匹程。
合計で三桁に届かないくらいの討伐数だ。
魔力も殆ど空になってしまい、後で緊急事態に備えて魔法薬を飲んどかないとなぁ、と思っているとゴーヴァストさんが居座って解体している場所に戻ってきた。
ゴーヴァストさんは初めにロックヘッジホクを討伐して解体を始めた場所から全く動いていない。
俺が次々にロックヘッジホクを討伐して死体を持って行ったからだ。
また山ほど残っているロックヘッジホクの死体の山に、アイテムボックスから追加で取り出しならがら、ゴーヴァストさんに帰還の声をかける。
「ゴーヴァストさん、周りのモンスターは粗方倒しましたよ」
「おぉ、って多過ぎるわい!!何十体狩って来る気じゃ!!」
怒られたちゃった、へてっ!
………………じゃねぇよ!!
多過ぎるだと!?
なら、何で途中で止めなかったんだよ!!
途中で止められてたら俺もここまで周回しなかったよ。
確かに、時々ロックヘッジホクの死体を置きに来ていたけどさ。
その時に殆ど無言だったけどさ。
無言な上に置いて行ったら直ぐに赤点目指したけど……。
……………………………………………………。
はい、俺が悪かったですね、ちくしょう!!
初めはこんなに狩ったのもゴーヴァストさんにも非がある、と思っていた俺だったが、よくよく考えたら俺の方が非があったと反省する。
何とも言えない気持ちになり、無言でここにかけていた防御結界を解くと、ゴーヴァストさんが更に驚いた声を上げた。
「おんし!!この場に防御結界をかけておったのか!!?」
「え?あ、はい。ゴーヴァストさんが解体に夢中だったので言いそびれてましたが。幾らゴーヴァストさんがロックヘッジホクを討伐出来ると言え、解体に集中してましたら接近に気づかないでダメージを受けてしまうかもと考えて……」
いけない事だっただろうか?
それとも魔力の無駄使いだと怒られる?
気難しい性格をしているゴーヴァストさんの事だから起こるだろう、と身構えてしまう。
が、いつまで経っても怒りのこもった声は聞こえて来ない。
口を開いたまま啞然とした様子で、丸く開いた目をこちらに向けて来るだけだ。
「あの?ゴーヴァストさん?」
「はっ!!儂としたことが、ついボーっとしてしまったわい。それにしてもおんしはとんでもない魔法使いじゃったのじゃな」
「は、はぁ。防御結界をかけてただけですよ?それくらCランクの魔法使いだったら出来ますって」
「……儂は専門でないでの余り詳しくないのじゃが……。広範囲で使える探知魔法に、中級魔法を難無く使いこなす練度。加えて数十体に及ぶ討伐を行いながら防御結界を維持できる程の魔力量。それほどの力がありながら傲慢な態度を取らない心。………気に入った!!」
「え?は?えっと、気に入ったってどういう事ですか?」
「そのままの意味じゃ。おんしの事が気に入ったのじゃ。良し、今日は気分が良い。これから街に帰って飲みに行くとするか!!」
「あ、ちょっと待ってください。って聞いてない」
全く理解できない。
会話の最中に突然ブツブツと呟く始めたと思ったら、次は俺の事が気に入った?
俺がゴーヴァストさんにとって途轍もなく好印象でも与えたのだろうか?
俺的には普通に接したつもりだったんだが。
まぁ、人に気に入られるのは余り好まないが、嫌って程でもない。
鍛冶職人だと言うゴーヴァストさんと知り合いになれたのはいい方向だと思っておけば良いだろう。
俺は急ぎたてるゴーヴァストさんにせかされて、残っていたロックヘッジホクと解体して使える部位をアイテムボックス内にしまった。
街に戻り、ゴーヴァストさんの魔法袋にロックヘッジホクを全て渡すと、依頼完了だ。
このままで終われば良かったのだが、上機嫌なゴーヴァストさんに無理矢理飲みに誘われ、宿に帰った頃には夜も大分経った頃。
疲れたーー!!!
今日はもう寝よう。
精神的な疲労が多すぎた。
主に依頼終了後なせいなのは何故だろう。
部屋に入りベットに寝転ぶ。
ゴーヴァストさんと言う鍛冶職人と知り合えたのは良かったのだが、何故か腑に落ちない。
しばらく考えていると、思い至った。
「あ、今日って休日の予定だったよな。本を読めてねぇ!!」




