41話「要らないテンプレネタ」
柳瀬さんとの食事(と明日の予定確認)を終わらせた俺は、着替えを取りに部屋に戻らなければいけない(俺が夕食直後に入るのが可笑しいだけかもしれないが……)柳瀬さんと違い、食堂からそのまま浴場へと向かう。
食堂から出て左方向に進むと、突き当りに入り口が見えてくる。
こう言った異世界モノだと、あまりお風呂に入らない中世ヨーロッパ風な時代、水道に関する設備、スペースと言った都合で混浴なのがよくある話なのだが、『ウーリーの隠れ宿』は男女別であった。
俺からしたら有難い話。
女性を気にしないでお風呂に入れるから。
この宿が『隠れ』と付いている理由がここなのかもしれない。
当然俺は男性の方に入ろうとして……………。
「もう少し、もう少しだ。あとちょっと開けば…………っ!!」
女性用の扉を少しだけ開いて、中を覗き込もうとしているオングとエンカウントした。
何をやっているのか……は見れば分かる。
問題はどう気づかれない様に男性用の扉に入るか?だ。
それぞれの更衣室の行くためのドアは、食堂側から女性用、男性用と並んでいる。
つまり、オングの後ろを気づかれない様に進み、気づかれない様にドアを開けて更衣室に入らなければいけない。
方法は二つ、一つ目は普通に歩いて行き通り過ぎる。
何も考えなくていい楽な方法だが、見つかると巻き込まれる可能性がある、これまでの経験上絶対に巻き込まれる。
二つ目は、魔法に頼る方法だ。
魔法で気配を消して、後ろからコッソリと入り込む作戦。
俺は即座に決めた。
悩む間などありはしない。
よし、魔法に頼ろう。
今までは無かったけど、気配を消さないといけない偵察依頼とか隠密行動には慣れてないから、ここで練習出来れば良いだろう。
本番じゃないから、危険も少ないしな。
身の危険以外はあるけど……………………。
善は急げ、早速気配が消えるイメージをしながら、魔力を籠めてみた。
技名を付けるなら『隠蔽』(ハイディング)。
ゲームとかでも良く姿を消して、敵モンスターに気づかれ難くする為のスキルを参考にしてみた。
視界左上に映るMPゲージを見ると、ホントに少しだけだが、魔力を消費しているのが分かる。
俺が無意識に別の魔法に魔力を使っていなければ、隠蔽魔法は掛かっているはず。
後は慎重に背後を通り過ぎて、気づかれない様に男性用の更衣室に入るだけだ。
そう思って、そろ~りとオングの後ろを通り過ぎようとした瞬間、後ろから声がかかった。
神は俺を味方しないようだ。
女神に問答無用で人類を救えって言われているので、既に見放されているのかもしれないけど。
「えーっと、オングさんとツカサ君?何やっているの?」
柳瀬さんだ。
名前を呼ばれたため、無視と垂れ込むのは無理がある。
隠蔽魔法は?って思ったけど、そこまで魔力も使って無かったことから、遠目――この場合は食堂付近――からこちらを見れば隠蔽魔法も効かないらしいと考える。
それに、柳瀬さんに名前を呼ばれた事で減り続けていたMPゲージが止まり、隠蔽魔法が解けたことが確認できた。
ゆっくりと後ろを振り向いて柳瀬さんに顔を向けると、オングと目が合ってしまった。
目が合った瞬間、オングの口元が緩むのが見えた。
あ、ヤバい。
弁解しなきゃ。
そう思った時にはもう遅い。
俺が口を開くよりも早く、オングが頭を掻きながら白状した。
「バレちゃあ仕方ないッスね。男が二人で女子更衣室の前でする事と言えば、覗きッスよ。ね、ツカサ!?」
「っえ!?覗き!??ほ、ホントなのツカサ君???」
あっさりと白状したオングは、何故か俺も巻き込んできやがった。
ほらな、予測した通りだ。
まずは、勢いよく肩を掴んでがくがくと揺らしてくる柳瀬さんを落ち着かせよう。
気が立っている為か、掴んでくる手が痛い。
「いや、普通に後ろを通うっぐっ!!」
「いや~、結構ノリノリだったッスよ。やっぱりツカサも女の子の裸に興味があるんッスね~」
「……………………ツカサ君???」
弁解しようとした俺だったが、オングにグッと肩を組まれて口を塞がれた。
更にありもしない事を柳瀬さんに吹き込む。
おい、やめろ。
ノリノリどころか、一切関与してない。
一人だけ怒られたくないのは分かるが、俺を巻き込むな。
まぁ、俺だって女の子の裸に興味がない、と言えば噓になるけど……………………もっともなことを言えば、現実よりも二次元の方が良いと言い訳させてもらいたい。
あ、柳瀬さん?
笑顔で背後に鬼神を出すのを止めて貰っていいですか?
「じゃっ、後はお二人で。俺はこの辺で失礼するッス」
「っぱぁ!おい、オング!!待て………」
柳瀬さんの矛先が完全に俺に定まった事を確認したオングは、俺の拘束を解くと一目散に男性用更衣室に逃げ込んだ。
あの野郎っ!
今度合同クエスト受けたら、障壁魔法張ってやらないからな。
と、オングが入っていった男性用更衣室を恨めしく見ていると、柳瀬さんがニッコリと俺に言ってくる。
「ツカサ君?」
「い、いや。これには訳があって………」
「うん。後でちゃんと聞いてあげるからとりあえず、黙って受け止めてね?」
柳瀬さんは笑顔でそう言うと、俺に平手打ちを飛ばしてくる。
それを見て俺は思った。
人の話を聞こうよ、柳瀬さん。
直後、ぱぁんという良い響き音と、俺の頬が強烈な痛みに襲われた。
理不尽過ぎるにも程があるよ。
「はぁ…………疲れた」
疲れた要因は言われなくても分かるだろう、お風呂前の出来事だ。
あの後、お風呂場で必死でからんでくるオングを一切の無視をして体を洗うと、五分くらいお湯に浸かると直ぐにお風呂を出て、その足で部屋まで直行してベットに倒れている。今ここ。
そのまま寝たい衝動を抑えて思考に沈む。
まさか年中ボッチのこの俺が覗きをしているのと誤解されるなんて……………嬉しくないテンプレネタである。
さらに言えば美少女に頬を叩かれるというオプション付き、一部の人にはご褒美と捉えられるオプションだけど、俺にはそっち系の趣味はない。
叩かれた頬をがまだ腫れているよ。
あれは絶対に女の子だ出してはいけない威力だ。
もしパワーステータスが見れるなら、俺の二倍はあるに違いない。
そんなことを考えながら俺は夢の世界に旅立とうとして……………………………………………………………………………。
「そういえば、明日は出かけるんだったな」
明日の予定を思い出した。
一度考え始めると夜中々寝れない体質を考えると、思い出す前に寝るべきだったのだがもう遅い。
再度覚醒した俺の脳は眠りに誘わない。
仕方ないので、眠くなるまで思考の海に飛び込むことにした。
俺が覗きをしたと思い込んで怒らせてしまったからなぁ。
明日が気まずい。
いや、もしかしたら、明日は着いて来ないかもしれない。
誤解だけど、覗きをするような男子と一緒に行動することを嫌がるかもしれない。
わざわざ自分から評価を落とす行動はしないが、これはこれで結果オーライなのかも。
俺の評価が下がった今、柳瀬さんは同じパーティーにいる事を嫌がって、パーティー解消まで至る。
咄嗟起こったことといえ、良い作戦だ。
そこまで考えた俺は、胸がぎゅっと締め付けられるような幻痛に襲われた。
あれだ、悲しいと気とかに感じる手足が冷えて「ビクッ」ってなる奴。
それが幻痛かは知らないけど……………………。
兎に角、何故今そんな感情が出ているのか、俺には理解できない。
出来ない、したくないのだろう。
だから、出来るだけ別のことを考えながら夢の世界に堕ちた。
心の底の俺は、柳瀬さんと別れる事が嫌だったのかもしれない。
逃げ、逃避、押し殺す、勘違い、細かい言い方は色々あるが一つだけ共通していることがある。
俺が柳瀬さんに対して思っている感情は本心なのだろうか?
いや、俺がこの世界に転生してからも本心で行動をしたことがあっただろうか?
前の世界では何時も本心を押し殺して生きていた俺には、どれが本心なのか?自分がどう思っているのか?自分でも分からなかった。