4話「冒険者ギルドへ」
柳瀬さんに何をどう説明を続けるべきかと俺が考えていると、柳瀬さんから質問が上がった。
自分から説明をするよりも、疑問を投げかけてくれた方が楽だったので、正直言って大助かりだったのは俺が同学年の女の子と話すのが皆無だからだろう。
「易波君、聞いてもいい?」
「何?」
「私たち、何処に向かっているの?」
単純な疑問をぶつけられた。
言ってなかったけ?と記憶を辿るも、言ってないから聞いているのだと、直ぐに考えるのを辞めてしまう。
代わりに、
柳瀬さんへの答えは簡単だ。
寧ろ、俺が目的も無いのに街中を歩く方がどうかしている。
と言っても仕方が無いか。
この人種は目的も無いのに休日を家の外でフラフラと過ごせれる方ですもんね。
と一人脳内会話を楽しみながら柳瀬さんの質問に答えを出す。
「冒険者ギルド」
「あ~?冒険者ギルドって?」
俺が目指している目的地に、柳瀬さんは疑問形。
どうやら冒険者ギルドについても説明をしなければならないそうだ。
異世界と聞いただけで説明を求めてくる人には、当たり前のことだとも後で気が付いたが、今はまだそこまで考えが至らなかった。
俺の中では冒険者ギルドは常識レベルの組織だったからだ。
冒険者ギルドも分からないのか?
………元の世界にはなかった職業だもんな。
まぁ、大した手間じゃないしいっか。
上手く説明できるか分からないけど。
「分かりやすく言えば、派遣会社や職業斡旋所みたいな所」
「なるほど!」
「んで、俺はそこに登録して適当なクエストをクリアして、その報酬で生計を立てて行こうと思ってる」
「ん~~?」
柳瀬さんは俺の言った事を考え始めた。
難しいこと言ったかな?
俺の今後の方針について疑問か?
まぁ不安定な職業だしな。
始めの内は簡単なクエストでギリギリな生計になるだろうが、柳瀬さんはこの世界について慣れてきたら、他の仕事に移ればいい。
そこが彼女から離れるチャンスでもあると俺は踏むね。
「まっ、易波君に考えがあるならいっか」
「ん?何か言った?」
「うんん!何でもないよ」
柳瀬さんが何かを呟いたみたいだけど、聞き間違いかな?
分からないことなら聞いたら教えるのに。
それから俺が周りを観察をする為に会話が途切れた。
柳瀬さんは空気を読んで、話しかけてこない。
そこまで集中しないことだから気を使わなくてもいいのにと思ったが、話かけてこないならそれに越したことはなかった。
「俺たちは運が良いな」
「え!?どうして?」
歩きながら辺りを観察していた俺は、つい思ったことが声に出ていたみたいだった。
そんな俺の声に、柳瀬さんが反応してしまう。
何故不用意に声に出したんだ、俺!
仕方ない、質問には答えよう。
……その前に…前置きで説明しないといけないことが出来たな。
「異世界に迷い込んだ人が一番初めに起こる障害はなんだと思う?」
「えーと?急なことでパニックを起こすこと?」
確かにそれもあるな。
だけど、俺は違うと思う。
「確かにパニックになるかも知れない。それも初めの障害とも言える。だけどそれは俺みたいに異世界転生を知っている人や肝の備わっている人なら乗り越えられると俺は考える」
むしろ、異世界転生って俺の様に異世界転生を信じている人の所にしか起こらない現象だと思う。
だったら柳瀬さんは何で転生したのか?と思うが深くは考えない様にしよう。
「じゃあ、なに?」
「言語の壁。……文字も読めない言葉も通じない。そんな世界に飛ばされる可能性もあったんだ。元の世界ならスマホの一つで何でも解決。だけど、異世界じゃそうはいかない。どちらか片方なら意思の疎通は出来る。でも、何も通じなかったら?」
俺が周りを観察していたのは、文字が通じるのか?言葉はどうなのか?と言う疑問を確かめるためだ。
俺は周りを観察した結果、問題ないと判断した。
そこのところ、ホントに良かったと思ってる。
だから、安堵して声に出てしまったのだ。
と手に何かが触れた。
「や、柳瀬さん?」
柳瀬さんが俺の手を握っていた。
女の子の手なんて、妹と母さんを除いたら触れたことがない俺は何も感じないはずがなく、緊張かドキドキしている。
現実世界に諦めて二次元にのめり込んでいた俺に、感情がまだ失われていない証拠だった。
「ごめんね。……なんだか不安になちゃって」
もう少しだけこうさせて、と柳瀬さんは俺の手を握り続けた。
俺の何気ない知識披露が柳瀬さんを怖がらせたのか。
……悪いことをしちゃったな。
「大丈夫、日本語で通じそうだから」
「…うん」
柳瀬さんを安心させるようにそう言ったが、この世界の言語はどうなってんのか俺にはサッパリだ。
言葉は日本語に聞こえる。
問題は文字の方だ。
歩きながら看板を見た限り、日本語ではない文字で書かれている。
だけど、ハッキリと文字の意味が分かるのだ。
これから考えられる事は転生特典のテンプレ『言語理解』が発動していると、考えられる。
耳や目から得た情報が脳内で勝手に俺達の理解できる言語に変換されると言う奴だ。
心配なのは、俺達が書いた日本語がこの世界の人にはどう見えるか?って所になる。
まぁ、冒険者ギルドに着いたら登録手続きの時に分かるだろう。
そう願いたい。
俺は適当に歩きながらも町の中心に向かって歩いている。
理由は簡単だ。
こう言った大都市ではない町では、冒険者ギルドは基本的に中心付近にあるものだ、と小説を読んで習ったから。
この世界に転生されてから、小一時間程経った頃だろうか?
俺と柳瀬さんは遂に目的の場所にたどり着いた。
この町で一際目立っている建物を見付けて、通行人に聞いてみたところ冒険者ギルドを見つけたと言う訳だ。
冒険者ギルドは石造りの三階建ての建物で、他とは違う雰囲気を纏って見える。
大型のモンスターを運び込む事を配慮してか、別途の大きな入り口が建物の脇に付いて、正面入口にはドラゴンと人が彫ってあるシンボルが掲げられている。
多分そのマークが冒険者ギルドの紋章だろう。
意味はドラゴンに挑む冒険者ってところが妥当な考え。
最適なシンボルだな。
「…凄い!」
柳瀬さんは立ち止まって建物の貫禄に見とれていた。
元の世界にあったなら、世界遺産まではいかないだろうが、文化遺産か観光名所になる程の建物だからだろうか?
因みに、ゲームや小説のイラストでもっと凄い物を見慣れている俺は建物ではなくて、冒険者ギルドと言う夢の職場を前に感動していた。
遂に俺も……冒険者に…!
よし、行こう!!
俺は見とれている柳瀬さんを置いて、中に入って行く。
見とれるのもいいが、出来るだけサッサと行動して欲しいな。
俺がドアを潜ると柳瀬さんも小走りで後を追っかけて来た。
中に入ると人がそこそこいて賑やかだった。
ある者はクエストが貼ってあると思われる掲示板を見ていたり、ある者は食事に有り付いていたり、またある者は同行者を求めて勧誘活動に励んでいたりと様々な様子で賑やかな場所だと感じる。
入って来た俺と柳瀬さんには目もくれていない。
如何やら、冒険者ギルドに入ると一斉に注目を集める、と言ったテンプレは起こらなかったようだ。
俺は心が弾むのをグッと堪えながら、受付カウンターに向かった。
受付カウンターには幾つかの列が出来ていたが、俺は何故か誰も並んでいない受付嬢へと足を運ぶ。
俺や柳瀬さんと同い年くらいの女の子だ。
ウキウキ気分で進む俺の後を、柳瀬さんが何やら言いたそうな目で俺を見つめながら付いてくる。
あの、別に美人さんだから選んだとかじゃないですから。
並んでないから選んだだけですから。
テンプレを体験したかったとかではないですよ。
と俺は心の中で一人、柳瀬さんに向かって言い訳していた。
「おはようございます!当ギルドに何か御用ですか!?」
俺がカウンター前にやってくると、ベテランっぽい受付嬢ではなく新人っぽさが残っている元気の良い女の子が定形文であろう挨拶を言葉に出してにっこりと微笑んでくる。
ヤバい本物の受付嬢だぁ!と内心興奮状態になりながら、俺はこう言った時に言う決まり文句で対応した。
「田舎から出てきたのですけど、冒険者登録って出来ます?」
「はい!えーっと……確かここにあったはず!」
俺が異世界転生者が冒険者ギルドに登録する時によく言う「田舎から出て来た」と言うと、受付嬢は元気よく返事をすると、カウンターの裏で何かをゴソゴソと探し始めた。
時間がかかりそうな予感がしたけど、バイトのお陰で接客業がどれ程大変か知ってる俺は、気長に待つ。
待っている間に柳瀬さんが小声で話しかけてくる。
耳元で囁くようにして話かけてきたので、少しだけビクッとしたのは悟られてはいけない。
「だ、大丈夫かな?あの子」
「大丈夫だと思うよ?ド新人を一人で任せるはずないし」
少なくとも俺のバイト先はそうだった。
彼女から見たら俺達は嫌な客なんだろうか?
…嫌な思い出を思い出した。
とにかく柳瀬さん、そんな心配そうな目で彼女を見ないであげて。
やっぱり冒険者登録なんて人のお世話になる事、辞めようか?
彼女を待ってる内に嫌な思い出を思い出した俺は、悪い癖が出てきた。
ここに来て俺は冒険者登録を辞めようか、辞めまいか迷い始める。
が直ぐに立て直す。
何迷ってるんだよ俺は!!
元の世界での俺は捨てる。
この世界で好きに生きよう。
元の世界にいた時から転生したら変わろうって決めただろ?
俺はこの世界で俺は素の自分をさらけ出そうと、改めて覚悟を決めた。
だけど、人間、簡単には変われないと自分が良く知っていた事に気付くのは少し後の事だった。
俺が頭の中でごちゃごちゃとした考えがまとまったと同時に、引っ込んでいた受付嬢が中世ヨーロッパ風な雰囲気に全く似合わない機械を抱えて戻ってきた。