28話「色物テンプレ」
日は変わり、次の日の朝。
俺はまだ寝たい衝動を抑えて、ベットから抜け出す。
いつもなら、二度寝三度寝をしても困るのは俺一人だけだが、今日は違う。
今日は護衛クエストの指定日だ。
出発時間はお昼前と書いてあったが、顔合わせや説明やらがあるはずで、早い時間に集合となっている。
まぁ、早い時間と言っても十分常識的な時間で、大体朝の九時くらいだ。
俺にとってはまだベットの中に居たい時間帯だがな。
と、余り散らかってない部屋の片付けと依頼に行く準備をし終える。
こんなにも長居するつもりは無かったんだけどな。
値段も手頃だったから、一ヶ月も長居してしまった。
アイテムボックスのお陰で、特に片付ける物が少ないのが幸いだ。
そう言えば柳瀬さんの方はどうだろうか?
不意に気になってしまう。
柳瀬さんは収納スキルも魔法袋も持っていない。
片付けはどうしてるだろうか?
俺の様にはいかない柳瀬さんの部屋に行ってみるか?
自身の準備を終えた俺は、そろそろ集合場所に向かう事を伝えるために隣の柳瀬さんの部屋に向かう事にした。
自分の部屋を出て、柳瀬さんの部屋のドアをノックするとすぐに返事が返ってくる。
「は、はーい」
「柳瀬さんツカサだけど……。入るよ」
「えっ!あ、」
「柳瀬さん準備は出来た……」
柳瀬さんの言葉を最後まで聞かなかったのがいけなかった。
ドアを開けて見えたのは肌色。
見えたのは、柳瀬さんの裸体…ではなく下着は付いている。
俺は当然のことながら咄嗟に目を逸らした。
テンプレ過ぎるだろ!
ラッキースケベとか、そのくらい予測しろよ俺!
いや待て、ラッキー?
これがラッキーなのか?
普通の16歳ならラッキーに入るかもしれない。
なら俺はどう思う?
確かに女の子の下着姿はドキドキする。
本当か読んでても、そういったイラストを見てそう感じる。
だけど、それが二次元だからでは?
改めて柳瀬さんの下着姿をみる。
ジロジロ見るような性格では無かったので、チラと一瞬だけ。
柳瀬さんは突然のことが理解できていない様子で体を硬直させていた。
うん、妹と余りに変わらないな。
……変わらない、はず。
ここまでの時間は5秒ほど、あまりに出来事に思考が高速に回っていたらしい。
状況が段々と分かってきたのか、柳瀬さんの顔は真っ赤になっていく。
対人関係スキルが皆無を自称している俺でも、こんな時にどうすればいいのかは分かる。
「ご、ごめんなさい」
幾ら何でも見すぎた。
俺は速攻で謝り、ドアを閉めた。
閉めてから思い出す柳瀬さんの姿。
「綺麗だったなぁ」と俺は初めて人を綺麗だと思った。
そして、心臓がドキドキと鼓動を打っている。
しかし、俺は自分の気持ちに素直になれないでいた。
クソっ、何なんだよ!
人の下着姿を見たくらいで。
恋愛系やラブコメ系で良くある現象なのに、俺は自分の身に何が起こっているのか分からなかった。
………分からないふりをしていた。
気まずい。
これまで幾つか気まずい場面があったが、今日は群を抜いて気まずい。
今の現状を説明すると、あの後柳瀬さんが着替え終わったのを確認し、部屋のドアを開けてもらった。
そうして、できるだけ柳瀬さんを視界に映らないようにして要件、つまりそろそろ依頼の集合場所に向かう事を伝えて、一旦俺はその場を去り自室に逃げ込んだ。
柳瀬さんに要件を伝えた俺は、自分の部屋で心を落ち着かせる為に読書をすること三十分。
柳瀬さんが準備を出来た事を知らせに来て、宿を出てから今に至る。
俺も、柳瀬さんが普段通りなら特に気にもしない。
だけど、柳瀬さんが何度もこっちに視線をチラチラと向けてくるから、俺も気になって仕方がないんだよ。
いい加減、こんな状況は早めに向けだそう。
そう思った俺は、普段ならしない『行動』を行動に移す。
「あの、柳瀬さん?」
「……………な、何!?」
ちょっと戸惑ったように反応する柳瀬さんを前に、俺は自分で自分を奮い立たせる。
言うんだ。
ただ一言言えば、済む話しじゃないか。
「その、朝は本当にすみませんでした」
「あ、………」
たった一言、それでも誠意を込めて柳瀬さんに謝った。
朝の出来事は完全に俺が悪い。
俺は柳瀬さんの返事を待たずにドアを開け、その後柳瀬さんの下着姿を見すぎた。
最も反射的に閉めればよかったと後悔をしている。
いや、その前に柳瀬さんの部屋に行くと言う前提が間違っていた。
別に約束していた訳でもない。
柳瀬さんが俺に付いて依頼を受けて、アルケーミに移住する。
決めたのはそれだけだったはず。
そうだ、なら浅はかに行動した俺が悪い。
どんなお怒りでも受ける。
罵倒だって気にしない。
言われるとかなり心に響くが、俺が悪いから仕方がない。
そう身構えていた俺だったが、柳瀬さんは……
「あ、謝らなくても……。私だって鍵をかけて居なかったのが悪いし」
特に怒りもせずに許してくれた。
それだけでなく、自分も悪かったよと謝ってくれる。
なら「はいそうですか」と言って、この話は終わらせる事も出来る。
そう、直前まではそうしようと考えていた。
だけど、
「……………それでも、俺の行動は浅はかだった」
だけど、俺は再び謝罪した。
何で?と聞かれても俺でも解らない。
自分でもこの行動の理解ができないが、頭を上げなかった。
「ツカサ君…………。顔、上げて」
柳瀬さんの言う通り、俺は顔を上げる。
そこで俺が目にしたのは、目の前にある柳瀬さんの顔だった。
「ツカサ君、自分をそんなに責めないで、あれはどっちにも非があった。これでいいでしょ?」
「……………………」
「これでも自分を許せないなら、私の質問に答えてほしいな」
「……………………」
口が開かない。
柳瀬さんの顔が近くにあることで、考えている事と行動が逆だ。
本当はそれでいいのに、もうこの話を終わらせたいのに。
言葉がでない。
「わ、私の身体、どう、だった?」
「………は?」
変な声が出てしまう。
こんな時に質問をするくらいだから最も重要な事とかだと考えていたからだ。
いやそれよりも、柳瀬さんは何て言った。
身体がどうだった?
よく見ると柳瀬さんの顔は真っ赤になっていて、羞恥心に耐えているのが分かる。
恥ずかしがっているのか?
だったら、言わなきゃいいのに。
そう思うが、言わない。
顔を赤くして、自分の下着姿の感想を聞いてくる柳瀬さん。
客観的に見ると、好意を寄せている相手に哀れもない姿を見られた時の反応だと、俺は思った。
いやいや、待て待て。
柳瀬さんが俺に好意を抱いている?
それこそ可笑しいぞ。
嘘でも何妄想してんだよ俺。
ただ単に柳瀬さんが、自分の身体が男からどんな風に思われるのか知りたかった。
うんそれだ、そうに決まっている。
普通は同年代の異性に好意を抱かれているかもしれない、と思うと嬉しく思うはずだがそこは俺、普通の人とは考え方が違う。
俺はその考えは合っていない、そんなわけあるか妄想だ、と冷静に自分に言い聞かせて、バクバクしている心臓を落ち着せる。
大分落ち着いて来ると今度は別の案件が俺を襲ってくる。
それは、どう返そうか?と言う奴である。
人と話す事が皆無だった俺は当然、同年代の異性に感想を求められた事が無い。
異性どころか同姓すらないけど。
そこのところは置いておいて、いきなり下着姿の感想とか俺にはハードルが高すぎる。
高すぎるどころの話ではないな。
はっきり言って種目が違う。
さて、どう答えようか?
柳瀬さんが期待している様な目で見てくるのを、そろそろやめて欲しいからな。
無難に褒めて置けばいいか。
そう考え着いた俺は何でもない事を言うように感想を口に出した。
「あー、別に普通だと思うよ。妹と比べて大差なかったし」
「い、妹と大差ない!?それって……………………っていうかツカサ君は妹の下着姿を見てるの!!」
「あ?そんな事普通だろ?」
「ふ、普通って…い、妹さんの年は幾つなの!?」
俺が知っている比較対象、つまり妹と変わりがなかったと伝えると、柳瀬さんが食い気味に聞いてくる。
えーっと幾つだったけ?
確か、中一だから……………………
「十二歳だけど?」
「そ、そうなんだ」
妹の年を聞いた柳瀬さんは見るからに落ち込んだ様子で顔を曇らせた。
何がいけなかったのだろうか?
そう悩んでいる内に、集合場所に辿り着いた。
初めての護衛クエストだ。
気持ちを切り替えて、頑張って行こうか。




