26話「物語は進み続ける」
俺の目の前にはカオスが起こっている。
いやカオス-混沌と言うのはどうかと思うけど、それ以外にどう言えば良いのだ、この状況は。
「あ、足が!足が痺れてしまいましたぁ!!感覚が、感覚がありません!!」
「あら?いい事じゃない。寧ろ生温いわ。自分が何をしていたのか、もう一度大きな声で冒険者の皆様へ教えてあげなさい」
「うぅ……私は新人なのに、勤務中に冒険者と仲良くお喋りをしていました!あと暇だったので、時々遊んでいました!!」
言っちゃうんだ!
後、さり気なく罪を白状しているぞ。
柳瀬さんと仲良くお喋りをしていたメリーさんに、堪忍袋の緒が切れてしまった先輩受付嬢さんは、メリーさんを床に正座させ、メリーさんに罪を告白させている。
それにより、ギルド内にいる冒険者どころか、職員等も注目している状態。
目立つ事を嫌う俺には、かな~りめんどくさい状況である。
っていうか、メリーさんへの説教はいつになったら終わるのだろう?
かれこれ三十分は経っている。
HPゲージとMPゲージは全開だが、だからといって疲労がないわけでない。
こちらはゴブリンの殲滅クエストで疲れたんだよ。
そんな、もう帰ってもいいですか?状態の俺と違って、柳瀬さんはメリーさんを心配してオロオロしてる。
しかし、オロオロしている柳瀬さんも先輩受付嬢からしたら、メリーさんの娯楽の被害者と言うことになっているらしい。
「つ、ツカサ君どうしよう!?私と喋っていたせいでメリーさんが怒られちゃってるよ!!」
「放って置けば?どっちかというと、メリーさんの自業自得だし」
「むぅ!もう少し心配してあげたら?ほら、私達もメリーさんに良くしてもらっているし」
良くしてもらっているも何も、それギルド職員の仕事だらからだろ。
っと言うのはダメだな。
バイトの時に、仕事だから下手に出ているのが当たり前だと思っている客を嫌っていたが、俺はそれと同じことになる。
よし、逆に先輩受付嬢の心情を考えるんだ。
もし俺と柳瀬さんが止めに入ったとしよう。
そうしたら、先輩受付嬢は「一冒険者が職場のいざこざに入ってきやがって!」とか思うのだろう、かは分からないが、そう思っても不思議ではない。
元の世界でもそうだ。
自転車で車が一台通れるくらいの道を走っている時に、後ろから来た車が危ないから避けろとか言ってくる。
その時、言われた自転車側はこう思うだろう。
「余計なお世話だ。そっちの都合だろ?」と思うに決まってる。
あぁ、思い出しただけでイライラして来た。
まぁそう思うのは俺な訳であって、誰しもがそう思う訳ではない訳で…。
「あ、あのぅ~。それくらいにしてあげたらどうですか?」
「だいたいいつも貴女はそんなんだから……ってはい?」
俺がこの状況を主観的になって考えている間に、柳瀬さんが面倒な修羅場に突っ込んで行った。
何でそんな場所に行くのかねぇ?と俺はギルドでの報告を中断してでも本当に帰りたくなってくる。
帰ったら後で、ぐちぐちと言われそうだから帰れないけど。
日常でスキップ機能とかあればいいのに、と思うのは俺だけではないはず。
メリーさんへの口攻撃をしている先輩受付嬢を止めに入る柳瀬さん。
そんな柳瀬さんにメリーさんは、救世主を見るような目で柳瀬さんを見つめる。
「ほ、ホノカさ〜ん!!ありがどう゛ございばす!」
「コラっ!冒険者に泣き付かないの!ハァ、もう今日はいいわ。その代わり、明日は覚悟しなさい」
柳瀬さんに抱きついたメリーさんを見て、先輩受付嬢は溜息を吐いて「今日の所は勘弁してあげる」となった。
結果的には、柳瀬さんが出て行ったのはいい方向に向かったらしい。
柳瀬さんが現れた事で、先輩受付嬢は冷静になったのだろう。
これでやっと依頼の報告に戻れる事を、ホッとしながら柳瀬さんとメリーさんのもとに戻る。
勿論、周りの野次馬共が解散してからなのは鉄則。
「あ、ツカサ君帰ってなかったんだ」
「いきなり酷い事を言うなよ。まぁ、後五分長引いてたら帰ってたかもな」
「まぁまぁ!結果的には待っていてくれていたんですから、それでokという事で…」
「「元はと言えばメリーさんのせいだからな(ね)!!」」
「はい……」
自分が原因と分かっていないメリーさんを二人で叱ると、メリーさんはシュンっとなって身を縮こまらせた。
珍しく反省しているようで、俺としてはこれを常に心掛けて貰いたい所だけど、……いつまでも落ち込んでいるもの勘弁してほしいな!
「そろそろ続きをいいですか?」
「あ、はい。えーっとゴブリンの巣を壊滅させたんですよね。一応、確認の為に冒険者カードをお願いします」
「うん。はいどうぞ」
確認を取るメリーさんに、俺と柳瀬さんは冒険者カードを渡す。
冒険者カードを受け取ったメリーさんは、カードを操作して討伐したモンスター一覧の確認を取った。
「…確かに二人ともとんでもない程のゴブリンを狩っていますね。巣を壊滅させたと言っても過言ではない討伐数です!」
「もういいですか?」
「あ、ありがとうございます。それにしても、お二人ともすこぶる順調ですね!これならDランクに昇格しても、問題は無さそうですよ!ギルマスに推薦しておきますね!」
冒険者のランクは、受付嬢がその冒険者の戦績を見てギルドマスターに推薦する制度だ。
今日の働きがランクアップに繋がったらしい。
ゴブリンの巣の殲滅がどれくらいの評価なのかは知らないが、メリーさんの言い方を見るには明日の朝にはDランクに上がっていそうだな。
そう、Dランクだ。
実はカードッグを倒したことを報告した翌日に、Eランクに上がったのだ。
むしろ、ゴブリンの討伐よりもカードッグの討伐の方が難易度が高い、ってメリーさんは言ってたことから飛び級は出来ないと結論付けれる。
まぁ、ランクが上がってもやることは変わらない、というのは嘘だが、そこまで価値のあるものとは思えないな。
柳瀬さんは嬉しそうだけど…。
「ツカサ君やったね!ⅮDランクだよ」
「あー、うんそうだね」
依頼の報告が終わった後、毎度の事ながら本屋に行きたい俺は柳瀬さんと分かれてギルドを出る。
そうして本屋の開店時間まで物色、安い露天屋台の食べ物を一つか二つ買ってから宿に帰り、露天商品を食べながら本を読んで夕食もとい、一日の食事を終了。
その後は眠くなるまでずっと読書をして眠くなると睡眠。
依頼から帰った次の日は、休みにするという決まりを作ったからだ。
金欠の時は兎も角、数日暮らせるお金があるなら、俺は働きたくない。
第一、連続で街の外に出て依頼の獲物を狩ったりするのは、俺には体力的問題がキツイ。
だから、柳瀬さんに「適度に休日を作るべきだ」的なこと言ってから、働いた次の日は休みにすることをもぎ取った。
なので、俺は本を読む。
そう言えば、柳瀬さんは俺が言ったら簡単に承諾してくれるけど、柳瀬さんは冒険者のままでいいのだろうか?
まぁ、幾ら『失われた技術道具』があるからと言っても、ここは異世界。
それも中世ヨーロッパ風のだ。
元の世界ほど輸送業が発展しているわけでない。
いずれにしても、この街の本屋では限界がくるはず。
その内、護衛依頼でも受けて南都アルケーミに行くか。
その時に柳瀬さんとはお別れだな。
考えるのは終わり。
そう結論付けた俺は本を読むのを再開した。
* * * * * * * * * * * * * * * *
「はぁはぁ、逃げなくてはならないのに!こんな時にこそっ!!」
一人の女性が古びた廊下を走る。
その顔は恐怖が刻まれて、瞳が大きく開かれていた。
その女性は、まるで恐ろしい物から逃げている様だ。
いったい何から逃げているのだろうか?
「おい!!こっちだぁ!!」
「小娘がぁぁ!!よくもぬけぬけと!」
女性が逃げるその後ろからおぞましい声が聞こえてくる。
そのおぞましく身が凍る様な声を聞いた女性は走る足を早めた。
「これ以上は……!!お願いします。早く助けに………っ!!」
ある城の一角に女性の助けを求める声が響いた。
そんな時、彼女の前方から…………。
「みぃつぅけぇたぁ!貴様の力が俺様には必要だったんだ!!」
後方の追手よりもおぞましい何かの声が、女性の感覚をマヒさせた。