24話「柳瀬さんの割り切り」
ゴブリン初戦は難なく終わった。
一匹目の消し炭になったゴブリンを除き、他の四匹はキチンと死体が残っている。
俺が死体をアイテムボックスに仕舞っている間、柳瀬さんは剣に付いた緑色をしたゴブリンの血を落としていた。
元の世界で得た知識と同じく、剣に血糊が付いたままだと錆びるのが早まってしまうらしい。
だから、こうやって戦いの合間合間に装備の点検を行なっているのだ。
そういう俺も、ゴブリンの死体をアイテムボックスに仕舞い終わると点検をする。
この一週間でお金が溜まった俺も装備を買ってみた。
ゲームでもそうだったが、俺は必要と思ったら物に関してはお金を惜しみなく使う性格だ。
なので、それなりの装備が整えれた。
まずは魔耐性がほんの微力ながらあるマント。
装備選びを手伝って貰ったフェンティーンさん曰く「らしいってだけで、本当にはあるか分からないけどな!」と言っていたが、ゲームの様な視点に出てくるアイテムの説明には
『魔法使いのマント』
・駆け出しの魔法使いが使うマント。
予備の魔力を貯めておける魔石を装備出来る場所がある。
魔耐性+10
と書いてあるので、魔耐性はあるのだろう。
問題は10という数字がどのくらいの耐性が付くか?という点だが、フェンティーンさんにそれとなく聞いたのだが、装備の説明に付いている数値は俺にしか分からないらしい。
まぁ、色んな装備を見てから、どの数値がどれくらいなのか?を見極めて行けばいい話だ。
次の装備は魔法使いと言ったらコレ!
杖、スタッフと呼ばれる物。
ゴテゴテとした俺の身長を超える長い物から、某英国の魔法学校を舞台とした物語の様な三十センチくらいのものまであった。
分類としはゴテゴテとした方が杖、小さいのがスタッフと呼ばれる。
理由は知らない。
それで、杖やスタッフの効果は大体は同じ。
魔力効率を良くして、威力を上げる。
これだけはどのアイテムも同じだ。
性能は物によって変わるのは分かりきったこと。
それを踏まえて俺が選んだのはスタッフ型の物だ。
『魔法使いのスタッフ』
・駆け出しの魔法使いが使うスタッフ。
装備しているとしていないとでは感覚が違うという。
魔法威力+ 10
魔力効率+ 10
装備にはお金を使うと言ったが、駆け出し用の装備しかないじゃないか?って言うのは言わないように。
ゲームだと初期地点の様な街だ。
それなにりには設備が整っているが、いきなり魔王を討伐しに行くような装備が売っているわけがない。
よって、性能はほとんど選べなかった。
後は、着替え用のこの世界の服を三着。
一着が着ている奴でもう二着が予備だ。
いつまでも元の世界の服のままだと目立つからな。
何回かゴブリンの攻撃を受けてしまったが、防壁魔法が上手く防いでくれたみたいで、HPゲージも減っていない。
HPや装備に何の問題もなかったが、MPゲージが大分減っていた。
アイテムボックスから魔法薬を取り出すべきか悩む。
たった五匹のゴブリンに5分の1も使うとはなぁ。
もう少し、消費威力を抑えて使わないと、オーバーキル過ぎる。
結局、自然回復に任せた俺は、柳瀬さんの方を向く。
……何かが変だ。
剣を持ったまま震えている。
「…柳瀬さん?」
「……つ、ツカサ君」
柳瀬さんは呼吸を乱していた。
震えは未だ止まっていない。
まるで何かに怯えているような感じだ。
俺は柳瀬さんが異常状態にかかっていないか確認を取る。
自分の視界に写っているパーティーメンバーの欄、その横には何もアイコンは無い。
ということは、外部による異常は見当たらない、ということになる。
自身による精神問題か?と思った俺は柳瀬さんに声をかけようとして………。
「柳瀬さん大丈ー」
「ツカサ君、私、生き物を殺しちゃってる。この、剣で」
「こうきたか」と俺は思う。
頭の片隅で危惧していたことが起こってしまったからだ。
柳瀬さんは「生き物を殺した」という行為に怯えている。
普通だったら、故意的に生き物を殺すという行為は、元の世界だと実感しない。
実感しないだけで、蚊を退治したり、無意識に虫を踏み潰したり、誰かの手によって殺された動物を食べたりと、殺すという行為自体は誰しもがやっている。
今まではスライムやリーム鳥、カードッグと言った動物系モンスター、魔物しか獲物にしていなかったのが、今日まで怯えをあまり感じさせなかったのだろう。
それが今日初めて、ゴブリンと言う人型モンスターを殺した事によって実感してしまった。
まぁ、こんなところだろうか。
俺と違って柳瀬さんは剣を使って切った、と言う攻撃方法も影響があったのかも知れないが、今は柳瀬さんをどうするかだ。
「柳瀬さん落ち着いて」
「で、でも!」
「あぁ、これは柳瀬さんが殺した事は間違いない。俺からは乗り越えろ、としか言いようがないから」
「…なんで……なんでツカサ君は生き物を、殺しても、割り切れるの?」
どうして割り切れるかぁ。
魔法使いだから、直接手を下している感覚がないから。
それと、
「この世界がゲームだから、かな?」
「…ゲーム。………そう、ツカサ君はゲームに見えるんだね」
俺だから言えることかもしれない。
俺だけに見えるゲームの様な視点の所為で、俺はこの世界が現実に思えなくなる。
それを柳瀬さんに言うのはどうかと思ったが、口に出ていた。
「………ゲーム」
「や、柳瀬さん?」
「……なんだ。そうだよね。この世界はゲーム、うん。ありがとうツカサ君!」
な、なんかヤバそうな解釈だったけど、柳瀬さんが納得したなら良いか、と俺も柳瀬さんへのケアをやめる。
その証拠に、しばらくうつむいていた後上げた柳瀬さんの顔には、迷いがなかった。
柳瀬さんの割り切りと、これで大丈夫だったのだろうか?という不安を残して、俺と柳瀬さんは依頼に書かれている数のゴブリンを討伐する為に、ゴブリン探しを始めた。
「やぁぁぁぁぁ!!」
「ぎゃぁぁぐぎゃ!」
迷いの無い剣がゴブリンを斬りつける。
その剣捌きを見た俺は、柳瀬さんがホントに迷いが吹っ切れてると改めて感じられた。
柳瀬さんは先ほどの一戦目と違い、一段と綺麗な剣筋を振るうようになり、Dランクのゴブリンが手も足も出ない。
俺はそんな柳瀬さんの姿に見とれていたが今は戦闘中、柳瀬さんの変化に驚いても居られない。
「っ!ツカサ君!」
「見えてるんだよ!『ストーンキャノン』」
柳瀬さんが俺を呼びかけるが俺には見えていた。
マップ機能のお陰で見えてた俺は、視界外から襲って来たゴブリンに対して土魔法で狙い撃つ。
俺が放った土魔法は例の標準カーソル通りに飛んで行き、ゴブリンの一部を消し飛ばして絶命させた。
俺が使ったのは土属性初級魔法の『ストーンキャノン』
簡単に言えば、石礫を高速で飛ばす魔法だ。
石でこれだけの威力なら、上位版の金属破片を生成して飛ばす『メタルキャノン』はもっと貫通力があるんだろうな。
と、また湧いてきた。
初めてのゴブリン狩りをしてから数時間後、俺と柳瀬さんはゴブリンの襲撃を何回か全滅させたあと、ゴブリンの巣を見つけた。
そこから湧き出すゴブリンに、俺と柳瀬さんは撤退を選択する暇もなく、戦闘を開始せざるを得なくなり、既に目標の討伐数を遥かに超えている。
「はっ!やっ!とぉ!!……………ハァ…ハァ…、ツカサ君あとどれくらい?」
絶え間なく湧き出てくるゴブリンにしびれを切らしたらしい柳瀬さんが俺に聞いてきた。
その声に俺は、マップに意識を向けて赤点の数を数える。
「大分減ってきた。後数十匹くらい」
「分かった。もうひと頑張りだね!」
巣から出てくるゴブリンの集団を柳瀬さんが斬り殺す、俺が魔法で撃ち殺す。
俺は何度も魔法をイメージして、ゴブリンに命中させる。
柳瀬さんは動き回り、剣を振ってゴブリンに斬りかかる。
そうやってどれほどの時間が過ぎただろうか?
一匹一匹は弱くても、数の暴力は俺と柳瀬さんの集中力を削る。
集中力が落ちると、ゴブリンの攻撃を受けてしまう。
そうやって受けた傷は、俺と柳瀬さんの体力を段々と削っていくのだ。
現に俺のHPゲージは半分削られている。
柳瀬さんは残り三分の一程と表示されていた。
そろそろ終わりにならないと危ないゾーンである。
そんな俺の思いとは裏腹に、ゴブリンは増え続けている。
一体何処まで増え続けけるのか疑問に思う程だ。
このままだと、二人共やられてしまうかもしれない。
俺はここで死んでも構わないが、俺の都合に柳瀬さんを巻き込めないな。
そう考えた俺は、上級魔法を使うことにした。
「ハァ。柳瀬さん、時間を稼げる?」
「……ハァ…ハァ…、分かった。ツカサ君、頑張って!」
確証も無いのに、俺を信じてくれた柳瀬さん。
俺は期待に応えるべく、より一層イメージを深める。
この状態だったら素材がどうとか言っている場合じゃない!
最も殲滅力がある炎属性中級魔法で、辺り一面焼き尽くしてやるっ!