2話「テンプレ空間」
ホントによくある空間
「知らない景色だ」
気が付くと俺は立っていた。
どうして?と疑問が頭の中を駆け巡る。
俺が最後に覚えている記憶は事故に遭って、冷たいコンクリートに力なく横たわっていたところまで。
俺は事故に遭って倒れていたはずじゃ?
いや、それよりも…この空間は。
疑問もあるが、それよりも身体を動かしてみた。
驚くことに、身体が軽くを通り越して重さを感じない。
まるで重力と空気の抵抗が存在しないみたいだ。
少しの間身体を動かしてみたが、身体が軽いだけで人間離れした動きは出来なかった。
どうにかこの感覚にも慣れてきたので、場所の検討を始めて見る。
明らかに異常な空間で、普通の人ならパニックになっても可笑しくない状況だが、俺には通じず何処か既視感を覚えていたからかもしれない。
病院の施設って訳はないか……。
辺りは真っ黒な空間、かと言って暗闇とは違う。
なぜなら近場は問題なく見える。
目が暗闇に慣れてきたからとは考えずらい。
俺の周りが光っていると言った方が正しいのか?
空間と表現するに相応しく、壁は無く無限に広がっているのではないかと思わせるその場所。
水平線とも地平線とも違う、創作語で言うならば『空平線』
床は水面の様に反射して俺を映している。
如何にもって空間だな。
これは、異世界転生キタか?
もう直ぐ女神が現れて——
「……………」
「不幸な貴方は神のミス(自分の不注意)で死んでしまいました」とか言って「可哀想だから、別の世界に転生出来る権利を与えましょう」ってなるのか?
「っと言う訳ですよね!?」
「何が『と言う訳ですよね!?』ですか!!?」
俺は、いつの間にか目の前に現れていた女の人に聞いてみた。
その人物はライトノベルの絵の様な綺麗さを持った人だ。
人間とは思えない姿、それに羽衣らしい物を羽織っている目の前の人はどう見たって、女神だろう。
俺の目がおかしいのか、輪郭がぼんやりとしていてハッキリしていないのがまた、雰囲気が出ている。
その女神に俺は俺の考えが合ってるのか聞いたのだが…。
あれ?
「え?こういった場所で俺の思考が読めるのは当たり前の事じゃないですか」
普通はこういった空間にいる者は転生者の思考が読めるのがテンプレなんだが。
そこのところ一体どうなんですか、女神様?
と言う意味を込めて目を向けると、女神(暫定)は答えてくれた。
「何を思ってそう考えたのか分かりませんが、今の私では貴方の思考は読めないと答えておきましょう」
なるほど。
思考は読めないのか?
それから導き出される答えは…
「まさか!ニセモノ!?」
「違います!!いい加減にしてください!!」
否定された。
それはそうだよな。
いきなり思考が読めないのか?と聞かれて、読めないと答えたら偽物呼ばわりされる。
目の前の人は何が偽物なのかサッパリだろう。
会話だけ聞いたら俺でも意味が分からない。イミフだ。
話を戻すが、目の前の人は否定した。
ということは一応、俺が言ったニセモノが何を指していたのか分かっているみたいだ。
流石、女神らしき人物。
だけど、女神らしき人物がニセモノ呼ばわりを否定したって、女神らしき人物が女神だと言う証拠は何処にもない。
まぁ、死んだだろう俺の目の前にいる時点で女神であろうとそうでなかろうと、普通の存在なわけない。
……俺からしたら、女神らしき人物が何者であろうとどうでもいいこと。
異世界に転生させてくれればな。
と色々と考えている内に、少し大きな声を出した女神らしき人物は、ハァハァ…ふぅ、と息を整えている。
が、目だけは俺を油断なく見つめていた。
俺なんか虫けらと同然なんだぞと言う目だ。
「ハァ~っふぅ~~」
俺も深呼吸を一回して、俺は理性を学校にいる時と同じくらいまで引き上げる。
勿論、謝罪のための切り替えだ。
「大変失礼いたしました。異世界転生っぽい状況に浮かれていたみたいです」
「……………」
俺は丁寧に頭を下げる。
土下座をやらないのは最終手段だからだ。
「…ハァ。そうですか」
「ありがとうございます」
流石女神だ。
謝罪をきちんと受けてめてくれる。
「でも、時間がないので気を付けてくださいね」
「はい」
また雰囲気に酔わない様にと釘を刺された。
これ以上、女神の話を遮るのは辞めよう、と俺は心に刻む。
俺が大人しくなったのか、女神が話を始めた。
集中して聞かないとな。
異世界系での初めの話は最重要事項だ。
じゃないと、聞かなかったせいで不都合だったり不利益な転生を押し付けられるのは転生系のお約束だからな。
それに、買った物の説明書は全て読む派の人間でもあるから。
「それでは改めまして。こんにちは、易波司さん。貴方は死んでしまいました」
「あ、はい」
改めて他人から「死んだ」と聞かされた俺は特に取り乱すこともなく、他人事の様に返事を返した。
しかし、他人事のように思えても感情はある。
それが普通とは真逆の方向へと向いているだけであって。
やっぱり死んだのは間違いじゃなかったのか。
なんか、あっけないな。
おっといけない、女神様の話を聞かないと。
「それでお願いです。死んでしまった貴方にもう一度人生を与えますので、与えられた人生で世界を救って下さい」
「は!?」
数秒前に考えていた事が現実に起こり、変な声が出てしまった。
気を付けないと、と思った直後に不利益なお願い。
フラグ回収が早いにも程がある過ぎるのではないか?と思いながら女神様の言葉を改めて理解しようとしてみる。
世界を救って下さい?
死んでしまったので、もう一度人生を与えます。
ってとこまでは俺も理解出来る。
テンプレだからな。
だけど、最後のは何よ?
与えられた人生で世界を救って下さい?
あれ?
よく考えるとこれもテンプレだ。
いや、でも。
何故に命令?
何様のつもりなんだろうか?
……女神様でしたね。
って、本人名乗ってないよね?
今更ながら目の前にいる彼女が何者か教えて貰っていない事に気付く。
雰囲気に飲まれて、俺は目の前にいる女性を異世界に転生させてくれる女神様だと信じて疑わなかったが、もしもの事を考えると言質は取っておきたかった。
「失礼ですが、貴女はどういう者ですか?」
「あっ!申し訳ございませんでした。私としたことが……。私の名前は『ビエントルナー』これから貴方が救う世界の人間界を司る女神です」
俺の目の前の女性はビエントルナーと名乗った。
人界とか初めて聞く単語があったが、あえてスルーするー。
が、俺の脳内はパーティーが始まった。
何故なら
本当に女神だったのか。
今まで便宜上女神って言ってたけど、違う可能性もあったんだが、さっきの自己紹介を聞くところ、この女性は女神様で異世界に転生出来るって話は確定だな。
問題は何故俺に世界を救って欲しいと頼むか?という疑問だけだ。
俺に勇者なんて務まるとは思えないし。
「女神様って言うことは分かりました。世界を救って欲しいと言う説明をしてもらってもいいですか?」
「まぁ、当然ですよね。分かりました……お話いたしましょう」
俺が説明を求めると女神ビエントルナー様は、世界を救って下さいと言った理由を話し始めた。
だけど、やはり高位な存在。
学校の校長先生みたく、話が長ったらしい。
何で、校長ってあんなにも話が長いんだろうか?
短くした方が時間が短縮出来て、俺達生徒もどうでもいいような話を長時間聞かずに済む。
winwinな関係だと思うんだよな~。
とまぁ、どうでもいい考えは置いておいて、女神の話を要約すると本当によくある理由だった。
平和だった人間界に魔王なる者が現れ、魔族を率いて人族の土地を侵略し始めた。
人族は数で、魔族は質で、それぞれの特徴を生かして戦いが続き、初めは均衡していた二つの族だが、長く続く戦いの中、人族が押され始めたそうだ。
このままでは人族はやがて魔族に滅ぼされてしまう、と悟った女神様は後歴の為に魔族を退け、人族を救ってくれる勇者の召喚を行った。
そうして、召喚された者が俺だそうです。
今時、魔王討伐の為に勇者召喚って、一昔前のラノベかっての。
というか、正直何で俺?
性格にも難があるし、特別な知識がある訳もない。
人族を救う勇者にしては人違いじゃね?って思うくらい、俺には勇者が似合わないだろ。
心当たりがあるとしたら、異世界に転生したいって思いが強かった事だ。
あれ?それか。
でも、元の世界ないし他の幾つもあるであろう世界の中で、住んでいる世界とは別な世界に転生したいって願っている人、動物、生き物、その他自我のある存在は星の数、無量大数に近い数いるだろうに。
まっ、その中で俺が運良く選ばれたと喜ぶしかないかな。
だけど、魔王討伐は勘弁かな?
女神様の様子だと、俺が魔王討伐を拒否するのは無理そうだし、ここはチートだけ貰って全力で魔王討伐から逃げよう。
逃げれるかは分からないが。
となると、チートは慎重に選ばないといけない。
色んな小説を読んでいる俺にはチートには様々な種類があることを知っている。
様々な種類があるチートは大まかに二つの種類に分かれている。
一つ目は戦闘系だ。
これは体力の異常増加とか剣術のスキル、魔法の熟練度MAXと言った主に戦闘に使えるチート。極めれば無双が出来る。
二つ目は非戦闘系。
ループや時間停止、薬の作成、など言った戦闘に特化していないチート。
発想力が試される物でもある。
さて、俺が貰うとしたらどんなのにしよっかな。
取り敢えず、女神に返事をしておこう。
「分かりましたか?」
「はい。…と言いたいとこなんですが――――」
機会がないかも知れないなら自分で作ればいいじゃない?の考えで転生特典の話題に移ろうとした俺。
しかし、そんな俺を遮って女神は非道な行いに移る。
「よろしい。最後に魔王討伐後には願いを叶えますので頑張ってください。それでは時間が押していますので、ここでお別れの時間です。貴方が魔王討伐を成し遂げる事を願ってます。それではさようなら」
「えっ!!ちょっ!待って下さ…い!!チートは……………」
女神は俺の呼び止めなど、無視して消えていく。
スーッと消えていく姿が神々しくて、俺は強引に止める事が出来なかった。
女神ビエントルナー様が完全に消え去り、俺は現実を理解しきれず女神様が立っていた辺りを呆然と見つめるだけ。
消えたと見せかけて、実はドッキリでした。
とかで再度現れたり……………しないよな!
ふざけた考えでごまかそうとしてみる。
が、そんな考えが上手くいっているのなら、俺はここにいない。
おい。女神に合わせておいて、説明だけとか。
異世界転生を知ってる身からすれば、女神に合わないで転生するよりもたちが悪いぞ。
俺のワクワクを返せよ。
というか、この状況やばくないか?
多分だけど、特典は何も貰ってない。
そんな状態で異世界に転生したら?
町ならまだいい。
それ以外なら……?
俺はこの後の状況を考えて、顔が青ざめた。
文字通り異世界だ。魔族に蹂躙されている世界。
死ぬ。間違いなく死ぬ。
異世界に転生出来たヤッターって思うわけがない。
本当にどうしよう!?
考えれば考えるほど、悪い方向に悪い方向に考えが向かう。
そんな中、意識が段々とぼやけていく。
そろそろ転生するのか?
町以外に転生してみろ、俺と言う自我がなくなるまで恨んでやるぞ。
だけど、もし願いが届くのなら……。
「せっかくの異世界なんだから、魔法くらい使いたいな」
声に出た願いを最後に、俺の意識は途切れた。