124話「魔槍」
ぬかるんだ地面、ぽつぽつと零れ落ちてくる水滴。
ツカサ君とエーちゃんの魔法の影響が残る森の中で、私は緑肌の巨漢と向き合っていた。
「らァッ!!」
「ヤぁ~~!!」
「チッ! ちょこまかと……」
「そっちこそタフだね」
斬り合う。
致命的な怪我は無く、せいぜい掠った程度だけど防具が防いでくれているから動くに問題は生じていない。
逆に私の攻撃はそれなりに通る。
だけど次のダメージを与える前には回復されてしまって元通りだ。
この状況を打破しなければ目の前の敵は倒せない。
動きながら頭を動かす。
学校の勉強なら授業で習った事をしっかりと復習して、問題集を何度も解き直していたら身につく。
だけど、この世界で必要な頭というのは戦い方とか戦略戦術とか、他の人が思いつかない様な作戦とか、武器の使い方とかを言う。
元の世界で平凡に暮らしていた私には……あーちゃん曰、「素直な陸上馬鹿」な私には苦手な部類。
ツカサ君が言うには剣の才能はあるみたいだけど、純粋な剣の技術だけではちょっと厳しい。
それ以外に頭を使って奇策を用いないと倒せない相手には……。
回復が追いつかない程攻撃を当ててみる?
ダメ。上限が分からない以上無理をして私が致命傷を受ければ終わり。
速度がダメなら攻撃力……。
今でも必死になって攻撃をしているけど、当たっても大したダメージにはならない。
心臓や頭と言った急所は他の場所を無視してでも防いでいる。
鉈をどうにかしなきゃ……。
そもそも、剣を振るだけなのに攻撃力とか意味わかんない。
斬ったら痛くて、空ぶったら何もない。
ぶっちゃけ急所に当たるかどうかが一番の重要なことだと思うんだけど……偶に気合いを入れると深く斬れたり、なんかマンガみたいに斬撃みたいなのが出て来るようになったし……。
案外と気持ち的な不思議パワーはバカに出来ないのかもしれない。
どうしよう?どうしよう?
全くいい考えが思いつかない。
相談できる人でもいればいいんだけど……エド君はまだ他の魔族の相手をしている。
私が不甲斐ないから一人だし、背中を気を付けて居なきゃいけないからかなり時間がかかっているのだろう。
大勢をエド君が頑張って押しとどめているのに、私はたった一人相手にいつまで戦っているのだろう?
何か、何か考えは……。
小さくても良いからヒントや特徴を見つけろ。
そして、今まででツカサ君やエド君、エーちゃんとの会話を思い出して、攻略方法を探すんだ。
魔族魔族。
確か、魔族の起源について何時かの野営地で夕ご飯を作って食べている時に話題に上がったはず。
エーちゃんがこの世界の通説を語り、ツカサ君が元の世界のテンプレートをなぞった考察を披露していた。
内容までは詳しく覚えてないのが悔やまれる。
難しい内容だなぁとか、夕飯の調理集中しなきゃとかでちゃんと聞いていなかった私のバカ。
違う方向から思い出そう。
ブーエット部隊長は人間に近い見た目をしているけど、れっきとした魔族の一人なのは間違いない。
でも魔族だって人間の様に色んな人種がいる、と思う。
この人と戦う前に戦って……殺して来た魔族たちは一人一人の見た目がかなり違う感じだった。
それならブーエット部隊長にも区別されてるナニカがあるのではないか?
改めてブーエット部隊長を観察する。
体格はガッチリした巨漢。
上半身半裸で丸坊主。
一番の特徴は薄緑の肌。
パッと見て思たのがゴブリン。
モンスターであるゴブリンと魔族を一緒にするのはダメな事だと思う。
だけど……そんな私個人の意見を無視して考えてみれば、モンスターの種類が魔族の種族にも適応していたら?
小さい頃に少しだけやったことのあるRPGでは、歩いて遭遇するモンスターと完全なシナリオ上の敵に違いなんて無かった。
少なくとも、小さかった私にはそんな小難しい設定なんて分からなかった。
ツカサ君曰、この世界は元の世界よりも法則性がぐちゃぐちゃならしい。
確かに物理法則を無視はしているけど、それ以外の法則があってもおかしくないとも言っていた。
あるのか無いのかはっきりして欲しい。
私にも分かる様に言ってと言えば、要するにテンプレート如く思いの力が現実になる法則があるのかもなと言った。
ならば今からブーエット部隊長は魔族のゴブリンだ。
ゴブリンであるなら、私にはもしかしたらと思える物を持っている。
しかし、それを取り出すには魔法袋に手を突っ込んで構える動作が必要になってくる。
1秒……いや3秒は欲しいかな?
何とかして時間を作らなきゃ……。
攻撃を弾いて距離を取る?
ダメ、私が攻撃以外の行動を起こせば、警戒して突っ込んでくるはず。
動けない程のダメージは……出来ないから隙を伺っている最中。
誰かがブーエット部隊長を押しとどめていてくれないと……。
そう思って考えを巡らせていた時だった。
「ホノカさん、何か作戦ある?」
いつの間にか私の後ろまで移動していたらしいエド君が囁きかけて来る。
他の魔族は?と疑問はあるけど、無駄話してる余裕が無いのは分かってるから端的に応えた。
「3秒時間が欲しいの。そしたら倒せるよ」
「分かった。じゃあ……ハァぁぁ!!」
ノータイムでブーエット部隊長に向かうエド君。
それを追って他の魔族が後ろから襲い掛かるが、エド君は意に介していない。
正しく私の為に身を呈して隙を作ってくれているから、私が同様して動きを止めるわけにはいかない。
剣を鞘にしまって、腰につけている魔法袋に手を伸ばす。
ツカサ君のアイテムボックスよりは不便なところがあるけど、見た目以上に物を仕舞って置ける点に関しては充分な効果を発揮してくれているそれに手を入れて、目的の物を念じて引き出す。
有名なロボットアニメに登場する不思議なポケットみたいに、あれじゃないこれじゃないと慌てなくていいのはとても助かる。
魔法袋から取り出したのは大きな槍。
私の身長よりも長く、それでいて太い。
私は身長が低い方だし、槍はそう言う武器だけどさ。
そう、この槍はまだエド君とエーちゃんとは仲間じゃ無かった頃。
私がダンジョンの中に捉えられてツカサ君が助け出してくれた時に戦ったゴブリンがドロップしたアイテム。
ツカサ君曰く、ゴブリンに対する特攻を持っているとの事。
見た目は普通の槍なのに、何を持って特定の種族に対する力を持っているのか全然分からなかったけど、ツカサ君がそう言うのだから間違いない。
その槍な何で私の魔法袋の中に入っているかと言えば、ツカサ君から持っていても宝の持ち腐れだと押し付けられた。
初めの頃は持ち運ぶ関係上ツカサ君のアイテムボックスに入っていたんだけど、私が魔法袋を買ったタイミングで正式に私の物に。
売ってお金の足しにするのも自由と言われたけど、少し見て回った武器屋でも同じ槍は見た事が無かったから、珍しい物だと思って売るに売れなかった。
その頃には毎日を過ごすには困らない程度の稼ぎもあったのと、ツカサ君からのプレゼントだと思えば手放さずにはいられ無かった。
これが私の手持ちにこの槍がある経緯。
その槍を構える。
腰を低く落として、槍の先をブーエット部隊長に向ける。
プレゼントされたからには使えるようにならなきゃって、ツカサ君が見てない時に練習はしていた。
剣を持った時よりは手に馴染まないけど何故だか感覚的に振るえるって感じる。
適正と言うこの世界特有の謎現象のおかげかな?
そんなものが全てを決めるなら、本当に大好きな物を扱えない人に物凄く不利な世界だと思うけど、今に言えばしっかり練習を積まなくても扱える事に感謝だ。
槍を強く握りしめて脚に力を入れると、ぬかるんだ地面に少し転びそうになるもののしっかりと踏み込みを行う事が出来た。
それを一気に爆発させる。
私とブーエット部隊長までは一直線。
エド君が間に挟まっているけど、彼ならギリギリの所で横にズレると直感で判断した。
一息でエド君とブーエット部隊長の下まで跳び、勢いを殺さないで両腕を突き出す。
槍の穂先があたる寸前、エド君が横にずれる。
完璧なタイミングだ。
急に動いたエド君には反応出来ても、その後ろから突き出される槍には反応出来ていない。
スローモーションに感じる私の感覚の中で、ズブりと槍先がブーエット部隊長の肌に突き刺さるのを感じ取った。
スローモーションに感じたのはそこまで。
勢いを付けた槍を持って行かれそうになったけど、強く握りしめるとブーエット部隊長は槍が刺さった場所をえぐり取って後方へ後方へ吹き飛んだ。
足をしっかりと地面に突き刺してブレーキをかけるて止めていた呼吸を再開させると、汗と疲労感が一気に押し寄せて来る。
手応えは十分にあった。
確かに、初めて実戦で槍を突いたにしてはとんでもないような威力が出ていた様な気もするけど、それ以上に確かな手応えを私は感じ取っていた。
「ハァ、ハァ……。倒せた?」
「どうだろう?かなりの勢いで飛んで行ったけど……。ホノカさん、まだ魔族は居るから気を抜かないで」
「……うん」
そうだ、リーダー格を討ち取ったからと言って戦闘が終わるとは限らないんだ。
エド君と再び背中合わせになりながら、槍を片手で持ってもう片手で剣を抜く。
変則的な二刀流になっちゃうけど、それでも攻撃が来たら捌けるくらいは出来るはずだけど、魔族さん達はブーエット部隊長が吹き飛ばされて戻ってこない事に動揺して動かない。
何時でも動けるようにと集中しながら片手で持っていた槍をゆっくりと魔法袋に戻しても他の魔族さん達は動かなかった。
誰も動かない状態が数分続いた。
これ、どうしたらいいんだろう?
魔族との戦いに捕虜と言う制度があるのか不明だけど、一旦全員を捕縛するべきなのかな?
でも手錠とかあるはずもないし、頑丈な縄でも魔族さんの力なら簡単に引きちぎられそうそうだし……。
どうしようどうしようと頭を悩ませていると、別の場所から獣の鳴き声が聞こえて来た。
「て、撤退の合図だぁ」
「逃げるぞ。撤退、撤退!!」
「ブーエット部隊長はどうするんだよ!?」
「んなもんほっとけ。先ずは俺達が助かるのが先だぜ」
なんて言いながら私達に背を向けて逃げて行く。
逃げる敵に後ろから攻撃するのは卑怯だと思うけど、逆に魔族を減らす絶好のチャンスでもある。
エド君に視線を向けて判断を仰ぐと、彼は首を横に振った。
「深追いは辞めておこう。何も文字通りの全滅が目的ではないしね。柳瀬さんも精神的に疲れているでしょ?」
「……まぁ、そうだね。あ、ブーエット部隊長はどうなったのかな? 一応確かめておかなくちゃ」
警戒をしながらブーエット部隊長が飛んで行った方向に進むと、彼は左肩からお腹当たりまでが抉れて死んでいた。
驚愕している表情から変わってないから、私がエド君の隙を縫って攻撃した瞬間を認識しただけで即死したのだろう。
私が何度斬り付けても回復していた身体はもう回復しない。
やっぱり一撃で仕留めるのが勝つ方法だったんだろう。
私が殺した。
罪悪感で潰れそうになる。
でも、これは生き残りをかけた生存戦争だった。
仕方のないことだ。
これまでも生き物を殺して来たし、人間に近い姿のモンスターも居た。
でも、何度やっても慣れない。
慣れてはいけない。
目を閉じて黙祷する。
殺したのは私無く癖にってツッコミも分かるけど、理由が理由なのでせめてこれくらいは。
ツカサ君じゃないから、この世界に前の世界みたいな宗教観があるかは知らないけど、私個人的な自己満足でやってる事なのでなくったっても関係ない。
このままだとアンデッド化してしまうので、エド君の魔法で焼き払って骨にして埋めておく。
骨でもスケルトンになるのでは?と思ったりもするけど、エド君がこれで良いというのならそうなんだろう。
ちゃんと供養すれば問題ないのかな?
とりあえず、これで初の魔族戦は終わった。
一方的にはならなかったけど、魔族と私達だけで渡り合えるのか?と言う当初の目的は達成できたんじゃないかな?
後は逃げたと見せかけた奇襲に備えつつ、ツカサ君とエーちゃんに合流するだけ。
私は苦戦しちゃったけど、ツカサ君なら簡単に倒しているんだろうなぁ……。
なんて思いながら、私はエド君と一緒にこの場を後にした。




